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2014年7月に作成された記事

2014年7月29日 (火)

ひとりごはんの知恵

夫が夕飯を自宅で食べない日が月に二度ある。若いときは友人と外食したり、一人でも映画を観るついでに好きなものを一人ご飯するのを楽しみにしていたが、そういうときに呼び出す友人たちが今は足が悪かったり、夜は出かけないと決めてしまっていたりするし、私自身もひとりで映画観てご飯を外食するなんて、面倒になってしまっている。
それにこの暑さ、出掛けるだけで流れる汗に消耗度も激しい。

自宅で録画を観たり、積んである未読の本を読むほうが楽になった。

さてそんなときのひとりごはん。
イタリアのアペルティーボよろしく、ビールやワイン,飲みながら、おつまみ的なものを沢山食べ、ネットのブリッジトーナメントおよそ四十分、そのあと、お茶漬け、または納豆ごはん、プラスたっぷりの漬物、で済ますのが至福。
昨日のアペルティーボは、チキン手羽先開きに塩コショーして、庭のローズマリーたっぷりかけ、オリーブオイルまぶしかけて、十五分ぐらいオーブン強火で焼いたものと、あと枝豆、ポテトチップ、それにオカヒジキとトマトのサラダ。

サラダドレッシングの極め付きは、辰巳芳子さんのおかあさま、故辰巳浜子さんのレシピ、サラダオイル2/1カップ。酢4/1カップ、ニンニクつぶしたもの、に、酢だけお玉に入れ、ガスの直火で沸騰させ、オイルとニンニクのうえにかけ、溶きがらし小さじ半分、あと、塩小さじ半分、コショー、砂糖もぱらりくらい入れ混ぜる、というもの。

我が家は朝が和食ではないので、納豆とかノリ、玉子かけごはんなど食べる機会を逸してしまう。
夏はアペルティーボあと、この和食の朝ごはん的食事が手もかからず、おなかにちょうどよいような気がする。

先日、ブリッジのトーナメントで一日出たとき、帰り、ディーン&デルーガで、チキンコンフィーとわさび菜のサラダ、シチリア風カポナータ、グレープフルーツとチェリーのデザート買って食べたが、これは我ながらいい取り合わせでおいしかった。
夏は出たついでにおいしいものをテイクアウト、この選択をもあやまらないようにしたい。

2014年7月25日 (金)

コサージュ・ブローチづくり

教会にはバザーのための制作品づくりをする手芸の集まりがある。新聞のカラーページを材料にしたコサージュづくり、という発表があったときは、関心もなく、出かける気はしなかった。
ところが婦人会が開かれて、その作品が一個3百円で売り出されたとき、材料と値段からはとても想像できないほどの、きれいな出来栄えに驚いて、すぐに二個、購入した。
しかも、このコサージュづくりにハマッテしまったひとが沢山いると聞かされ、一体どうやってつくるのだろう、と興味もわいてきた。
好評につき、アンコール制作をします、という発表があったのを幸い、この集いに初めて出かけ、三時間で二個つくったのがこの写真。003


二つ折りにした大、中、小の正方形の新聞紙を折り紙のように折り、梅の形に切り抜き、ボンドで張り合わせる、ノリがかわかぬうちに、切込みを入れ、花びらの一つ一つを太めの編み棒に巻き、しわ押しをして花の中央をへこませ、それを花びらが互い違いになるよう、重ね合わせてノリづけする。花芯は、細長い長方形の二つ折りをやはりノリづけし、一ミリくらいの感覚で切込みを入れ、丸めてノリづけ、それを花の真ん中に置き強力ボンドづけ、あとはうしろにピンづけして、透明なラッカーをかけ、かわかせば出来上がり。

制作上一番の難所は、しわ押しのところ、編み棒をしっかり押さえながら、親指の先で力をこめてしわを寄せるので、親指の先が痛くなってくる。ベテランのひとに訊くと、これも慣れで、最初はどうしても緊張して力をこめてしまうので、そうなるのだとか。

このコサージュ・ブローチは軽いので、夏のうすもののドレスにも飾りやすい。うっかりつけたまま洗濯しちゃったけど、大丈夫だったわ、と言っているひともいた。

倹約好きの女性にはもってこいのクラフト、腕を競うというような稽古ごととは違うので、作りながら、話もはずむ。こういう集まりは、高齢者にとって、よい楽しみになるなとつくづく感じた。

