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2015年7月 5日 (日)

ロザムンド・ピルチャー『帰郷』読破 3

英国はドラマ制作が卓越している。とりわけ長編の名作もの、たとえば、『ブライズヘッド再び』や『フォーサイト家物語』、そして『ダウントンアビー』然り、けれどもこの三作はいずれも因果はめぐる・・的な見せ場も多く、十回シリーズぐらいの時間をかけている。
一方、たったの二夜で、上、中、下の大長編『帰郷』をまとめられるのだろうか、と疑問を感じつつ、のぞいてみた。
自然の映像や、ナンチェロ―屋敷、など舞台は申し分ないのだが、所詮作品そのもののドラマ性が起伏の多いものではなく、ピルチャーの文章表現の詳細さに頼っている部分が多いので、想像通り、ただ筋を追っているだけのような作りで、不満が残った。

たとえば、この作品でわたしが一番好きな場面、戦時下、ジュディスが婦人部隊から休暇をもらって、ロンドンのラヴデー家の別宅に泊まりにくるところ。風邪をひきかけている体調の悪さがよく描かれていて、感情移入しながら読み進んだが、そこに同じくラヴデー家から鍵をもらっていて訪れてきた、ジェレミーという医師、この二人の心の通い合いと、ついにはジェレミーが患者の家からもらってきたというステーキ肉を調理して食べさせ、効き目のあらたかな薬をのませて、身体も心も満足しつつ、二人がベッドを共にするという・・・・そのシーンが心の通いあいよりも、身体を交えるベッドシーンを長々うつしだすという、まったく浅薄な映像になっている。

映画やテレビの映像は直截的に登場人物像を具象化してはくれるが、書物の文字をたどりながら、自分の頭の中にイメージをつくりあげていく崇高な喜びにはかなわない。

「のちに戦争中のことを思い返すとき、ジュディスはいつも長ったらしい空の旅をふり返る思いだった・・・ハッとおびえる瞬間が束の間混じる、退屈な何時間もの旅・・不安と不安が事実となるのではないかという恐れ・・・ダンケルクの暗い日々、そしてフランスの敗北のあいだ、ほとんどすべてのイギリス人が危惧と緊張感のうちに日々を過ごしていた」

上記の表現を映像化するのは極めてむずかしい。
しかし太平洋戦争の二年間、七歳で終戦を迎えた私はこの不安を実体験している。そして恐怖が実際にはじけて家が全焼してしまったとき、ああ、これで起こるべきことが起きてしまった、と子供ながらに、もうこれ以上の恐怖は起きまいと思った。
戦争が人間に与える不安は、国が違っても共通する。
それをピルチャーは、この作品で余すところなく描いた。
七十二歳にしての偉業だったと思う。


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