2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト
無料ブログはココログ

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2015年3月に作成された記事

2015年3月30日 (月)

『十二夜』を観る

数あるシェクスピア劇の中でも『十二夜』には格別の思い入れがある。
今から五十数年まえに大学の英文科の卒業公演として上演したことがあるからだ。原文を一年かけて勉強したあとの仕上げの演劇体験は英文科の恒例となっていて、早稲田の演劇科の教授たちが出張してきて指導にあたる、かなり大がかりなものだった。女子大なので、宝塚的な雰囲気も漂っていたけれど、この年は珍しく音楽が生演奏で、弦楽の演奏者三名が道化フェスタの歌を盛り上げ、印象的だったのを覚えている。
わたしはこのとき双子の男役セバスティアンを演じ、オリヴィア姫を演じた村松英子さんの相手役だった。

これまでも『十二夜』の商業公演は、あの有名な蜷川演出の歌舞伎公演を初めとして、ずいぶん見てきたけれど、今回の日生劇場の公演はとりわけ楽しんで観劇した。Photo

トニー賞受賞者ケアード氏演出は思いのほか、正統派で、舞台美術も古風で落ち着きのある美しさ、深みのあるグリーン基調の舞台転換術が効果を奏していた。
観客層がちょっと違った雰囲気に思われたのも道理、主役双子を一人二役で演じる、元宝塚のトップスター、音月桂がお目当ての人が多かったからだ。
宝塚出身だからこその両性を演じ分ける魅力がいかんなく発揮されていて、とりわけセバスティアンのときの殺陣などは、とんぼがえりまでする身の軽やかさ、かっこよさに見とれた。

わたしのときはとてもあのような軽業的なわざは不可能だったけれど、それでもフェンシングのサーベルさばきは指導されて、スパーッと抜きかまえる爽快さは覚えている。舞台が終わったあと、下級生が寄ってきて、「素敵でした、お荷物おもちします」などと言ってくれるハプニングもあった。

今回の出演者中、オリヴィア役の中嶋朋子さんは『北の国から』のときからフアンだったのだけれど、お姫さまは年齢的にちょっと無理があったように思った。彼女はむしろ、侍女マライアを演じたら、演技力も縦横に発揮でき、適役だったのではないだろうか。あの歌舞伎のときに、現在の猿之助が演じて舞台をさらったように。
この『十二夜』という芝居、いずれの役にも見せどころがあって、演じようで舞台をさらうことができる。
道化のフェステを演じた成河というひと、驚愕の演技力だった。ギターも巧み、歌も卓越しているうえに、喜怒哀楽、ふざけを自由自在にスピード感あふれて演じ分ける。
ヴァイオラのせりふに「阿呆は利口だから阿呆の真似ができるのだわ。阿呆をつとめるにはそれだけの知恵が要る」というのがあるが、まさにそれを実感させてくれた。

終幕、「毎日雨が降る」という弾き歌いの独唱で幕が閉じるのだが、この歌、わたしたちの公演のときもフェスタ役の美声の持ち主が歌った正に同じ曲、なつかしさに胸がはずんだ。

“When that was a little tiny boy,,,”で始まるこの曲、あのときのせりふ全部忘れているのに、なぜかこの歌詞だけはおぼえているのを不思議だと思いながら、つい口ずさみつつ、帰途についた。

2015年3月24日 (火)

『ダウントン・アビー』異聞

見るべきドラマのない昨今、日曜、11時の『ダウントン・アビー』は欠かさず見ている。深夜に近く、眠気をもよおす時間帯なので、録画して翌日見ることが多い。Photo

主音声を重んじる、NHKだと思っていたのに、このドラマは吹き替え、それが不満である。アガサ・クリスティものも、吹き替えだから、こうなったのか。
マギー・スミスとシャーリー・マクレーン、両大女優の掛け合いのときだけは、なんとしても生が聴きたくて、音声を調節した。シャーリーの英語は、デイム・マギーに負けていなかったと思う。

ダウントンを最初に見たとき、すぐにロバート・アルトマンの群像劇の傑作『ゴズフォート・パーク』を思い出した。劇場で観たあと、衝撃を受け、一緒に見た友としばらく口をきく気になれなかった。とりわけノヴェロの弾き歌いが素晴らしく、CDまで買ったほどだ。ヘレン・ミレンという名女優の存在を知ったのも、この映画だった。

両作品共、舞台はマナーハウス、もっとも、ダウントンのハイクレア城は正しく城だから、規模が一段と大きいけれど、伯爵の一族と使用人それぞれのエピソードが交錯する構成が著しく似ている、と思って、ネット検索したら、脚本が同じジュリアン・フェロウズなのだった。