一時期非常に流行ったクラフトだということがネット検索でわかった。「新聞紙でつくるコサージュ」、で検索すると作り方、型紙、youtubeでの実演まで出てくる。


2014年7月22日 (火)

七月大歌舞伎夜の部を観る

新装成った歌舞伎座に遅ればせながらでかけた。一年以上も空いてしまったのは、出し物がどれも観てしまったものばかりで、これぞという演目がなかったからだ。
この七月興業の夜の部、玉三郎、海老蔵、中車の最高の顔ぶれ、『悪太郎』『修善寺物語』『天守物語』未だ観ていない演目が初めてずらりと並んだので、やはり新歌舞伎座初体験というN 子さんをさそって二か月前、どの日もほとんど満員でようやく一日だけ一階ド真ん中のS席二枚があいていたのを確保。
出し物、役者極め付きのときは、客足がすこぶる早いことにあらためて驚いた。

古くなった歌舞伎座をこわすことを知った時、とても哀しく思ったのだけれど、元の劇場のイメージそのままの実に立派な新築完成で感動した。日本人はこんなことができるのだ、と。
上を見上げるとビルがそびえていて、ちょっと異様な感じではあるが、内部は素晴らしい。
座席のスペースがゆったりしていて、足元にお弁当やら、何やら余分な荷物をおいても、ひとが十分通れるゆとりがある。天井もアクリル板なのか白い部分が多く、明るい。舞台も広くなったようにさえ、感じる。

舞台美術の美しいこと。修善寺物語の伊豆山中の景色、渓谷の幽玄さ、そして天守物語の天守閣の別世界に繰り広げられるドラマがこの新歌舞伎座にふさわしい芸術性あふれる堂々たる歌舞伎ならではの美を堪能させてくれた。

歌舞伎に横入りした中車、どれほどの演技を見せてくれるかと楽しみにしていたのだが、修善寺物語の夜叉王、演技はともかく、せりふのエロキューション、発声法、が歌舞伎的でなく、テレビドラマや映画的なのが、妙に目立って気になる。映像ではこんなものかと思っていたのに、声の質が聞き苦しいしゃがれ声。やはり何十年歌舞伎の世界で鍛錬してきたひとたちに追いつかぬ何かがあるような気がして、同じ思いのN子さんと顔を見合わせてしまった。

天守物語の玉三郎の美しさに見とれた。このまえ見た舞台は数年まえだったが、むしろ若くなったとさえ思われる。長いせりふが多いのに、エロキューションが完璧なので、聞き惚れてしまう。
驚いたのは海老蔵、このひとのせりふまわしは喉にこもったようで聞き苦しかったのに、図書乃助の若々しく、明瞭で凛々しい発声に、美しい容姿が一段と引き立ち、すごみさえ感じた。あの謹慎のときを無駄には過ごさなかったのだ。

歌舞伎はやっぱりいい。但し、現代演劇の早いテンポに慣れてしまったせいか、あまりにもゆるやかな流れに、しばしば眠気をもよおすのをこらえねばならなかった。でも、足が丈夫なうちは、また通いたいという欲が出ている。

2014年7月17日 (木)

『抜目のない未亡人』を観る

当代きっての演技派、「大竹しのぶ」の舞台を一度見たいと思いながら見逃していた。
三谷幸喜の作品に彼女が主役で出演というこの組み合わせ、今回こそ見逃すものかとばかりにとびついたら、同じ思いのひとが多いらしく、どの日もいい席は売り切れ。
かろうじて二階の前から三番目という席のある日、ま、いいかとゲット。002

新国立の中劇場、二階は三列しかないから、前から三番目は一番後ろでもある。
でも舞台は一階前列九番目までとりはらっての、広い舞台、ヴェネチアのホテルの海が見える中庭という想定、ゆったりした解放感で、二階席があまり苦にならなかった。

イタリアの喜劇作家、カルロ・ゴルドーニの原作、想定を全くの現代に変え、台詞の95パーセントが三谷翻案だそうで、あいかわらずの快調テンポである。
高齢富豪に嫁ぎ、夫を看取って未亡人となった、元女優、銀幕復帰とあわよくば恋もしたいと一石二鳥の欲望ぎらぎらの主人公、英、仏、伊、スペインの監督と相対して目的を果たそうとする。狂言回しが、八嶋智人、なんだかシェクスピアの喜劇を連想させられる雰囲気でもあった。

