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2014年2月に作成された記事

2014年2月25日 (火)

忘れられたくない日

二月四日のわたしの誕生日はさみしいものだった。二二んが四、でおぼえやすいのに、節分の翌日のせいか、なぜか忘れられることが多い。前日、娘が何かほしいものある?と電話してくれ、図書券を頼んだけれど、当日は来なかった。夫は覚えてくれていて、欲しいものあるかい?と訊いてくれたので、レストランでおいし~いもの食べたいと言ったら、行こうと言ってはくれたのだけれど、あの雪、あったかくなってからね、ということになってその日はうな重の出前で終わりとなった。
アメリカ人の友人二人、いつも覚えてくれていた彼女たち、一人は亡くなり、もう一人は認知症。
孫たちもメールしてこなかった。
なんだかさみしく終わってしまった、と夫にうったえたら、もう誕生日なんか祝ってもらったって、うれしい歳じゃないだろうが、冥土の旅の一里塚なんだから、と。
まあそうなんだけどね、でもわたしだけの特別な日なんだもの・・・

今週になって、ようやく娘と孫息子が訪ねてくれた。孫娘はこの最後の週から四次に渡る受験をひかえているので、留守番。寄せ書きしたきれいなカードとプレゼントをもらう。
孫息子に会うのが久しぶりだったので、バイト、どうなの?と訊いたら、いろいろ話してくれた。

レジにいるといろいろな体験をするという。品揃えが悪いと文句ばかり言うひと。いつもお財布忘れてくるおじいさん、千円だけはもっている。沢山買うので、カゴからいろいろ出して千円分にしなければならない。障害のある少年も来る。何を言いたいのかよく聞きとって相手をしなければならない。
先日、その少年が母親を伴ってやってきたのだそうだ。お母さんからこう言われた。この子ね、ここに来るのがとても楽しみなんですって。あなたが楽しく相手をしてくださるからよ。これからもよろしくね。

わたしはウルウルしてしまった。孫の三歳のとき父親が亡くなり、数年は問題児で、ぼくなんか死んだほうがいいんでしょ、などと言ってよくとびだしていくことがあったのだ。

きょうの一番のプレゼントだわ、わたしはそう言って、こちらが何かもらう日なのに、ついお小遣いをはずんでしまった。

2014年2月22日 (土)

真央ちゃんがくれたもの

浅田真央ちゃんはわたしの一番お気に入りのスケーターである。ジュニアの頃から注目していたが、なんの屈託もなく、危なげもなく、いつもトップに輝いていたころと比べて、成人女性となった彼女に、順調に成長しているこその、このスポーツの一発勝負で結果を出すことへの悩みが見えてきているのを、近頃感じていた。

大体メダル、メダルとそれしか目的がないように、いじましく追い立てる、マスコミ、連盟がひどい、体調調整も大変だったろうに、団体、ショートと大舞台が続き、さぞやプレッシャーと闘っているのだろう、と想像していた。しかもショートの順番が可哀そうに、一番ストレスのかかる最終なのだ。
中継まで起きていられなかったので、見なかったのだが、結果はやはり・・・

どれほどの失意と闘っているだろうか。感情移入で胸がいっぱいになりながら、フリーも観ないで寝てしまった。それでも気になって起きたのが4時半、アナウンサーが真央ちゃん素晴らしかったですね、と言っているのを聴き、安心して二度寝。
起床してすぐ、リモコンを入力すると録画が放映されていた。

ああ、なんと、なんと素晴らしく、美しく、持っている実力を100パーセント出した演技であったことか。からだがふるえるほどの涙がこみあげ、これが真の感動というものだと意識するほどの感情に大きく揺り動かされていた。
しかもロシアの誇る大作曲家、ラフマニノフの二番、こよなくただよう悲愴感あふれるメロデイにのって流れるように滑る動きの美しさ。ロシアの人たちだってきっと感動をわかちあってくれたのではないだろうか。

真央ちゃんはメダルなんか問題じゃない、感動をくれた。一人の人間が失意に負けず、立ち直ることの見事さをこの上ない表現で見せてくれたのだ。

こんどのソチオリンピック一番のハイライトだったと思う。

2014年2月20日 (木)

認知症に勝つ

若い友人Mさんからランチのお誘いがあった。実の娘は音信不通だが、同年代の他人のお嬢さんは会いたいと思ってくれる、ありがたいことだ。自由が丘のスペイン料理のレストランで会食した。