彼はアカデミー賞を受賞したのち、十年後、強い要請を受け、書き始めたというが、『ゴズフォード・・』のスノッブをむきだしにしたくせのある貴族たちと、陰惨で哀しい過去を秘めた使用人群のイメージが一新して、伯爵一家は使用人群の能力を評価、尊重し、クリスマスにはねぎらいの合同パーティまでするし、使用人たちも忠義を志し、自分たちの仕事を愛し、誇りを持っているのが、日常の細かいエピソードから伝わってくる。
五年以上も続く、人気ドラマは好感度が第一、フェロウズは製作も担っているから、細かい気配りにあふれた作品になったのだろう。『ゴズフォード・・』はなんといってもアクの強いアルトマン色が溢れすぎていた。

執事カーソンと家政婦長ヒューズの二人はカズオイシグロの映画『日の名残り』の主人公たちを彷彿とさせ、好感の持てる、イメージぴったりの配役である。
目下はもう一組の使用人たちのメインキャラクター、ベイツとアンナの行く末が気になる。
アンナ役の女優はエミー賞を受賞している演技派、登場頻度も多いわけだ。
パットモアという料理長の女性はいつもだみ声でガアガア怒鳴ってばかりいて、英国版、泉ピン子みたいに見えるが、あれは吹き替えの声がひどいと思う。あの声からは料理の腕はすごくても貴族の館にふさわしい格調高い味付けが備わるのだろうか、とさえ疑ってしまう。
実際の生の声はもっと威厳のあるしっかりした声音であるのを確かめただけに、残念に思った。

それにしても貴族とはなんとシンドイ生活を過ごしてきたものか。娘時代にあこがれを感じたこともあるけれど、ダウントンで分業しているすべてのことを、家庭の主婦は狭い家でとはいえ、全部ひとりでこなしているのだ。それがまだできていて、お茶漬けの味を楽しめる、日本に生まれてつくづくよかったと思える年齢になった今というときを実感しながら、このスペクタクルの行方を楽しんでいる。


2015年3月20日 (金)

外出情景

久しぶりに夫と一緒に外出した。
といっても、行き先は異なる。彼は月一度の高校同級生とのマージャン会、わたしはユニオンチャーチ・バイブルクラス。渋谷まで一緒である。その、マージャン会はほかの三人が皆大病したひとなので、存続が怪しくなっている。マージャンの日は彼、夕食を食べないので、わたしにとっては貴重な日。なんとか続いてほしい。

彼、杖はついているが姿勢はいい。でも足をふみしめるように歩いているので、わたしの早足の歩幅と合わず、ぶつかりそうになる。
>さわらないでくれよ、緊張がこわれるから。
>邪魔なんだよ。
などとうるさい。もう肩を並べて、などというのは不可能なのだな、とつくづく思った。
九時台の東横線は遅い出勤のひとたちで混みあい、優先席獲得はむずかしいのだが、その日はめずらしく一つ空いていて、夫は腰をおろすことができた。

>ツイてたな、座れるなんて。
>きょうはなんなの?
このごろ耳が遠くなってきたせいか、声が大きい。唇に指を当てて、黙らせようとした。
>Bかい?(ブリッジのこと)
また同じしぐさをして黙らす。
急行だったので二人とも渋谷で降り、気を付けてね、と言って別れた。

帰宅した彼は機嫌がよかった。
>世の中ベースアップムードで景気がいいけど、オレたち年金ぐらしはとられるばっかり、早く死ねって言われてるようなもんだよな、って言ったら、でも月一回のマージャンで楽しめることもあるんだから、って言うヤツがいてさ・・・
存続することになったのだという。
もっともそれを言ったひとが大勝したのだそうだけれど・・・

2015年3月16日 (月)

週間あれこれ

先週は連日外出したので、かなり疲労がたまっていた。幸い寝つきもよく、熟睡できたのに、我が家に17年もいる老猫が夜中に外に行きたがったり、水を飲みたがったりするので、二度ぐらい起こされるたりする。しかも土曜はめずらしく目が冴えて眠れず、仕方なく誘眠剤をのんで三時ぐらいから眠ったのだが、それが祟ったのか、日曜礼拝の説教の最中、こっくりが出てしまった。うしろに長老のひとがいたから、きっと顰蹙を買ってしまっただろう。
前の日のブリッジトーナメントのときは午前午後とも目はパッチリだったのに、罪深いわたしである。

三月が終わるまで、寒さはまだ油断できない。かつて、三月末、義父の命日に、大雪が降ったのを記憶している。
二月ごろから、裏フリース、起毛の、あったかパンツを重宝している。黒、茶、紺と三枚買って、かわるがわるはき、それまでいつも使っていたレッグウオーマーはもう用済みになった。このあったかパンツと、ユニクロの極暖インナーで、三寒四温もなんのその。セーターやカーディガンは要らなくなっているから、捨てればいいのに、未練がある。
今週は、一日ブリッジがキャンセルになって、なんと、金曜までまったくのフリー、少し衣類の整理をしなければ。