なんと休憩なしの一時間五十分、早口せりふの応酬、八面六臂の大竹さんに目が釘付け。
ジコチュウでちょっとでも自分のプライドが傷つくとむきになる、よくある女優タイプをこれ以上ないくらい好演。すごい人だ。時にしおらしく、時に怒り、そねみ、じらし、かけひきする、すさまじい感情変化すべてを、全身で表現し、観る者を圧倒する。これはもう演技というより神技に近い。メリル・ストリーブ、杉村春子に共通するなにか・・・
帰宅してネットの批評の数々を観たら、このあまりにも変化の多い演技を、荒れている、野田秀樹の演劇に出ていた悪い癖、べらんめえ口調が抜けていない、などという辛口の文章を発見。完璧さを求めるとどこまで欲深くなるものかと、思った。
三十一日まで続く、驚異的にセリフの多い、しかも歌ったり、踊ったりのこの芝居、大竹さん、くれぐれご自愛を、と言いたい。

わたし、九月の蜷川演出、あなた主演のコクーン演劇、チケット買ってしまったので・・・

2014年7月14日 (月)

夏むきバッグ

やりかけたまま仕上がっていないもののことを、unfinished objectすなわちUFOと呼ぶ、とクラフト仲間から教わった。
このじめ~っとした暑さの中ではやる気がおきずUFOがたまるばかり。だが、この夏最後のクラフトの集まりの前にどうしても、夏用のバッグを仕上げたくなってきた。

ABCの文字が色変わりでちらばっている模様を刺し子でつなげてみたら、思いがけない効果が出たので、それを、いつもの斜め掛けトートバッグにしてみようと思い付いてやりかけていたのだ。
ミーティングの前の晩、あと、たすきを縫い付けたら仕上がりというところまできたのに、なぜか、縁の仕上げとたすきを縫い付ける,始末の仕方が、思い出せない、う~むと考え、いよいよ認知症かな、前の作品は見事に仕上がっているのに、とショックだったが、一晩寝れば思い出すかも、と就寝。
翌朝、六時にめざめて取り出してみたら、早朝の頭の働きはすっきりで、すいすい思いだし、アイロンあてて、しつけもして、仕上げたのが、この写真。001
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夫はなんだか、でっかくておかしなバッグだ、などとけなしたけど、クラフトグループの人たちは、苦労がわかってくれたのか、ほめてくれた。

2014年7月10日 (木)

リヨン歌劇場『ホフマン物語』を観る

数あるオペラ作品の中で一番好きな『ホフマン物語』、観るのは今回で六度目、パルマ、レッジオ、ミラノ、スカラ、日本で三度、そしてこのリヨン歌劇場引っ越し公演、よくぞ、総動員引き連れて来てくださいました、と大野さんにお礼を言いたい。
とかく期待が大きいと、過去の経験では、なあんだこの程度だったかと、がっかりすることが多かったのだが、今回は違った。
これまで一度も姿も声も聴けなかったステラという登場人物が最初と最後に出てくる。
パトリツィア・チョーフイ、性格の異なる女性四役を見事に演じ分け、とりわけ、要となる第三幕、アントニアの場面は美しい旋律のアリアを、この上なく格調高く、伸びのある声で歌い上げ、胸いっぱいの高揚感を味わえた。003

ホフマンも素晴らしかった。悲痛な叫びを表現する聞かせどころの声が十分すぎるくらい響き渡り、いいテノールだな、と感動した。
そして悪魔四役、憎々しさをみなぎらせる、ドスの効いたバリトンが怖いほど効果的に冴えわたり、迫力だった。
舞台美術に、このオペラの持つ怪奇性が出ていないという感想をもれ聞いたので、懸念していたが、フランスの名画の一場面のように落ち着きがみなぎった色調、人形オランピアが空中に浮遊するようなしかけもあり、驚かされた。全体のトーンは地味、それはそれでよかったのだが、欲をいえば、ヴェネチアの場面はやはり、もっと水の都の風景が見たかったという思いがした。
オーケストラは申し分なく、細部まで美しく鳴り響き、舞台を引き立てていたと思う。
未完だったこのオペラ、エピローグをどうあつかうかに興味がつきないが、今回は日本で初めて見られるというケック版、ステラが登場して舞台は引き締まったと思ったし、ホフマンに呼びかけるミューズの締めくくりの歌詞、「人は愛で大きくなり、涙で一層成長する」がこころに残った。カーテンコールで大野さんは最初にオッヘンバックの扮装であらわれるという茶目っ気を見せ、二度目で素顔になり、半数以上がスタンディングオベーションで応えた。

