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2013年12月28日 (土)

洗礼のこと

戦災で家が消滅してから、転々と居を移し、ようやく世田谷に落ち着き、小学校の四年で友人にさそわれて出かけた日曜学校でキリスト教に出会った。牧師の母君という方が聖書物語を毎回聞かせてくださるのが楽しみとなり、精勤した。
その後も日曜には礼拝に出ることも多くなり、讃美歌は愛唱歌にもなった。
大学で英文学を専攻してからは、原宿のユニオンチャーチに出掛け、英語で聖書をよむことに新鮮な喜びを得た。
結婚後、授かった長男は教会付属の幼稚園に通った。その後アメリカのイリノイ州エヴァンストンに四年生活することになったが、そのときもすぐに近くにメソディスト教会を見つけて訪ねた。

キリスト教はわたしの人生でいつも身近にあったのである。

それなのに洗礼を受ける機会を逸していたのは、洗礼の意味を十分把握していなかったこと、まだ早いという逡巡、自分が所属してもよいと思われる教会にめぐりあえなかったこと、そして夫が宗教というものに否定的であったことなど、が起因している。

孫が生後三日目で黄疸の熱が下がらず、入院し、娘は母乳をしぼって病院に届ける無理がたたり、乳腺炎になり四十度近い熱が出たとき、医師は抗生物質と解熱剤を与えただけだったが、わたしは何とかして母乳を守りたいと念じてひらめいた、痛くない乳房マッサージの情報、そして連れて行った御茶ノ水のオッパイルームという場所で、マッサージを受け熱が下がり、大切な母乳を守ることができたこと。
娘の夫が急逝し、どのように苦難に耐えればよいのか途方にくれたとき、アメリカの友人に頼り、愛するひとを失った苦しみをどのように耐えればよいかを記した本を送ってもらったこと。
実母と義母の介護に追われた日々に、巡り会った女性牧師は、将来の不安をうったえたわたしに、明日を思いわずらうな、という神の言葉があるでしょう、と諭してくださったこと。
何か一条の光が当たるように救われてきたこれまでの人生の危機のことを覚える。

二千年まえのみ言葉を、カオスのような東京の現実と結びつけるのはむずかしい。

けれども、神の国に一番近い場所、イタリア、どこで見るより一番美しいイタリアの空、雲の切れ目からミケランジェロの描く神があらわれても不思議がないほどのあのたたずまい、そして小鳥たちは鳴くのではなく、歌っているあの生の喜びの声、花も木々もあの地にいることの喜びを全身であらわしていることを感じつつ、神を賛美している文化遺産の数々とそれを守ってきた人々の生活、それを知るための旅を繰り返したのだと思うとき、旅の意味を悟る。

いまだからこそ、と、まだ間に合ううちにこれまでの罪を洗い清めたいと願った。

かろうじて徒歩距離のD教会、そこには家が一軒先の隣人女性、ブリッジのパートナー、大学の同窓生、国際婦人クラブの友人たち数人が、望んでいたその日がくるように励ましてくれた。

夫に気持ちを打ち明けたとき、祝福はしてもらえなかったが、受洗当日は大荷物を持ったわたしを教会まで車で送ってくれた。

こうなることの道筋が描かれていたような気のする受洗体験だったのである。


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コメント

年の終わりに緊張感のある深~い話を聞かせていただきました。
キリスト教に心を寄せてから曲折を経てからの洗礼には、何か神々しく
それでいてすがすがしさを感じました。
《道筋が描かれていたような気のする受洗…》
自分の来し方にきちんと意味を与えたことの素晴らしさを見ました。

私も大学はクリスチャンでした。プロテスタントだったから割に自由な。
キリスト教学の必須科目も恥ずかしいくらい理解していません。
でも学んだことが無意識のうちに行動に表れているのを時々感じます。

ちゃぐままさん
本年もうれしいコメントを沢山頂戴し、感謝しております。
お励ましをいただき、ブロガー冥利を感じます。
受洗して、新しい生活が開けた感じがしております。
この年齢で未知のことを体験する困難があることは覚悟していますが、少なくとも、やりきれない空しさを感ずることは、もうなさそうです。

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