ミモザはゆっくり開花している。キッチンの窓から見るミモザが一番好ましい。朝一番の励ましをもらえる。陽当たり全開でなく、目の覚めるような花盛りが見られなくても、こういう咲き方もありがたいと思えるようになった。001

2015年3月12日 (木)

きょうのミモザは

一週間まえ、ミモザのことを書いた日のアクセスは、なんと740で、タイトルがミモザではないのに、これほど多いということはミモザの日を国連が国際婦人の日と定めたため、ミモザという言葉をクリックしたひとが、拙ブログに遭遇するからか、と推量するのだけれど、ブログを書いていると、ある日、突然アクセスが異常にふえるという現象が起き、その理由がわからぬことも多く、やきもきしたりもする。
あれから、また寒の戻りや氷雨やらがあって、ミモザは耐えつづけているが、蕾はそれなりに少しふくらんでいて、ある部分、それは陽光が十分当たった箇所のみ、開花しているところもあり、我が家の樹は南に位置しているわけではないので、均等には咲かず、この程度の咲き具合なのか、こうなってほしいと言うほどの満開のときが果たしてくるのか、定かではなくなった。008
006


ネットで見ると、デパートなどでは、ミモザの日には華やかなイベントがかなりあったらしい。
開花が後れていると、華やぐ気分もなく、毎日まず一番先に窓から外をのぞいてはみるけれど、この天候不順、思い描いた風景の実現は怪しくなってきている。

後れているといえば、一カ月以上まえにフィレンツェのジョヴァンナに贈ったリストウオーマー、ようやく着いたときょう返事をもらった。犬の散歩によくでかけるので、そのときにぴったりの”mezzi・guanti”と言ってもらえて、なにより。
それにしてもイタリアは相変わらずの郵便遅配である。

2015年3月 9日 (月)

必見、METライブビューイング『ホフマン物語』

イタリアにすごいテノールが出現した、と教えてくれたのは、A子さんである。彼女はミラノ在住だったこともあり、好きなオペラの演目を見つけては、ふらりとヨーロッパに出かけられるひとだから、最近のオペラ歌手情報も生々しく、くわしい。
すごいテノールとは、それも、二人もいて、ヴィットリオ・グリゴーロとフランチェスコ・デムーロ、そのうちのグリゴーロがMETでホフマンを歌うライブビューイングが来るというので、これはもう見逃せない、ぜひにと、いそいそ出かけた。

パヴァロッティの再来、イタリアン・テノールの至宝というふれこみは、確かであった。Photo

グリゴーロはルックスもいいし、声も強さとのびやかさがあり、すでにYouTubeで聴いていたけれど、実際の歌唱の魅力ははるかに豊かで、圧倒された。
ホフマンは最初のクラインザックの物語、合唱のサポートをバックに歌いあげる力強さと、半ば恋心の感傷にふける抒情的なメロディが交差する、実に効果的なこの第一幕のアリアで聴衆をとりこにしておいてから、そののち、三人の恋人とのデュエットで情熱的に酔いしれるように感情をこめるアリアを続けるという、得な役どころ、この映画でのグリゴーロは絶好調で歌いきった。
とかくMETは歌手の寄せ集めでまとまりに欠けるという評判があったりするが、女性陣も文句なしの実力派がそろい、しかも悪魔四役がこれまで主役を演じていたアメリカのバリトン第一人者、トーマス・ハンプソン、各場面、脇を固め、迫力満点、歌唱力も抜群だったと思う。

とりわけ、今回の演出はミューズという芸術の女神の仮の姿、ホフマンの補佐役友人ニクラウスに焦点を定め、アメリカ期待の若いメゾソプラノ、ケイト・リンジーが演じているのだが、このひと、細身でしかも理知的な美女、きりっとしていて、声も容姿にふさわしい澄みきった声量があふれ、各場面をしめくくる力十分だった。Photo_2


舞台装置は隅々に手抜きなく、見せる努力があふれていたが、惜しむらくは衣装、悪魔四役がいつも黒、それとアントニアは瀕死の病人にしてはあまりにも豊満でしかもパステルカラーの薄物の衣装なので、胸の豊かさが目立ちすぎ、せめてもう少し黒っぽい地味めな色彩のものにできなかったのか、と残念に思った。

休憩に出演者やスタッフにインタビューがあるのが、このライブのもう一つの大きな楽しみだが、グリゴーロ、イタリア人、アントニア役のゲルツマーヴァ、ロシア人、いずれも見事な英語で、聴衆の知りたかったことを雄弁に語ってくれていた。

