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2014年3月に作成された記事

2014年3月31日 (月)

花を見ながら

朝九時、E病院に行く。急に入院ということになっても大丈夫なように、昨日クラス会の案内、44人分仕上げておいた。

検査結果は全く異常なし、なのだそうだが、症状が出ているときの検査ではないので、どうして痛みがでたのかは、わからないのだそうで、念のために服用期限二年というニトロを処方される。また痛みが出てそれが頻繁に続くようなら、紹介状を持って再び来院するように、と言われる。

思い通りになることは少ない人生だが、健康に関してはツキがあるのかもしれない。でもこれからもこういう一過性的な症状が起きることは多くなる年齢なのだろう、と観念する。

きょうの結果が出るまで決めかねていたことを次々実行。
カウフマンのオペラ、ライブビューイングのチケット手配、イタリア映画祭のチケット、ラ・フォル・ジュルネの・チケットは、渋谷まで買いに出かける。

行きがけに我が家の近く、しだれ桜の名所に寄って、開いたばかりの活きののいい花にシャッターを。002
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桜を見ても以前のようにはときめかない。花も終わってほどなく訪れる暑さのほうが気になる季節感なのである。

2014年3月30日 (日)

『ごちそうさん』終わる

最終回がどうなるのか知りたくて、ネットからネタバレの記事を探し、ほぼ見当はついていたのだが、子豚が飛び出すことはわかっていたものの、肝心の悠太郎が帰ってくることまでは書かれていなかったので、想像するしかなかった。
実際の放送ではタイトルも出演者紹介の画面も省略で、いきなりドラマから入って延々、これはわけありだと思ったら、やっぱり・・・朝ドラはハッピーエンドが定番だから、こうなるわけだが、悠太郎が満州で苦労したであろうに、しわもなく若過ぎて、一瞬まぼろしか、なにかかと思ってしまった。

とはいえ、半年の間、楽しませてもらった。ネットのつぶやきや感想は主役の演技がまずいだの、脚本の出来が悪いだの、食べものの扱いが不衛生だのと、欠点ばかりをあげつらって、重箱の底をつついている気がする。
食べものに焦点をおいたからこそ、戦前戦後の描きかたがさらりと無理なく、無駄なく描かれていたように思ったし、主役の女性も大柄の持ち味を生かして、困難な時期を乗り切るのが自然で、なにより、食べものをつくるときの姿がとても真摯にひたむきに、たち働く姿が、好ましく見え、それゆえに出されるものが、一層おいしく見える効果を出していたと思う。

わたしたちの母の世代の話なのだ。
わたしの母もおいしいもの好きの、料理上手で、いつも楽しそうに料理をし、おいし~いっつ、と叫ぶわたしたちを満足げに眺めていた姿が今でも彷彿とする。
わたしもおいしいもの好きで、料理はかなりするけれど、彼女ほど、手間をおしまず、材料も吟味してつくっているとは言い切れない。
とりわけ中国の鍋料理、フウオクウオズは忘れられない。材料が海の幸山の幸をふんだんに使っていて、しかも、下ごしらえに相当手間がかかっているので、鍋の中で煮えるとそのおいしさは倍加する、あの味をもう一度、と思っても自分だけの郷愁のためにするほどのがんばりは無理だし、それを再現できるかどうかの自信もない。

心臓の検査の結果は31日までわからないが、いままだ、日常のことを支障なくできるほどの健康に恵まれているのは、母が戦中戦後努力して、本当の意味でのごちそうをたっぷり食べさせてくれたおかげであること、それを可能にしてくれた、父の働きを思い、心の中で二人に手を合わせている。

2014年3月24日 (月)

検査の日

きょうは心臓の超音波検査、上半身裸になって、左を下にして横になり、ゼリー剤を塗られて、超音波発信機をかなり強く押されながら、息を吸って吐きとめるのを繰り返す。およそ30分、看護士か医師か、女性が担当だったが、終わりごろ、きゅうに男性医師がかわり、CTは見ていないんだけど、超音波で見る限り、あなたの心臓、とても元気ですよ、と言ってもらえて、ちょっと安心、うれしかった。

あとは24時間の心機能検査のため、心電図シール電極を沢山装着され、記録機器を接続して帰宅。入浴厳禁、行動記録メモをくわしく記入しなければならない。
階段上下、飲酒、食事、トイレすべて記録、一日何度もネットブリッジしているのがばれるのがちょっと恥ずかしい。

