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2015年7月に作成された記事

2015年7月28日 (火)

ネコの試練

「おい、チャイがびっこひいてるぞ」と気がついたのは夫のほうが先だった。
明け方、外に出たいといった我が家の老猫チャイ、出してから、しばらくして戻ったときは気が付かなかったのだけれど、よく見ると、確かに、右の後ろ足を持ち上げてそろそろと歩いている。

チャイは家に来てもう17年、ほとんど病気もせず、二度の引越にも耐え、その都度新しい家にも慣れ、世話のかからないネコだったのだが・・・

その日は木曜、あいにく近所のかかりつけの獣医さんの休診日、これは困った。翌日は夫が朝から留守、わたしだけでは対応無理、今日じゅうに何とかしなければ。

そこで、もう十年以上ご無沙汰なのだけれど、チャイが家に来たばかりのときに、しばらく診てもらっていた、ここから車で三十分ぐらいの等々力の先生に、思い切って電話する。
折り返し電話があって、ああ、あのシッポの先が切れちゃったネコですね、と覚えていてくれた。
怪我の場合は必ずなめるし、骨折とかだとさわっただけでも痛がるから、そうでなければ、捻挫だろう、ということだったが、一応往診してもらう。
先生も六十代後半、息子さんが代替わりしたのだそうだが、さすが診断は確か、念のための注射をしてもらったのだが、目にもとまらぬ早業だったせいか、チャイはあばれなかった。

十七年はネコ歳では、八十以上、夫と同じくらいの高齢。逝くのはオレとどっちが先かな、などと夫は言うけれど、いまではネコトイレも食事のトレイも自室において、チャイとの共同生活を維持していてくれる。

チャイは三日ほど、外出せず、もしや、これが元で衰弱死ということもあろうかと、不安だったのだが、よく耐え、また元通りに歩けるようになった。

すっかり肉が落ちて、がりがりの身体のいま、ネコ道の塀から飛び降りたときに捻挫したのかも知れない。
でもまだ回復力はあるのだ。よく治ったね、チャイ、えらかったよ。008

2015年7月24日 (金)

新国立競技場の計画撤回と渋谷駅

このところようやく各メディアを新国立競技場の計画撤回のニュースがにぎわすようになった。
もっと早くに取り上げられてしかるべき、話題だったのに、すでにほぼ60億という資金を無駄にしたあとの、いまごろになって・・・と、唖然とする思いである。
曽野綾子さんは産経新聞で、デザインコンペの審査委員をした人たちに、大きな責任があると主張している。審査委員長の世界的建築家はどうしてこんなに予算オーバーしたか「わからへん」などと、うそぶいているが、曽野さんのおっしゃる通り、「概算で実現性の有無を示すことも設計者の仕事」なのである。

この世界的建築家、安藤忠雄氏は渋谷駅のデザインもしている。
渋谷駅を利用すればするほど、東横線の渋谷が、いまや、ただの通過駅になってしまった、という変貌を嘆きたくなる。とりわけJRを利用して渋谷で東横線に乗り換えるとき、一番近い出口のエスカレーターが片道だけで、不便なことおびただしい。時間で動きが変わるらしいのだが、行きたい方向に動いていたためしがない。
長い階段を二階分昇ったり、降りたり、それを思うと渋谷経由を避けたくなる。東中野や大塚から、渋谷を経由するとき、ここで降りられれば、といつも思う。そしてあの奈落のような地下五階まで、階段も含めて、降りていくことを思うと、あの建築家の顔が浮かんでうらめしくなる。
安藤氏は渋谷を通過する交通手段を使ったことがあったのであろうか。外出はすべてハイヤーや迎えの車だとすれば、渋谷駅の複雑きわまる動線を把握することは困難だろう。

戦後、まだ玉電というトラムが走っていたころ、三軒茶屋に住んでいたので、渋谷は一番身近な繁華街だった。恋文横丁やロシヤ料理の「サモワール」が人気だったころから、頻繁にでかけることがあったので、渋谷の推移を記憶している。

結婚して東横線沿線に住むようになってからも、渋谷は新宿や銀座よりも好ましかった。
東横のれん街は買い物しやすく、外出帰りに夕食の惣菜を探すのにはこの上なく便利で、漬物などの副菜も親切にカットしたものが備えてある店もあり、親しみが深かった。
副都心線で乗り換えなしで行けるから、といって、伊勢丹でそれが代わりにはなれないことを実感した。値段も高いし、前述の品が見つからない。
東横のれん街はまだ存在するけれど、おそろしく遠くなってしまった。
高齢者をいじめているのか、と言いたくなるほど、渋谷はおかしくなっている。