オペラ『ホフマン物語』生の舞台を六回、ライブビューイング二度、ヴィデオも二つぐらい見ているのに、飽きない。舞台制作にいくらでも工夫を凝らすことが可能な神秘的、幻想的なストーリー、歌手の歌いあげ甲斐ある、美しいメロディ、聴衆のわたしもこの先、全く別のキャストを、期待し、再び見に行きたくなることだろう。
(新宿ピカデリー3月13日まで、TOHOシネマズ六本木ヒルズ3月21~27日まで)



2015年3月 5日 (木)

その時はもうすぐ

窓ごしの陽射しがだいぶ明るくなってきているが、我が家のシンボルツリーのミモザの蕾はまだ固い。002

黄色い蕾がついてから、もう三か月以上にもなる。植えてから四年目にはいる今年はかなり広範囲にひろがっているから、全部が開いたら、道行くひとも見とれる美しさだろうと、これこそを期待して植えたのである。
西嶺町の梅の名所に行くとき、もうひとつの楽しみは途中に、同じころ咲き開くミモザの樹を眺めることだった。
それなのに、どういうわけかその樹は切られてしまって久しい。
ならば、家の近くにもう一本確かあったと、きょうわざわざ出かけてみたが、その樹もなくなっていた。
ミモザというのは蕾がつくまでニョキニョキと大きくなって、支えをしないと折れそうになるほど、どのあたりで植木屋さんを頼めばいいか、判断がむずかしいという、面倒な樹木である。

植木屋さんの都合と、見極めがうまく合致せず、二年目のときは、我が家出入りの植木屋さん、出ていた蕾つきの枝を短くつめてしまい、もやすのは可哀そうなので、と蕾つきの枝を十本ぐらいバケツに入れて渡してくれた。
それを見て涙が出そうになったのをおぼえている。ごめんね、樹の上で咲かせてあげられなくて、そうあやまりながら、水をかえていたら、バケツの中で、花が開き、なお悲しさ増した。

そして今、今度こその開花なのだが、三月八日、ミモザの日には間に合いそうにない。

ミモザが満開になって、心に描いた通りの情景となったら、そこで、わたしの遺影のための写真を撮っておこうと思う。
義母が遺影のためのいい写真をと、随分まえから騒いでいて、それを密かにおかしく思っていたのだが、いつのまにかそういう年齢になってしまった。
それをおかしく思う嫁がいないのは幸いなのかも知れない。

2015年3月 2日 (月)

きょう食べたもの

今日の夕食はグラタンをつくるつもりで、出たついでに、ブロッコリーとハムを買って帰った。三時ちかくだったので、なにか甘いものが食べたくなって、昨日買ってあった、一口大の小さな草餅と桜餅が一つずつ残っていたのを平らげた。
二階から夫が降りてきて、きのうの和菓子、残ってない?と訊いたので、しまった、と思った。なんだ、食べちゃったのか、そう言われて、じゃまた買いに行こうというほどの元気が出ない。
なにか彼の喜ぶものをつくろうかと思ったけれど、レモンパイは手がかかりすぎるし・・・
簡単なもので、なにか・・・と考えて、はたと思い付いた。
パンプディングをつくってみよう、と。

ネット相談ではありきたりのレシピしかない。こういうときはやはり、これ、と四十年前に買った、アメリカの名著『Joy of Cooking』を引っ張り出す。茶色のしみだらけで表紙も破れかけているけれど、上質の紙のページはびくともしていない。
メレンゲをかぶせたプディングというよいレシピが見つかった。

食パン二切れを、サイコロに切り、そこに一カップのミルクと、フルーツジュース三分の一カップ(わたしはオレンジジュースの飲み残しを使った)塩少々入れあたためたものに浸しておく。
よくしみたら、玉子の黄身二個分に砂糖大匙二杯、ヴァニラエッセンスとナツメッグ少々加えよくかき混ぜ、さらに、レモン汁少々、レーズン、夫がシュトーレン焼いたとき残っていたオレンジピール(マーマレードでもいいらしい)なども加えてフォークなどで軽く混ぜ合わしオーブン用の深めの焼き皿に入れる。
玉子の白身二個分をあわだて、粉砂糖など加えてメレンゲつくり、これを、その上に飾り150度Cで15分、メレンゲに焼き色がついたら、出来上がり。
これがなんともしゃれた味でおいしかった。夫も上機嫌。

このあとがんばってハム生シイタケ、玉ねぎいため、ブロッコリーゆでたもの加えたグラタンつくる。牛乳1.5カップ、バターと粉大匙1.5これにとろみが出たらピザ用チーズ加え、オーブンでグラタン焼きセット。
さらにがんばって残りご飯、オリーブオイルで炒め、塩コショー、ケチャップライスつくり、冷凍のグリンピース溶かして混ぜる。(グリンピースは生より冷凍がいい)

彩よく、簡単夕食のできあがり、味も手をかけない割には上々の仕上がりとなった。

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »