『乱反射』を読む
一章ごとに新しい登場人物の暮らしが語られ、一見その接点は全くないように見える。スティーブン・キングの小説にも使われているが、わたし好みの手法だ。それぞれのエピソードは日常生活につきもののちょっとした油断とか、ためらいとかがそれを誘う心理と状況とが詳細に描かれるので、引き込まれていく。新聞記者の生活、道路拡張に伴い、並木の撤去にかかわるひとたち、愛犬の散歩のエピソード、虚弱体質の大学生、救急医療の当直医師、運転が苦手なOL,まったく関連のなさそうな彼らの生活が幼子を巻き込む、一つの惨事にかかわり、ぴたりとつながって、ラストにもっていくストーリーの組み立てが実に見事で、ミステリーというよりは世間に訴えるメッセージを持つ、社会派の小説のようにも思われる。
貫井徳郎著『乱反射』読みだしたらやめられない超特急の読書で、朝ご飯抜きまでして、二日間で516ページを読み切った。
週刊朝日に一年二か月、連載された小説だが、適度の緊張が最後までゆるまない。この四十代半ばの書き手、大した構成力を維持している。
これほどの小説が直木賞候補にならないはずがない、とネットを検索したら、やはり141回の候補になっていた。しかし選者の評はきびしい。登場人物が一般庶民ばかりのせいかめりはりにとぼしいとか、ジグソーパズルの合わせ方が悪いとか、自分たちの作品は手抜きだらけなのを棚に上げて、言いたい放題である。
興味深かったのは、このときのライバル受賞者、北村薫が今や、貫井徳郎の強力な推薦者となっていることだ。
『乱反射』、直木賞は選にもれたが、日本推理作家協会賞を受賞している。
ラストが暗い、読後感の後味が悪い、などと定評がある、貫井作品を、それでも読んでしまうわけがわかった。
彼は小学校時代からミステリーを読んでいて、シャーロック・ホームズ全集、モーリス・ルブラン、アガサ・クリスティ読破という、その読書歴がわたしの、それにそっくりなのである。ミステリーはこうあってほしいという、何かを分かち合えている安堵感が、まだこのひとの作品を読み続けようという楽しみをつくりだしているのだった。
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