Mさん、仕事をやめたのだという。お母さまの認知症がすすんでお父さまとの仲も険悪なので、見守りが必要になり、介護認定をしてもらおうと、もよりの統括センターに相談に行ったら、応対したケアマネージャーが、その程度では認可は却下されると言ったのだそうだ。
それはひどい、わたしは言った。市役所のほうに行って相談すべきよ、Mさんもそうは思ったが、そうやって、またあのケアマネさんが出てくると困ると思って躊躇しているらしい。
彼女の住んでいる横浜市、うむ、そういうことにくわしそうな友人の顔がすぐに浮かんだ。
任せておいて、あとで連絡するわ。

帰宅して、すぐNさんに電話した。ご主人の介護を十数年続けて見送られた、わたしの一番尊敬する友人のひとり。

やっぱり、Nさんで正解だった。彼女の親しい友人が横浜市の介護NPOの団体の会長さんで、Mさんの住んでいる港北区にもおなじようなNPOがあって、よくご存じだという。
そのケアマネの対応は間違っている、わたしに電話して、と言ってくださり、すぐMさんに知らせた。彼女一時間ぐらい電話で情報を聴くことができ、本当に救われたと、まもなくサンキューメールをくれた。
何よりもうれしかったのは、その日のMさんの心がおだやかだったせいなのか、お母さまが急に正常な反応をされたのだ、とか。

書店で、新刊だという文芸春秋の別冊を見つけた。『認知症最前線』これが売れると見込んで出版されたということは、いま高齢者の七人に一人が認知症あるいは、予備軍という、状況がいかに深刻であるかを如実に物語っている。

Mさん、がんばって、とこの別冊の情報もおしえてあげたのは言うまでもない。


2014年2月16日 (日)

雪害いろいろ

雨戸を開けたら、景色が一変していた。モッコウバラの柵が前に倒れてしまっている。
植木屋さんに電話で事情を話すと、柵が腐りかけているのかもしれない。応急処置として、隣との境のフェンスに結びつけるしかない、ということだったので、『ベンリー』という近くの便利屋業に電話したら、昼過ぎに来てくれることになった。

キッチンの窓からお向かいの奥さんが雪かきしている姿が見える。週に二度くらい通いのお手伝いさんが来るお宅である。十五段ぐらい階段があるので大変そう。ふりむいた顔が真っ赤。階段の雪かきはとてもやりにくいものだ。しかも手すりなしの階段、階段横に駐車してあるベンツが出せる状況になるまえに断念したようで、高齢化しているご近所、雪かきに苦労している様子を目の当たりにした。

夫は先週も雪でお流れとなった麻雀会、大学時代の友人たち、きょうは何が何でもやる、ということで、完全武装で出掛ける後ろ姿に声をかける、屋根からの雪に気を付けてね。

またトリノのブーツ、シアトルで買ったリュックしょって、買い物に。
紅玉リンゴが6個で450円、思ったより安い。パイが焼きたくなって買った。トマトの水煮缶、伊予かんも二個、かさばるものばかりだけれど、リュックだと楽なのでつい。

道路の雪は溶けかけていて、かえって足をとられそうになる。歩幅を小さくして、慎重に歩く。

『ベンリー』は時間どおりやってきた。一時間3150円だが、二人がかりで柵を起こしてくれて、二人分の料金とられそうになる。寒いときでなかったら、夫と二人してできそうな仕事だけれど、仕方がない、高齢者の非常時だから、とあきらめそうになって、待てよ、もらっておいたチラシ確かめ、ここに人数分の料金なんて書いてないじゃない、
しかも、材料もうちのアサヒモ使ったんだし、6300円なんて取り過ぎよ、と主張して、3150円の支払いとなった。
セコいバアサン、がんばるの巻。

2014年2月13日 (木)

芸術鑑賞と散策の日

不世出の天才陶芸家、板谷波山の名を知ったのは、数年前、K子と一緒に笠間を訪れたときだった。ちょうど特別展を開催中だったのだが、陶芸にくわしいK子が説明役になってくれて、わたしはすぐに、陶器と呼ぶにはもったいないほどの芸術性に満ちた美しい作品群に魅了された。

出光美術館で開催中の今回の回顧展、K子に声をかけたら、行く、行くとはずんだ返事をもらえて、風のないおだやかなある日、うちそろってでかけた。素描も混ぜておよそ300点、いずれも、生涯「光」を追及したというそのテーマを立証するまばゆいほどの、傑作ぞろい、アールヌーボー的なやわらかい色彩のものから、彫刻の技を駆使した浮彫の力強さに満ち満ちたもの、あわい色彩から、バーナード・リーチ的なブラウンカラー一色のものまで、ただただ、目を奪われる。008

