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2014年10月に作成された記事

2014年10月31日 (金)

秋色の軽井沢

先週は雨に祟られたが、今週は秋晴れが続く。その一日を選んで、軽井沢に一泊旅行。紅葉を楽しんだ。
宿は夏と同じ、雲場の池そばの『恵シャレー』
東京駅、時間も決めず発車まぎわの『あさま・・』に飛び乗ったが、自由席はガラガラ。着いてからタクシーで宿に荷物を預け、碓氷峠の見晴台に向かう。
雲場の池周辺は押すな押すなの人混み、ここは翌日早朝みることに決めて、素通り。

鳩山通りの紅葉、赤、オレンジ、黄色の彩に心もはずむ。十五分の徒歩距離が苦にもならず、形と色の良い落ち葉を拾いながら歩いた。007
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軽井沢観光会館まえのバス停から見晴台へ。バスは超満員、栃木から一人で来ていたご婦人が話しかけてきて、おしゃべりがはずみ、着いてからも一緒に、力餅とおそばの昼食をとる。
見晴台からの眺めは紅葉がもう終わりかけのせいなのか、時間によるのか、遠くの山山はかすんでいて、ちょっと期待していたものと違った。以前見たときはもう少し、見晴らす山の紅葉の彩もあざやかだった気がするのだけれど。
上ってくる道すがらの黄色を主とした木々の彩が一段と美しかったから、よしとしようか。010

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宿に戻って五時半に夕食、あとの時間がたっぷり、テレビもラジオもないので、食後のコーヒーを運んでもらって、ひたすら読書、『ハリール・ジブラーンの詩』の世界に浸った。

六時起床、またジブラーンの詩を読み、八時朝食、そのあと10時チェックアウトまで雲場の池で過ごす。まだ人影まばらの周辺の紅葉は一段と素晴らしく、この夏の軽井沢にしては暑さ厳しかった時期のこのあたりの風景もいささか、生気に欠けていたような記憶があるので、この秋の自然の勢い、冬のまえの、木々の燃え立つように華やいだ彩の饗宴に心も沸き立ちカメラ片手に周辺を一周。017

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ジブラーンの地球賛美のうたがよぎる。

   なんと美しく尊いものであることか、地球よ
   光に全き忠誠をささげ、
   気高くも太陽に服従しつくすあなたよ。
   ・・・・・・・
   なんと寛容なものであることか、地球よ
   私たちはあなたから元素をひきぬき、
   大砲や爆弾をつくるのに、あなたは
   私たちの元素からユリやバラの花をつくる。
   ・・・・・・・
   あなたは私の見るものと識るもの。
   あなたは私の知と私の夢。
   ・・・・・・
   あなたは私の眼に生きる美であり、
   心にあふれるあこがれであり、
   私の魂の内なる永遠の生命である。


2014年10月28日 (火)

友への手紙

Nさん
わたしのことを心配してくださってありがとう。大丈夫です、ようやくそう言えるようになりました。

十月に入ってからも、胸痛が二週続けて起きたので、ちょっとあわてました。
いつものホームドクターに相談したら、自分も服用している薬を試してみるか、と言われ、その錠剤をもらってきて、一日一錠ずつのんでみたのですが、妙に体がほてってきたり、胸のあたりがもやもやしたり、副作用を感じてしまうので、服用をやめ、いまは一日中外出するようなときにだけ、ニトロダームという貼り付け薬を心臓の近くに貼ることにしています。

でも、先週、国際婦人クラブCWAJの版画展の手伝いを一日三時間、三日無事にこなすことができましたし、肩凝りがひどくなってきたので、思い切ってプールに行き、三十分泳いでみたら、これも大丈夫だったので、二週続けて泳ぎ、ちょっと安心しました。

高齢で大切なのは、一に健康、二に友だち、という説がありますが、本当です。
身体のどこかに異変が起きると本当に落ち込みます。
でもそんな自分のことを心配してくれるあなたのような友が、家族のほかにいるわたしは恵まれています。

わたしの父は77歳、母は88歳で亡くなりました。父は速人という名の通り、気が早く、早食いでしたが、わたしはどちらかというと父似ではないかと思うのです。
と、なると、来年は最後のときになるのかも・・・
体調不良のときにそんなことを思って、エンディングノートを買いました。でも高いんですよ。1500円もするのです。二冊買う気が起きず、一冊は夫用、見本にすることにして、あとはふつうのノートを、わたし用にして、「もしものときのために」と書いてデスクの真ん中においてあるのですが、記述を始めるひまがなく、ほっぽったままです。

来年喜寿を無事迎えたあと、身の回りの始末を本格的にやり始めなくては、と思っています。
また、楽しいことをご一緒に、と言いたいのですが、ドタキャンが起こるとも限らないので、あまり先のお約束はしないことにします。
いまはとりあえず、お優しいお気持ちに心からの感謝を。

