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2014年5月に作成された記事

2014年5月29日 (木)

クラス会終わる

腰痛がまだ続いている。中腰になったり、自力で立ったり座ったりがつらい。だから、顔を洗ったり、落ちたものを拾ったり、お辞儀をしたりするとき、痛みを感じる。いつまで続くのだろうか、と不安にもなるが、五月はとにかく忙しすぎた。クラス会を無事終わらせなければ、というプレッシャーもあった。胸痛のほうはあれから起きていないが、生活のリズムを年齢相応に、という、天からの警告のように思われてくる。

そんな中、附属中学のクラス会が無事終わった。ドタキャンもすっぽかしもなく、出席者は全員定時に集まってくれて、会費もおつりなしで封筒に入れてきたりする几帳面な人も多く、混乱はなかった。
Tちゃんが座席のくじを作ってきてくれて、二次会含みのおよそ四時間半、デザートまではこの席次で、そのあとはご自由にということで始まる。
シャンパンで、この年喜寿を迎えるわたしたちの健康を祝って乾杯。わたしが開会の言葉を述べ、Tちゃんに乾杯の音頭をとってもらったが、どちらが主導するでもなく、Tちゃんの絶妙なタイミングの進行調整、二人で協力しあいながらの司会となる。

東京会館のメニュー、コンソメに始まり、サラダ付メインはステーキと、メカジキのパプリカソース、ステーキもお肉がやわらかだったそうで、わたしはメカジキを選んだのだが、色よくソティーした切り身にソラマメがついて、薄いオレンジ色のパプリカソース、見た目通りの美味。デザートは二色ババロア、ここの料理は昔からのコンサバだが、わたしたちの年代には安心して味わえる、満足感が得られる。

一人ずつのスピーチ、個室でゆったりとした雰囲気のせいか、いずれも気取りも気負いもない本音と、そのひとの生活感がにじみでていて、みんなが静聴。
大学で専攻したことを離れて、今はお花とお茶の指導者、伝統の作法を今のひとに伝える難しさを悟りつつ、専攻したことを続けていたかったと思うこともあると語るひと。夫を四十年まえに亡くしたひと、高かった血圧が正常値になったけれど、子育ての苦労は一人でかかえることも多く、現在は慢性の腰痛をかかえているひと。視力の不調に悩んでいるひと。食物学科を出て母校の教授をつとめたひとも、報酬の割に気苦労の多かった職場の実情を語る。これから膝の手術や内臓の腫瘍の手術を控えているひとの心境など、いずれもしんみりと、胸の奥まで届く言葉だった。
人生、終わりが近くなるにつれてわかる。何かを成し遂げたとか、平凡な主婦で終わったとか、には関係なく、きちんと生きてきたということにどれほど価値があるか、それを、つくづくと感じさせられた数時間だった。

新幹線を乗り継いで来てくれた一人の出席者が、きょうは本当に来てよかった、と言った会の終わりの感想が、幹事二人へのなによりのねぎらいに感じられた。

2014年5月26日 (月)

クラフトフェア松本へ

刺子の先生とお仲間四人で、『松本クラフトフェア』へ一泊旅行。
五万人の人が押しよせるというこの人気イヴェント、昼ごろ着いた駅前はさほどの混雑は見られない。
女鳥羽川沿いの宿に荷物を預け、会場、旧松本高校敷地だったという、あがたの森公園に向かう。
大木の緑の下に立ち並ぶブース250、ここもごった返すほどではなく、趣向を凝らした露店をゆっくり、楽しく見て歩いた。004
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但し、時には百万円を超す商談も成り立つという、このチャンスのせいか、商品はいずれも、芸術性に偏った高価な作品が多く、一般庶民の生活雑貨が少なくて、ちょっとがっかり。

帰りに街歩きしていたとき、品数にかけては圧倒的な陶器の店の主人が、すでに下見をしていて、同じような感想を述べていたのが興味深かった。


先生に選んでいただいたホテル池田屋は名前から想像する旅館の面影なしの洋式ビルだったが、必要なものはすべてそろっている、八畳くらいのゆったりスペースのシングルベッド、一泊6000円はこの時期、リーズナブルすぎるくらい、女鳥羽川沿い、なんだかローマのテヴェレ川を思い出し、川向うを夜散策したとき個性豊かなカフェやレストランを見つけて、またまたトラステヴェレの情景が浮かび、松本の魅力を再認識した。

お昼は蔵造りの蕎麦店、夜は小布施の栗ごはん定食、朝は有名コーヒー店、『まるも』500円モーニングに並び、帰途は列車の中でおやきを食すという、食めぐりも楽しく、実は前日から腰痛に悩まされていたのだが、お仲間にいたわっていただきながらの、散策、しばし痛みを忘れながら、サバイバルできた。

