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2014年11月に作成された記事

2014年11月28日 (金)

ハリール・ジブラーンの詩

ジブラーンはレバノンの名門の家庭に生まれ、カトリックの幼児洗礼を受けたが、のちに彼の考え方が反骨的すぎるために破門され、祖国からも追放される。彼の作品には宗教的、哲学的な香気が高く、しかも祖国を愛しながら欧米に暮らしたので、中近東と西洋双方のよいものが微妙に混じりあっている、と神谷さんは解説している。

詩集『予言者』がひとたび世に出ると、世界的ともいえる範囲で人々の心をとらえ、「ジブラーニズム」という言葉さえ生まれた。だが、生まれつき身体がよわく、「強い精神が弱い肉体に住むのはたいへんなことだ」と自ら述べているが、彼の一生は痛苦にみち、わずか四十八歳でこの世を去っている。

三十代でこの世を去ったシューベルトが短い人生に凝縮したような薫り高い、美しいメロディーを残したように、ジブラーンもまた、生き急ぎながら言葉で人生のメロディーを奏でつくしたのだ、とわたしには思われる。

『予言者』では主人公アル=ムスターファーがオルファリーズという町を去り、故郷に帰ることになったとき町の人々から知恵をさずけてくれと頼まれ、こたえる言葉が述べられている。そこにはひとの誕生から死までさまざまなテーマがくりひろげられる。
詩集を読み進むうちに、まるで突然霧が晴れたような、すさまじい覚醒を自覚した。その部分を抜粋して記そうと思う。

 結婚について
結婚についてお話しをどうぞ、とアルミトラが言うと彼は答えて言った。
あなたがたは共に生まれ、永久に共にある。
・・・・・・・・・
そう、神の沈黙の記憶の中でともにあるのだ。
でも共にありながら、互いに隙間をおき、
二人のあいだに天の風を踊らせておきなさい。
・・・・・・・・・
自分の心を(相手に)与えなさい。
しかし互いにそれを自分のものにしてはいけない。
なぜなら心をつつみこめるのは生命の手だけだから。

 子どもについて
赤ん坊を抱いたひとりの女が言った。
どうぞ子どもたちの話をしてください。
それで彼は言った。
あなたがたの子どもたちは
あなたがたのものではない。
・・・・・・・
彼らはあなた方を通して生まれてくるけれども
あなたがたから生じたものではない。
彼らはあなたがたと共にあるけれども
あなたがたの所有物ではない。

あなたがたは彼らに愛情を与えるが
あなたがたの考えを与えることはできない。
なぜなら彼らは自分自身の考えを持っているから。
・・・・・・・
あなたがたは弓のようなもの、
その弓からあなたがたの子どもたちは
生きた矢のように射られて、前へ放たれる。

 苦しみについて
苦しみについてお話ください、とある女が言った。
彼は答えた。
あなたの苦しみはあなたの心の中の
英知をとじこめている外皮を破るもの。
果物の核が割れると中身が陽を浴びるように
あなたも苦しみを知らなくてはならない。
・・・・・・・
あなたの苦しみの多くは自ら選んだもの
あなたの内なる医師が
病める自己を癒そうとしてのませる苦い薬。
                         (続く)


2014年11月26日 (水)

神谷美恵子さんのこと

木の葉が散りはじめて、きょうのように時雨が冷たく土を濡らすとき、人生のむなしさを感じる。『ハリール・ジブラーンの詩』はそんなときに救いを与えてくれる一冊であるが、洗礼を受けたときに牧師をしていた同級生から贈られた本で、それまでわたしはこの詩人のことを知らなかった。この詩のことを書くまえに、まず、この詩を翻訳し解説している神谷美恵子さんのことを、二十年まえに書いていたので、その文をこのブログに残しておきたいと思う。


かけがえのない本との出会い

 風邪をひいてから、三週間以上もたつのに、まだ咳がとれない。
 ひたすら早寝につとめ、眠りにさそわれるまで、本を読む毎日が続いた。すぐに目を吸い寄せられる素晴らしい一冊をかかえて。
 神谷美恵子さんの著書である。
 戦前のILOの日本代表、前田多門氏の令嬢であった彼女は、英、仏語が堪能であり、賢く、美しく、国際人としていかなる栄誉も得られたであろうに、精神医学を志し、自らすすんでハンセン病患者を収容する長嶋愛生園医師として通う生き方を選んだ。
 私生活でも学者の妻として、二児の母としてあたたかい家庭を築いている。
多くの才能に恵まれた彼女は、生計を助けるために、語学教師を兼業し、依頼される通訳や翻訳の仕事をこなしながらも、「自分の生の意味」を模索し続けた。
「人間というものは、存在そのものとして尊いのであって、必ずしも、行動することにおいて価値があるのでなく、それよりもまえに、人生をどのように生きているか、ということ自体が、大切な意味をもっている・・・」「人間は自分を超えるものに対しては常に畏れの心を持ち、謙虚であるべきもの・・・あやまちやつまずきを重ねがちの自己をつねに反省し、貧しい心のままに、大いなる自然の力に身をゆだねて歩んでいくべき・・・」著作十巻の中の重みにあふれる言葉である。
仕事を持つ主婦の苦労や母性愛をつづる文に加えて、「六十になったら夫、妻とも、定年と言うことにして、お互いに義務も責任もないことにしようか」という理解あふれる夫君の提案に、「一応人間としての社会的義務を果たしたら、あとは、『実存的』義務に専念すべきでは・・・」という彼女の理念、それは、わたしの母親ほどの年齢のひとの言葉とは思われないほど、切実で、新鮮にひびく。
なぜこれほどまでに彼女の文章が心を打つのだろうか。
演奏する喜びを知るからこその音楽への深い理解、草花や四季折々の自然への愛情などへの、強い共感があるのはもちろんであるが、それよりもなによりもいかなるテーマにも、ひとの身になって思いやられる心、心理学上の言葉エンパシーが圧倒する強さを持ちつつ満ちあふれているからこそと、思われてならないのである。


2014年11月20日 (木)

マダム・マロリーとまほろ・・・と

娘ぐらい年のちがう若い友人、N子さんと、映画に行く日、『まほろ…』シリーズの近作『まほろ駅前狂騒曲』を楽しみにしていて、いよいよですね、などと言い合っていたのだが、同じくまほろフアンのkikiさんのブログを何気なく開いてみて、目が点になった。すさまじい酷評なのである。

ストーリーがユルユル、グダグダの大陥没、主役二人が愚かなほどに魅力を失っている、ギャグはすべて滑っている、最悪、惨憺たるありさま、ひどい代物などという言葉がつらなり、筆者は批評しているというより、怒っている、それほどまでにまほろシリーズを愛していたからだろうか。
テレビドラマも見尽くして『まほろ・・』の成り立ちを知り尽くしているひとの感想だけに、説得力この上なく、私たちの、何が何でも見たいという気持ちが萎えてしまった。

じゃ、どうする?となって、同じ渋谷、ユーロスペース近くのル・シネマの『マダム・マロリーと魔法のスパイス』、こちらはヘレン・ミレン主演、レビューはどれも四つ星以上、これならいいでしょう、と急きょ変更。

ストーリーは南仏の一流レストランのそばにインド料理の店ができてバトル展開、ヘレン・ミレンはフランス料理レストランの経営者だが、物語の主人公ではない、むしろ脇役で、主役はのちに三ツ星レストランのシェフを目指すことになるインド料理レストランの息子、容姿端麗、美しい英語を話すカリスマシェフ、フランス女性とのロマンスあり、目的に向ってすすむあいだに葛藤あり、仏料理対インド料理のアンバランスなユーモアあり、盛り沢山な内容、なにか絵物語を観ているような、と思ったら、なんとこれはディズニー映画なのであった。

