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2015年12月に作成された記事

2015年12月31日 (木)

歳末レポート

きのうの鎌倉瑞泉寺の墓参りは、本音を言えば、行きたくなかった。膝の治療に通うだけでもやっとなので、何があるかわからないこの師走の外出はできるだけ、避けたい。夫は、オレ一人で大丈夫だ、と言ったけれど、夫だって三本足なのだ。
それが急に、気分が楽になって行く気になったのは、黒豆と五目きんぴらが、申し分なくうまくできたからである。黒豆のコツは、最終の蜜にひたすときに、マメと蜜が同じ温度にするということを、今回つくづく悟った。五目きんぴらも、レンコン、ゴボウ、人参、白滝、干しシイタケ、千切りをよくいためて、調味料を入れてから、なんどもかきまぜ、汁をからませる。そのタイミング、手さばきは我ながら、数十年の技があるからこそである。
いくら身体の具合が正常でなくても、おせちのこの二つと、あと調理が簡単な田作りとナマスだけは外せない。

瑞泉寺の墓地は供花があがっている墓が少なかった。高齢化のせいだろうか。掃除はすでに行き届いていて、どの墓にも松の枝が一本供されている。掃除の労働がはぶけたので、いつもなら本堂の方を回って花の咲き具合を楽しむのだけれどきょうは足のために用心し、省略して昼食へと急ぎ、すぐそばの『もみじや』さんで、おいしい京風のおそばとくずきりを食べる。
井上蒲鉾店も省略した。駐車場を探すのが大変だし、正月、孫たちがくるかどうかわからないので、おでんのタネはそれほど必要ではないし、二色玉子は紀伊国屋でも売っているので、かえりに目黒通りの店で調達することにしたのである。
夫の運転は安定しており、道も比較的すいていたので、二時過ぎに帰宅することができた。
一夜飾りにならないように、正月用具をいろいろ出す。夫にもずいぶん手伝ってもらったけれど、やはり動かざるをえない。

きょうの接骨院、今年最後の診療には腫れたひざを見せることになってしまった。なんでも水も少し、たまってきているとか・・ずいぶんいじめちゃったからな、と言われてしまう。それでも、下着をはくとき一本足が大丈夫になったし、杖なしでも歩こうと思えば歩けるようになってきた。
回復力がある自分をありがたいと思う一方、まわりで杖をつきながらゆっくり、ゆっくり歩いている同年輩のひとたちに感情移入できる自分も意識する。

新年5日の外出と、一月末の二泊三日の旅行にOKが出たのだけは、とりあえず三が日の休養時の励みになりそうだ。


2015年12月27日 (日)

三本足

クリスマス前、娘がノロウイルスにやられるという災難が起きた。孫娘は友人宅、孫息子は我が家に避難し、二泊を過ごした。
渦中、孫たちのもう一人のばぁばの訃報が知らされた。
娘は回復はしていたが、駆けつけられるほどに至っていないので、夫と孫息子が代わりをつとめた。
この週末葬儀の手はずがととのい、わたしも出席することにしていた。
ところが、二十五日、今年最後の歯科検診を無事に終え、買い物をすまし、一時間一本のバスを逃すまいと、小走りしたとき、左足の膝裏に激痛が走った。
しばらくしゃがんでいたが、なんとか立ち上がることができたので、そろそろ歩き、タクシーに乗って帰宅。歩けなくはないのだが、左の足をふみしめるのがこわい。支えるものがほしくて、傘を杖替わりにしようとしたら、オレのを使えよ、と夫が自分の杖を渡してくれた。三本足である。杖とはまさにこういうときに必要なのだと実感した。

自分用の杖を買わなければならない。アマゾンでドイツ、オッセンベルク社製の一本を購入、翌日届いた。
葬儀には出られなくなってしまった。夫も両日出席はむずかしく、一日は息子が代わりをつとめることになった。
この年末、次世代の助けをいっぱいもらう事態となる。

膝の悪化をこのままにしておくわけにいかない。あの精神主義の整形に行く気にならず、さりとて、新しい病院に出かけるのも今の状況ではむずかしい。ふと思いついて、もう十数年行っていない、徒歩五分の接骨院に出かけてみた。
こういうときに、ふと思いつく経験はこれまでも多々あったが、これこそは天のお告げのように正しい判断である確率が高い。
ひざを見比べて、腫れてますね、せかせか歩いてるでしょう、それに対応する膝の状況に無理が生じていると、図解と写真で説明してくれ、電気による膝用マッサージ、などもほどこされ、少し楽になって帰ることができた。三十日まで診療しているので、通うつもりである。
ともかく冷やすことだというので、その院特製の湿布と保冷剤を当てつづけ、目下神妙に養生している。

2015年12月23日 (水)

今年最後の刺し子作品

今年五月、伊豆高原アートフェスティバルに出かけたとき、和布のはぎれの束を買い求めた。
とても良い柄が多く、色も統一しているので、なにかに使えないかと模索していたのだが、吉浦先生のご指導で、はぎれに刺し子をほどこし、つなげ、それをふたの部分に飾ったバッグを作ることに決めた。
刺し子をしてつなげ、バッグのふたの部分を作るところまでは簡単だったが、バッグ本体に芯地をはり、裏地を縫いあわせるところにきて、迷路にはまった。
幾何学的な絵が浮かばないのである。
同じようなバッグをつくっている、若いレッスンメイトがやはり、ややこしくてわからない、と同じ悩みを訴えたので、二人そろって、先生から懇切丁寧な指導を受ける。
そこまできて、ひざ痛と腰痛に悩まされるようになり、ミシン仕事をする気がまったくおきなくなって、放っておいたら、またわからなくなってしまった。

バッグのふたの部分をはさみ、芯地の本体を上にして、ぐるりと縫う。むずかしいのはマチづくり、下部の本体、表地と裏地を別々にしてあとは右の裏地の穴からひっくり返せば、魔法にように、ふた付バッグが形作られるというところまでくるのに、ひどく時間を要してしまった。

しかも最後のベルト付けもトラブる。四枚縫いあわせるので、ミシン針を14号にしてつけかえようとしたら、しばらくぶりなので、うまくはまらない。ミシン本体を倒すようにして挿入。さて糸通し、これはもう慣れたから、と思っていたのに、糸通しを下げたら、今度は上がらなくなってしまった。あせって、動かしたら、ますます、びくともしなくなった。またミシン屋さんを呼ばなくてはならないか、と思い悩んだときようやく動いてくれたが、また下げて上がらなくなったら、と、こわくなり、糸が通してないままなので、老眼をこすりこすり、自力で糸をとおすのが難儀。004


こうしてようやく仕上がったバッグ、なんだか針仕事の限界、何より機械と格闘するのがこわい経験をしたせいで、次の仕事に取り掛かる気になれない。

ともかく今年最後の刺し子仕事はかなりのあせりと共に仕上がったのだった。

2015年12月19日 (土)

年の功ベイキング

毎年クリスマスにはフルーツケーキを焼くことにしていた。それにはドライフルーツ類やピールのきざんだものを、一週間まえからブランデー、ラム酒、リキュールなどに漬けこまなくてはならない。
その材料を自由が丘に買いにでかけた。目指すは自由が丘デパートの地階、もはやデパート内、最古の店になりつつある、輸入食料品店、大蔵屋さん、自由が丘には大規模のケーキ材料店もオープンしているが、フルーツケーキに関してここほど材料がそろっているところはない。およそ四十年立派に年齢を重ねた店主の薀蓄十分のコメントを聴くのも楽しみなのである。
わたしのようにケーキを焼く主婦の顧客はこの地域にはまだ存在しているらしく、商品を沢山バスケットに載せている先客もいた。
すでにリキュールに漬けこんである刻んだドライフルーツも売っているので、必需品の一部だ。
一年に一度しか買わないのに、よくお店を維持してくださってるわね、とねぎらい、ついでに、紙ナプキンや、なつかしいマリービスケットなども購入。
奥さん、小瓶のリキュール類は製造停止になってしまいましたよ、という情報を知らされて、あれ~っつ、あれ便利だったのにね~。
家にまだ使い残りのラム酒やブランデーは少し残っているが、買い足すためにあちこち探しまわるのは、足も痛いし、面倒。
そこではたと、思いついた。近頃、クッキーの腕が一段と上がったと、夫がコメントしてくれている。そうだ、フルーツ入りクリスマスクッキーにしてみたら・・・と。
それなら、購入したリキュール漬け込みフルーツにピールの刻みピール、家にある残りのリキュールを加え、半日もしたら、すぐベイキングにとりかかることができる。
生地の粉には、シナモン、ナツメッグ、クローブ、ジンジャーなどのスパイス類たっぷり、そして刻みクルミも加えて・・・
出来上がったものがこの写真、たっぷりの星型、食べごたえある一個、夫は、うん、うまいよ、これ、と合格点をくれた。010_2

三つずつぐらい袋入りにして、今年も楽しいことに誘ってくれた友人たちと、会食するあと数回のそのときのプレゼントにしようと思う。

2015年12月14日 (月)

アロエの有終の美

ウッドデッキの左端においてある、アロエは今の家を建てているとき、仮住まいしていた緑ヶ丘のマンションで近隣のひとからもらったものである。
アロエがあると、ちょっとした火傷や、怪我などのときに、心強い。効能もあらたか、アロエヨーグルト、ジュースなど、健康食品になっているのも、うなずける。
我が家のアロエ、もらったときは三十センチぐらいだったのが、どんどん伸びて、今や一メートル、脇芽なども出てきているので、切ってよいものやら、迷っていた。

秋になって、ミモザの枝を切りに植木屋さんが来てくれたとき、奥さん、花が咲いてますよ、と言われ、びっくりした。まさか四年ぶりに花が咲くなど、思ってもみなかったからだ。004

こういう自然界の不思議は、我が家の息子や孫息子のロマンティックなサプライズと重なって、「失望しそうなときにも希望し・・・」という、教会である婦人におしえられた『最上のわざ』の一節を思い出させてくれる。

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老いの重荷は神の賜物、
古びた心に、これで最後のみがきをかける。
まことのふるさとへ行くために。

植木屋さんは、花が咲ききったあと、中途の脇芽のところからすっぱり切ってください、と言い残して去った。003


2015年12月11日 (金)

ああ、やっぱり・・・

一緒の席に座ろう、と約束した、来週のクリスマスランチョン、その友人から緊急の電話が入った。申し込みの締め切りが今日なのだけれど、パソコンが使えなくなってしまったので、かわりに申し込んでくれないかという依頼。
わけを訊いたら、ご主人が朝、パソコンに大きく表示された、ウインドウズ10のアップグレードをクリックしてしまったからなのだそうだ。
ああ、やっぱり、とそのとき思った。この数か月、開くたびに「無償アップグレードを今すぐ予約」とせかすような表示が出続けている。
タダほどこわいものはない、という観念があるから、無視しつづけていたが、表示はどんどん大きくなって、最近は、ウインドウズメールの画面、正面にブワ~ンとあらわれるようになり、これは無視できないか、とさえ思うようになっていた。
彼女のご主人のうっかりクリックは更新の一手順かと思われたのかもしれないし、だれでもやりがちな状況だと、推察できるのである。

ネットでの意見を調べてみると、無償アップグレードはできるかぎり慎重に、という意見が多い。ウィンドウズ7以上、8/8・1ならOKとしてはあるが、必ずしもそのモデルがアップグレード可能だと保証されているわけではなく、対応状況は不安定で、メーカーのハードウエア構成の関係上、サポートの対応ができていないところの方が多いのだそうで、もしアップグレードできたとしても、それが使いにくい場合、ダウングレードが可能かどうかも問題になってくるのだという。
それでなくてもメカに弱いわたしとしては、OS用語でさえ、よく理解できないことも多いので、慎重というよりは、いまのウインドウズ7で充分という気持ちである。

さて、友人のPCがどうなっているか、電話したいところだけれど、PCが使えないということでどれほど、ストレスが大きくなったか想像できるので、ともかく、二人のランチョンの予約ができたいまは、当日会ってから状況を聴くことにしようと思っている。

2015年12月 8日 (火)