これでE病院、三度目だが、いつ来ても応対するひと、みなにこやかで、感じがいいし、病院が病院らしくしっかり機能しているところが、頼もしく、きっと働いているひとみんなが居心地のよさを自覚しているのだろうと思われてくる。

以前は都立だったが、現在は東京都保健医療公社が運営し、地域の診療所や病院と連携を図り、紹介患者を受け入れるというシステムをとっていて、その役割を十二分に果たしているのを感じる。

きょうは病院まえのバスに乗らず、坂道を下ってしばらく歩いたら、呑川に出たので、橋を渡り、見覚えのあるところのような気がしたら、なんと以前、孫たちを連れてよく通ったプールのある公園に出たので、ちょうどやってきたバスにのり、少し手前で降りて花工場という園芸店でイタリアンパセリと白い花の苗二個を買い、電極だらけの体なのに、なぜか心も軽く家路を急いだ。

2014年3月20日 (木)

『コーヒーをめぐる冒険』

胸痛が起きてから10日以上無事に過ごし、心臓CT検査も終え、あとは超音波と心機能の検査を残すだけとなったので、若い友人、N子さんをさそって、映画を見に行く。
青山イメージフォーラムで上映中の『コーヒーをめぐる冒険』

一時からのチケットを購入のあと、まずはランチの場所探し。以前よく利用していたイタリア旅行社の近辺、イタリアンのレストランがあまりにも多いのに驚く。
N子さん、娘にしたいタイプ、ナンバーワンだと、いつも思うのだがきょうも、そう。
行き届いた下調べのおかげで、しばし現場検証のため歩いてから、十種類以上のアンティパストから三種チョイスつきパスタランチ、デザートつきで1000円という申し分ない、カジュアル、エレガントな店を選ぶことができた。

さて、その映画、ドイツ国内外の映画賞を大量制覇したというから、翻訳タイトルからしても、目まぐるしい話かと思ったら、意外。モノクロの地味な画面で、言ってしまえば、ドイツ版プータローがコーヒーを飲みそこねて、ようやくありつくまでのドキュメンタリー、思うようにいかない無職の彼の日常を淡々と追っているのだが、それゆえに三十前の若者の精神の孤独がにじみでていて、斬新な手法だと感じた。

近頃のわたしは午後二時と夜の八時に眠気をもよおすので、この日もつい単調な画面にうとうと・・・主人公に父親が生活費援助を打ち切ると宣言する場面を見損なって、あとで、N子さんから画面が見事に再現するような説明をしてもらってようやく納得がいく。

テレビなどの観光番組で観るベルリンのよそいきの画面とは全く異なる街の素顔、あまり美しくない映像が延々と流され、そこにナチス時代の歴史の傷跡をまだ引きずっている人々もあらわれ、文明が進歩しているとはいえ、ベルリンでも、人間の精神面にただようトラウマが色濃く感じられた。

将来の進路を決めかねている孫たちの世代、そして彼らを囲む年上の年代のかかえる人生の寂寥感、それは洋の東西を問わず、共通するものだからこそ、この映画は若者たちばかりでなく、多くのひとびとにも支持され、ヒットし続けているのであろう。

2014年3月17日 (月)

教会に通いつつも

日曜に教会へ通うということが義務化してきたが、さらにはそれが習慣化するまでに、いろいろな思いにとらわれる。讃美歌の選択がありきたりで、物足りない。一度大好きな曲をリクエストしてみたが、無視されてしまった。お説教は講演ではない、と信徒必携という小冊子に書いてあったが、それにしても2000年まえのみ言葉の解釈にもう少し現代の生活を結びつける工夫があってもいいのではないか。洗礼を受けるまでは指導があったし、受けたあとはみんなから祝福されたけれど、そのあとの具体的なフォローがないので、自分で探らなければならない。それにまつわる小さな不満の集積に、昨今、疲れがちである。現状に満足しきれない、そういう自分の欲深さを恥ずかしくも思い、それもストレスになりつつある。