安藤氏は、「使う人の心の中に残る駅」をめざした、と語っていたが、彼が自信をもってつくった地宙船とやらのイメージは、未だもって気付くこともないほどに、心の中に残ってなどいないのである。

2015年7月19日 (日)

長すぎる『0.5ミリ』

観たいと思いつつ、見逃していた映画『0.5ミリ』、読書、映画、多方面に目配りの利く、稀有な目を持つ若い友人J子さんから、飯田橋のギンレイで上映中という情報をもらって、11時半に間に合うよう、いそいそと出かけた。
いかにも昔の映画館という、この飯田橋ギンレイ、客席は飲み物を置く、くぼみ付きの椅子で、座り心地もいい。圧倒的に高齢者の多い列ができてウイークデイなのにほぼ七分の入り。
終るの、何時? と訊いたら、2時15分、ええっつ? 聞き間違いじゃないかと思ったほど、長いのである。3時間16分の大長編。Photo

場内は冷房が効きだして、スカーフやら七分袖の厚手のワンピースで武装してきたつもりでも、話が進むにつれ、冷え込んできた。

主人公は素性も、生い立ちもわからない、ヘルパー、高齢男性五人とのかかわりを描くのだが、ストーリーはオムニバスのように展開する。
寝たきり男性を抱き起こして排泄させようとして失敗する冒頭の画面は衝撃的、そのあと、介護にあたっていた娘から、老人と添い寝をしてやってほしいと頼まれ、そこから事件が起き、二人目の老人との出会い。一晩カラオケ店で過ごしたあとの別れまでは息もつかせぬ面白さ。
ところが、それからが、リズムがこわれる、長い、ともかく長いのである。
ヘルパーを演じる安藤サクラ、無表情、超自然体のスゴ味のある演技なのだが、老人たちを脅すときが、コワすぎて、弱いものいじめの、本性が出たみたいにみえる。
三人目のお笑い系,坂田利夫老人とは息が合っていないし、余分な画面が多すぎてダレ気味、四人目の津川雅彦老人は大きな目をむき、「戦争くらい馬鹿げたものはありません。亡くなったひとがお気の毒です・・」を繰り返すたびに、しら~っとしてくる。
一体、この脚本、監督はなにを言いたかったのか、長引けば長引くほど、焦点がぼやけてくる。
五人目、実生活でサクラさんのお舅さんの柄本明、このかかわりもよくわからない、冒頭の老人一家の暗い過去があらわになってくるらしいことは想像できるのだが、もうこの辺にくると、早くなんとか終わらせてほしいと思ってしまう。
それとこのヘルパー、料理が凄腕らしいのだが、老人家庭の食卓にまるでレストランみたいな皿が並ぶのは違和感がぬぐいきれなかった、母親安藤和津さんのフードスタイリスト的料理のように思えてならない。

四時間余のイタリア映画『輝ける青春』みたいに、語っているものが明確で、すがすがしく、史実もみごとに再現されていて、ああ、いいものを観たという満足感が得られたのとは違い、なんだかひどく疲れた三時間余だった。

帰宅してネットのレヴューを見る。絶賛が多かったが、長すぎるという意見も同じくらい多く、中には辛口の評も。
はっきりした主張が見えてこない。ぼやけた焦点のおかげで残尿感的なものが消えない、には実感があるだけに、言い得て妙と、笑ってしまった。


2015年7月15日 (水)

パソコンなしで・・・

汗がだらだら流れて、メガネの縁をつたい、目の中に入って沁みるのがつらいというイヤな季節がとうとう訪れた。
そのまえに、やりそびれていた、書類の整理、書籍や衣類の廃棄など、済ませるいいチャンスがこのパソコンリコールだったと思う。
パソコンなしの日はかなりの解放感を与えてくれた。不便を感じることはほとんどなく、むしろ、わずか三日で修理終了の本体が戻ってきてしまったのが、残念な気がしたほどだ。
依存症的になりかけている、ネットブリッジをしないせいで、肩こりがへったし、ツンドク状態の読書もはかどった。

これまで見ないことにしていたパソコン裏のほこりを全部取り去り、こんがらがっていたコードを整理し、裏側に落ちて散らばっていたメモなども、目を通してから処分して、床の汚れまできれいにふきとり、さっぱりしたことが一番の収穫だったかも・・・

この一カ月以上出しっぱなしだったミシンも御用ずみ。
三年越し、仮縫いまで済ませておいた、絞りの浴衣地のTシャツもようやっと完成。
手抜き洋裁に徹底、襟ぐりは刺し子の残り布でのバイヤスでくるみ、それを長くのばしてリボン結びにする。義母が着ていた浴衣、供養になればと思う。
002

