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2014年1月27日 (月)

『カテリーナの旅支度』

今年になってテレビ番組はあまり見るべきものがないので、読書がはかどる。

ずっと読み続けたのが、内田洋子著『カテリーナの旅支度』。エッセイ集なのだが、一篇一篇まるで短編小説を読むような満足感が得られる。イタリア在住30年という著者の確かな観察眼と、天性の表現力とで、物語性が際立ち、引き込まれる。
改行が多く、スペース豊かなページは読み続ける目を楽にしてくれる。一方、あまりにも多い余白に、作品の語り手でもあり、登場人物との会話の聞き手でもある著者はどう感じ、どう思いめぐらし、どう自身の生活に関連付けているのかをもっと知りたいという思いにも駆られる。

『ハイヒールでも届かない』の主人公は南部出身の弁護士の妻、娘を上層階級の子女が通うミッションスクールに入れ、背の低さカバーするため、常に10センチのハイヒールをはいている。あまりにも夫が理想とするハイソサイエティの妻のイメージに忠実であろうとする彼女になにが起こるのか、それを見つめる著者の深い思いももっと知りたい、とわたしは思ってしまった。
わたしのように、イタリアには旅人として何度も通ってさえ、頭にうずまく思いがあふれるほどなのだ。滞在許可証を更新しつづける彼女、それを30年も続けているのであれば、どれほどの深い感慨を抱いていることか、と想像してしまう。
 
『ヴェネチアで失くした帽子』は彼女自身の体験をつづったもの。ヴェネチアを異国の中のさらに異郷だと表現し、そのただごとでない気配、どの風景もこの世のものとは思えないはかなさをたたえているという、描写に胸を打たれた。そこに住もうと決心して真冬に家探しを試み、見て歩いた家の数だけ失望する。ああ、イタリアの現実とはこういうものなのだろう、と納得がいったが、ふと思いついて、須賀敦子さんの『ヴェネチアの宿』と読み比べてみた。
須賀さんのこの作品は彼女の感情、思い、体調のことまでが、実に生々しく描かれている。余白の少ない、重みのある文章がびっしりと詰まっている。わたしより十歳上の須賀さん、内田さんはわたしより二十歳下、その年代の差なのだろうか。

とはいえ、三十年イタリアに暮し、三年ごとに引越をし、古い帆船に住んでみたり、人里離れた山奥に暮らしてみたり、スカッパナポリにまで住んだことさえがあるというこの若さあふれる五十代の彼女、あっけらかんとした人生の旅人、自分の世代では持ちえないエネルギーと才能にあふれたこの女性に羨望をこめた希望を託し、彼女のほかの作品を読みあさりたくてたまらなくなっている

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