2014年10月26日 (日)

続、ご用心

アメリカのLands’ Endという通信販売を長年愛用していた。とりわけ、シーツやタオル、寝具に関するものはデザインも品質もすぐれているので、一年に一度ぐらい注文してカタログを途切れず送ってもらうようにしていた。

ところが近頃、上掛けシーツを使わず、布団カバーをまめに替えるだけになってしまい、そうなると国産の布団カバーも結構デザインがすぐれ、しかも安価なので、Lands' End を頼らなくてもよくなってしまった。

衣類のほうも、カタログから選ぶことはなくなってしまって、縁が切れてしまった。
衣類のカタログで一番重宝していたのは水着、何しろ夏になると一冊全部水着関係みたいな特集が届くのだ。日本のデパートやスポーツクラブなどでも、高齢女性にふさわしい水着を探すのは容易ではないが、このLands' Endカタログはデザインも豊富で、必ず好みのものが見つかる。しかも日本円で4,5千円から買えるお手頃品が多いのである。
一年に一度は新調して、注文していたのだが、泳ぐ頻度が減ってしまってからは、その必要がなくなり、しかも古いものなのに、長持ちするので、この数年注文しないでいるうちに、カタログ送付は切れてしまった。

近頃、またプールに行きだすようになって、さすが長持ちの水着もよれよれになっているのに気づき、さて、どうしよう、そうだ、ネットから注文してみようと、Lands’ Endのネットを検索してみたのである。すると、クリックと同時に窓が開き、「日本への配送を始めました」と大きく表示、お得な国際配送料、の文字も見える。
値段がすべて日本円で表示されるのはわかりやすいのだが、その一つを選んで、購入の順序をたどると最後に三倍から四倍の値段が表示される。配送料がべらぼうなのである。
どこをどう探しても以前の、二週から四週かかる安価な配送料の項目はない。

どうにも納得がいかなくて、contactの項からメールし、宅急便なみの高額な配送は必要ないので、時間はかかっても安い配送にしてほしい由を告げたら、ここに電話するように、という電話番号を教えられ、アメリカの営業時間を確かめ電話するのが厄介だったが、担当者と話ができて、三分の一ぐらいの値段の配送料で、好みのワンピーススタイルの一枚を注文することができた。

しばらくすると以前のようにFAXでオーダーできる書類のついたカタログが送られてきて、このシステムがまだ通用していることを知ることができた。

ネットから注文すると、日本の配送が関与して、驚くほど高額の値段になるという流れが納得いかず、不快な気分はまだ抜けていない。

2014年10月20日 (月)

ご用心

YouTubeを観過ぎか、と思っていた矢先、右上にポップアップウインドウが開いて、大きなびっくりマークと共に、あなたのパソコンのパフォーマンス能力が低下しています、いますぐ、無料インストールを、というメッセージが表示された。
提供先がマイクロソフトパートナーとあるので、信用できるものと安心して導かれるままに、クリック、クリックしていったら、更新必要な項目数種が見つかりました、それに必要なソフトを直ちに購入と出たので、ようやく、これは怪しいと気づき、直ちにコントロールパネル開き、アンインストール。
ネットで検索したら、ポップアップウインドウで脅かして、高額なソフトを買わせる詐欺まがいのマイクロソフトパートナーに注意という項目があるのを見つけ、ああ、やっぱり・・。

BBOのネットブリッジをしていたら、左の余白に今度は有害なウイルス発見の警告マーク、また提供先はマイクロソフトパートナーである。
マイクロソフトという名前を信頼しそうになるのが狙いなのだろう。

怪しいと思ったらネットのことはネットに相談が第一、同じ思いを味わっているひとは大勢いて、自分だけではなかったという安心と、対処方法がすぐわかる二つの安心が同時に得ることができる。
、、

2014年10月14日 (火)

YouTubeのアルゲリッチ,聴きまくり

アルゲリッチのピアノがもっと聴きたくなってYouTubeを検索しまくった。聴きものは沢山あるが、とりわけ注目に値するものは、晩年の連弾や二台のピアノだ。
ソロよりも気楽であること、音量が倍加する喜びなどを味わっているのか、リラックスして楽しそうだし、パートナーが実に多彩である。
若い相手の筆頭はキーシン、キーシンの手のほうが白くてずっと華奢、アルゲリッチのほうが女性なのに、ずっとたくましく見える。Photo

アルゼンチンが誇るもうひとりの大天才、バレンボイムとの連弾、これもアルゲリッチはキーシンのときと同様、左側に坐し、メロディを奏でるのを彼にまかせている。
弾きはじめにバレンボイムがそっと左手を彼女の手に重ねるようにふれる。プレイボーイだった彼、うむ、やっぱり、心憎いしぐさ。年齢も近いせいか、この二人のモーツアルトは完璧、どちらかというと感覚や情熱などが先走るアルゲリッチがメロディを奏でるのをバレンボイムに任せたことで、抑制の効いた完璧テクニックのモーツアルトが聴けた。観客全員総立ちの拍手、どれほどの感激かが伝わってくるのもYouTubeならではの臨場感である。Photo_2


若い演奏家たちとの二台のピアノも素晴らしい。こちらは、アルゲリッチがメロディを引き受ける主導型で、ロシア生まれの若手のドイツ人ピアニストジルベルシュテインとの『くるみ割り人形組曲』オーケストラとは別の完成度を持つ迫力が伝わってくる。

二台のピアノ、八手連弾、同じくジルベルシュテインに加えてゲルツェンベルグ兄弟とのスメタナのロンドにも圧倒される。
わたしはかねてからスメタナのピアノ曲の美しさに惹かれていたので、この選曲はうれしかった。

ソロにも注目すべき演奏が沢山ある。中でもシューマンの『子供の情景』、若い時の演奏らしかったが、こういう聴きなれた曲を、どのように弾くかで評価が一段と高まる。
第二曲、『鬼ごっこ』まさしく子供の鬼ごっこの映像が浮かんでくる表現力の巧みさ、全曲が収録されているので、聴きごたえ十分、YouTubeに感謝!!


2014年10月 8日 (水)

『アルゲリッチ、私こそ、音楽!』を観る

都内唯一の上映館、ル・シネマ、初回は、10時半、ちょっと早いので、二回目12時半をめざし、11時に着いたのだが、驚いた。すごい人気、長い行列、すでに二回目は満席、ここで帰るのも悔しいし、別の日の前売りを買うのも二度手間なので、三回目2時半のチケットを買い、およそ三時間をどう過ごすかその場で思案。
結局、ギャラリー二つをゆっくりのぞき、『タントタント』でたっぷり時間をかけてランチ、そのあと、エスカレーターで寄り道などしながら、地下食品売り場に降り、夕食用の買い物をすましたら、あと三十分になった。ベンチに座って、ひとりで来ていた左隣のひとにすごい人気ですね、と話しかけアルゲリッチのことしゃべったら、右隣とそのまた隣のひとまで仲間に入ってきて瞬く間に時間がたつ。日本人は自分からはなかなか話しかけないけど、だれかに話しかけられると待っていたように饒舌になる。わたしはいつもその火付け役。

映画は監督の三女ステファニー自らのナレーションでおだやかに始まる。この半世紀常に女性ピアニストの頂点に君臨していたアルゲリッチの華やかさ、輝かしさを描くのではなく、彼女がひとりの女性としてどのように生きてきたのかが、一番身近にいた娘の視線でしか描きえなかった真実がくっきりと、しかも流れるように自然で、わかりやすく、彼女の演奏のように、この上なく豊かに表現されながら語られるのだ。Photo

わたしは三十年ほどまえに見たベルイマンの『秋のソナタ』という映画を思い出していた。イングリッド・バーグマン演じるピアニストの母と、リヴ・ウルマン演じる娘との火花を散らすやりとり、常にピアノを優先する母と、その犠牲になった暮らしの中で抑えに抑えたきた憤懣をぶつける娘。
あの映画で感じた暗い鬱積した感情はこのドキュメンタリーにはない。
「私は女神の娘」と誇るステファニー、何十年まえかに出かけた東京での、アルゲリッチのコンサート、演奏が終わると早足で舞台を去り、ドアのそばで待ち受けていた幼い娘を抱きすくめていた、あのときの幼女がステファニーだったのだ。

とはいえ、長い人生、家族のあいだには言うに言えぬ困難をかかえていたこともあるだろうと、察せられる場面も出てくる。
決して素顔の目を見せずいつもサングラスをかけているアルゲリッチの母、その彼女が養育施設から長女をさらったというエピソード、そのときのことをステファニーが映画の中で問いただすと、アルゲリッチは言葉では言えない、と答える。アルゲリッチは饒舌なひとではない、表情で感情をみせようとする。言語はアルゼンチン生まれなのに、いつもフランス語「コムサ」をよく使う、そういうふうに、こんなぐあいに、とあいまいに言うときに使う言葉だが、音楽も、シューマンが好きと言っても、どういうところがとは答えない。音楽は言葉で説明するものじゃない、聴いてわかるものよ、ともいう。
ステファニーが一度だけ画面の中で涙を見せる。スイスで生まれてしまったために、戸籍の父親名が空欄になっていることを、なんとかならないのかとアメリカ人の父、スティーブン・コバセビッチにうったえる場面だ。
こういうエピソードの合間にベートーベンやショパン、プロコフィエフの演奏がド迫力の音を鳴り響かせる。アルゲリッチの手が何度も映し出される。大きくて肉厚な手、その手はこれ以上ないほど、確実は動き方をし、頻繁に鍵盤をはじく。
このように演奏してほしいと作曲家が願っているそのままを具体化できるひと、それがアルゲリッチである。このときに一番響かなくてはならない音を必ず響かせることを可能にするひと、ああ、なんというピアニストだろう。

ゆるぎのない名声を保ち続け、どれほど裕福であるかしれないのに、垣間見る生活の場はどちらかというと質素である。ドレスも贅沢なものではなく黒が多く、アクセサリーもロケットやひもを通した石など、腕にミサンガのようなものを巻いている。
Youtubeでスイスのインタビューアーが、それはお嬢さんのプレゼントかなにか?と訊いたら、日本のお寺でもらったの、と答えていた。

三人の男性の子供を持ち、その後も恋愛の噂は数多くあった。唯一画面に長く登場するそのうちの一人はスティーブン・コバセビッチ、元の名がスティーブン・ビショップと知って、ああ、あのひとと思い当った。
ベートーベンとブラームスの際立った演奏者として注目されていたピアニスト、とても好感のもてるステファニーの父親。彼の弾くベートーベンのコンチェルトに魅了されて結婚したというアルゲリッチ、その演奏も一部画面で見られる。
このひともアルゲリッチもともに七十代半ばにさしかかろうとしている。それだけに、なにをしていても楽しくない、むなしい、というせりふをきかせるアルゲリッチや、結婚生活でのすれ違いを率直に語るコバセビッチに、同年代だからこその共感をおぼえた。

ぜひ、もう一度じっくりみてみたいと願わずにはいられない必見の秀作である。

2014年10月 5日 (日)

続、愛読者やめたい・・・検証

週刊文春10月9日号を買った。
すごく売れていて、駅のキオスク、最後の一冊。
「朝日新聞問題、私の結論!」の特集記事で、わたしが一番尊敬するお二人の意見を確かめたかったからだ。

まずは昭和と言う時代を生き抜かれた生き証人、現在90歳の大作家、佐藤愛子さん、ご健在だとわかりうれしかった。お小さいときから、「新聞は朝日」と思われていたこと、わたしもそういう認識だった。「その朝日、吉田証言がいい加減なものであることを十分検討もせずに報道し、しかもそれが世界で誤解を産んだことに対して平気でいられるというのが、解せない・・・日本を代表するジャーナリズムとしての誇りはないのかと訊きたい・・朝日には知識人としての誇りがあったとしても、それは権威、権力への誇りであって、ジャーナリズムとしてのまことの誇りではなくなったのではないか」との推察、さすがである。

尊敬するもう一人は関川夏央さん、わたしが文章修業をしたときの先生、わたしより十歳お若いが、いまの言論界を名実ともにリードする批評家兼作家でいらっしゃる。どういうときにどういう言語表現をすべきかということに類まれなる鋭い感性を持った方だが、「強制連行」という言葉は在日コリアンがつくった造語であり、「従軍慰安婦」という言葉も、73年当時の謝罪ブームの中で作られた言葉で、従軍記者や従軍看護婦は制度としてあったが、従軍慰安婦は歴史上存在しない、と言い切っていらっしゃる。
「朝日の新社長がすべきことは、世界に向けて、それが重大な誤解であったと発信し続けることです」

追及キャンペーン保存版と銘打ち、文春は大層強気だが、確かにこのお二人の記事はわたしにとってまさしく、保存に値するものであった。


2014年10月 3日 (金)

愛読者やめたい

朝日新聞は先月25日早朝に集金に来て、封筒に入った、『ご愛読のみなさまへ』という手紙とタオルを一本おいていった。
慰安婦関連記事の取り消しが遅れたことへの影響などについては、新たに立ち上げる第三者委員会に検証していただくことにしております、などと書いてある。

慰安婦強制連行についての吉田証言をうのみにし、十六回もの、我が国日本のイメージを貶めるような記事を書き続け、すでに1992年に証言への疑義の声が上がっていたにもかかわらず、検証もせず、22年もたった今頃になって、ようやく取り消し謝罪するとは、あきれたものである。
読者への詫び状よりも、世界のメディアへ、その国の言語で、虚偽の記事を書いたこと、日本のイメージを傷つけたことを認める書状は送ったのであろうか。そういうことを一番に知りたいのに、こんな上っ面だけの詫び状と、タオル一本なんて、バカにしてるわよ、まったく!!
とわたしが息まいていたら、夫がまじまじと私の顔を見て言った。
「きみは元気だねえ。それほど怒るエネルギーがまだあるなんて」

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