おいしそうな料理の映像を沢山見過ぎるほど見て、お腹がすき切っている状態で、N子さんに、サルディニア料理のレストランへと案内され、サラダバー付、ランチに舌つづみ、いつもながら、彼女の選択のよさに脱帽。
映画の感想、数か月ぶりのおしゃべりに花が咲き、時間は楽しく過ぎたが、二人とも、これで終わりたくなかった。どれほどひどいか、やはり見届けましょう、ということになって、久しぶりの映画のハシゴに挑む。
お腹はいっぱいだし、沢山歩いたから、ちょっと危ないかな、と思った。
おそらく、眠くなるだろう、出来の悪い映画となれば、必定、と思ったのに、なんとずっと画面に目が釘付け、もっとひどくなるか、なるか、と思っていたのに、そうはならなかった。

原作を読んだとき、もう映像が浮かんでいて、あとは料理の仕方次第と思ったくらい、脚本完了的、中身だったのだが、わたしには料理の仕方は完璧に近かったという気がしている。主人公二人、たしかに年取って、オッサン化している。でもそれが自然なのではないか。いい歳をして定職にもついていない身もふたもない現実、そういう人間もいていいのだとわからせてくれる現実、それが「まほろ・・・」の「まほろ・・・」たる身上、趣き、観ているものにふっと安らぎを与える映像なのではないか、そんな気がしたのである。

力んだ映画芸術ぶったところのない、まほろ映画、最後まで面白く、やっぱり観てよかった、ひとの感想をうのみにしてはいけない、自分の目を信じろ、と肝に銘じたのであった。


2014年11月17日 (月)

続続九州窯元をめぐる旅

第三日
早朝八時出発なのに、全員元気である。日本の美を堪能したあとは、誇りと、なつかしさと、日本人であることの喜びが身体にみなぎってくるからかもしれない。

岸岳山麓にある、古窯跡をたずね、そのあと、掘り起こした初期古唐津の陶片に魅せられ、独自の作品を生みだしている、北波多窯を訪問。
自分で作った仕事着という、左右色の違う長じゅばん風の袖をひらひらさせて走りまわって、九州弁で説明してくださる、西川弘敏さん、外国人メンバーこのひとにとても好感を持った様子だった。Photo
えくぼが出ているようなくぼみに指を置く、持ちやすい素朴そのものの茶碗を買う。

佐賀の”三右衛門“の三人目、中里太郎右衛門邸へ。ここはもう重要文化財の威厳がみなぎる建物、展示物、唐津焼の抹茶椀を見ているうちに思い出した。小学六年生から大学まで習った表千家の茶道で一番好きだったのは、この唐津の茶碗だったことを。041

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登り窯を見学し、そのあと工房へ、一人ろくろをまわしている後姿からは男性のように見えたのに、実は中里家の女性、音楽を志していたのに、いまは当家に戻られて、陶芸の道へ。声音の美しい、魅力的な中年女性だった。国際婦人クラブとしては最後を飾る、印象的な場面だったと思う。044

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昼食は高級料亭『花菱』、美味ではあったが、三日和食続きで、サンドイッチなど食べたくなる。洋食に侵されている食生活をつくづく感じる。

自分ひとりで計画したとしても、二泊三日でこれほど盛りだくさんのプランは遂行できないだろう。思い切って参加して無事戻れたことの達成感を得、生きていくことの張り合いをもらったような気がしている。

購入した陶器のうち、あの素朴そのものの、西川さんの茶碗がなんとも使いやすい。肉厚の安定感、えくぼ風くぼみのさわり心地がたまらない。お茶もおいしさを増すのである。001


2014年11月15日 (土)

続九州窯元をめぐる旅

第二日
早朝宿を発って、いよいよ窯元めぐりスタート。車窓の景色がだんだんとひなびた田園風景になり、着いたところは山あいの陶芸地、小鹿田焼(おんた焼きと読む)の村。019
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柳宗悦やバーナード・リーチも愛したといわれるのも、うなずける日本人の心のふる里のようなたたずまい。日常の食べものをより引き立て優しい肌ざわりの食器群、こういうものが買いたかったのだと、解散と同時に、店を早足でまわり、まずは湯呑と、すりこぎ付すり鉢を購入。021


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見上げれば、遠くの山山の稜線が紅葉で彩られていて、思わず歓声をあげてしまう。025

