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2014年12月に作成された記事

2014年12月31日 (水)

大晦日のまえに

おせちはほとんど作り終えて、あとはサーモンマリネと雑煮の支度のみとなったので、買い忘れていたミカンと出し昆布を手に入れなければ、と思い立ち、その前に気になっていたことをした。近所に住む友人Jさんに電話したのだ。ここのところ一カ月に一度くらいは電話しているのだが、いつも留守、きょうもむなしく呼び出し音だけがひびく。

お姑さんがホームで百三歳で亡くなったあと、ここ数年介護していたご主人もすぐあの世へと旅立たれ、彼女は一人になった。築後五十年くらいたつ家は二人の息子さんが家族を連れて戻ってきても住めるくらい広いのに、息子さんたちは戻ってくるどころか、訪ねもしないらしい。その離れを子どものいる五十代の夫婦に貸していて、自分にとても優しくしてくれると話してくれたのはいつだっただろう。もうひとりになったから、外国の友人のところにも行けるわ、と言った声は明るいように思われた。
だから留守でもきっと旅行中かも、と思ってしまっていたのだ。

きょうのわたしは、きょうこそは、と行動を起こした。彼女の家を訪ねたのだ。
呼び鈴をおしたが、返事はない。横の木戸を開け、奥に入った。細い通路の一番奥、離れの入り口、ベルを鳴らす。
三度目ぐらいにようやく返事があって、マスクをしてコートを着たままの女性がドアをあけた。Jさんの友人だと名乗って、お留守のようだけど、と言うと、彼女は一瞬絶句して、実は、とまた口ごもり、お亡くなりになったんです、と言うのである。
ええっつ、いつですか?
四月です、の応えに、言葉を失った。
それほどのときがたってしまっていたのか・・・
Jさんが二日ぐらい姿を見せないので、そのひとは決心して家の中に入り、二階にあがって倒れているJさんを見つけたのだという。
Jさんの死因は喉にたべものをつまらせたからだった。

お骨は徒歩十分のところに住んでいるご長男のマンションにあるということで、ご遺族と面識もないわたしとしてはどうしようもないのだった。
もっと早くに行動をおこすべきだった。でも電話ではいつも彼女が一方的に自分の話をしゃべり続け、会って話したいという気持ちがなさそうだったので、遠慮していたのだけれど、半年以上もたってしまったなんて、悔やまれる、自分の優しさが足りなかったことが・・・
故人がだれと親しくしていたか、少なくともこのひとには訃報を知らせるべきというようなことが、息子さんたちにはわかりにくいのかもしれない。
故人の死を悼むひとがだれなのか、遺族にはわかりにくい、という家族関係が存在している。
それを知ってしまったことも、思いがけない、遅すぎた訃報と、間に合わなかった自分のふがいなさに加わり、より重い気持ちとなって、いつまでも消えなかった。

2014年12月29日 (月)

歳末覚え書き

一年に一度することは、覚書を書いておかないと、忘れる。年賀状、ワードの差し込み文書から、はがき印刷を選び、年賀はがきで、写真が入るスペースをあけた、あいさつの文字入力までできたが、写真をどう入れるか忘れている。挿入から、図を選ぶことを思い出すまで時間を要し、写真もちょうどいい大きさにするまでまたさらに時間を要す。
追って書きをすべての年賀状に記し、住所は手書き、差出人住所はハンコ、にして出来上がり、三十枚。相手の顔を思い浮べながら書いていたら、けっこう楽しかった。
印刷のカラーカートリッジのインクが足りなくなっている、という表示が出る。これまで取り替えは夫や息子などがたまたま来合せてしてくれていたので、また夫に頼んだら、キャンセルボタンを押してもカートリッジ部分が正面に来ないと言って、わからん、と放っておかれてしまったので、仕方なく、ネットに相談の検索して、自分であれこれやってみる。結局、キャンセルボタンの押し方が短かったため、正面に来なかったのだ。せっかちだからな、あのひと。自分でやり遂げたということが、すごくうれしかった。