2014年5月21日 (水)

バッグの変身

今から四十年まえ、四年間のアメリカ生活では、洋裁や手芸をすることが多かった。
とりわけ手芸はkitと称して、教材、部品が一揃いになっているものが充実していたので、よく利用した。
帰国するとき、北欧のデザインのバッグkitを買い、持ち帰ったのだが、忙しくて、作るひまがなく、手芸の腕の確かな母に頼んで仕上げてもらったのが写真のこれ。001

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ところが当時は持ち手が手提げ風の木製で、使い勝手がよくなかった。
この作品にはわたしの好きなグリーンや紫が入っているので、使いたくて、持ち手の代わりにひもを通して、ショルダーバッグにしてみたりしたが、なにかぴったりこないままになっていた。

今なら、もっと持ち手のアイディアが豊富になっているのではないか、と、先月、ふと、ユザワ屋に出かけてみて見つけたのが、写真の、合成皮革のグリーン、針も通りやすく、四か所表、裏と返し縫して、中にはマグネットタイプのボタンを縫いつけて、四十年ぶりに満足のいくバッグに変身した。

母が一針一針、心をこめ刺してくれた刺繍を見ながら、あふれる感謝をおさえつつ、軽くてしかも収容能力も十分なこのバッグ、このところ出番がおおくなっている。

2014年5月20日 (火)

見つけては歩く

風薫る五月、花もきれい、緑もあざやか、ではあるが、照りつける陽射しが真夏並みのような気がする。
こんな時期、なにを着ればいいのか、半そでのTシャツに麻や木綿のブラウスジャケット、または今はやりのうすいジャージーのロングカーディガン、それとも、単独に長袖あるいは、七分袖のブラウス、いずれにしても重宝するのは首元に巻きつける薄地のロングスカーフ、昨年も流行ったけれど、今年もそのファッションは継続している。
とりわけ高齢者は首を守らないと風邪を引きやすいので、必須アイテム。
デパートで高い商品を買わなくても、街のアジア系の個人商店に値段も手ごろ、色合いも選択豊富な品ぞろえがあって、せめてものおしゃれ、と、色別にそろえていたら、目下手持ちは十数枚、今年も千円台で地中海の海色のようなイタリアンブルーのインド製を買って、肌触りがいいので、満足している。

きのう美容院の帰り、モンブランの通りから、自由が丘デパートを右に見ながら、亀屋万年堂を抜けてさらに坂道を目指して歩いていたら、左手に『自由が丘ショールショップ』という薄手のスカーフを集めた店を見つけて、あれこれ試して楽しんだ。すでに購入したばかりなので、買うまでに至らなかったが、ここは色ぞろえが豊富、おすすめだと思う。

その先右手に、興味深い店発見。『ドクタージョンズ・キャンディーズ・ジャパン』天然甘味料キシリトール配合なので、虫歯や血糖値の心配ゼロ、棒つき、ぺろぺろキャンディ、ロリポップが人気とか。
今週末、九州在住のお孫ちゃんに会いに行くという友人のお土産用にと、早速購入。
自分にも、なんとなく口さみしい時用に、ソフトキャンディを一袋。早速食べてみたら、これが実においしい。

 
自由が丘という街の散策はいつも新鮮な発見に満ちている。

2014年5月15日 (木)

多忙な日のあとで

高齢者には「キョウイク」と「キョウヨウ」が大切だと唱えたひとがいる。すなわち、「今日行くところがある」「今日用事がある」というのが生きがいになるというのだ。
先週から一週間、それこそ「キョウイク」「キョウヨウ」の連続で毎日でかけていたら、ついに待ち合わせ時間の確認を忘れて、10時なのに12時に行ってしまって、皆に迷惑をかけてしまった。
たまたま行き先が「キルト展」だったので、深刻な状況には至らなかったが、どんな場合にもひとと待ち合わせているときにはカレンダーや手帳の確認が必要だと、つくづく感じた。

きのうはCWAJの昼食会で、アメリカンクラブに出かけた。五月は奨学金の受賞者が紹介されるプログラム。ゲストスピーカーは1984年の受賞者でハーバードビジネススクールに留学し、現在東京大学副学長の要職を担う、江川雅子さん、きれいな英語で彼女のこれまでのキャリアと日本の女性が国際的に活躍するうえでの問題点などを語る、わかりやすく、かつ説得力あるスピーチに会場が湧いた。

