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2014年10月 8日 (水)

『アルゲリッチ、私こそ、音楽!』を観る

都内唯一の上映館、ル・シネマ、初回は、10時半、ちょっと早いので、二回目12時半をめざし、11時に着いたのだが、驚いた。すごい人気、長い行列、すでに二回目は満席、ここで帰るのも悔しいし、別の日の前売りを買うのも二度手間なので、三回目2時半のチケットを買い、およそ三時間をどう過ごすかその場で思案。
結局、ギャラリー二つをゆっくりのぞき、『タントタント』でたっぷり時間をかけてランチ、そのあと、エスカレーターで寄り道などしながら、地下食品売り場に降り、夕食用の買い物をすましたら、あと三十分になった。ベンチに座って、ひとりで来ていた左隣のひとにすごい人気ですね、と話しかけアルゲリッチのことしゃべったら、右隣とそのまた隣のひとまで仲間に入ってきて瞬く間に時間がたつ。日本人は自分からはなかなか話しかけないけど、だれかに話しかけられると待っていたように饒舌になる。わたしはいつもその火付け役。

映画は監督の三女ステファニー自らのナレーションでおだやかに始まる。この半世紀常に女性ピアニストの頂点に君臨していたアルゲリッチの華やかさ、輝かしさを描くのではなく、彼女がひとりの女性としてどのように生きてきたのかが、一番身近にいた娘の視線でしか描きえなかった真実がくっきりと、しかも流れるように自然で、わかりやすく、彼女の演奏のように、この上なく豊かに表現されながら語られるのだ。Photo

わたしは三十年ほどまえに見たベルイマンの『秋のソナタ』という映画を思い出していた。イングリッド・バーグマン演じるピアニストの母と、リヴ・ウルマン演じる娘との火花を散らすやりとり、常にピアノを優先する母と、その犠牲になった暮らしの中で抑えに抑えたきた憤懣をぶつける娘。
あの映画で感じた暗い鬱積した感情はこのドキュメンタリーにはない。
「私は女神の娘」と誇るステファニー、何十年まえかに出かけた東京での、アルゲリッチのコンサート、演奏が終わると早足で舞台を去り、ドアのそばで待ち受けていた幼い娘を抱きすくめていた、あのときの幼女がステファニーだったのだ。

とはいえ、長い人生、家族のあいだには言うに言えぬ困難をかかえていたこともあるだろうと、察せられる場面も出てくる。
決して素顔の目を見せずいつもサングラスをかけているアルゲリッチの母、その彼女が養育施設から長女をさらったというエピソード、そのときのことをステファニーが映画の中で問いただすと、アルゲリッチは言葉では言えない、と答える。アルゲリッチは饒舌なひとではない、表情で感情をみせようとする。言語はアルゼンチン生まれなのに、いつもフランス語「コムサ」をよく使う、そういうふうに、こんなぐあいに、とあいまいに言うときに使う言葉だが、音楽も、シューマンが好きと言っても、どういうところがとは答えない。音楽は言葉で説明するものじゃない、聴いてわかるものよ、ともいう。
ステファニーが一度だけ画面の中で涙を見せる。スイスで生まれてしまったために、戸籍の父親名が空欄になっていることを、なんとかならないのかとアメリカ人の父、スティーブン・コバセビッチにうったえる場面だ。
こういうエピソードの合間にベートーベンやショパン、プロコフィエフの演奏がド迫力の音を鳴り響かせる。アルゲリッチの手が何度も映し出される。大きくて肉厚な手、その手はこれ以上ないほど、確実は動き方をし、頻繁に鍵盤をはじく。
このように演奏してほしいと作曲家が願っているそのままを具体化できるひと、それがアルゲリッチである。このときに一番響かなくてはならない音を必ず響かせることを可能にするひと、ああ、なんというピアニストだろう。

ゆるぎのない名声を保ち続け、どれほど裕福であるかしれないのに、垣間見る生活の場はどちらかというと質素である。ドレスも贅沢なものではなく黒が多く、アクセサリーもロケットやひもを通した石など、腕にミサンガのようなものを巻いている。
Youtubeでスイスのインタビューアーが、それはお嬢さんのプレゼントかなにか?と訊いたら、日本のお寺でもらったの、と答えていた。

三人の男性の子供を持ち、その後も恋愛の噂は数多くあった。唯一画面に長く登場するそのうちの一人はスティーブン・コバセビッチ、元の名がスティーブン・ビショップと知って、ああ、あのひとと思い当った。
ベートーベンとブラームスの際立った演奏者として注目されていたピアニスト、とても好感のもてるステファニーの父親。彼の弾くベートーベンのコンチェルトに魅了されて結婚したというアルゲリッチ、その演奏も一部画面で見られる。
このひともアルゲリッチもともに七十代半ばにさしかかろうとしている。それだけに、なにをしていても楽しくない、むなしい、というせりふをきかせるアルゲリッチや、結婚生活でのすれ違いを率直に語るコバセビッチに、同年代だからこその共感をおぼえた。

ぜひ、もう一度じっくりみてみたいと願わずにはいられない必見の秀作である。

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

私も観たかった映画なので、このブログ読んですぐ観に行ってきました。
あなたの二の舞したくなかったので、チケットはオンラインで購入し待つことなく
いい席を取って。
スタイルも顔の大写しも見たくない画面が続きましたが、演奏前のピリピリ感とか
娘の母に対する愛情とか、最後は母としての感情の中で逡巡する場面はぞくぞくしました。
久しぶりの映画鑑賞は楽しめました。ありがとう。

ayaさん
さすが、要領よくチケットご購入。
アルゲリッチ、美人なのに、あの髪、なんとかしてほしいわ、と言ってるひと、沢山います。一度まとめ髪にした彼女見てみたいけど。でもお歳にしては豊かな髪ですよね。うらやましい。

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