2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
フォト
無料ブログはココログ

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月に作成された記事

2014年9月28日 (日)

『花子とアン』終わる

7時起床、15分からNHKBS『カーネーション』、引き続き、『花子とアン』をみて、ラジオに切り替え、イタリア語講座を聴く、という毎日を過ごしていた。

『花子とアン』はこういう終わり方だろうと想像していたとおりの最終回だったが、数編の別のドラマができそうなほどの、多彩な登場人物を上手に整理して、無難なおさめかたをしたと思う。ただ、妹の娘を養女にするいきさつや、実家がワインづくりに転向するくだりなどの詰めが甘く、具体性に乏しいので、ドラマの緊迫度が薄いという気がするところが多々あった。白蓮が一夜にしてあんなにすごい白髪になるなんていう、怪奇小説みたいな話は本当だったのだろうか。
仲間由紀恵や高梨凛という、目鼻立ちくっきりの美女が脇にまわっていても、吉高由里子というひと、絣や銘仙が似合う楚々とした容姿で、しっかりした存在感を示し、主人公を好演していた。このひとがまだ若者ドラマに端役で出ていたころから知っていたので、はまり役を得るとこんなにも成長していくものだということ、感慨をもって眺めていた。
美輪さんのナレーションは日が経つにつれて完璧度を増し、まさに千変万化の「ごきげんよう、さようなら」だった。あれほどの強い個性を目立たなくする演技の力、さすがだったと思う。

わたしはまだパソコンがこれほど普及していない時代に、十年ほど、小説の翻訳に従事したことがあるので、翻訳家がどれ程名訳をしても、しょせん黒子の役目、光が当たることが稀有であることを知っている。それだけに、翻訳家の一代記がドラマになったのは『赤毛のアン』の訳稿を戦火をくぐって守りぬき、世に送りだした村岡花子さんならではとわかるのだが、翻訳の仕事は原書と分厚い辞書をかわるがわる眺めて原稿用紙を埋めていけばいいというものではない。ネットで調べるということができない時代には、大使館に問いあわせたり、図書館通いをしたり、ときには原作者に手紙を出したりということもあり、その意味での翻訳家の、並々ならぬ苦労を伴う仕事の具体性がこのドラマでは乏しかったという気がした。

でもひとつだけ、これは正にほんと、だと思ったエピソードは、あの出版社の社長が原稿を読まずにボツにしていたというくだりである。
翻訳者が面白い本や、知られざるベストセラーを見つけて、出版社に持ち込んでも、それが採用されるということは賭けに等しいほどの狭き門であったのは事実である。

原作者が没後五十年で翻訳権はフリーになるから、モンゴメリが1943年に亡くなってから93年まで、つまり『アン』訳を52年に出版してからおよそ四十年間、ベストセラー翻訳の印税を独占できた村岡さんは数ある名翻訳家の中でももっとも幸運なひとの一人だったのではないだろうか。

2014年9月23日 (火)

冷蔵庫を買い替える

フリーザー内のアイスクリームが固くないのに気づき、夫に告げたら、肉やごはんが凍っているのだから、気のせいじゃないか、と言っていたのだが、彼の好物のアイスキャンデーの噛み具合が、ガリッではなくなり、ようやく、これは、おかしいと自覚したらしく、冷蔵庫を買い替えることになったのだった。
二十余年、二度の引越にも耐え、よく持ちこたえてくれたものだとは思うが、三菱電機製、実は不満が多々あった。気をきかしたつもりなのか、棚の位置が一定ではなく、しきりがありすぎて収納しにくく、扉の内側も上下や横の段差が細部にありすぎて使いにくかったのだ。
四十年まえアメリカで使っていたGEの巨大冷蔵庫みたいに、自分で調節可能な、棚が大まかに並んでいてズド~ンとしているほうが、実は使い勝手がいいのに、と思ったことがよくあった。

