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2015年8月に作成された記事

2015年8月23日 (日)

のろのろパッキング

今朝、旅行パートナーと受話器を持ちながら、インターネットチェックインを済まし、決められていたシートを、通路をはさんで座るように変更できた。
久しぶりのBA、記入する詳細がふえていたので、会話しながらスムーズにできてよかった。

パッキングは95パーセントまで完了。一週間分を一週間かけてしている感じだ。
ゆうべの夕食、夫は自分で買ってきたメンチカツ、わたしは冷凍してあったミートソースの残りで、ショート―パスタをつくって食べ終わったとき、孫娘から電話があった。
いま蒲田なんだけど、夕飯食べさせてもらえる?
OK,すばやく頭が回転する。前の晩の残りの牛丼の具でミニをつくり、あとは冷やし中華一人分があるので、ハムはないけど、豚肉千切りにしていため、錦糸卵とで、一皿つくろう。

いつもの通り、とろけそうな目をして、おいし~いと食べてくれた。
ばぁば、きょう花火なんじゃない? 音がしてたけど・・・そうだ!!
今から行ってみよう、八時終了がまだ十五分ある。
丸子橋は鈴なりの人垣、でも花火打ち上げの場所が変わったのか、夜空に広がる彩ゆたかなくすだまが以前より大きく見えて、孫娘も声をあげて感激。
帰り道、その日の朝、ママとちょっと言い合いがあったと話してくれた。
でも花火観て、なんだかすっきりしたと、顔つきも明るくなって帰った。

来週250人以上も参加するトロンボーンのコンクールが控えている彼女、こういう息抜きも必要だったのだろう。
いくつになっても子供はやさしい言葉が欠如する心の隙間ができる。それを埋めてやれる、ばぁばの役目、まだまだ役に立つなら、もう少し長生きしたい。
なんとか無事に帰国して・・・

旅行のため十日ほどブログ休みます。

2015年8月19日 (水)

POZZO から POZZI に

朝食まえに、旅行パートナーのA子さんから緊急電話があった。
ヴェネチアの宿に問題があるというのである。

実はこの宿B&Bで宿泊客のレビューがすこぶるよかったので、決めたのだが、
写真は一室にベッドがいくつもあったり、食事は部屋に届けるといった奇妙なサーヴィスだったり、ちょっと気になっていたのだ。

A子さんは浴槽つきにこだわって、腰にトラブルがある高齢者なので、とコメントしておいたらしく、それに返事があり、なんとそのB&B四階で、ファミリーのステイ向き、エレベーターもないから、むずかしいのではないか、よければ一階か二階のほかのアパートを紹介する、と言ってきたのだそうだ。

「そりゃ、無理、やめよう、他をさがさない?」わたしはこれまでのステイで階段の上り下りがどれだけ大変だったかを思い出しながら言った。
彼女もすぐOK, しかもブックマークしてあるもう一軒のホテル、ネットですぐ開いてみて、ことわりのメール、今からするから、ということになった。
そのもう一軒、名前がB&Bはイタリア語で井戸と言う意味の単数形、もう一軒のほうは同じ意味の単語の複数形なのである。

レビューチェック、写真チェック、ロケーションチェック、すべてよし、但し今の時点で一部屋ずつは無理、トリプルルーム二人一緒で、妥協しないか?と提案、値段は一室のときと同じくらいになる。

これまでずっと別室だったが、差し迫った今の時点では無理、去年の九州の団体旅行で一緒だったときは四人一部屋、あれを思えば、恵まれているほう、いいじゃない?ということになって決定。

このホテル、中庭もあり、朝食もおいしそう、しかもエレベーターもあるから荷物の運搬の不自由なし、よかった、ロケーションはなんと、なんと、フェニーチェ劇場から徒歩一分。

彼女のおかげで、出発まえに大切な情報が得られ、連携プレーでホテル緊急変更がうまくいった。

暗雲が去ったせいで、その日は旅行用のスケジュールノートや、面倒な保険の自宅用のファイルもすいすい仕上げることができて、やれやれの一日となった。

2015年8月17日 (月)

用心、用心

旅行一週間ぐらい前となると、まさに雑用山積みのパニックタイム。
一緒に行く彼女とメトライブを観る約束していたのだが、彼女からおずおずの電話、ちょっと腰が怪しいので、大事をとる、とのこと。実はわたしも左ひざの後ろがつるような痛みがあって、危うい。
二人とも、似たようなときに、と笑いつつ、肩の力が抜けた。