文化村八階の『タントタント』でK子さんと、T子さんと会食。観劇後すぐの感動を美食とともにわかちあう至福のひととき。T子さんにメニュー選びをおまかせして、運ばれてきたものはブルスケッダ、バーニャカウダ、ピッツア、ズワイガニのパスタ、ミラノ風カツレツ、ほどよい量、選択のよさに驚き、この店の味のよさを楽しみつつ、九時過ぎまで語らいはつきなかった。

2014年7月 8日 (火)

オペラのために

明日は四時間十分というオペラの超大作、リヨン歌劇場の引っ越し公演『ホフマン物語』を観に行く日なので、体調をととのえておかなければ、とマッサージに出かけた。
水泳をするようになって、肩こりは感じなくなってきているのだが、人間の手のひらから伝わる「気」をもらうために、ときどきはマッサージが必要になってくる。

最初に電気をかけてもらい、そのあと、マッサージが始まったとたん、ボタボタと水滴が落ちてくる音がして、それがあちこちで聞こえ、大騒ぎになった。上のほうで、工事のような音がしてはいたが、それが止んですぐの出来事、この建物四階建で、一部アパート、災難を起こしている部屋の住人が留守らしいのだ。幸い、わたしのベッドは水害の外部ではあったが、起き上がってカーテンを開けてみると、天井の蛍光灯の脇から水滴が落ち続けていて、水道管にひびが入ったのか、下水管がどうかなったのか、原因ははっきりしないまま、これって、危ないんじゃない?などとおびえたような声も聞こえる。
十分ぐらい続いて、少しおさまりかけてはいたが、支払をしているあいだも、まだ水は落ちていた。
なんだか建物が泣いてるみたいだな、などと文学的な発言もとびだしたりしていたが、外は晴天なのに、ときならぬ、室内の雨漏り状態から逃げ出すように外に出た。振り返ってみると確かにこの建物、築後四十年ぐらいは経過していそうなみすぼらしさも漂っている。
バス停のそば、地の利がいいし、腕のいい人もそろっているので、繁盛していて、雨漏り状態のときも予約の電話を受けていたけれど、大丈夫なのかしら、と気になりながら、足を速め、帰途についた。

さて、オペラに着ていくもの、きのう自由が丘のバーゲンで買ったワンピースの襟ぐり開きが大きすぎるのが気になって仕方がない。
ネックレスをして、スカーフを首にまいてもどこかしっくりしない。
この開きがもう少しせまければいいのに、と鏡をみながら、手でしわをよせてせばめているうちに、ふと思いついた。前がわだけ、襟ぐりにゴムテープを縫い付けたらどうだろう?
さっそく、襟ぐり寸法の三分の二ぐらいに切ったゴムテープをのばすようにして手縫いで縫いつけてみる。
するとどうだろう!ゆるやかなギャザーができて、着てみると、こうであればいいのにと思っていた通りの開きぐあいになり、ネックレスもうまくおさまり、高齢の肌露出を阻止することができた。

洋裁の腕は次第に落ちてきてはいるが、経験がひらめきを呼び起こすこともあるのだと、これこそ年の功というものかと思ったのだった。

2014年7月 5日 (土)

シンプルライフ

夫の精密検査の結果が出た。すべてがクリーン、但し八十を過ぎると、男性のほとんどに見られる隠れ脳梗塞というのが、あるかも知れないが、心配することではない、とのこと。
よかった、よかったと抱き合って、娘一家にも朗報を知らせた。
わたしたちは食べものの好みが違うけれども、あまり外食をせず、インスタントものはほとんど食さない、というこれまでの食生活がなんとか合格だったのかも。