さて、こうと決まったら、すぐ決行するせっかちの夫に急かされ、よく下調べするひまもなく、ヤマダ電機に出かける。量販店に来るとわたしはいつも、自分の一番苦手な場所で、立ち往生している感覚におそわれる。自分がこれから買うものに、確固たる知識がないこと、店員のほめる利点と自分が好ましいという観点とが必ずしも一致しないこと、それでも絶対に後悔しないものを買わねばならないという義務感にせきたてられるなど・・・そこを、家電にくわしい夫が判断力を発揮してくれることを期待していたのだが、今回はたまたまその場の係り員だった日立の派遣店員と、夫が妙に気が合ってしまい、あやうく、日立の急速冷凍つき、大型を買わされそうになった。大きいほうが年間を通じての電気量が半分も得するという力説にまどわされそうになっていたからだ。でもそれだと、野菜室が下なのである。
わたしはそれより少し小さい、もう一つの候補、グッドデザイン賞を受賞した三菱電機の野菜室が冷凍庫より上にあるデザインにこだわり、今回だけは押し切った。

実際に使いだしてみて、野菜室が腰の高さにあるのは実に楽である。見通しもいいので、しまい方に苦労しないですむし、高齢者にとってひざをつかないで野菜が取り出せるのは、急速冷凍があるなしよりずっとありがたい。氷も以前のようにいちいち型から出さなくても、いつもパラパラのがふんだんにある。しかもなぜか水道水使用のほうが好ましいというのがうれしい。006
(写真:冷蔵庫に旅行で買い求めたマグネットのコレクションを飾る)

三菱電機も消費者の感想を重視したのか、今度のはGEなみに棚の位置を替えやすく、しかもズド~ンとしていて、容量たっぷり。拭き掃除も楽チン。

食料品の貯蔵、管理をつかさどる冷蔵庫が使いやすいということはなんと生活を明るくすることだろう。食洗機と、使いやすい大型冷蔵庫はよい食生活を続けるための、高齢者の必須アイテムなのではないかとさえ、思われてくる。


2014年9月20日 (土)

風邪ひき、一週間

連休明けの火曜日、母校の創作工芸展に行く。いつものこまごまとした手芸工作品のほかに、若い人が創作した斬新な革のバッグも売り出されていて、斜め掛けの形のいい本革バッグを安価購入でき、満足。そこで落ち合ったMさんと『エノテカ』で食事、いつもブログ見合ってお互いを知り尽くしているので、話もはずみ、そのまま、まだ未体験の、日本橋コレドにでかけることにした。
ちょっと、鼻がむずむずしていたが、楽しさが優先して、直行。

いや、まあ、大変なところである。あらかじめ、地図でも手に入れて下調べしておかないと、無駄に歩き回って疲れるだけだ。レストランやカフェのあいだに、出汁、干物、チーズ、その他の食品専門店がちりばめられていて、そこで品物を選ぶにも目がまわりそう、つまり選択の困難を背負うことになる。
三つのコレドを右往左往して、疲れ、お茶をのむところを探すのにまたぐるぐるまわり、ようやくコレド3のLIVETARTというところで手作りのジンジャーエールをのみながら一息。同じフロアに私たち二人が好みの群言堂があったので、そこをゆっくりみまわったあと、別れる。

鼻ムズムズは本格的になってきて、咳も混ざり、これはもう大変、帰途ホームドクターの医院にとびこみ、薬をもらう。ドクターは笑って、アレルギーじゃない?なんて言っていたけど、これこそ本格的風邪のひきはじめと自覚していた。
それから三日寝たり起きたりの日々、微熱もあって、身体だるく、咳、鼻水、くしゃみがすごい。
Mさん、一緒だったけど大丈夫だったかしら、と心配していたが、三日目にブログ更新されていて、安心した。
高齢者、大切なのは、「転ぶな、風邪ひくな」なのに、このところ二年ぐらい続けて、風邪にふいうちされて、防げない。
ひきこんで寝ているときの苦しさ、何をする気もおきず、できず、「ふとした風邪がもとで・・・」ということもあるから、このまま死んでしまったら、あまりにも無責任、もしもサバイバルできたら、まずは身辺整理を第一にしなければ・・・
なにが起きても、みなが困らぬよう、エンディング・ノートをつくらなければ、とも思う。
エンディング・ノートという名称がいやなので、「もしものときのために」とでもしようかとも・・・

