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2016年1月に作成された記事

2016年1月30日 (土)

母校創立者登場ー『あさが来た』

『あさが来た』を欠かさず観ている。と、いうのも、ヒロインのモデルとなった女性、広岡浅子女史が、私の母校創立に多大な貢献をしたひととして知られていたという親近感と同時に、国際婦人クラブCWAJに、広岡家直系子孫の女性がクラブ創立当時からの有力メンバーとして在籍したことがあり、交流もあったので、大きな関心を持たないではいられなかったのだ。

ドラマの始まりは快適なテンポで、楽しめたが、近頃は少々マンネリ化していたような気もしていた。
けれども、昨年、母校の元学長による広岡浅子の生涯に関する講演があったとき、このドラマに母校の創立者も登場することになっていて、初回の登場は一月三十日だという情報があったので、この日は見落としてはならないと、注目していた。

そして、きょう、ほんの一場面だったけれど、その人物が成澤泉という役名で登場し、わたしは、やっぱり、と思ってしまった。
演ずる俳優が、どちらかというと、アイドル系タレントだというのが、気になっていたのだけれど、あらわれた彼は「やっぱり」そのイメージだった。『テニスの王子様』や『仮面ライダー』で主演し、最近では『グレーテルのかまど』にも出ていた、あの彼である。
なにか、強いイメージで芸能界に入ったひとを、一般社会の真逆の有名人にするときは、人選に注意を払ってほしいと、このドラマで武田鉄矢が福沢諭吉を演じたときに、そう思ったけれど、近頃の視聴率獲得一辺倒のNHKにそういう繊細な配慮や感性を期待しても無理なのかもしれない。

創立者成瀬仁蔵は、牧師出身、アメリカでおよそ四年の留学を経て帰国し、女子教育の重要さを唱えたひとである。女性を「人として」「婦人として」「国民として」教育するという趣旨は、当時の男尊女卑で、服従とか忍従とかが美徳とされていた社会で、どれほど勇気ある発言であったかと想像できる。
しかも主婦業を尊び、それを、学問化して、家政学部を設け、料理の分野は食物科、住まいや衣服の分野は生活芸術科、育児の分野は児童学科として、構成するに至った経緯を思うとき、二十世紀になって起きた女性学の根本を成していたのだと今さらながら、感嘆してしまう。

一人の偉人のこういう背景を踏まえて、どのような演じ方をしてくれるか、脚本は視聴者の期待にどれほど応えてくれるか、いま結論を出すのは早計かもしれないけれど、今はどうか、この感想が思い込みの強さにすぎなかったというような展開になることを期待するほかはない。


2016年1月27日 (水)

蟄居レポート

今年の予定表つきカレンダーはまだ真っ白である。夫のほうが、週に三回も出掛ける日があったりして、忙しくなりそうだ。きのうも、ペースメーカーつきで、脳腫瘍の手術もしたひとが、元気な声で電話してきて、またマージャン会を再開するから、と誘っていた
わたしは、自分がこのひとより、元気じゃないような気がした。
遠出をして何かをしようという気が全く起きない。

私の左膝は悪くなってはいないけれど、まだ心もとない状態で、気が許せない。先週大きな病院の整形外科でレントゲンを撮りなおしたら、やはり変形が始まりかけているとかで、水を抜かれ、ヒアルロン酸の注射をされた。
左をかばうから、右の腰のあたりも痛くなって、ともかく湿布薬をはりめぐらししながら、過ごす毎日。
でも、なんの制約もなく、気ままに過ごせる毎日があるということは、とても解放感がある。
これまでせっかちな気性も災いして、せかせかと歩き、いつも何かすることがあるという暮らしをし過ぎていた。
人生を見直すときだ。ゆっくりと危なげない歩調を確かめながら進む歩みと似たような暮らしをしてみるときだ、そう思えてきている。

自分の身体と相談しながら、できるだけ無駄な動きをはぶき、日に二度湯たんぽを沸かし、ベッドにもぐりこむ。
本を読むときもテレビを観るときも、ベッドで、となると、腰のあたりが不安定で、痛い腰がなおひどくなるような不安がある。

そこでアマゾンを検索、バランスクッションなるものを購入した。1000円台から7,8000円台までと選択肢が広く、選ぶのが大変だったが、レビューを参考にして、もし間違ったものを買ってしまったとしても悔いがないように2000円台のにしたのだが、これが正解だった。パソコン打つときもベッドによりかかるときも、腰の下がゆらゆら動いて、いい具合なのである。