クラブを出ようとしたら、タクシーを降りたったひととまさに正面から顔を見合わすはめに、そのひとが何と林真理子さん、こういう偶然もあるのだ。写真で見るよりきれいなひとだった。
ブログを読むと、ロスから戻ったばかり、四百人に講演するチケット、発売と同時に売り切れだったとか。週刊文春の二ページのエッセイの連載もこなし、直木賞ほか数個以上の審査員にもなっている超売れっ子、多忙極まる作家である。
忙しすぎるのではないだろうか。
いま朝日新聞の連載小説『マイストーリー』を読んでいる。
もう十四回になるが、まだ引き込まれるほどの面白さを感じない。

わたしが愛読していた『路傍の意地』というブログの作者が、言っていた。書き物の背後に「已むに已まれぬ思い」を抱いていない作品は、ただ仕事で書いているという空疎な文字の連なりになってしまう、と。
林さんの新聞小説に、ちょっとそれに近いものを感じるのだけれど・・・

2014年5月11日 (日)

ラ・フォル・ジュルネ「ディアベッリのワルツによる変奏曲」

今年のラ・フォル・ジュルネ、十人の作曲家、ヴィヴァルディ、モーツァルト、ベートーベン、シューベルト、ショパン、ブラームス、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、ラヴェル、ガーシュインが駆けつけてくる、しかもそれぞれ一人の友人を連れて、というのがテーマだそうだが、行きたくなるプログラムを探していたら、馴染みのある、マイナー作曲家の名前が目についた。
ディアベッリ、ピアノを習ったことのあるひとだったら、だれもが一度は弾いたことのある、ソナチネやソナタに登場する作曲者。今回、彼を連れてくるのはシューベルト。

ディアベッリは出版業でも成功していて、自分の考えた主題による変奏曲を公募し、五十人の作曲家たちが携わったという、そのいわくつきの曲集を広瀬悦子さんが二十五曲ずつ二度にわけて演奏するというプログラム、後半の二十五曲中にはシューベルト作も含まれている。
五月三日の夜、まず、シューマンのピアノ五重奏曲を別のホールで聴いてから、このディアベッリの変奏曲後半の二十五曲を聴きにホールBからガラス塔のGへと走った。
会議室のようなG409の部屋、なんだかサロンでピアノを聴くように音が伝わる身近な雰囲気、百人ぐらいだろうか、ぎっしり満席である。

ディアベッリ特有の、ハイドン的ごく単純な主題のワルツが演奏されたあと、二十五曲のヴァリエーションが始まる。軽やかに、華やかに、ときにひそやかに、高らかに、広瀬さんは完璧なテクニックで、緩急自在にピアノを歌わせる。
単純なメロディだからこそ、変奏は変幻自在となり、このテーマを提出したディアベッリ自身の並々ならぬ才能がうかがわれるが、近来これほど胸をおどらせながら、一曲一曲楽しめた演奏があったであろうか。コンサートといえばいつも同じような選曲に半ばあきらめがちであった聴衆のひとりとして、こういう、着想豊かで,面白味のある演奏こそ聴きたかったものだという、満足感と充実感を味わうことができた。
広瀬さん、感情が高まるクレッシェンドが素晴らしく、フォルテッシモも、この一見きゃしゃな体躯でよく出せると思うほどの音、経歴を見たらアルゲリッチコンクールで優勝しているのだ。なるほど、どこかアルゲリッチ自身に似た演奏ぶりでもある。

聴きのがした前半の二十五曲も聴かなければ、と終ってすぐ、チケット売り場に急いだが、思うことはみな同じのようで、すでに売り切れ。
来年のラ・フォル・ジュルネ、しっかりプログラムを研究して前売り券を確保しなければ、とあらためて悟らされた一夜でもあった。


2014年5月 8日 (木)

『グレート・ビューティ/追憶のローマ』

ゴールデンウイークは忙しかった。隠居の身としては、本来なら連休は関係ないのに、見たい、聴きたい、のイベントが重なったからである。
『イタリア映画祭』とラ・フォル・ジュルネ。
場所も同じ有楽町で、期間も同じ。
イタリア映画祭はアカデミー外国映画賞を初めとして各国の主な映画賞を総なめにした『グレートビューティ/追憶のローマ』の前売り券だけは買っておいた。
だれも思うことは同じらしく、この日一度だけ上映の当日は空席まったくなしの超満員。