きょうはこれを着て、CWAJクラフトクラブのお仕事会に出かける。

2015年7月 9日 (木)

寝耳に水の・・・

エプソンから突然のリコールの知らせ、何でも、我が家の液晶一体型デスクトップパソコン、異臭、発煙のおそれがあるので、無償修理する、というもの。
しばらく預けるのはいいが、困ったのは、ハードデスク内のデータ喪失の責任は負わないので、バックアップしてほしいという但し書き。
これまでも孫息子から外付けバックアップをすすめられたことがあったのだけれど、今度のパソコンはすこぶる調子がいいので、失念していた。
ハードデスクを選ぶのもシンドイし、買いに出かけるのも億劫、やり方をマスターするのも面倒、というわけで、ヘルプ、ヘルプ!と孫息子を呼び出す。

バイト代はずむからね・・・
ばぁば、ついでに夕食もいいかな?
オ~ッケイ!

日曜の夜来てくれて、山田電機で6000円弱のハード買ってきてくれ、(8000円くらいと聞いていたので、思ったより安かった)およそ一時間、バックアップ終了。
明日、午前中に引き渡す手筈完了。

と、いうわけで、一週間ぐらいブログ休みます。


2015年7月 7日 (火)

もくろみ通りに

まだ、モッコウバラが花をつけるまえに、柵をヘブンリーブルーの朝顔の花が咲き誇った年があった。

これを再現したいと、去年、バラの根元に苗をおいてみたのだが、いずれも枯れてしまった。

日光が足りなかったのだろう、と思って、今年はウッドデッキの日当たりのよいところで苗を育て、つるをのばしかけたときに、モッコウバラのうえを這わせようと近づけてみたら、なんとかうまくいき、つるをぐんぐん伸ばしている。

はじめてのブルーの花、感動の色。001

002


毎日、二つぐらい咲いてくれる。

2015年7月 5日 (日)

ロザムンド・ピルチャー『帰郷』読破 3

英国はドラマ制作が卓越している。とりわけ長編の名作もの、たとえば、『ブライズヘッド再び』や『フォーサイト家物語』、そして『ダウントンアビー』然り、けれどもこの三作はいずれも因果はめぐる・・的な見せ場も多く、十回シリーズぐらいの時間をかけている。
一方、たったの二夜で、上、中、下の大長編『帰郷』をまとめられるのだろうか、と疑問を感じつつ、のぞいてみた。
自然の映像や、ナンチェロ―屋敷、など舞台は申し分ないのだが、所詮作品そのもののドラマ性が起伏の多いものではなく、ピルチャーの文章表現の詳細さに頼っている部分が多いので、想像通り、ただ筋を追っているだけのような作りで、不満が残った。

たとえば、この作品でわたしが一番好きな場面、戦時下、ジュディスが婦人部隊から休暇をもらって、ロンドンのラヴデー家の別宅に泊まりにくるところ。風邪をひきかけている体調の悪さがよく描かれていて、感情移入しながら読み進んだが、そこに同じくラヴデー家から鍵をもらっていて訪れてきた、ジェレミーという医師、この二人の心の通い合いと、ついにはジェレミーが患者の家からもらってきたというステーキ肉を調理して食べさせ、効き目のあらたかな薬をのませて、身体も心も満足しつつ、二人がベッドを共にするという・・・・そのシーンが心の通いあいよりも、身体を交えるベッドシーンを長々うつしだすという、まったく浅薄な映像になっている。

映画やテレビの映像は直截的に登場人物像を具象化してはくれるが、書物の文字をたどりながら、自分の頭の中にイメージをつくりあげていく崇高な喜びにはかなわない。

「のちに戦争中のことを思い返すとき、ジュディスはいつも長ったらしい空の旅をふり返る思いだった・・・ハッとおびえる瞬間が束の間混じる、退屈な何時間もの旅・・不安と不安が事実となるのではないかという恐れ・・・ダンケルクの暗い日々、そしてフランスの敗北のあいだ、ほとんどすべてのイギリス人が危惧と緊張感のうちに日々を過ごしていた」

上記の表現を映像化するのは極めてむずかしい。
しかし太平洋戦争の二年間、七歳で終戦を迎えた私はこの不安を実体験している。そして恐怖が実際にはじけて家が全焼してしまったとき、ああ、これで起こるべきことが起きてしまった、と子供ながらに、もうこれ以上の恐怖は起きまいと思った。
戦争が人間に与える不安は、国が違っても共通する。
それをピルチャーは、この作品で余すところなく描いた。
七十二歳にしての偉業だったと思う。


2015年7月 3日 (金)

ロザムンド・ピルチャー『帰郷』読破 2

読み終えたとき、なにか少しすっきりしないものが残った。あまりにも登場人物が多く、ピルチャーの筆運びの詳細さは、それぞれの人物を浮かびあがらせてはくれるのだが、それが平均しすぎていて、肝心のヒロインが自らの帰属する場所を求めてさまようアイデンティティ探りの心の遍歴が深く描ききれていないのである。たとえば、彼女は聡明で高校卒業後はケンブリッジに入学したいと言っていたのに、突如海軍婦人部隊に入ってしまったのは何故なのか。心理描写の極まりが足りないような気がした。

それと、戦時についての記述が多く、これは歴史的に見ても、貴重な書物だとは思うのだが、ヒロインの家族が暮らすシンガポールに日本が侵攻していく過程や、戦後日本軍に捕虜になっていく軍人たちの記述に、あきらかに日本を敵国だと意識している記述が多々あって、ピルチャーフアンの高揚感が少し薄らぐ気がしたのであった。
だから訪英したときの英国人はわたしたちに冷たいのか、同盟国だったイタリアは心の底から親愛の情を示してくれるのに、・・・などとも思った。

さて、英国人はこの本をどのように評価しているのか、知りたくて、UKのサイトを検索する。ピルチャーの絶大なフアンが感動しきっているコメントが圧倒的だったが、十人の内四人くらいは、この本は読ませる魅力があるのを認めてはいるが、二十世紀の『戦争と平和』には値しない、ジェーン・オースティンの文章力にはかなわない、など、辛口の評もあった。

興味深かったのは、これがドラマ化されていることである。1998年、二夜にわたってミニシリーズの形で、この大長編がTVドラマとなって、放送されており、その一部を観ることができた。
ヒロインの少女時代は何と、キーラ・ナイトリーが演じており、成人してからはエミリー・モーティマー、ラヴデーの父、ケアリー=ルイス大佐をあの名優ピーター・オトゥールが演じている。(続く)

2015年7月 1日 (水)

ロザムンド・ピルチャー『帰郷』読破 1

およそ1000ページ以上もの、上中下巻の大長編、ピルチャー自身の自伝と称せられたりもしているが、読み終わってやはりこれは自己の経験をもとにした小説であると思った。

第二次大戦直前の英国コーンウォール、極東に暮らす家族と離れ、ひとり寄宿学校に入学するジュディス、富裕な家庭の同級生ラヴデーと親しくなり、やがては彼女の屋敷ナンチェローに引き取られ、14歳の少女時代から24歳の成熟した女性になるまでの十年間を描く物語。

会話の少ない、ぎっしり字のつまった地の文の多い五十ページくらいまでで、あやうく挫折しそうになったが、そこは当代屈指のストーリーテラーのピルチャー、寄宿学校の細やかな描写とラヴデーとの出会いのころから、ぐいぐい読ませて、戦時下のイギリスの家庭生活、戦争に巻き込まれていく青年との恋愛、わずかな安らぎの時間に癒される自然とのかかわりに引き込まれていった。

とりわけラヴデーの大伯母、ラヴィニアは年かっこうがわたしくらいなので、考え方に共感をおぼえることも多かった。たとえば、「年を取ってからというもの・・・手の下しようもないことについて思いわずらっても始まらないと考えるようになっていた・・・天気のこと、ドイツにおける好ましくない情勢も、心配しても始まらない問題のうちに数えられるだろう。新聞は一応、読むが、一度目を通した後はきれいさっぱり忘れることにしていた。
新種のバラを注文し、フジウツギを選定し、図書館から借りた本を読み、友だちからの手紙を読んだり、やりかけのタペストリーをふたたび手に取ったり・・・」
そう、いつ襲ってくるかもしれない体調不全が鳴りを潜めている間、老人のわずかな安らぎのときは、どこの国でも共通している。

この時代のイギリス、中流以上の家庭には料理をする家政婦が住み込んでいた。ラヴィニアは四十年も一緒に暮らしていた家政婦の老いが気になっている。
雇人がいる幸せよりも、玉子も満足にゆでられない当主の彼女としての目下の気がかりは実に切実に、具体的に描かれている。
彼女の愛読書トロロープの『ボーチェスター・タワーズ』「読み返すのはこれで六回目くらいだろう。でもトロロープはいつも心を慰めてくれる…誰かに優しく手をとられて、もっと生きやすかった過去へと誘われているような心持になる」
この本を読んでみたい、好奇心がモクモク湧いてきて、目下ネットで調べ、英文学の教授をしていた友人にも問いあわせ、調査中である。(続く)

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