ともかくアマゾンをフル活用している。
デパートでしか買えないファンデーションも買えたし、図書館に行けなくなったので、文庫本なら、古いもので、1円からあるので、かなりの冊数を買った。

ウッドデッキの花々が枯れかけている。せっかく冬を越したベコニアもついに葉が茶色に、よれよれになりかけている。それが私の姿を暗示しているようで、見るのがつらい。ビオラか、パンジーに植えかえたいのだが、『花工場』に行くこともできない。
じゃ、アマゾンで、と検索したら、苗も買えるのである。でもまとめて1500円から2000円以上もするので、花だけは自分の目で確かめたいと、あきらめることにした。

2016年1月22日 (金)

読み始めたら、やめられないヘニング・マンケル本 3.

『目くらましの道』『殺人者の顔』を読破し、いまは『ファイアーウォール』上巻を読み終わったところだが、きょう一日で300ページを夢中になって読み進ませてしまう、マニングの筆の冴えには、驚くばかりである。

『殺人者の顔』では農家の老夫婦惨殺の事件が発端であるが、飼っている馬がその日、何者かによってエサが与えられていたことが、重要なカギとなることを、直感した刑事ヴァランダーは、馬のことを知るために、かつて親友でいまは競走馬の飼育をしている友を訪ねる。

ヴァランダーの趣味はオペラのアリアを聴くことで、車の中でもCDを流しながら運転している。
この友がかつてオペラ歌手をめざしていたとき、ヴァランダーはマネージャーとなって働こうと志したのだが、夢やぶれ、二人の友情は終わった。
久しぶりに会って二人が言葉を交わす場面はこの作品の圧巻ともいえる。昔の友情を懐かしみ、期待をこめて問いかける彼に応える友は以前の面影はなく、すさんでいる。
二人が会わずにいた時間でなにが変貌したのか、時間のもたらす、とりかえしのつかないむなしい失望感がふたりの会話のはしばしに、あふれ、わたしの人生での似たような経験を思い出しながら、深く感情移入させられた。

ヴァランダーシリーズはWOWOWですでに放映されていて、英国のケネス・プラマーが自ら製作、主演しているようだが、ちょっとイメージとは違うような気がした。『フレンチアルプスで起きたこと』のヨハネス・バー・クンケー・トマスのほうが似合っているのではないか、この役はやはりスゥエーデン人に演じてほしかったのに、と思った。

でもわたしは幸い読むのが先になっている。
まだ当分左膝をかばいながら、遠距離外出を避け、予定をつくることを極力避けている身としては、これほど夢中に読みふけられる小説とめぐりあえたことで、むしろ、ラッキー!!と思ってしまうほどなのである。(了)

2016年1月19日 (火)

読み始めたら、やめられないヘニング・マンケル本 2.

スウェーデンというと、まずセンスあふれるカラフルな家具や雑貨の街、首都ストックホルムが浮かび、名匠イングール・ベルイマンの映画の画面が去来する。ベルイマンの映画はなにか暗い影のようなものが漂ったりするけれど、色彩はあふれていた。

ところがマンケルの小説の舞台は南部の過疎地、イースタ近辺、冬は凍るように寒く、色彩がまったく浮かびあがることもない、モノクロームの世界である。十月から三月ぐらいまで、ほとんど太陽が出ない日々が続くそうで、それが暮らす人たちの心にどれほどの影響を与えるか、風景描写がすぐれていればいるほど、深々と迫ってくる。
『目くらましの道』の中に、「スウェーデンはひどい貧乏のなかから立ち上がった国だった。大部分は自力で、また幸運な状況も手伝って豊かな国になったのだ・・・・そして輝かしい時代が過ぎ去ったようにみえるいま、社会福祉があらゆる方面から削られ、押し潰されそうになっている時代・・・・隠れていたほうの貧困、家族の悲惨さが表面に出てきた・・・」
というモノローグがあるが、IKEAのインテリアから想像もしなかった、この国の現状がくっきりと、まざまざとマンケルの筆であらわにされる。

かつてイタリア、ボローニャに二週間滞在したとき、ホームステイしたアパートの四階は未亡人の女性一人の居室のほかに四室、客用の部屋があって、わたし以外にスウェーデン人の学生が、三人もステイしていた。彼等は常にはしゃいでいるわりには、あまりフレンドリーな態度ではなく、好感を持てなかったのだが、スウェーデンみたいないい国(そのときはそう思っていたのだ)に住んでいて、どうしてイタリアに来ているの?と訊いたら、きゅうに表情を厳しくして応えたのには驚いた。「あんな国なんて、帰りたくもない」
もしかしたら、彼らは南部や北部の過疎地の出身だったのかも知れない、と今になって思い当たる。

ヴァラァンダーの父親は画家である。彼の生涯の夢はイタリアに行くことで、それを息子はなんとかしてかなえようと努力する。

太陽の国、イタリア、明るい輝くような陽射しの中で花々は歓喜の色で咲き誇り、トリたちは毎朝、歌うように啼く。その国で、たとえ限りある時間であっても、太陽をあびることで、幸福感を味わえるのではないかと、夢見る気持ちが切々とつたわってくるのである。


2016年1月17日 (日)

読み始めたら、やめられないヘニング・マンケル本 1.

一カ月に一度文学のことを語りあう友がいる。
女子大の付属小学校でわずか一年だけ一緒に学んだ間柄だが、彼女はその後転校してしまい、会うことはなかった。

同窓会で数十年ぶりに再会したのに、ふと話題に出たロザムンド・ピルチャーのことで意気投合し、もっともっと話し合って、会わないでいた数十年の溝を徐々に埋めていこう、ということになった。彼女は英文学を大学で教える仕事を長くしていたので、専門家としての文学を読み取る力に長け、わたしは純文学ではないが、いわゆる英米小説の翻訳を十年以上していたから、文章の行間からにじみ出る作家の感情をとらえることが得意であることを、彼女は評価してくれて、二人のあいだになにかぴったり一致する共通意識のようなものを感じ合う快感を、お互い大切に思うようになり、もっと早く会いたかったけど、まだ間に合ったわね、などと話し合っているのである。
ちかごろ北欧のミステリーが卓越している、とおしえてくれたのは、その彼女なのだ。

わたしはすでに、『ミレニアム』や『スウェーデン国家警察特捜班』などを映像で見ていて、目が離せないほど、ストーリー展開の素晴らしさに見入ってしまっている経験があったので、見るのが先か読むのが先か、ということになるともう見てしまっているけど、という感じがあったのだが、唯一映像をまだ見ていない、ヘニング・マンケルの『目くらましの道』を読んでみることにした。

そして、読みだしたら、やめられないほど面白いミステリーを、この数年間探していたのだが、ついに出会えたという実感が持てた。

導入部から読者の心をわしずかみにする力がある。余計な文章がまったくなく、短いけれども、これ以上ない的確な表現、登場人物のいずれにも、人生がくっきりと浮かぶ描写にすぐれ、解説者の言葉を借りれば、「警察捜査小説として迫力、意外性に満ちた伏線の張り方、社会情勢をひとつの犯罪によって切り取ったプロットの冴え」が結集された珠玉の作品なのである。

主人公の刑事クルト・ヴァランダーの人間像に惹かれる。ふたたび解説者の言葉を借りれば「人は人として生きている限り、いつでも未完成な存在である。だからこそ、真摯に生きようと思えば、応えのない問いをくり返し、おのれの内面に向き合わなければならない」犯人を捜しながら、無力さにもだえ、健康問題、家族問題、人間関係にふりまわされながらも、闘うことをやめない、誠実さ、粘り強さ、直観力の鋭さに、感情移入させられてしまう。

物語の中にどっぷりつからせてくれる、翻訳の見事さを語らずにはいられない。柳沢由美子というひとは、ストックホルムでスウェーデン語科を修了しているだけあって、読み進むうちにもまったく違和感のない、達意のこなれた文章力を発揮している。

2016年1月10日 (日)

孫娘の成人式前撮りの日

「前撮り」と称して、成人式のために振袖を着て写真を前日に写す手筈をととのえるに当たり、ひと騒動あった我が家だが、いよいよ振袖と襦袢を出して、ととのえるのも、膝がまだ完全に治癒していないわが身にとっては大仕事だった。
まずは襦袢の半襟付け、自分用に買ってあった、梅の小花刺繍の半襟をまさにこのとき役立てようと、およそ一メートルの長さをしわがよらないように引っ張りながら縫い付けるのも、容易ではない。018_2


こんなことをしているのはかなりの少数派なのではないかと思ったのは、ネットの記事で、いまは着物レンタル、美容院のヘアメイクに着付け、写真セットで、相場が10万から20万というのを知ったからで、我が家のように母親の振袖、帯は祖母のもの、着付けも知り合いに頼んで出張してもらうなどというのは、料金を出してすべてまかせるのと違って、安上がりなかわりに、細かい手間と手数がかかるのは仕方がなく、これは、わたしがすべてお任せのパックツアーを好まず、手間はかかるけれど、自分で全部プランをたてて旅行をするのと似ているな、と思ったりもした。
さて、長年しまってあった着物と襦袢にアイロンをかけるのも、これ、かなり難儀だったけれど、なんとかこなした。

着付けをしてくれるのは我が家に二週間に一度、家事手伝いをしてくれる、Sさん、彼女は銀座の呉服店で着付けを担当していた、立派な経歴もあり、フラワーアレンジメントも凄腕というひと、もう二十年以上も来てもらっていて、孫たちも随分世話になっているので、今回の着付けの役目を大層喜んで引き受けてくれた。

そし今日、当日、母親は朝から仕事、孫娘は自分で行きつけの美容院でヘアだけセット、ゆうべ、ばぁば、着物の写真おくって、とメールしてきたので、ちょっとしんどかったけど、携帯で写真をとり、添付しておくった。スタイリストさんに見せて、そのイメージでヘアを結ってもらうのだそうだ。

あらわれた彼女、パーマもかかっていないヘアを、髪飾りまでつけて結い上げ、ナチュラルメークまでしてもらって、娘らしさ匂うような姿に、期待していなかっただけに、感動した。

およそ一時間、Sさん、さすが見事な帯むすび、お着物も帯も、ものがいいので、やりがいがありますという、言葉にほっとしたけど、帯揚げも、帯締めも古いもの、でもその古さがなんかすべて調和して、統一感があった。007


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もとカメラ部の孫息子が写真係であらわれ、わたしと夫がつきそって、夫の運転で、近くの神社へ。天気もよく、参拝客も少ない絶好の穴場とでもいうべき場所、オジサンの息子までやってきて、沢山いい写真がとれた。
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早朝からお赤飯を炊き、煮物、ホウレンソウの胡麻和え、などつくっておいたので、戻ってからランチ、三合炊き、一部をSさんに、お弁当にしてプレゼントしたのだけれど、孫たちはあっという間に平らげ、やっぱりお赤飯て、こういうときにおいしいよね、などと言ってくれた。

かなりハードな一日、でも祖母としてやるべきことを、やり終えた達成感で、なんだか、足もよくなってきそうな、希望もわいてきたのだった。

2016年1月 7日 (木)

手紙

JUN子さん
送ってくださった、フランシス・バーネットの『庭にて』(白い人びと、みすず書房)のエッセイ、蛍光ペン片手に傍線をひきながら、しみじみと読ませていただきました。あなたにはピルチャー本や、小川洋子の卓越した文章を教えていただき、いつもながら、純文学から大衆文学まで、読むべき作品に対する、たぐいまれな嗅覚をお持ちだと、感じずにはいられませんでした。
ご自宅のファックス機で、十枚ものコピーをわたくしのためにしてくださった、お気持ちをうれしく思いつつ、じっくりと活字を追いました。

庭のことは庭で書くべき、という言葉から始まるこのエッセイ、「庭を持っているかぎり、ひとには未来があり、未来があるかぎり、ひとは本当の意味で生きている」という言葉がまさにキーフレーズですね。それは、発芽を見出すときもそうですが、いまのわたしは種をまくことから始める気力が欠けており、未来の時間がどんどん短くなり、確信も持てない状況ではあっても、あの、アロエの花のような、思いがけぬ発見もありましたし、きょうはまた、二年ぶりにクリスマスローズの蕾を見出すという喜びに遭遇したことを思うとき、やはり植物は生きがいをくれているのだと、実感します。

バーネットは『小公子』『小公女』『秘密の花園』などの名作を生み出していますが、ガーデニングにも、これほどの愛情をそそいで楽しんでいて、雑草を根こそぎ退治する格闘にさえ、こたえられない味わいだとまで、表現しているのに、驚きます。

かつて広い庭を持っていたわたしは、草取りはいつも呪わしい仕事でした。とりわけシンボルツリーのようなナツメの樹の根から執拗に生えつづけるトゲのある、実生退治がイヤで、草取り作業を一日伸ばしにする理由のように思っていたものです。

今回、腰やら膝やら痛くなって、水やりも億劫になることを体験しましたが、先日ある場所で出会った、上野毛の一戸建てに住む、ご婦人が、花の苗は枯れてしまって命が終るのを見るのがつらいので、花の樹が好き、一年中花が咲き続けるようにそういう樹や、潅木で庭をいっぱいにしたい、と言われ、水やりは必要ないし、椿、山茶花、沈丁花、シャクナゲ、ルリマツリ、ノウゼンカズラなどの樹を思い浮かべながら、究極の贅沢な発想もあるのだと、納得したことでした。

バーネット女史の「白はまわりのものをみごとに引き立てるから、大量に混ぜるようにしている・・なにも贅沢な花を植えているのではない、ありきたりの平凡な花、ペチュニアとかジニア、マリーゴールドで充分・・」という言葉に学びありでした。
我が家のペチュニアとベコニアは冬を越し、まだ見事に咲き続けているのです。
季節ごとに何を植えたらいいか、プランはできていると思っていたのですが、まだ思いがけない発見があります。

中村妙子さんの達意の文章は、作家の声がそのまま聞こえてくるようにさえ感じられます。
良い作品を読ませていただきました。

2016年1月 3日 (日)

正月雑感

例年はクリスマス前から計画表をつくり、買い物も料理も手順よくすませていたのに、今回は思わぬ歩行困難から、かなり行き当たりばったりの年越となってしまった。

おせちは自分の得意な黒豆、五目きんぴら、ナマス、田作りさえ手製であれば、あとは買ったもので、体裁よく整うことが判明、手抜きがどの程度可能かを知る体験にもなった。
おでんも、近くの豆腐屋丸金さんのがんもがどこにも真似できぬほどの逸品だから、これと、ゆで玉子、大根、あと、練りものは、近くのスーパーでも調達できる。

肝心なのは出汁、年末京都の創味というところから出汁をとりよせたので、おでんは手をかけず、おいしいものができた。

ただし、この液体出汁、すでに味付けがしてあるので、うっかり、年越しそばのとき、わたし流の味付けを加えてしまったら、かけそばの汁がくどい味になってしまって失敗、しかも息子は「かけ」より、「もり」が好きなのだとあらためてわかり、これも長年一緒にいながら、わからずにいた無知からくる、失策だった。この場合、蕎麦をゆでるタイミングが大事、今回、動き回るのに無理があったのが加わり、不出来な年越しそばは悔いが残った。

年末の贈り物で、うれしかったのが、”茅乃舎“の出汁とポン酢、ゴマダレのセット。
これはもう、京都の出汁もかなわぬおいしさで、しかもアゴやカツオ、うるめいわし、こぶなどの粉末でできているので、使ったあとも乾燥させて炒るとふりかけになるという、すぐれもの。
生産地は福岡、すでに、「ちゃぐままさん」のブログで知識を得てはいたが、その凄さを実感することになった。

年末まで、海外の彼女に会いに行っていた息子は、花模様の英国製、折り畳み杖をみやげに買ってきてくれ、これが実に使いよくて、大きな励ましをもらった。彼女のローマ旅行みやげ、”ラファエロ”と言う名のチョコレートプレゼントも託されていて、これもその名に恥じぬ、おいしさで、足の痛みもしばし忘れさせてくれた。

もうひとつ年末のサプライズは二十年音信不通だった、十歳年下のアメリカの友人からカードが来たこと。CWAJの版画展が一番活気を呈していたころ、カタログ担当をしたパートナー、そのときは印刷会社を探す重要な転換期でもあって、責任重大だった。その後家ぐるみの付き合いになり、料理上手な彼女とはずいぶんレシピ交換もしたものだ。
カードのあとに長いメールのやりとりが始まり、息子さんを亡くすという不幸があったことがわかった。
どうしていまごろ、わたしのことを思いだしてくれたのか、それはまだこれからのやりとりで知らされることだろう。

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