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2013年12月に作成された記事

2013年12月31日 (火)

歳末雑記

大晦日、明け方五時、我が家のネコ、チャイに起こされ、ニャオだけで二階に誘導されて、エサを要求される。
眠れなくなったので、このブログを。

28日、一年ぶりに九歳違いの兄を訪ねる。彼は、銀行時代OBのCD鑑賞会という集まりで講師をしていて、もう十年も続いているとか。それが生きがいになっているようで、目がキラキラ。選曲したというCD数枚をもらった。今年はこれを聴きながら、おせちをつくることにしよう。
義姉は皇后陛下と同い年だが、しわもあまりなく、きれいに年を重ねている。この夏片方の股関節を手術したので、心配していたのだが、とても元気そう、歩いていて違和感まったくない、と聞いて安心した。

28日から水につけておいた黒豆を30日に煮る。丹波の黒豆はりこんだが、なんだかやけに大粒で不安になる。いつものように牧田文子先生のレシピ。忠実に守ってなんとかそれらしく仕上がる。そのあと紅白ナマスつけこむ。

30日、瑞泉寺に墓参り。夫、三菱ミニ、危なげなくあやつり、道も混んでいなかったので、昼前に到着。墓参のひと、わずか三人ぐらい。管理料をおさめに行ったら、初老の男性が二人、というのでちょっとびっくり。我が家でもわたしがあまり忙しそうにしているので、夫がオレひとりで行こうか?と言っていたのだ。ここでも老人問題、垣間見える。
もみじやさん、開いていたので、久しぶりの関西風たぬきそばと屑きりの昼食。あと、井上蒲鉾店で、二色玉子とおでんだねを買う。あっという間に五千円の消費。ひっきりなしの客、このあたりで今日一番の売れ筋の店。
帰りに、夫がパンを買いたいというので紀伊国屋へ。なにもかにも高い。小松菜290円、やめた、近所にしよう。ハムも400円ぐらい、五分ほどにらんでいたが、やはりやめる。
買ったのはパンと祝箸、迷いに迷って、クリきんとん、昆布巻き、八海山の酒、今晩のおかず、コロッケとカキフライ、紅しゃけ、あっという間の五千円。まわりは万円の買い物ずらり。客の中で一番貧乏かも。

帰ってから、五目きんぴら、田作り、仕上げ、あとはサーモンマリネとくわいの揚げ物のみとなった。

2013年12月28日 (土)

洗礼のこと

戦災で家が消滅してから、転々と居を移し、ようやく世田谷に落ち着き、小学校の四年で友人にさそわれて出かけた日曜学校でキリスト教に出会った。牧師の母君という方が聖書物語を毎回聞かせてくださるのが楽しみとなり、精勤した。
その後も日曜には礼拝に出ることも多くなり、讃美歌は愛唱歌にもなった。
大学で英文学を専攻してからは、原宿のユニオンチャーチに出掛け、英語で聖書をよむことに新鮮な喜びを得た。
結婚後、授かった長男は教会付属の幼稚園に通った。その後アメリカのイリノイ州エヴァンストンに四年生活することになったが、そのときもすぐに近くにメソディスト教会を見つけて訪ねた。

キリスト教はわたしの人生でいつも身近にあったのである。

それなのに洗礼を受ける機会を逸していたのは、洗礼の意味を十分把握していなかったこと、まだ早いという逡巡、自分が所属してもよいと思われる教会にめぐりあえなかったこと、そして夫が宗教というものに否定的であったことなど、が起因している。

孫が生後三日目で黄疸の熱が下がらず、入院し、娘は母乳をしぼって病院に届ける無理がたたり、乳腺炎になり四十度近い熱が出たとき、医師は抗生物質と解熱剤を与えただけだったが、わたしは何とかして母乳を守りたいと念じてひらめいた、痛くない乳房マッサージの情報、そして連れて行った御茶ノ水のオッパイルームという場所で、マッサージを受け熱が下がり、大切な母乳を守ることができたこと。
娘の夫が急逝し、どのように苦難に耐えればよいのか途方にくれたとき、アメリカの友人に頼り、愛するひとを失った苦しみをどのように耐えればよいかを記した本を送ってもらったこと。
実母と義母の介護に追われた日々に、巡り会った女性牧師は、将来の不安をうったえたわたしに、明日を思いわずらうな、という神の言葉があるでしょう、と諭してくださったこと。
何か一条の光が当たるように救われてきたこれまでの人生の危機のことを覚える。