次に向かうは有田、佐賀の“三右衛門”と称して頂点に立つ名陶のお二人、今泉今右衛門、酒井田柿右衛門のお宅を訪問、ご当主の方々と拝顔の栄に浴することができた。
商品の数々はゼロが四つ以上の高額で、敬遠、見学するのみの目の保養にとどまる。029

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その日の宿は唐津ロイヤルホテル、唐津湾を一望でき、久々の海景色、部屋も二人一部屋とゆったりくつろげ、みやげものふえた荷物は一部、宅急便の手はずを早々にすませた。036

2014年11月13日 (木)

CWAJ九州窯元をめぐる旅

この旅行が発表された数か月前からすでに予約をしていたのだが、体調異変が起こるたびに、キャンセルしようかどうか逡巡していた。
十月に入ってからも胸痛におそわれ、それがおさまったと思ったら、左足が痛くなり、歩きはじめに痛みを感じるのは治らないままだが、整形で診てもらったら、九州旅行なら大丈夫だと言われたのだけれど、夜中にトイレに二度くらい起きるので、同室のひとに迷惑をかけるのでは、と心配したり、食べつけないフルコースや会席膳などでお腹の具合がおかしくならないかと思ったり、そういう不安をためこみながら、これで出かけられると確信してからの一週間まえには、つとめて外出をへらし、外出したあとは必ず手洗い、うがいをマメにし、早寝につとめ、携帯のアラームで起きる練習などもしたりして、ようやく、当日朝五時の起床を可能にした。

参加者は二十名、ドイツ、オーストリア、アメリカ人メンバー六名も加わって公用語は英語、五十代後半から七十代後半まで、日本人メンバーはわたしより二歳上の参加者が二人いることがわかり、体調に関する不安は軽減した。

第一日
羽田発8時55分、福岡着10時50分、マイクロバスに乗ること一時間15分でその日の目的地、日田市豆田町に着く。花月川にはすでにその夜の一大イベント千年あかりの竹灯ろうが敷き詰めてあり、江戸時代の町人、商人町の面影を残す町並みのあちこちに、工夫を凝らした竹灯籠をデザインしたスペースを見るうちに旅の高揚感がみなぎってくる。自由行動で、散策し、天領まつりの歴史絵巻行列の一部を見たあと、土産物を買い、昼食は食べたいものの好みで別れて各自すます。001_3


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その日の宿は『風早』、瀟洒な個人の邸宅のような宿、一部屋に四人ずつくらいだったが、ゆったりした空間でくつろげた。
夕食は別館のレストラン、和食膳は外国人メンバーも舌つづみを打つ美味。012_2


終ってからいよいよ千年あかり見に散策。静寂の中に広がる幻想的な風景、一年に一度のこの一大光のオブジェの時期をとらえて、旅行企画をしてくれた、グループリーダーTさんに改めて感謝。018_2

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竹灯籠の中のローソクが消えたものは持ち帰ってよいのだそうで、荷物になるのに手にするメンバーが何人もいた。


2014年11月 8日 (土)

『フロスト警部』賛

AXNミステリーには名警部シリーズが多いが、中でも『フロスト警部』シリーズは並外れた傑作ぞろいである。

アガサ・クリスティー作品をほとんど見尽くして、上流階級の腐敗と、遺産狙いのストーリばかりにいささかうんざりしたあと、一時は『モース警部』シリーズに集中していたのだが、これも、滅多に笑わぬ憂鬱人間モースに飽きがきて、なにか面白いものはないかと探してようやく遭遇したのが、このシリーズ。

英国アカデミー賞はじめ、英国刑事ドラマ賞など名だたる賞を総なめにするほどの出来栄えと人気とは知らずに見始め、あまりの面白さにすぐ虜になった。そのため最初の数編を見逃しているのだが、目下19話、35話までオンエアーというから、楽しみはまだ終わらない。
 
原作も超人気のミステリーらしいが、作者R.D.ウイングフィールドは放送作家出身というだけあって、ただの小説のドラマ化とは異なり、ストーリーの展開のよさが際立っている。