夫が夕食を食べない貴重な日、久しぶりに買い物ついでに外食しようと、築地に向かう。場外へ行く手前の瀬戸物屋で先のとがった菜箸買う目的だったのだが、どういうわけか、そこにはわずか一組だけの菜箸、1370円もするのだ、ええっつ?まさか・・・と思い、行きたくなかった大混雑の場外へ、一番手前の金物店で、300円くらいの、いつものが見つかる。ついでに祝箸、落し蓋なども買い、ここまで来たなら、と、漬物店で沢庵カラシ菜なども買う。全部味見できるのがいい。それと昆布巻きも。
銀座の田中屋でおそば食べるつもりだったが、こうなったらやっぱりお寿司食べようか、という気になり、小ぶりの握り八巻セット食べた。超新鮮、おいしかった。

残るはあと三日、正月料理も黒豆、田作り、ナマス、五目きんぴら、シャケマリネだから、これは作り慣れていて、あと買い物と手順の覚書どおりにすればいい。以前は十二月は主婦の地獄だったけど、来年は孫たち一日の夜来るのでおでんを用意すればいいし、気楽である。きょうは雪も降っていないようなので、鎌倉の墓まいりできそう。帰りに井上蒲鉾店で二色玉子とおでん種買って、あと足りないもの買いたし、料理にかかる。
夫の運転、ことしが最後かな、まだ危なげないけど、八十二歳、よくやってると感心、感謝。

2014年12月25日 (木)

恒例ディナー

クリスマスは孫娘の誕生日でもある。ここ数年、娘の家に招かれてホームメイドのデイナーを共にするのだが、今年は孫たちがバイトで忙しく、間際まで実現が危ぶまれた。
数日まえようやく知らせがあって、予定どおりとなる。
孫娘19歳の誕生日、欲しいものがあったら言ってね、の問いに、ばぁば、自由が丘で洋服買って、と言われ、食事前に駅で待ち合わせて、あちこちブティックを見て歩く。
自分の主張がちゃんとあって、それがいかにも大学生らしい、カジュアルな着やすそうなものなので、健全に育っていることがわかり安心する。結局、茶系のチェックのワンピースとマスタードカラーのパーカーのアンサンブル、試着してから、決定。
外に出るとちょうどパラパラ、あられのような雪が落ちてきた。
孫娘は自転車で来ていて、荷物を全部荷台にのせてくれる。
アルバイトどお?と訊くと、もう慣れたと答えた。カフェのお客は結構いじわるなひとがいて、紅茶とコーヒーはセットメニューだけど、カフェオレはそうではない、と答えると、そんなのっておかしいわよ、って怒るから、すみません、決まりなので、というとすみませんってあやまればいいってもんじゃない、なんて怒鳴られて、困ったのだそうだ。クレイマーとどう向き合うか、大学一年ですでに体験できるとは、まさに社会勉強をしているのだな、と思った。
来年アメリカに演奏に行くのに選ばれたのだそうで、それまでバイトでお金貯めなきゃ、と殊勝なことをつぶやく。
ばぁばが助けてあげる、といいそうになるのをこらえた。

娘の家に着くとキッチンで料理づくりに忙しい娘のそばで、孫息子がサラダニソワーズのドレッシングを作り味見していた。002

メニューはそれとあさりのスープ、ロールキャベツホワイトソースかけ。
夫がバースデイ―ケーキを頼んでおいてくれて、それに彼がイブに焼いた、シュトーレンがそえられて、デザートも、おいしい、おいしいの声の合唱。008
今回わたしは料理には参加せず、娘へのプレゼント、アームウオーマーの手づくりに時間を費やした。

孫息子は成人、娘も来年は音楽教師をやめ、英語教師ひとすじとなり、専任講師となるのだそうで、お給料は上がるけど、こういう時間がとれなくなりそう、と言っていた。
わたしたちも来年の健康状態は保証の限りではない。
娘の運転で家まで帰りついて、シングルマザーとなって17年、二人の子どもがようやく手がはなれ、自由を得たようではあるけれど、まだまだ働く日々が続く彼女の健康をあらためて祈る気持ちになった。

2014年12月21日 (日)

『Homeland』にハマる

三週間まえ、アメリカで一番人気と言われるドラマ『Homeland』を見始めたら、もう、やめられなくなってしまった。レンタルビデオ店に出かけたのは一年ぶりだったが、このところ4,5日に一度足を運んでいる。Homeland