きのうは礼拝堂に黒いスーツを着た男性集団が三十名ぐらい、ものものしく、前三列を占領していて、なにごとかと思ったら、招聘された長崎牧師が同志社出身ということで、グリークラブのOBの東京クローバークラブの方たちが歌唱を披露するために招かれていたのであった。
そしてお説教の前、コルネリウスのレクイエムのアカペラが始まると、わたしはすぐに宙に舞いあげられたような感動の渦中に入った。これはもう、天使ガブリエルの集団とさえ思われるような・・・とりわけ低音のずしりと身体をふるわせるほどの厳粛で深い旋律の響きに引き込まれ、ただただ至福のひととき・・・。
プロテスタントにはめずらしい、ガウンをはおられた長崎牧師のよく通るお声とお姿も耳にも目にも心地よく、現代のサタンとは目に見えず、臭いも音もない放射能という脅威ではないかとおっしゃることにうなずく。

東京クローバークラブのアカペラは最後になおも三曲、それに返礼をと、教会のパイプオルガンとハンドベルの合奏が呼応し、音楽が心に及ぼすものの大きさを感じつつ久々の満足感にひたりながら、帰途につくことができた。


2014年3月12日 (水)

いつかは起こることが・・・

ついに身体の警戒警報が出た。
月曜の朝、『ごちそうさん』を見てから、ラジオのイタリア語講座を聴いていたら、急に胸が締め付けられるように痛くなって、それが二十分以上続いたのだ。
きのう、ネットブリッジゲームをやりすぎたせいだろうか。
これまでも一年に一度くらい、そういう痛みが起きたことはあったが、せいぜい長くて四、五分で、医院にかけつけても、様子を見ましょう、本当に痛くなったときはこれを口に含んで、とニトロをもらって、それを実際使うこともなく、過ぎていた。

今度のは長い、ともかくかかりつけのT医院にかけつける。
血圧、正常、すぐに心電図をとったが、これも正常、実はぼくも急な痛みにおそわれて、いま薬のんでる、ああ、先生も・・・こんなことを打ちあけてくれるこの医師が好ましい。
この際ちゃんと検査したほうがいい、と言われて、その場で電話を。
最新の機械がととのっている都立E病院、運がよかったなあ、名医の日だ、と言われ、翌日の朝の予約がとれた。

E病院はあまりよい思い出がない。孫たち二人が立て続けに入院した日、わたしもストレスからくる突発性の難聴になり耳鼻科でみてもらったことがあったし、義母の介護中、何度かつきそって来院した。いつも気分が重く、しかも古びた建物の感じがさらに気分の落ち込みを深くした。
ところが十数年ぶりに来てみてちょっとびっくり。受付からすでにいくつかの案内デスクがあり、導入が素晴らしい。建物も改装したのか、明るく、きれいだ。
血液検査、心電図、レントゲンの検査も手順よく、手際よく、スムーズに進む。移動のときちょっと迷っていたら、通りかかった看護師さんがとても親切に場所をおしえてくれる。

すべての結果が出た一時ごろ、ようやく診察。名医と言われたその医師は白髪で痩身、こちらの知りたいことを抑制のきいた声音で、おだやかに要領よく解説され、横たわって上半身の診察を受けたが、とても丁寧で下腹部をじっくりおさえて、ほかの内臓の異常も触診されようとしているのが、感じ取れた。
きょうの検査ではすべてが正常、しかし、あと、CTと超音波と心機能検査も引き続いてしたほうがいいということで、その場で三つの予約が決まる。
気をつけることがありますか?パソコンやらないほうがいいでしょうか?という問いに、パソコンは関係ありません。あまり体の負担になることは避けたほうがいいけれども、特にありません、ま、夜更かしはしないほうがいいですね・・・、

不思議なことになんだか、すっきりした気分だった。ここなら入院してもいい。信頼がおける病院だと確信する。それは、孫たちや義母の介護という経験があったからこその、判断力で、もうなにが起こっても大丈夫という覚悟がすわっていたのだった。

2014年3月 9日 (日)

コメシルナ

日曜日、最寄りの駅の広場に小さなマーケットが開店準備していた。
手作りのパンやケーキ、野菜、リサイクルの衣類などのほか、その日は玄米食を食べさせるテーブルが出ていた。
営業時間を訊くと、四時までやってます、ということだったので、教会の帰りに立ち寄ることにした。

ところが、かけつけてみると、あいにくの氷雨で客足がとだえている。
楽しみにしていた玄米食は味噌汁も、チキンや味付け玉子など、ほとんど残っておらず、玄米ご飯を二食分と残っていたわずかなチキンと味噌汁をカップに入れてもらって持ち帰った。
味噌汁は煮すぎて、ちょっと酸っぱくなっています、と恐縮されたのだけれど、帰宅し、早速食べてみると、いろいろな野菜が入っていて、上に青菜のリーフがのせてあり、玄米ご飯と大層合うのである。ご飯もこれが玄米かと思われるほど、くせがなく、なんともいえない風味がある。チキンもあっさり、蒸し調理のような仕上がりで、ご飯にぴったりの味、おいしくて、おいしくて、本当にがつがつ食べてしまった。何だろう、このおいしさは?