フロスト警部を演じるのはディヴィッド・ジェイソン、どちらかというと小柄の目玉のぐりぐりした中年男、美男でもなく、カリスマ性にも乏しいのに、このひとがスゴイ。眼力の迫力、せりふ回し、声音がたまらない。その口跡はシェクスピア劇の主役にも匹敵するほど、英語のくっきりした発音が冴え、容疑者につめよるときは観るものの胸をもかき鳴らす。Frost

ジェイソンはコメディアン出身のせいか、そのぐりぐりの目の表情がときにはユーモラスに、ときには哀愁を帯び、その場の感情をあふれるほどに表してくれる。
舞台は架空の町デントン、クリスティ作品とは全く異なる英国の庶民の暮らしがあますところなく繰り広げられる。フロスト警部は仕事ひとすじのひとだが、失くしものが多く、遅刻も多く、上司とは衝突が絶えない。それでも本能的な直感からくる正義を貫く、統率力は抜群で、捜査の指揮をとる場面がいつも出てくるが、部下の信頼の厚さはこの上ないのである。社会のはみだしものや、不遇の境遇にあるものには常に優しい。

第9話にはダウン症の青年が登場する。その青年が容疑者のひとりにされたときに身近なひとたちが発するせりふはあまりに蔑視をあらわすもので、ドキリとしたが、それがあるゆえに、このドラマの迫真力が増したと言えるし、この青年の演技がそれは素晴らしく、胸を打つ結末が用意されており、涙があふれ出るほどであった。

フロスト警部の本名はジャック・フロスト、実は英語で冬の悪天候をあらわす擬人化した名称。
ディヴィッド・ジェイソンは2005年、エリザベス女王からサーの称号を受けている。



2014年11月 4日 (火)

バザーのために

教会のバザーに手製のクッキーとケーキを寄付する約束をしてから、何を焼こうかと、迷っていた。ケーキもクッキーも主婦となってから、五十年、大概のものは経験済み。おいしいと言われる市販のものも一度は食べて、すでに食傷気分。
もう甘いものはいい、もっと違うもの、英国でティーと一緒に食べるビスクィッツのようなあっさり味のものが食べたいと思う近頃である。唯一、これは甘いままでと思うのはチョコレートぐらいだろうか。

そんなとき、書店で、2014年料理レシピ本お菓子部門大賞受賞の本というのが目にとまった。『まいにち食べたい”ごはんのような”クッキーとビスケットの本』なかしましほ著。
ぱらぱらとめくってみると、バターを使わず、菜種油使用、甘味はメープルシロップかハチミツ、甜菜糖、きび糖使用、粉も全粒粉が主、うむ、これはいい。
幼稚園の児童用に、顔の形の型抜きクッキーと、シナモン、ジンジャー入れたジンジャーブレッドマンの同じく型抜きクッキーを作ることにした。
手ですりまぜるが基本、というのも気に入ったのだが、いざやってみるとなかなか耳たぶ状のやわらかさにならない。そこは自分流にして玉子を混ぜてしまった。
できあがったものは、実に自然な味、これこそ求めていたもの。
顔ビスケット一つ、ジンジャーブレッドマン二個の詰め合わせを二十数個仕上げた。002


思わぬダメージは床にぺたんと座って夢中になって詰めていたせいか、左ひざのあたりが急に痛くなって、立ち上がるとき、歩きはじめるときがつらい。

もうすわれなくなってきたのだなあ、とつくづく感じて、また一つ老いの寂しさを味わったが、クッキーの評判はよかったようで安堵した。

ケーキも焼く予定にしてバザー当日持っていくことにしていたのだが、娘が久しぶりで夕食を食べにきたいというのを優先してしまって、焼く時間がなくなってしまった。数年まえまではそれでもがんばれたのたのだが、今のわたしはもうダメ、また胸痛が起きると怖いので、バザー委員におことわりの電話をする。お手製を持ち寄るひとは大勢いるようで、大丈夫、大丈夫と言ってもらえてこれもひと安心。

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