夫はかなりの料理人ではあるが、作ってやるよ、というのが必ずしもわたしの食べたいものであるとは限らないので、好みが合わず、なにもする気がしないときは、「うどんの日」にすることにしている。
彼は、パック詰めの煮ふくめた揚げ、買ってきて、自分できつねうどんをつくり、わたしは『プレッセ』というスーパーで売っている、「京都のしっぽく」を買ってくる。
これにゆでたホウレンソウを加え、サツマイモの煮たものそえるという簡単ディナー。

なにもする気がしないときの、もう一つの解決法は、具だくさんの野菜スープ。ウッドデッキのプランターにパセリ、オレガノ、バジルが常に青々しているので、それを刻み、あらかじめ水につけておいたイタリアのオオムギとレンズマメ加え、ベーコン一枚切ったものも加えて、オリーブオイルでいため、そこにナス、ニンジン、玉ねぎ、ズッキーニ等、冷蔵庫にある野菜も大きさそろえて切って加えいため、水とスープキューブ加え、アクとりしながら、五分くらい煮て、自家製トマトソース大匙二杯くらいで味付け、塩、コショーし、シャトルシェフという鍋に入れて保温。
先日はこれにコンビニで買ったミックスサンドをつけて、簡単ディナーにした。
ベーカリーつきスーパーの食事パンより、コンビニのサンドイッチのほうがおいしいときもある。

コンビニを利用し、高齢者の食事を簡素化していくのも、これからのサバイバル術の知恵ではなかろうか。

自家製トマトソースはイタリアマンマのレシピ:ホールトマト缶の中身をボールに出して手で、塊をつぶす。鍋にオリーブオイル大匙一,熱し、ニンニクほんのり色づくまでいため、そこにトマト加え、塩コショーし、十分くらい煮る。
これで一週間くらい持つだろうか。パスタソースにも肉や魚のソースにも応用できて、冷蔵庫に常時あるようにしておくと便利。


2014年7月 1日 (火)

泳ぎは楽し

腰痛は完全に消えた。治ったというよりは体がおさまりをつけたという感じである。
まだ少し痛みが残っているときに、薬局の奥さんと話をした。水泳が共通の話題のひと。腰痛があるので、泳ぎに行かないでいる、と話したら、彼女が首を振った。泳ぐと治ってしまう、というのである。水泳ぐらい身体にいいものはない、平泳ぎだけは腰に悪いけど、ほかの泳ぎなら、必ずよくなる、語調を強めて力説されたので、翌日出かけて行った。
幸い、空いていて大きなプールにたったの三人、ゆっくり泳ぎ、特にバックをしっかり腕を思いっきりのばし何度も泳いで、疲れると水に体をあずけて浮いていた。

効果は絶大、翌日、腰痛は消えていた。

三日まえ、また赤信号があった。我が家のすぐそばで水道工事があって、道路に段差ができていたのだ。気をつけてください、という声に気をとられたら、段差の淵に足をとられて、ぐね~っとなった。ヤバイ(使いたくない言葉だが、まさにその心境)と思ったが、おそるおそる歩いてみると痛みがなかったので、そのまま慎重に歩きながらブリッジのトーナメントに出かけた。ところが夕方、帰りがけ、左足の足首の近くが痛みだした。
すぐ、手当をしなければと、焦りつつ、整形はもう閉まっているので、いつも行く整骨院に寄ってテーピングしてもらった。マッサージ師のひとが、あちこち抑えてくれて、ちょっとひねっているけれど、二、三日用心すれば大丈夫と言ってくれた。

そして三日目、もう身体は元通り。
これも水泳で足を鍛えたおかげだと思う。

高校のとき体育の授業は苦痛だった。デンマーク体操的な授業内容が多かったが、身体が固いのが恥ずかしかった。前屈もぴたっと二つ折りにならない。縄跳びも苦手で、二重回しがとうとうできないままだった。
あのころの体育の花形だったバレリーナの友はあの世にいる。もうひとりのスターもパーキンソンを患ってホームにいる。そして三人目のスター、スタイルが美しく、いつも注目の的だったひとも長年の癌わずらいで臥せっている。

劣等感のかたまりだったわたしが五十歳過ぎから習った水泳を続けて、なんとか健康を保っているのだから、人世とは不思議なものだ。

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