きょう、念のためにO整形に出かける。随分お久しぶり、とフロント初め、医師にも言われる。九時過ぎ、患者はわずか数人、レントゲン係りの男性が新しいひとに、リハビリ室ものぞいてみたら、以前三か月くらい、わたしの親指付け根のトゲのあたりをやさしくマッサージし続けてくれた整体師のひとの姿もなく、フロントに訊いてみたら辞めましたとのこと。O医師は本を出版、目立つところにポスターが掲げてあったが、彼を助けていた、有能なスタッフはずいぶん姿を消した。

そのO先生、相変わらずの精神論、こうなったら困るというあなたの心配や不安の気持ちが身体にあらわれているんです、とのこと。去年九月の九州旅行のときもそうでしたね、などとこちらも忘れかけていることを指摘して立証されてしまうと反論もできない。
でも、レントゲン異常なし、触診OKで、リハビリ室では十五分くらい、ひざの裏をマッサージしてもらえて、一応、不安は消えた。

スーツケースは二個、大のほうをミラノ三日目に預けて、ヴェネチアには機内持ち込み用スーツケースだけで行く。
出発日三日まえぐらいに、もう荷造りを仕上げておきたいのだけれど、きょうは夫の誕生日で、娘と孫が夕食を一緒にしたいと言っているので、ほとんど何もできずに終わるだろう。

冷蔵庫の掃除もしておきたいし、それよりも何よりも、不用品を整理して自室をすっきりさせなければ。

「こうすべき、ああすべきということに縛られているのでは?」という医師の声が耳の奥で反響している。


2015年8月13日 (木)

不思議なご縁で

ブログを書き続けてよかったとつくづく思うのは、娘ぐらいの年齢の若い友人ができたこと。そもそもの初め、そのN子さんはわたしが旅行記に記したアムステルダムのホテル利用体験をコメント、その後、メールによる文通が始まり、共通の好みの映画を観ることになり、時折食事を共にする交友が続くことになった。
おいしいレストランを見分けるたぐいまれな感性を持つ彼女、イタリア語も始めて、ますます共通の話題がふえる。夫君は定職のほかにセミプロのオーケストラの団員でもあるという、多才な男性。
その彼女夫妻と彼女のイタリア語学校の友人で近々ミラノ留学をするという女性との四人の食事会に出かけた。

数十年ぶりに祐天寺で下車、私の自宅に一番近い場所ということで、選ばれたレストランは東口徒歩一分、『Ca’docci(カドッチ)』(03-5734-1013), イタリア小皿料理の店、営業は夜だけだが、平日は26時、日曜祭日は24時までという、残業あとのサラリーマンや、映画や観劇帰りの客にも親切なスケジュール。
シェフはたった一人、それだけに、小皿料理はどれも“おいしくなあれ”という心やりがしみこんだ味。自家製の白のサングリアで乾杯。ナスと小エビとオオムギサラダに始まり、ブロッコリーのスフレオムレツ、Photo


自家製ソーセージ、煮込み料理、詰め物をした小さいイカ、次から次、八、九皿ぐらいをわけて食べる。N子さんのおいしいレストラン選択の勘はきょうも冴えていた。

五、六テーブルもないくらいのこじんまり具合だが、椅子はすべて異なる作りという凝りよう。
九時ぐらいまで客はわたしたちだけ、とあって、ゆったり、くつろぎつつ、時間のたつのも忘れるほどに話に花が咲く。
みんながイタリア好き。「なんでイタリアの空ってあんなにきれいなんでしょう?小鳥は啼いてるんじゃなくて歌ってる・・・」、共感に輝く顔と顔。
デザートはピスタチオのアイスクリームだったが、店を出たのが11時まえ、もう一軒ジェラート店が十一時まで営業しているのを知っているという、N子さんのご主人に案内され、かけつけて、三種類のジェラートをまたまた四人で分けて食べた。

若い人たちがこの高齢ばあさんの話を聴いてくれるのがうれしかったし、話足りないぐらい、話が尽きなかったというのも、実の娘や息子からは得られぬ感動、不思議な縁がとりもつ貴重な数時間であった。

2015年8月10日 (月)

もう一度イタリア

2013年に最後のイタリア旅行のつもりで、でかけたときは、右足の親指の骨にトゲが生えていたため、重装備のような重たくて、頑丈なドイツ製の靴をはかなければならなかった。
足のトラブルはそれだけではなく、モートン病といって、足指の中指と薬指の部分が長時間歩いていると痛くなってくる症状があらわれ、それは足裏のアーチが低くなったためという診断で、そのための特別のインソールをあつらえなければならなかった。
現在、右足の親指部分を折り曲げると、トゲのための痛みはうっすらと残ってはいるけれど、毎日、足指でグーチョキパーをする努力を続けたためか、いまでは、あの重たい靴をはく必要がないほどに、症状がやわらいでいる
モートン病のほうも、インソールをこまめに使用していたせいか、いまではどの靴もはけるようになって、長時間歩いても、痛みの意識はほとんどない。
高齢ゆえの症状は、感じなくなったから、治癒したとは言い切れず、身体が慣れてきて、おさまりをつけたというような感じでもあるのだが、ともかく歩くことが苦にならなくなって、体調も良好になり、また旅行ができそうな予感がしてきた。

77歳という年齢で、一緒に海外旅行できるほど親しい友人関係をつくるのはもう無理だろう、とあきらめかけていたのだが、同じ国際婦人クラブで顔見知りであった、五歳年下のあるひとと、昨年あたりから急速に親しくなった。それは彼女がやはりイタリアに一人旅をしているということから、共通の話題があり、しかも、行きたかったのに,行ってない場所が一致するという、事実に驚きもし、少しずつ、少しずつ、お互いを知るための努力を深めていって、いつのまにか、一緒にイタリアへ出かけようという運びにまでなっていた。

まずお互いが大好きなミラノに三泊、スカラでオペラを観、その後クレモナを訪ね、そしてヴェネチアに三泊、フェニーチェでまたオペラを観る。
そして早朝のリナーテ空港からのフライトにそなえて空港そばのホテルに一泊、帰国という段取りである。
ホテル選びは互いに電話で話しつつ、PCを開いて、BookingComから選び、よさそうなところを決めた。オペラのチケット、ミラノ~ヴェネチアの列車のチケットも同じようにして購入。
わたしは大ざっぱなところがあるので、イタリア鉄道のサイトもログインしなければチケットは買えないと思っていたが、彼女はログインせずに買えるやり方を教えてくれた。
旅行保険もフライトのチケットを購入したエージェントから送ってもらった書類で一括払いしようかと思っていたら、なんとDCのゴールドカードには家族会員でも死亡の際、5000万支払われる付帯保険がついていると教えてもらった。そして疾病などの足りない部分を損保ジャパンの自由購入から選んで、補うと、2000円くらいの支払いで済んでしまうのである。

わたしが彼女に感謝されたのは、ヴェネチア三泊のうちの一泊を近隣のトレヴィーゾにしようと提案したことで、この陸のヴェネチアと言われる美しい小都市の町中にある素敵な小ホテルを見つけたことくらいだ。

二人で何よりも楽しみにしているのは、夕食を一緒に食べられること。イタリアの夕食を一人で食べるほど、味気ないことはない。しかも家族旅行者の多い夏なのである。
今月最終週、少し暑さがやわらぐといいのだけれど。


2015年8月 3日 (月)

夏向き料理

やっぱり来たか、という猛暑の連日である。でも今年は7月の半ばくらいまで、さわやかだったので、体力を蓄えることができた。

日中、外出しようものなら、汗びっしょり、帰るとすぐシャワー、冷やしておいたビールやワインのシードル割りなどを枝豆やポテトチップをつまみにして楽しむ。
だから夕食はそんなに手をかけたものなど作らなくても、旬の野菜を加えた簡単レシピで十分。
土曜朝の『サワコの朝』に土井義晴さんが出演していて10分でできるスパゲッティミートソースを紹介してくれた。ニンニクをオリーブオイルでいため、そこに牛ひき肉加えいため、そこに新鮮トマトきざんだもの加えて、最後にパスタをゆでたゆで汁少々を加えて仕上げるというもの。
そう、ソース煮込まなくても、この方が夏向き。

このところよく作るものは、カポナータというかラタトゥイユ、ネットで確認したら、カポナータはナスを揚げるのだそうで、そうなると私のレシピはラタトゥイユとなる。
ニンニクをオリーブオイルでいため、冷蔵庫の野菜室総ざらいのような、ナス、ズッキーニ、カボチャ、シメジとかのきのこ類、ピーマン、ときにキューリも、など一口切り加え、タイム、バジルなどの生ハーブ刻んだものも加え、最後に、生トマト刻んだものを混ぜ、ふたをしてしばらく煮込む。味付けは塩、コショーのみ。
ハーブを加えると俄然風味が増す。

おいしいカレーが食べたくて、「おいしいカレー」でネット検索したら、簡単レシピで、クミンシード加えると格段に味がよくなるという記事を見てこれ、と思い、まずニンニクとショウガみじんいため、肉と玉ねぎ沢山炒め、クミンシード加え、シメジも残っていたので加え、水を入れてしばらく煮込み、バーモントカレーのルー入れ、塩などで味調整、これも生トマト加え、最後にガラムマサラ入れたら、すごくおいしいカレーができた。
本格的おいしいカレーは玉ねぎ40分ぐらい飴色になるまで炒め、つくるらしいが、せっかちだから、無理。
これで充分だと思った。

夏料理、要はハーブ、香辛料をしっかり加えることではないかと・・・、

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