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2014年11月20日 (木)

マダム・マロリーとまほろ・・・と

娘ぐらい年のちがう若い友人、N子さんと、映画に行く日、『まほろ…』シリーズの近作『まほろ駅前狂騒曲』を楽しみにしていて、いよいよですね、などと言い合っていたのだが、同じくまほろフアンのkikiさんのブログを何気なく開いてみて、目が点になった。すさまじい酷評なのである。

ストーリーがユルユル、グダグダの大陥没、主役二人が愚かなほどに魅力を失っている、ギャグはすべて滑っている、最悪、惨憺たるありさま、ひどい代物などという言葉がつらなり、筆者は批評しているというより、怒っている、それほどまでにまほろシリーズを愛していたからだろうか。
テレビドラマも見尽くして『まほろ・・』の成り立ちを知り尽くしているひとの感想だけに、説得力この上なく、私たちの、何が何でも見たいという気持ちが萎えてしまった。

じゃ、どうする?となって、同じ渋谷、ユーロスペース近くのル・シネマの『マダム・マロリーと魔法のスパイス』、こちらはヘレン・ミレン主演、レビューはどれも四つ星以上、これならいいでしょう、と急きょ変更。

ストーリーは南仏の一流レストランのそばにインド料理の店ができてバトル展開、ヘレン・ミレンはフランス料理レストランの経営者だが、物語の主人公ではない、むしろ脇役で、主役はのちに三ツ星レストランのシェフを目指すことになるインド料理レストランの息子、容姿端麗、美しい英語を話すカリスマシェフ、フランス女性とのロマンスあり、目的に向ってすすむあいだに葛藤あり、仏料理対インド料理のアンバランスなユーモアあり、盛り沢山な内容、なにか絵物語を観ているような、と思ったら、なんとこれはディズニー映画なのであった。

おいしそうな料理の映像を沢山見過ぎるほど見て、お腹がすき切っている状態で、N子さんに、サルディニア料理のレストランへと案内され、サラダバー付、ランチに舌つづみ、いつもながら、彼女の選択のよさに脱帽。
映画の感想、数か月ぶりのおしゃべりに花が咲き、時間は楽しく過ぎたが、二人とも、これで終わりたくなかった。どれほどひどいか、やはり見届けましょう、ということになって、久しぶりの映画のハシゴに挑む。
お腹はいっぱいだし、沢山歩いたから、ちょっと危ないかな、と思った。
おそらく、眠くなるだろう、出来の悪い映画となれば、必定、と思ったのに、なんとずっと画面に目が釘付け、もっとひどくなるか、なるか、と思っていたのに、そうはならなかった。

原作を読んだとき、もう映像が浮かんでいて、あとは料理の仕方次第と思ったくらい、脚本完了的、中身だったのだが、わたしには料理の仕方は完璧に近かったという気がしている。主人公二人、たしかに年取って、オッサン化している。でもそれが自然なのではないか。いい歳をして定職にもついていない身もふたもない現実、そういう人間もいていいのだとわからせてくれる現実、それが「まほろ・・・」の「まほろ・・・」たる身上、趣き、観ているものにふっと安らぎを与える映像なのではないか、そんな気がしたのである。

力んだ映画芸術ぶったところのない、まほろ映画、最後まで面白く、やっぱり観てよかった、ひとの感想をうのみにしてはいけない、自分の目を信じろ、と肝に銘じたのであった。


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コメント

文学作品でも音楽でも映画でも、それぞれ受け止め方が違うのは当然かもしれませんが、人さまの批評を信じると、残念なときもありますね。まほろ・・・は、先に小説を読んでから映画を観て、面白いと思ったのですが、新作が下高井戸シネマに来るのは来年のようです。また周回遅れで観に行きます。あの作家さんの作品は、図書室にある限りは読みましたが、才能の豊かな方ですね。小説を読んだとき、施設に入っている方の息子のふりをして見舞いに行く話がとくに身につまされました。ああいう便利屋さんの使い方もあるのかと・・・。見栄なんでしょうか。

kikukoさま
便利屋という仕事は人助けにもなりますが、料金をとるということによって双方に生ずる危険性がこのドラマのテーマを思いがけない方向に広げていく面白さがあるのですが、今回原作を読んだとき、この作者はあまりに売れすぎて、疲れているのでは、と感じたことを覚えています。酷評をしたひとはそれを、鋭く見抜いて、自分の期待があまりにもはずれたことに、落胆されたのでしょう。
ただ、近頃のわたしはそういう、ことすべてをひっくるめて、人生の疲れが画面から出ていることさえ、感情移入できたことが、異なる感想となったのだと思うのです。
これも七十後半になったからこその、達観かもしれませんね。

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