波山の全作品1000点のうち280を出光美術館が所蔵しているという。「無垢なるものを一心に追及した波山の陶芸が、実業の世界で闘ってきた男を優しくいやしたのではなかろうか」と評した産経新聞の記事はただの技術的解説に終わった朝日新聞を超越していたように思われる。

その帰り、丸亀製麺で会社員たちが昼食に好むという讃岐うどんを食べ、三菱一号館そばのベーカリー、ロブションでパンを買ってから、東京の名所に強い、K子に解説してもらいながら東京駅に出た。改札口付近の天井が芸術的。005

中央郵便局がユニークなショッピングビルに変貌、展望テラスから見た東京駅復元の光景の美しかったこと、そこからさらに、八重洲口に出て、ちょっと珍しい生垣に目を見張り、さらなる変化をとげようとするこの周辺を見回る楽しみを体得004_2


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あとはブリジストン美術館ものぞき、ティーパーラーでお茶して、満足な散策を終えた。

2014年2月 8日 (土)

真っ白世界

驚愕の大雪である。
天気予報をしっかり見ていなくて、朝方はまだ大丈夫かと思い、夫と車で早めに買い出しに行こうね、とゆうべ、打ち合わせしていたのだが、車も出せなくなってしまった。
こうなったら、足元危ないジイサマには任せられないし、買うべきものを自分でしっかり見極めたいのでわたしの出番、レッグウオーマーはき、フードつきコートにマフラーまき、大きめのリュック背負って、トリノで買ったスノーブーツはき、一番近いスーパーへ。交差点で風に傘がとばされそうになってすぼめる。これが一番あぶない。フードかぶっててよかった。
今夜は夫がスパゲッティをつくると言っているので、あすのお鍋の材料など、ほかに鶏挽きやシシャモの冷凍、果物類もいろいろ大目に買ったら、かなりリュックが重くなる。
それでもトリノのブーツがしっかり足を守ってくれて、すたすた歩けた。

雪かきは遅めに起きてきた息子にまかせる。こういうときは同居で助かる。

ソチオリンピックの開会式をゆっくり観る。アトラクションがカラフル、さすがバレエ大国、ダンスが見とれるばかり。『戦争と平和』のイメージのバレエがとりわけきれい。映像技術もデザインも演出もあらためて歴史のある国のスゴさを感じる。
役者もそろっている。指揮者のゲルギエフ、ソプラノ、ネトレプコ、太っちゃってね~、というのを聞いていたわりに、きれいだった。そしてシャラポア、聖火の点火もアッと驚く見事さ。

そのあと、元大関、把瑠都の出身国エストニア紹介の番組に見入る。自然も町並みも、おだやかで拡張高い美しさに魅了された。フィンランドから近いというので、両国をめぐる旅したくなってきたが、やはり一人旅はもう、終わりにしたほうがいいかな、とも・・・

夜は久しぶりのドラマ『最高の離婚』見なきゃ。雪の日にテレビも観るもの充実していて、うれしいような、めまぐるしさ。

明日は教会に行けるだろうか。ドアをあけたら、もう積雪10センチ以上、心配なようでいて、こわいもの見たさのようなスリルも感じる。

2014年2月 5日 (水)

『鑑定士と顔のない依頼人』

封切りから一カ月近くたつのに未だ大入りの盛況で異例の続映、なのにすでに観たという娘、友人、どうだった?と訊くと、きまって、う~ん、と即答しない。

ジュセッペ・トルナトーレの作品、前作『題名のない子守唄』はがっかりだったけど、今回はこれほどヒットしているのだ、見逃すとTSUTAYAに降りてくるのは一年近くかかるし、大画面で見られる楽しみを奪われる、やはり観ておかなくちゃ、と思って、日比谷シャンテに出かけた。

ウイークデイなのに、それでも七分の入り。
主役の超一流のオークション鑑定士、仲間と組んで怪しげな小細工もしている狡猾で、老獪な初老の男にジェフリー・ラッシュはまさにはまり役、オーストラリアなまりの全くない、歯切れのいい英語で仕切るオークション、間髪を入れぬ売値の決定、ド迫力である。

女性経験もない未だ独身の、その彼が、声だけで姿をあらわさない女性依頼人から古い屋敷の家具や美術品の鑑定依頼を引き受け、やりとりするうちに、恋に陥る。
使われている美術品の70パーセントが本物とか、どれも存在感があり、実に美しい。とりわけ声だけだった女性が姿をあらわすところを、男女の裸体彫刻二体のウエストのくぼみからのぞくシーンが、スゴい。さすがイタリア映画だ。美術品の扱いがずしりと胸にひびく。この彫像はカノーヴァじゃないかと思ったら、やはりそうだと、あとでわかった。