さて四日目の金曜日、微熱もとれ、シャンとしてきたので、朝ぶろに浸かる。寝たり起きたりのあいだ、気分がましのときに、録画十時間分の『ミス・マープル』を見続けていたので、彼女がしきりにティーをたしなむときのケーキが食べてみたくなって、手作りする。ケーキが焼けるようになれば、もう大丈夫。
ところがおかゆを炊いてくれたり、スープを作ってくれたり、してくれた夫が、今度は、クシャン、ゴホゴホ、翌日の麻雀の約束、キャンセルとなり、申し訳ないことになった。
わたしだったら、せっかく楽しみにしていたのに、とかなんとか、恨み言を言いそうになるのに、ごめんなさいね、とあやまると、いいんだ、いいんだ、いまのうちにひいといたほうがいいのさ、なんて言ってくれる。

 
年よりが助け合っているのに、娘も同居の息子も孫ふたりも、敬老の日も無視、いったいどこをどうしているのやら・・・

2014年9月14日 (日)

癒しの調べ

冷蔵庫を買い替えたので、届けてくる前日、中身を整理して段ボール箱に移していたら、急にまた例の胸痛が起きた。
胸の上部中央が圧迫されるような鈍い痛み、わずか一週間前にも起きたばかりだったので、これはもう、ただならぬことではないかと、ドキドキしながらも、週末の予定の調整に、頭の中が忙しく回転しはじめる。
今週もブリッジトーナメントをまたキャンセル、横浜のクラブに電話してから、パートナーにお詫びの電話を。
その日の夜も実は予定があって、王子ホールのコンサートに行くことになっていたのだが、こちらのほうは様子をみて、おさまるようなら、行けるのではないかと思った。
ニトロを口にふくんでいたら、やはり、数分でおさまる。
あいにくホームドクターの休診日なので、翌日早朝診てもらいに行くことにして、夫に報告したら、コンサートなんてやめとけ、やめとけ、とかなりしつこく説得しようとする。
でも音楽は癒しになるから、行くわ、とこちらも食い下がって、出掛けてしまった。

王子ホール、その日のプログラムはN饗のコンサートマスター篠崎史紀氏率いるクインテット、超人気の「MAROワールド」、モーツアルトとブラームスの二大クラリネット五重奏曲。
自分だったら見逃しがちの、聴きどころこのコンサートのおさそいは、とびきりのお耳と直観力の持ち主のY子さんから。彼女のおかげで、これまで何度極め付きの聴く喜びを味あわせていただいたことか。
そしてこの夜も、そう、ヴァイオリン第一と第二、ヴィオラ、チェロそしてクラリネット、モーツアルトは何と素晴らしい音の取り合わせを考えたことだろう。胸痛への不安は消え去って、五種類の音が織りなす絶妙な調べのなかに浸りこんだ。

死生学がご専門のアルフォンス・デーケン先生はその著書『心を癒す言葉の花束』のなかで「音楽は本質的に時間を超越していて、人の琴線に触れる不思議な力がある・・」とおっしゃっており、モーツアルトの言葉を紹介してくださっている。
モーツアルトは三十五歳という短い生涯の三分の一を旅先で過ごし、当時の過酷な馬車での長旅による死の危険にいつもさらされながら「死はたしかに人生の最終の目的なので、数年来、私は人間の最良の友である死に親しむことを、自分の務めだと思っている・・・」という言葉を残している。
彼の音楽にかくも癒される所以はここにあったのだと思いながら、聴き終ったあとは不思議な昂揚感を味わうことができた。