このドラマを知ったのはkikiさんのブログで、彼女がよいドラマを見分ける超一流の鑑識眼の持ち主とわかり、しかも主人公をちっとも好きになれないのに、なぜか見続けてしまうという、彼女の不思議な感想に興味を持ったのと、気になっていた二枚目、『クレアモントホテル』のルパート・フレンドが驚くべきイメージチェンジで登場するということを教えてくれていたので、スパイものはあまり好きではなかったのだが、ともかく見てみようと行動をおこしたのだった。

ドラマの主題はCIAと、スパイ疑惑のある帰還兵の攻防だが、同時多発テロ以降のアメリカの対テロ戦争と、2003年に始まったイラク戦争が物語の前提にあるとはいえ、よくここまでと驚くほどのCIAの内幕までふみこんで、ストーリーが展開する。
CIAの優秀な女性エージェント、キャリーを演じるのは、昔のジュリエット女優、クレア・デインズ、相手役の帰還兵ブロディは英国の俳優、ダミアン・ルイス、このひとはどこかで見た顔だとは思うのだけど、名前に聞き覚えがない。
キャリーは時折精神が不安定になる病気をかかえており、薬が手放せない。その心の動きや、病的な表情を、クレア・デインズは大きな目いっぱいにみなぎらせて、表現する。エミー賞やゴールデングローブ賞を受賞しただけのことはある。可憐だったジュリエットの素晴らしい成長ぶりだ。
ダミアン・ルイスははっきり言って好ましい顔ではない。悪役が似合いそうな、不気味さも秘めている。でも演技がすばらしい。キャリーが魅了されるのも、さもあらんという、なんとも言えない精神状態の機微をあらわすのが巧みで、このひとがたどる運命はまさしく、この題名が示す母国、愛国の情を秘めた主題の意味がひしひしと迫ってくるのである。
政治、経済、歴史、地理、社会科系統がことごとく苦手なわたしを、それでも見入らせてしまう魅力は、登場人物の一人一人が抱えている人生を漂わすセリフの巧みさ、つまりは脚本がいいということ、しかも、謎を残しながら、リズム感よくすすめる場面転換の速さ、演出もまた見事なのである。

お待ちかね、ルパート・フレンドはこれまでのソフトハンサム路線から、ガラッと変わって、ショートヘアーのよく似合う、凛々しいほどの逞しい、スナイパーとしても優秀なCIAエージェント、ピーター・クインの役でシーズン2のなかほどから登場する。Photo_2

『クレアモントホテル』の長髪文学青年がこれほどの変貌を遂げるとは!!出演場面ごとにただただ見とれている。それなのに、彼を中心としたエピソードが少なく、脇役にとどまっているのが残念である。
エミー賞、ゴールデンブローグ賞を総なめにしたドラマ、なんでも英国のウイリアム王子ご夫妻も夢中だとか、このところ対テロ作戦の暗部として米CIAの「拷問」が話題になっていることだし、このドラマの人気はまだまだ続きそうだ。
シーズン3までとうとう観終わってしまい、シーズン4が始まったと知っていてもレンタルビデオになるのはまだまだ先らしい。
アマゾンからネットを通したレンタルビデオがあるらしいのだが、どうなのだろう。
早く先が観たくてたまらない、依存症化したわたしである。


2014年12月17日 (水)

耳事情

買ったばかりのイヤリングをまた片方失くしてしまった。
細い針金を曲げただけでできているような小さなハート型、真ん中に光る石、耳たぶのところは頂点が開いた円形になっていて、挟む仕組みになっている。すでにシルバーを買って一、二週間ためしたら、しっかりとまり、つけ心地もよく、これなら大丈夫と思ったので、ゴールド版も購入、つけてみた第一日目、電車の中でとまっているかどうか左の耳をチェックしたら、もうなかった。
クリップ型の重みのあるものは痛くなるし、ネジでとめるのはやわらかい耳たぶにネジというのがフィットせず、いつのまにかゆるむ。ネジとクリップ合体のものも余計痛くなる。
重みのあるものは、なお落ちやすいという傾向があるので、ようやくたどり着いた結論、軽くて落ちにくいもの、というわけで、このところこのタイプのイヤリングを三個も買ったのに、次々片方ずつなくし、これが四個目、値段は1500円だから・・・、といっても悔しい、落ち込む。
マフラーを巻いたり、コートの襟をたてる冬の季節は特にイヤリングを失くしやすい。