昼夜のローマの映像が快適なテンポでかなり長く流れる冒頭、果たしてストーリーがあるのか、と疑問を抱くほどだったが、一瞬、一瞬が芸術写真のように圧倒される美しさで度肝を抜かれる。テンポは乱れることなく、物語が始まる。かつて一冊の小説で脚光をあびたあと、筆を絶った高齢のジャーナリスト、コロッセオを見下ろす豪華なアパートに住み、夜ごと社交界に出没する。踊り狂う男女たちをとらえた一瞬の表情の映像もまた目をくぎ付けにする。主人公が退廃の暮らしと新しい出会いに身をゆだね、追憶にひたるアップダウンの進行はあたかも現在のイタリアをも象徴しているかのようだ。途中いくつか書き留めておきたいようなセリフがあったが、見終わったあと、感動の中で茫然としているうちに忘れてしまった。ラスト近く、人間のおぞましい愚行、果たして彼岸にたどりつけるのか、というようなセリフがあった。あの彼岸と言う言葉、あれはわたしの大好きな、イタリア語の言葉、アル・ディラではないか、と確かめたくなってくる。
グレートビューティ、そう、イタリアぐらい究極の美を堪能させてくれる国はない。
そしてこの映画はそれを余すことなく映し出しているのだ。
いや、ほんと、近来にない大傑作。
八月、文化村ル・シネマで一般公開とか。もう一度ぜひ見たい映画である。

二、三年まえまで低迷しかけたように思われたイタリア映画が元気を取り戻したのは喜ばしい。
七月にはイメージ・フォーラムでマルコ・ベロッキオ特集があるというし、これまでのイタリア映画祭の傑作作品も順次公開されるというニュースも胸をはずませてくれる。

2014年5月 5日 (月)

続、五月の奈良

今回は神社、仏閣を見るのが目的ではなかったけれども、奈良町歩きの途中で立ち寄った戒壇堂は、東大寺の裏手にある、風雅なお寺であった。八世紀に建てられた僧侶の受戒が行われたという由緒あるところ、内部に収められた四天王は天平時代の傑作であって、それぞれ表情も異なり、仁王さま、おなつかしや、と堪能した。010

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奈良町の店に置かれている奈良公園のマップはウォーキングマップと表題がついているように、奈良は交通の便が、いまひとつ、まさしく歩くところ、足が丈夫でなければ楽しめない。

その、足であるが、わたしの足はかなりよくなっている。どの靴にも必ずインソールを装着するので、足指の痛みはほとんど感じない。入浴するとき、まめにふくらはぎをマッサージしている効果があるのかもしれない。血のめぐりをよくするということは足指の状態にまで影響するようだ。

I子さんの作品展示会は近鉄の高の原という駅に近いギャラリーであるので、急行で十五分くらいの、近鉄奈良駅そばの『ホテル花小路』に一泊した。朝食込で八千円ちょっと、バス、トイレ、ガウン風のねまきもついているし、窓の外は隣のビルが視界をさえぎってはいるが、商店街中ほどにしては騒音がない。夕食には出来立ての柿の葉寿司を買っておいたので、ホテルまえのスーパーで野菜の白和えの惣菜とカットメロンを買い足し、自室でお茶を入れ、おいしく食べた。
朝食は幕の内弁当のようなお重の中に惣菜が入った茶がゆセット、味にはちょっとがっかり。素泊まりにして、宿のそばにあるカフェで食べたほうがよかったかも、と思った。

駅から十分ぐらい歩くのをいとわなければ、ほかの宿泊場所、料理がおいしいと評判のホテルサンルート、学生気分を味わえる、国際セミナーハウスなどがある。
奈良町歩きのためだけなら、このどちらかのほうが、適しているかもしれない。

奈良ホテルは一度泊まってみたいところだが、新幹線チケットとセットの場合、二名以上とあって、一人旅は不利になっている。

2014年5月 1日 (木)

五月の奈良

奈良在住の、大学の後輩、I子さん、和服地を洋服や袋物にデザインし仕立てる天賦の才能とセンスの持ち主である。
わたしのイタリア旅行のおしゃれドレスやバッグはみな彼女の作品、どれほどイタリア人に褒められたことか。
その彼女が五月になると展示会を開くのだが、いつも旅行と重なり行き損ねていた。
今年こそは、と思い立ち、よりによって連休に関西へ行くなんて、と夫のあきれ顔を尻目に、一泊の旅を決行。

I子さん、車の運転歴も18歳からとか、凄腕である。点と線をむすぶように、主要なところに駐車から、駐車、したあと、奈良町散歩、それほどの人出でもなく、のどかで緑の濃淡の美しさきわだつ路地から路地、個性ゆたかな店舗のたたずまいに目をうばわれながら、昼前から夕方まで、歩きつくした。003
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東京の気に入りの蕎麦店、自由が丘の『さらしん』銀座『田中屋』、両店も真っ青というこのたたずまい、しかもおろし天ぷらそばのこの絵になる逸品、ただの天ぷらと違うパリパリの歯ごたえ、中しっとり、何とエビと竹のこの二点、器がまた眺め入ってしまうほどの凝ったもの、ツユの味もこれまでで一番、蕎麦湯、濃厚、ああ、見てため息、食べてため息。005
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脇を流れる、せせらぎ、それを覆う若もみじの濃淡、これもああ・・・であった。


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