トルナトーレ監督、『ニューシネマパラダイス』とはうって変って、ミステリー、サスペンスに憑かれているのではないか、と思うぐらい、導入から、盛り上がり、文句なく引き込まれ、ハラハラドキドキ、素晴らしい。とりわけ、バールの中で窓際に座りっぱなしの、あの小人の女性、きれいな声で数字を数える。あれがカギだったのだ。ああ、なんという巧みな・・・

そしてラスト近く、どんでん返しの衝撃のあと、あの奇妙なアミューズメントセンターの遊具のようなリハビリと前後する画面、フラッシュバックなのか進行中なのか、わからぬまま、静かなラストシーン、キツネにつままれたような状況、このままで帰ると、感想を求められても、う~ん、になるのだろう。

そうはなるまいぞ、と700円払ってプログラム購入。その最後の数ページに「必ず映画ご鑑賞後にご覧ください」の文字と共に、すべてが明らかにされた。
うむ、ドナルド・サザーランド、ちかごろ肥満、とみに悪党面、ちょい役であるはずないと思ったら、やはり・・・

沢木耕太郎氏、去年の新聞批評で、「今年の一作」と太鼓判押したが、わたしも大きくうなずきたい。


2014年2月 1日 (土)

76歳のクラス会

クラス会というのが、苦手である。
かつて一緒に学んだなつかしい人たち、と言えばそうなのだが、わたしは学生だったころの自分より、卒業後の自分のほうが好きなのである。
卒業後にあまりにもいろいろなことがありすぎて、学生時代の記憶は、頭の中からはみだして定かでない部分もあって話の輪には入りにくいときがある。とても楽しかったクラス会という経験もあまりない。心にしみる語り合いをしにくい場所でもあるせいだろうか。

ある女子大の付属小の六年から大学まで11年間を過ごしたので、小学校、中学校、高校、大学と四種類のクラス会があるのだが、そのうちで、一番行く気になるのは、中学のクラス会である。中途入学の小学校は新しい環境に慣れる苦労ばかりで楽しい記憶が乏しい。中学は半分が新入生だったから、新鮮な気分で、いい友人もでき、のびのびした学生生活を過ごせた。

その中学のクラス会の幹事役、何十年も逃げていたのだが、とうとう引き受けざるをえなくなった。相棒のTちゃんは学生時代を目いっぱい謳歌したせいか、その記憶力たるやすさまじく、話上手なひとなので、エピソードを語り始めると、つい聞き惚れて、笑っているうちに半日たってしまうこともある。人生のある一時期の思い出をこれほど大切に鮮明に抱えている人もいるのだ。わたしの場合は65歳すぎてからのイタリア一人旅の記憶だけは未だ鮮やかに語れる。

一人娘だったTちゃん、印刷会社のオーナーだったお宅の跡を継いで、一時は頂点にたっていたひと。
でもパソコンなど全くしないので、入力やら、名簿の整理やらは、わたしの役目である。
彼女、足もとも危ういときがあるので、会場探しも、わたしかな、と思っていた。
だが会場の決定がむずかしかった。築地『たむら』銀座『ざくろ』目黒『八芳園』どこも駅から徒歩五分以内なのだが、お味がね~、と彼女、首をかしげる。
これぞ、というところ、内に秘めていたらしく、その名をついに口にした。
『東京会館』
なつかしい場所である。クッキングスクールもあるので、わたしたちの花嫁修業時代、そこを利用したひとも多い。「あそこのコンソメは天下一品!」彼女はうっとりしながら言う。
係りのひとの名刺さがしとく、そう言ったあと、二人で下見に出かけ、そのコネのあった係りのひととの見事な応対で、すべてがスムーズに決定。
銀座の超一流の老舗、コンソメ、サラダ付、ランチ6000円なりで決定。それを前幹事に報告したら、スゴイとこ決めたわね、とびっくり仰天していた。

でしゃばらないけど、こちらの出方を見てから、決定打を出してくる、Tちゃんに感心した。彼女、四月からハガキが値上げすることもしっかり把握していて、切手はるの、面倒だからハガキ買うのは四月ぎりぎりにしたほうがいいとアドヴァイス。

幹事のなり手がいないから、まだ幹事役してないひと名簿からチェックしとこうか、というと、なり手がいなかったら、今回で終わりでいいじゃん、残ったお金は同窓会に寄付って手もあるし、といい提案をするのである。

確かに、来年、『東京会館』はこわされてしまう。今回がラストチャンス。
Tちゃん、ありがとね。クラス会楽しみになってきたわ。


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