マーケットの管理者をつきとめ、出店主の電話番号もらって、電話をかけ続ける。
夜、ようやく通じた。『コメシルナ』という、車にカマドを積みこみ、薪を燃やして調理する移動式カマド店舗、なるほどおいしいわけである。
電気釜で炊く玄米ご飯にも、市販の玄米ご飯にも出せない、微妙かつ忘れがたいこの味を察知した、自分の食い意地をこれほど意識したことはない。

最寄駅の広場では車を駐車させてくれないので、調理と配膳に苦心したらしい。
この次、店をだせるかどうか、わからないというので、わたしは彼の出没する、淡路町や谷中まで出かけようかと、スケジュールを知らせてもらうことにした。
ネットの感想もおいしい、おいしい、の連発。

みんなの求める本当の美味とは凝りに凝ったご馳走なんかではなく、ご飯とお汁を昔ながらの調理法でつくった素朴な本物の味なのではないか。

日本人だからこそ味わいたいという、あまりにも大勢のひとの舌がまだ健全であったことに、うれしい驚きを感じた。
(コメシルナ次の出店、3月28日(金)11時からワテラスマルシェ・・淡路町)

2014年3月 6日 (木)

続、一刀彫のミニ雛

三月三日のアクセスが460を超えたのに、驚いています。一刀彫のミニ雛に関心を持った方が多かったのではないかと、ひとりよがりの解釈をし、この際、個々の写真もご披露することにしました。

右から大きい順に並べます。
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背丈、順に、6.5センチ、だるま、4.5セン、立ち雛(一対)6.5センチ、小内裏、3.5センチ、小立雛3.5センチ

2014年3月 3日 (月)

我が家のお雛さま

実母はお人形づくりが大好きで、木目込みのお雛さまと玉子の殻でつくったお雛さま一式をわたしにプレゼントしてくれた。
木目込みのほうはアメリカ生活四年を過ごすときに持っていって、現地の婦人会で披露した。

その後、彼女のお雛様へのこだわりはやまず、最後に買い求めたのが、一刀彫のミニびな。
これ、宝物みたいに大切にしてね、と言い残して、亡くなった。滅多とない逸品なのだという。
二度の引越し、新居に落ち着くのに時間がかかり、このところ二年ぐらいこの一刀彫びなを出していない。
今年はやっと雛祭りの当日、ブログにお披露目することにして飾った。
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あと、実母の自作の余り布でつくったミニびなもある。貼物が好きだった母、飾り台や屏風も手作り。002_3


手芸が好きなあまり、身体を動かすことを怠り、晩年、足が弱ったのが命とりとなった。

2014年3月 1日 (土)

室内で咲く

雪害でモッコウバラの垣根が倒れたと知らせたのを、植木屋さんがおぼえていてくれて、来てくれた。

幸い垣根は腐っておらず、隣家との境の柵に見事に結び付けなおしてくれて、見栄えもよくなった。

それより、我が家のシンボルツリー、ミモザをなんとかしなければ、と梯子をたてて、チョキチョキ、去年より蕾がふえていたので、花が咲くのが楽しみなの、と言ったのに、出来上がったのをみたら、胸がドキン、がっくり!!
カットしすぎて、地肌が透けて見える高齢者の頭のようになってしまった、ああああああああああああああああ!

ま、仕方ない、近頃、植木屋さんは引く手あまたで、来てくれたときにすべきことを終えてもらわないと、また一年先になりかねない。

彼もわたしの嘆きを察したのか、バケツ一杯の蕾のついた枝を、飾ってください、と置いていった。
よりわけて、花瓶に入れダイニングのテーブルに飾っておいたら、暖房で蕾が開いたのがこれ。
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