腰痛経過

十日前、いきなり腰痛におそわれたときは、立ったり、しゃがんだりすることがつらくて、湿布をはりめぐらし、コルセットをまいて、外出もせず、三日間休養。
少しずつ痛みがうすらいできたのを幸い、二か月まえから約束していたブリッジトーナメントをキャンセルするにしのびず、出かけたせいで、カードをにらみながら座りっぱなしのあと、また痛みがぶり返した。
腰痛対策をネット検索したら、福島県立医科大学の白土修先生がむやみな安静は禁物、むしろ歯みがきならぬ『腰みがき』と名付けた体操をすべき、という記事を見つけ、画像が出ていたので、それを実行しはじめる。仰向けに寝て膝をかわるがわる抱え,前に引くようにしてひっぱる、五秒ずつ。次に足を直角に伸ばしもものあたりを支えて上に伸ばすようにする、これも五秒ずつ。最後はうつぶせになり、両ひじで支えながら、上半身をそらす。
これは効いたようだ。少し楽になってきたので、どうしても、見逃せない、もうすぐ終わってしまうメトライブビューイングの『タンホイザー』を観に行く。ところがこれが四時間半の超大作、音楽も舞台美術も、合唱もそしてワグナー歌手の歌唱も壮大、圧倒的迫力に満ちた美しさで、感動はしたのだが、疲れて、また痛みがぶりかえした。

もしや、圧迫骨折などになっているのではないか、と不安になって、O整形に出かける。
MRIをとりましょう、ということになって、二十分、ガタガタ、ゴトゴト騒音に不安をつのらせつつ、検査終了。
即、結果が出る。モデルにしたいぐらいきれいな画像です。悪いところは見当たりません、と言われ、ほっと安心したが、あとは心の持ち方ですね、といつもの通りの精神論。自分の気に入るような認め方をひとに求めすぎると、長々お説教。確かに思い当ることがあり、痛いところを突かれた感じで、反論できず、うつむいていた。

娘にメールし、あのあと、娘に送ったメールの言葉が感情的過ぎたことを反省していると告げる。
テレビをつけたら、丁度『団塊世代』という番組で腰痛特集、東大の松平先生が名付けた『これだけ体操』が実演される。両足を肩幅に開き、親指を下に両掌を骨盤あたりに当て、ぎゅっと押すようにして背をそらせるというもの。

この体操は即効性ありで、立ったり座ったりが俄然楽になってきた。
痛みは完全に消えたわけではないが、娘からも優しいメールが返り、彼女がかかえるストレスも理解でき、コミュニケーション不足だった見えない部分が明らかになり、気持ちのつかえがとれた。

あと年末まではもう無茶をせず、掃除や片付けは、体調と相談しながら、あせったりせず、楽しいことだけ参加しながら、過ごそうと思う。

2015年12月 4日 (金)

『心の糧』

義母が亡くなったあと、遺品を整理していたら、リボンで結んだ手紙の束が見つかった。「心の糧」という手書きの紙がはさんであった。
中からわたしが母の日に贈ったカードが出てきた。

お母さま
   いつもご自分の健康を大切に守っていらっしゃることを、本当にご立派だと感じ入っております。
   おかげさまで、私たちも自分たちの暮らしに専念することができます。実母は他界しましたが、
二人の母か ら、老後の生き方を学んでいるという気がしております。
   お元気で自立心を持っていらっしゃることに、心よりの敬意と感謝をこめて・・・

娘も数年まえまで、母の日と誕生日にはカードつきのプレゼントをくれていた。いまは、何かほしいものある?と電話してきて、たいがいその当日には間にあわず、あとからプレゼントだけを届けてくる。
2002年にもらったカードは大切にとってある。

For Mother’s Day
   いつも私のことを一番考えてくれる親愛なる母さま
   あなたなしでは、私の輝かしく冒険に満ちた素晴らしい人生はありませんでした!
   本当に感謝の毎日です・・・・・

わたしにとってはこのカードが「心の糧」である。

そのときにある人に対して、こころから思った言葉には説得力がある。そしてそれはしっかり書き留めて、そのひとに贈ることで、そのひとはずっと励みをもらうことにもなる。

あのあとの冷戦はまだ続いているので、今年のクリスマスの晩餐はのぞめそうにない。

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