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2014年9月14日 (日)

癒しの調べ

冷蔵庫を買い替えたので、届けてくる前日、中身を整理して段ボール箱に移していたら、急にまた例の胸痛が起きた。
胸の上部中央が圧迫されるような鈍い痛み、わずか一週間前にも起きたばかりだったので、これはもう、ただならぬことではないかと、ドキドキしながらも、週末の予定の調整に、頭の中が忙しく回転しはじめる。
今週もブリッジトーナメントをまたキャンセル、横浜のクラブに電話してから、パートナーにお詫びの電話を。
その日の夜も実は予定があって、王子ホールのコンサートに行くことになっていたのだが、こちらのほうは様子をみて、おさまるようなら、行けるのではないかと思った。
ニトロを口にふくんでいたら、やはり、数分でおさまる。
あいにくホームドクターの休診日なので、翌日早朝診てもらいに行くことにして、夫に報告したら、コンサートなんてやめとけ、やめとけ、とかなりしつこく説得しようとする。
でも音楽は癒しになるから、行くわ、とこちらも食い下がって、出掛けてしまった。

王子ホール、その日のプログラムはN饗のコンサートマスター篠崎史紀氏率いるクインテット、超人気の「MAROワールド」、モーツアルトとブラームスの二大クラリネット五重奏曲。
自分だったら見逃しがちの、聴きどころこのコンサートのおさそいは、とびきりのお耳と直観力の持ち主のY子さんから。彼女のおかげで、これまで何度極め付きの聴く喜びを味あわせていただいたことか。
そしてこの夜も、そう、ヴァイオリン第一と第二、ヴィオラ、チェロそしてクラリネット、モーツアルトは何と素晴らしい音の取り合わせを考えたことだろう。胸痛への不安は消え去って、五種類の音が織りなす絶妙な調べのなかに浸りこんだ。

死生学がご専門のアルフォンス・デーケン先生はその著書『心を癒す言葉の花束』のなかで「音楽は本質的に時間を超越していて、人の琴線に触れる不思議な力がある・・」とおっしゃっており、モーツアルトの言葉を紹介してくださっている。
モーツアルトは三十五歳という短い生涯の三分の一を旅先で過ごし、当時の過酷な馬車での長旅による死の危険にいつもさらされながら「死はたしかに人生の最終の目的なので、数年来、私は人間の最良の友である死に親しむことを、自分の務めだと思っている・・・」という言葉を残している。
彼の音楽にかくも癒される所以はここにあったのだと思いながら、聴き終ったあとは不思議な昂揚感を味わうことができた。

N饗は優等生ぞろいの演奏でおもむきに欠けるという先入観があったが、こうしてその道の第一人者ぞろいが音を合わせると、ほとばしる個性が一つとなって、すごみを感じるほどの調べを醸し出す。
それぞれのトークも巧まざるユーモアがあり、その夜は提携しているヨックモックのケーキが無料でふるまわれ、このコンサートのチケット売り出しと同時に売り切れる理由も納得がいったのだった。


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音楽」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりです!
前のブログでも胸の痛みのことを読んでいたので、
再び・・・と心配しながら読みました。

音楽の話になるにつれ、胸のことはどこへやら、本当に
音楽は素晴らしいのだと思いました。
音楽のことを語るcannellaさんはいつも生き生きとした
喜びにあふれていらっしゃるのを感じます。

麻呂様はトークがお上手で、親しみやすい人柄。音楽通で
ないものにも楽しみ方を教えてもらう気がします。

ちゃぐままさん
コメントありがとうございました。そちらのブログ、二か月以上、更新していらっしゃらなかったので、どうなさったかと心配しておりました。お元気そうで安心しました。
麻呂さま、ご存じだったのですね。わたしは今度初めて、彼の魅力ある統率力を知りました。かなり偏っている自分の好みのことを、あらためて自覚しております。
ブログのお引越しも、快調にすまされたようですね。
ご自愛くださいませ。

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