きょうのブリッジのパートナーはわたしより一回りくらい若くておしゃれな美人、彼女はいつもおおきなイヤリングをしているので、それって、ピアスじゃないでしょ?と訊いたら、わたしね、恥ずかしいくらい耳たぶが大きいので、福耳とは言われるんですけど、隠したくて、これしてるんです。そちらみたいに、耳たぶの華奢な方うらやましいですよ、と、ほめてもらったのだけど、はたと思い当った。そうなんだ、耳たぶが小さいから、安定感がないのだな、と。
彼女にそれを言って、ピアスのひとはいいなあ、とは思うけど、どうも、わたしたちの年齢では、親からもらった身体に穴あけるのは、と言う考えが抜けないし、いまさらねえ~と言ったら、ちょっとコワイ話をしてくれた。
彼女の親しい友人もやはりそういうイヤリングの悩みかかええて、とうとう思い切ってピアスの穴をあけたら、そこがジクジク膿んできて、抗生物質のんだり、結局ふさぐことになったあとの手当が大変だったそうなのだ。

ショートヘアーにしているなら、イヤリングは”must" だと思い込んでいたけど、きょうのこのトーナメントに来ているひとはどうかしら?と耳にのみ注目して視線をめぐらしてみたら、意外なことにイヤリングをしているひとは数人に一人、むしろ少ないくらいだった。確かにこのゲームに大切なのは集中力、なにも気にせずにすむ、着心地の良いスタイルでのプレイが第一なのではあるけれど・・・

2014年12月12日 (金)

手づくりリース

クリスマスは西洋のお祭りのように思っていたけど、洗礼を受けて一年目、リースを飾りたいと思うようになった。それも手作り感のあるものがほしい・・・というわけで、軽井沢に行ったとき、生花店をのぞいたら、木の枝を組んだリースの型があったので、それと、赤い実、下地に貼り付けるコケのようなものを手に入れておいた。
ところが先月の教会バザーでマツボックリを沢山飾った古いリース700円を購入、てっとり早くいこうと、これを少し解体して、我が家のローリエの葉とローズマリーの葉を差し込み、出来上がったのが右の写真。001

あいかわらずおおざっぱな出来具合だが、これでも二週間、崩れず持ちこたえている。
近所の家には5000円以上しそうな豪華なリースがいくつも見られるけど、これって、おしゃれ感覚に似ている。
豪華は嫌い、手作り感がどこか感じられる、なにげない自分だけの持ち味、それがわたしの身上なのである。

2014年12月 8日 (月)

バスを待ちながら

雪が谷で食料品を買い、バス停で一時間に一、二台しか来ないバス待ちをしていたら、同じスーパーの大きな包みを二つも下げたひとが後ろについた。しばらくすると雨が降りだしたので、傘をさしたのだが、そのひとは傘なしのようなので、どうぞ、とさしかけて、会話が始まった。

―お近くですか?
―終点まで行きます。
―お買いもの沢山ですね。
―ええ、オオゼキ安いので、ついふえちゃって。
―失礼ですけど、七十代ぐらいでいらっしゃいますか?
―そうですけど、奥さまは?
―七十六です。
―わたしも同じぐらいです。おみ足は大丈夫ですか?
―あちこち痛いんですよ。
―わたしも、股関節が片方人工関節なんで、大変なんです。
―終点からはお近いんですか?
―多摩川台公園のそばなんで、二子行のバスにのりかえて、二つ目で降ります。

まあ、大変とわたしは思った。あのあたりは坂道が多い。彼女は携帯を出して何度も呼び出している。

―主人に来てもらおうと思って呼び出してるんですけど、出ないんです。電話に出るの嫌いなひとなんで。
―きっとお偉い方だったんでしょうね。
―いいえ、大学の教師だったんですけどね。

田園調布の屋敷町に住む大学教授の気難しい顔が想像できた。雨はかなりひどくなっており、ようやくバスもやってきた。
主婦というものはどうしても自分の目で確かめて買い物をしたいものだ。通販が苦手というひとがいっぱいいる。田園調布住まいのひとたちと買い物の話になると、オオゼキに行くというひとが圧倒的に多い。安いからつい、余計なものも買ってしまう。調味料などの瓶入りや、お豆腐などに手が出て、果物もとなると、バッグの重量はどんどんふえる。
このご婦人が雨の中をオオゼキのバッグを両手にさげ、濡れながら坂道を上がっていく姿が目に浮かんだ。
いまのわたしの年齢のときの義母も実母も、夕食はお嫁さんにつくってもらうというご隠居ぐらしだった。
ご隠居さん、という言葉はもう死語なのかもしれない。

さっきのご婦人はバスの中でもまた携帯で呼び出しを試みている。
ご主人の重い腰が上がりますように、と願わずにはいられなかった。

2014年12月 4日 (木)

続続『ハリール・ジブラーンの詩』

 死について
今度は死について伺いたい、とアルミトラが言った。
彼は言った。
・・・・・・
もしほんとうに死の心を見たいと思うなら
生命そのものに向かって広く心を開きなさい。
なぜなら川と海とが一つのものであるように
生と死は一つのものなのだから。
・・・・・・
死ぬのは風の中で裸で立ち
陽の中で熔けることではないか。
呼吸をとめるとは絶間ない潮の動きからこれを放ち、
何の妨げもなく昇らせ、ひろがらせ、
神を求めるようにさせることではないか。
・・・・・・
山の頂に辿りついたとき、
そのときあなたは昇り始めるだろう。
からだが土の中に横たわるとき
そのときあなたは真に踊るだろう。


ジブラーンは「生も死も、もっと大きな秩序の中の一部と考えるとき、死は新しい出発点と考えられる」ということを多くの比喩を通して歌いあげている、と神谷さんは解説している。
この『ハリール・ジブラーンの詩』の巻末に加賀乙彦氏の解説がある。彼は「宇宙的な壮大な詩の世界と聡明で善意にあふれた訳者との幸運な出会い」と題して、ジブラーンが日本での最高の理解者を持ち、しかも有能な翻訳者に恵まれ、詩人も幸福な出会いをしたが、読者である私たちもまことに幸福な詩の開示に恵まれたと述べ、ある、逸話を紹介している。
神谷さんがジブラーンの作品に触れることができたのは、当時の皇太子妃美智子さまから詩集『予言者』をプレゼントされたのが切っ掛けになったのだという。
神谷さんは現皇后陛下の心の友であったと聞く。
民間から皇室に入られた皇后陛下のご心労を想像するとき、同じ時代を共有してきた私にとっては、この詩集の持つ、深い意義と役割とが、一層胸にしみこんでくる思いがするのである。

2014年12月 1日 (月)

続 ハリール・ジブラーンの詩

 しゃべることについて
しゃべることについてお話を、とある学者が言った。
彼は答えて言った。
心が平和でなくなったとき
あなたがたはしゃべる。
・・・・・・・
おしゃべりの多くの中で
思考は半ば殺される。
・・・・・・・
ひとりで居るのを恐れて
話好きの人を探し求める者がある。
ひとりで黙っていると、裸の自己が見えるから
それを逃げたいと思うのだ。
知識も予感もなく話しているうちに
ある真理をあきらかにすることがある。
かと思うと、内に真理を抱きながら
ことばで告げない者がある。
・・・・・・・
あなたの内なる精神に導かせて
唇と舌とを動かしなさい。
あなたの内なる声に
友の耳の内なる耳に語らせなさい。


 宗教について
ある老いた僧侶が言った。宗教のお話を、と。
・・・・・・・
宗教とはすべての行為の思惟ではないでしょうか。
・・・・・・・
それは魂の中にたえずほとばしり出る
畏敬と驚異の念ではないでしょうか。
・・・・・・・
よそいきの衣をまとうように
自己の徳をまとう者は裸でいるほうがいい。
・・・・・・・
あなたがたの日々の生活こそ
寺院であり、宗教である。
・・・・・
神を知ろうとしても
それゆえに謎をとく者になってはいけない。
それよりもまわりを見まわしなさい。
すると神が子どもたちと遊んでいるのが見える。
・・・・・
あなたはまた見るだろう。
神が花の中に微笑み、木々の中で
み手をあげさげし給うのを。

神谷さんはジブラーンの考える神とは大自然の中に姿をあらわし、すべての人の日々の営みの中に息づく、大きな、自由な神であることがうかがえる、と解説している。(続く)

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