N饗は優等生ぞろいの演奏でおもむきに欠けるという先入観があったが、こうしてその道の第一人者ぞろいが音を合わせると、ほとばしる個性が一つとなって、すごみを感じるほどの調べを醸し出す。
それぞれのトークも巧まざるユーモアがあり、その夜は提携しているヨックモックのケーキが無料でふるまわれ、このコンサートのチケット売り出しと同時に売り切れる理由も納得がいったのだった。


2014年9月11日 (木)

期待はずれだった『火のようにさみしい姉がいて』

大竹しのぶ、宮沢りえの二大女優が競演、しかも脇にごひいき、平岳大、満島真之介が出演、そして何よりも蜷川演出と知っては期待しないほうがおかしい。この日を楽しみに、場所は嫌いな渋谷だったけれどシアター、コクーンは初めてという興味も手伝い、いそいそ出かけたのに、裏切られた。001

ストーリーがわかりにくいのである。
演劇人生に行き詰った、オセロ役者の段田安則と宮沢りえの夫婦が夫の故郷を訪れ、元生家らしき理髪店にたどりつき、そこでくりひろげられる、世にも奇妙な物語である。
わたしはだいたい、段田安則という俳優が好みでない。演技力はあるのは認めるけれども、このひとが主演で、のっぺり顔がいつも中央でわめいているのを見続けるのは耐え難い。平岳大がこの役を演じてくれればよかったのに、などと思えてきたりする。
薬売りだったという老婆が大勢出てくる。蜷川氏の高齢者劇場の団員達なのだろう。「薄汚いババアどもは死ね」などという聞き捨てならないセリフを言われても、嬉々としてラインダンスまで踊ったりする。
二十二か月の胎児がおなかにいるという宮沢りえのおなかはペッタンコである。どこまでが現実で、どこまでが幻想なのかが定かでない。
理髪店の鏡が劇場の楽屋の鏡と二重写しになる舞台美術は効果的である。それなのに、主役三人が力めば力むほど、せりふが空転する。ストーリーの説得力が薄いから、せりふの迫力が空回りなのだ。
勝手に演劇芸術ぶってればいいじゃん、と言いたくなりながら、帰り道のことを考えていた。
蜷川さんの天才的な演出術は認めるけれども、観客を思いやる気持ちがうすくなって、細部に目が届きにくくなっているのではないか。たしかわたしと変わらない高齢、自分の今を思うと、まだ現役バリバリでいなければならないのひとの苦労もおのずとわかってくる。

幕間のロビーも、いい出しものを観ているという熱気や興奮は感じられなかったし、退けたあとも、難解だった、感動がなかった、という声が聞こえたりしていた。

演劇は臨場感を楽しむものなのに、ひとりよがりの力んだ二時間余につきあわされたやり場のない不快感を持て余しながらの帰り道は、とりわけ長く感じられた。

2014年9月 8日 (月)

週末レポート

土曜日、朝七時ごろ、わずかながら、五か月ぶりの胸痛が起きたので、しばし考えた末、ブリッジトーナメントの約束をキャンセルすることにし、パートナーに電話、そのあと、ブリッジクラブにメールで知らせる。当日のキャンセルは参加料の二十パーセントを支払え、というところもあるのだが、五反田ブリッジクラブはその要求もなく、またのご参加をお待ちします、という挨拶がもらえたのは意外だった。

ちょうどコレステロールの薬切れていたので、ホームドクターのところに行ったが、この先生も一過性の胸痛の持ち主なので、ま、用心に越したことはないけれど、心配ないよ、と言ってもらえ、ちょっと安堵。
この日の食事は夫がすでに用意していたので任せたが、翌日、彼が一日麻雀の日、息子と二人ということなので、久しぶりにローストチキンを料理することにして、夕方、二子までバスで仕入れに行く。
よさそうな骨付きもも二本、買ってしまったあとで、二千円以上もするのにたまげる。
なにもかも何と高くなったことだろう。

そして、当日セロリの葉、玉ねぎ、人参の薄切り、敷き詰め、ローズマリーもまぶして焼き、あとグレイビーつくり、ポテトフライと、アスパラの付け合せ、トマト味のスープ、手順よくつくったのだが、期待したほどおいしくなかった。息子はきれいに平らげてくれたけど、自分自身、昔おいしかったものが、今はそうでないことが続き、それが、素材のせいなのか、料理法のせいなのか、味覚の変化のせいなのかと、とつおいつしながらも、これこそおいしい食べ物への執着が薄くなって、命が終りに至る、プロセスかもしれないと、ふとひらめき、それならそれでいいと、不思議とふっきれた思いがした。

日曜早朝、ネットのYahoo のニュースから錦織選手の快挙を知り、すぐにYoutube で勝利の瞬間場面と、インタビューを観る。少しも気取らず、ごく自然に出てくる流暢な英語を誇らしく感じた。
彼はもうずっと以前から、今に飛びぬけて成長する人ではないかという予感があっただけに、喜ばしいニュース。
ぜひ、優勝をという巨大な期待が負担にならないようにと、祈らずにはいられない。

2014年9月 5日 (金)

女性の暮らしについて 3

食の習いごと

主婦業を十数年して、海外生活で客料理の経験も豊富になって帰国してからは、和風の家庭料理をさらに究めたいと思うようになっていた。

そんなとき友人に誘われて通い始めたのが、牧田文子先生の荻窪のお宅。お庭に柿の木のある、瀟洒な日本家屋、和室の客間でレシピの説明、そのあと、旧式そのものの和風のお台所でそれぞれ持ち場をきめて六、七名が調理を担当し、先生はそれを見回られて指導されるという方式。
料理には美味と滋味があり、店で売られているものにもおいしいというだけの、美味はあるが、主婦が心をこめて手間を惜しまずつくった料理こそに美味を一つも二つも超えた、食べただけで身体がふるえてくるような、滋味があると教えられ、レシピどおりに仕上がったお料理はいずれも、ああ、またこれを自宅で再現したいと切望しないではいられない滋味深いものばかりであった。004


牧田先生は『ミセス』に取材されたり、NHKのお料理番組にも出演されたりしていたが、料理の写真がより効果的に見せるために油をかけたりされるのを嫌われて、主婦の友社の『和風料理の献立』を出されたあと、自費出版で、『喰籠の中』という本を二冊出版された。
合計三冊は使い古して、よれよれになってはいるが、開くたびに「命養う食事づくりには手が抜けません」とおっしゃった先生のお声が聞こえるような気がしてくる。

家庭の料理とは栄養、経済、技術、衛生という四つの条件が一つでもかけてはならない、味には、甘い、酸っぱい、鹹い(塩味)、辛い、苦い、の五味があり、技法には、煮る、焼く、揚げる、蒸す、生の五法がある。これを重複することなく、組みあわせるのが献立の基本であると教えられた。
有名旅館やレストランに行ってもこの基本ができていないメニューにがっかりすることも多い昨今である。

食べるものの好みが異なる夫とほとんどべったりの近頃の生活は、この五味、五法駆使の献立も必ずしもうまくいかないことも多い。お互い、それぞれにしましょう、と言って投げ出すこともしばしばである。
きのうは朝遅くおきてきて夫、放っておいたら残りごはんに海苔とベッタラ漬けで食べているのを横目で見つつ、ちょっとやましさを感じていた。
彼は一日二食で昼食抜きなのだが、わたしがお昼、パンケーキを食べることにしたので、一枚食べてみる?とさそってみた。ついでにキューリ、アスパラ、レタス、黄色トマトのたっぷりサラダも野菜不足にならないで、と、相伴させた。

夜は急にスモークドサーモンの押しずしが食べたくなり、これは独断でメニュー決めをした。無理強いかもしれないので、彼の好きな揚げナス、ピーマン、たっぷりつけ汁かけ、さらしねぎつけて、野球のテレビ観戦中の彼にお盆にのせて出前サービスしたら、すまないね~とか言って、大層感激していた。
それなのに大葉をはさんで上に赤のサーモン、彩もよく得意だった押しずし、いつも我ながら、おいしいと自信があったのに、それほどの滋味を感じられなかった。

腕が落ちたのか、わたしの味蕾がイカレてきたのか、こういうむなしさを伴う落胆が多いこのごろでもある。

2014年9月 1日 (月)

ミス・マープル/復讐の女神

アガサ・クリスティ―の主要作品はほとんど映像化されているが、なかでも『ミス・マープル』に注目していた。まだ若かったときNHKの初放送で見て、テーマ音楽もタイトルのデッサン画像もいかにも英国の上質ドラマにふさわしく、ごく普通のひとが抱く「悪意」が犯罪を生み出していく過程がなんともエレガントにしかもとてもきめ細かく描かれているのを知り、忘れがたかったのだ。
それが、いま、AXNミステリーチャンネルでは、アガサ・クリスティ生誕記念で、何と、ミス・マープルシリーズ全作品が順次放送されているのである。
自分の年齢がミス・マープルと同じくらいになっただけに、言うに言われぬ親しみが増して、目をくぎ付けにされてしまう。
三人のマープル女優がかわるがわる出演してはいるが、なんといっても、原作者に強く乞われて出演したという、ジョーン・ヒクソンがずば抜けて適役である。Miss_marple

しかも彼女のシリーズだけは吹き替えでないので、きれいなクイーンズイングリッシュが聴けるのも楽しみのひとつだ。

きょう、わたしはシリーズ中、突出して面白い『復讐の女神』の二度目を見た。

ミス・マープルの推理力を知っている、ある大富豪の訃報を新聞で知った彼女に、復讐の女神の役割をしてほしいという彼の依頼の手紙が届き、「歴史建造物と庭園めぐり」のバスツアーの招待状が送られてくる。実はその旅程に入っているある場所にはその富豪の別邸があり、そこで殺人事件がおきて、富豪の一人息子が嫌疑をかけられたまま、迷宮入りになっていたのだった。
バスの乗客は曰くありげな人物たちが数人おり、いまはホームレスになっている富豪の一人息子が怪しい風体で出没する。殺人事件があったその場所では、すでに富豪の指示が出されていて、ミス・マープルは殺された娘を養女にしていたという三人姉妹の住むマナーハウスに招待される。一癖も二癖もある登場人物、謎が謎をよび、最後まで目が離せない。謎解きのクライマックスシーンはシリーズ中一番のド迫力である。最後のめでたしめでたしも胸がスカッとするさわやかさだ。
当時のバス旅行の場面も興味深いし、途中で疲れたミス・マープルがベンチで居眠りをするところなども、ああ、あるある、こういうことって、と感情移入してしまう。
ミス・マープルは胸の下あたりに両手を組むのがくせで、ハンドバッグも両手で前に抱えもって歩く。そしてくつろぐ時間がくると、編み物をしている。

アガサ・クリスティはミステリーの女王とあがめられ、名声は得て、何不自由ない暮らしをしていたのに相違ないが、私生活は必ずしも幸せではなかったようだ。
独身で、自由がふんだんにあり、甥たちに慕われ、そのたぐいまれなる推理力を、認められて、それにふさわしい待遇を得るのに、編み物をするゆとりもある、ミス・マープルはもしかすると、アガサ・クリスティのこうありたいという理想の姿ではなかったか、それゆえにこそ、ごく普通に暮らしているような高齢の老婦人がこれほどのいぶし銀のような魅力を放つのではないか、そう思われてくるのだった。


« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »