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2015年6月15日 (月)

映画『家族の波紋』とわたしの家族の波紋

街でリクルートスーツを着た男子学生を見かけるたびに、孫息子のことを想う。
ぼくは就活はしないよ、と言っていた彼が、何かどうしてもやりたいことをかかえているとは知らされてはいたが、それが何であるかは、まだはっきりと説明をしてもらっていない。
夫の風邪は快方にむかっていたのに、まだときどき咳き込んでいる声が二階から聞こえてくる。それに近頃、耳もますます遠くなってきている。まだかろうじて、孫息子との会話が成り立つうちに、話に来てもらうべきだ、彼ほど孫息子を愛してきた祖父はいないのだから・・・どうにも、気がせいてきて、娘の家の近くのプールに泳ぎに行った帰り、娘に電話して、一緒にランチをしないとさそい、それとなく話をもちかけたら、とても不機嫌になってしまい、それを言われるとプレッシャーになると激しい口調で言い返されて、気まずい思いのまま、別れた。

二、三日して、孫息子が電話してきた。きょうの九時にじぃじとばぁばに話をしにいきたいんだけど・・・

彼は一人でやってきて、はっきりした口調で、ぼくの人生に対する考え方はちょっと変わっているかも知れないんだけど、と自分が専門にしている情報音楽分野で、すでに創作活動らしきものを始めていることを例をあげて説明しはじめた。
夫は、おまえ、それで食っていけるのか、と問いかけたが、うん、なんとかやっていけると思う、三十までにメドがたたなかったら、方向転換することも考えている、とも語った。
彼が三十になったとき、わたしたちはもう、生きていないかもしれない。
わたしは聞いていて、その仕事そのものがそう簡単にうまくいくものではなさそうだ、とは思ったが、彼が、友人四人と、週に一度、読書会をしていて、いまドイツの哲学の本を読んでいるというのを知り、少し安堵した。

実はその日、録画しておいた『家族の波紋』というイギリス映画をみて、自分の家族の問題に思いを馳せ、とても心を動かされたのだ。
将来なにをするか、迷っていたらしい、弟を厄介者扱いする姉、不安をかかえながら、それを言いだしかねている気の弱い母親、弟がついに一年アフリカに行くことになって、家族はシリー島の別荘に送別のための休暇旅行をする。父親は電話だけかけてくるがとうとう最後まで姿をあらわさない。母親と姉とは絵を習い始め、その指導をする半島出身の画家が、気の弱い弟に言い聞かせる言葉は、聞き惚れるほどに、素晴らしい。
「何をするかは問題じゃない。強い信念を持てるかだ。君自身に確固たる思いがあるのなら、人を説得できる・・・やがて人は信じてくれる。自分さえ信じればね」
「強くなるというのは自分の道を進むことだ。君自身の中にあるものを信じろ。それが重要なことだ。とにかく時間はかかるよ、自分の思いに至るまではね。僕の場合は時間がかかった。その方がよかった。いろんな見方を学べたから」
わたしはこの言葉を暗記して孫息子に伝えようと思っていたのに、哀しいかな、自分の言葉になっていないので、一言も発せなかった。
最後に、夫が大きくうなずき、よし、おまえを信じるよ。思うようにやってみたらいい、という言葉にそばで、ただ大きくうなずいているだけだった。

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コメント

ご主人から偶に聞いておりますが、目標が決まっているのは、良いではないですか?
家の娘にも同じ事を言いましたが、結果は渡米して、早や18年 未婚、トライアスロンをやって、仕事はパーソナルトレイナー生活は全く自立。年一度、10日くらいの帰国。
普段は、週一回のSkypeでの会話だけです。儘成らないものものですが...元気ならとあきらめています。Face Book Megumi Masudaで見てください。

Massyさま
お嬢様、いいお仕事されてますね。わたしたちの世代、子供や孫は自立さえできていれば、万々歳では、と思います。介護は他人にしてもらいたいです。
すみません、Face book、しておりません。

応援が一番だと思います。
応援してくれり人が居る。
信じてくれる人が居る。
とっても有り難いことですよね。
失敗しても、自分で決めて頑張って失敗したことは、糧だと思うし。
人生は何度でも、いつからでもやり直せるって信じて生きていたいですよね。

くちこさま
三歳のときに父親を失った孫息子はとても不安定になりました。彼のこころが安らぎをとりもどすのに、五年くらいかかったと思います。夫は父親的な役割を懸命に果たし、孫息子は大学に入ってから、ぼくがいまあるのはじぃじのおかげ(ばぁばのおかげもあるのに)と言いました。
今回はちょっとわたしのあせりもありましたが、結果的にはこれでよかったか、と思っています。

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