二千年まえのみ言葉を、カオスのような東京の現実と結びつけるのはむずかしい。

けれども、神の国に一番近い場所、イタリア、どこで見るより一番美しいイタリアの空、雲の切れ目からミケランジェロの描く神があらわれても不思議がないほどのあのたたずまい、そして小鳥たちは鳴くのではなく、歌っているあの生の喜びの声、花も木々もあの地にいることの喜びを全身であらわしていることを感じつつ、神を賛美している文化遺産の数々とそれを守ってきた人々の生活、それを知るための旅を繰り返したのだと思うとき、旅の意味を悟る。

いまだからこそ、と、まだ間に合ううちにこれまでの罪を洗い清めたいと願った。

かろうじて徒歩距離のD教会、そこには家が一軒先の隣人女性、ブリッジのパートナー、大学の同窓生、国際婦人クラブの友人たち数人が、望んでいたその日がくるように励ましてくれた。

夫に気持ちを打ち明けたとき、祝福はしてもらえなかったが、受洗当日は大荷物を持ったわたしを教会まで車で送ってくれた。

こうなることの道筋が描かれていたような気のする受洗体験だったのである。


2013年12月26日 (木)

クリスマスの過ごしかた

今年のクリスマスはこれまでになく、たくさんのフルーツケーキとクッキーを焼いた。というのはクリスマス礼拝で、洗礼を受けたので、それを祝うためにかけつけてくれた友人たちに感謝のプレゼントとして用意したのである。クッキーは礼拝後の愛餐会のデザートの一部にと持参したのだが、幸い、喜ばれて、皿はすぐに空になった。002


イブの夜はいつものように娘のところに招待された。孫娘の誕生日が25日なので一日繰り上げの祝もかねての集い。ケーキはこちらが用意することになっていたので、近くの洋菓子店にオーダーしようと出掛けてみて、あまりお手軽なものばかりなので、とても買う気にならず、これなら自分でつくったほうがましだと思ってしまった。
たくさん売れると決まったものは、手を抜いているのが明らかで、スポンジに生クリームをぬりたくってイチゴをのせたショートケーキ風か、チョコクリームを塗り固めたものかの二種類だけ。それなら、ココアとシナモンを入れたバターケーキを焼き、生クリームを泡立てたものをそえればいいのではないかと、作ってみたのだが、できたものはいささか不細工、ちょっと気が引けてしまった。それでも、みんなはおいしい、作り方おしえてよとまで言ってくれたので、ま、お世辞半分としても、やれやれだった。011_2


娘の料理は部屋が散らかっているわりには手のこんだ丁寧な味付けのものばかりでアッシ・ド・バーフ・ド・グランメール=おばあさまのひき肉料理という、いためた牛ひき肉にホウレンソウのソティを加え、マッシュポテトではさみ、上に卵黄を塗ってオーブンで焼いたもの。これは元はといえば、わたしがよく作っていたフランスの家庭料理という本のレシピ、結局、母親の味を受け継ぐものなのだなと、しみじみとした気持ちになった。
それに添えて、トマトとモッツァレーラチーズをはさんだカプレーゼ、ペンネのジェノヴァソース和え、アサリとトマトのスープというメニュー。久しぶりに上出来の手作りの味を堪能することができた。
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2013年12月24日 (火)

ピアノ階段

ミラノの友人Eはこの時期、珍しくも面白い動画を、彼の世界中の友人たちに送りつけてくる。
今年のそれは、”ピアノ階段“。

ストックホルムの地下鉄から地上に出る場所で、あまりにもエスカレーターの利用が多いので考案されたのが、ピアノ階段、階段をピアノに見立てた図柄にして内部に音が出るしかけにしたら、66パーセントが階段を利用するようになったというもの。

イタリアのその動画は最後にスカルラッティのはずむようなメロディをつけて流しているのがいかにも似つかわしいが、ヨーロッパのように人口が少ないところだからこそ、可能であって、これが東京だったら、騒音でしかなくなるだろうと思った。

この動画をリンク付しようと試みたのだが、うまくいかなかった。
http://lastampa.it/2013/12/20/multimedia/estri/un-pianoforte/perno
Odenplanで検索すると見られるかもしれない。

2013年12月20日 (金)

プレゼーピオ

イタリアの友人たちから、クリスマスのメールが届く。郵便事情がことのほか悪いところだから、だれもクリスマスカードは送ってこない。
イタリアでは、各家庭が、プレゼーピオという、キリスト降誕の場を人形で表現した模型を飾る。

フランチェスカからその写真が送られてきた。知り合いのフランチェスカは四人もいるので、すぐにはそのうちのだれかがわからない。苗字を見てようやく、ローマのホームステイ・スクール校長の彼女だとわかった。
珍しいプレゼーピオ、ネコが加わっている。
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2013年12月17日 (火)

師走あれこれ

自室のカーテンを洗濯し、冷蔵庫の掃除をしたら、少しすっきりした。
年賀状もワードからわたし用と夫用、二種を作成済み。あとは印刷するだけとなり、やれやれだが、クリスマスカードを四通書かねばならない。いまからだと新年のあいさつも兼ねることになってしまう。
英語とイタリア語の手紙を書くのがとみに億劫。メールならまだしも、手書きとなると今日こそは、今日こそは、と思っているうちに時が過ぎてしまう。

フルーツケーキ、三回目、二度目はブランデーとラム酒の量が多すぎたのか、それとも目分量でいれた粉が少なすぎたのか、ちょっと柔らかすぎて、出来が悪かった。その出来の悪いのをうっかり刺し子の先生に差し上げてしまって、毎日後悔している。
今度こそ、分量をしっかり量って失敗しないようにしなければ。

お世話になった独身の四十台の男性に、カリフラワーとセロリ、ニンジン、キューリ、パプリカなどの入ったピクルスをちょっとかっこいいジャーに入れてあげたら、大層喜ばれた。手作りプレゼントの成功例。

久しぶりに読みだしたらやめられないミステリーを読んだ。貫井徳郎の『慟哭』、娘がおしえてくれたのである。文章の質がすぐれている。警察のドラマと怪しげな宗教のエピソードを交互に展開するプロットも効果的なのだが、読後感が暗く落ち込む。これほど惹きつける文章力があるのだから、もっと感動をよびさますラストにしてもらいたかった、エンターテインメントの小説なのだから、と感想を分かちあいたくて、娘に電話したら彼女は忙しくてまだ読み終わっていないのだそうで、消化不良ぎみ。

2013年12月14日 (土)

ぱなしの話

一週間があっという間に過ぎていく。しなければならないことは沢山あるのだが、忘れてしまいそうなので、一日に一番よく眺める場所、すなわち、パソコンに付箋を貼ってそこに書き込んでおくことにした。新しいパソコンには付箋という項目があって、画面の一番目立つところに出現し、いくらでも書き足すことができる。
新パソコン、ともかく早い、うれしくなって、ついつい緊急の用もないのに、のぞいてしまう。これまで文字化けしていたメールもすべて解決、いかにウインドウズの古いヴァージョンを無理して使っていたのかがわかった。

しなければならないのに、なかなか手が付けられない仕事、冷蔵庫の掃除と、食糧庫の整理。きょうこそは、と思っていても、また一日、一日と先送りになる。

料理は食べなければならないから、億劫がらずすることにしているが、食材料の整理は面倒。無駄が出ないように使い切るということを心がけるのが苦手。つくるだけつくるが、おいしくなぁれ、と集中するので、汚れ物が出しっぱなしになり、あとからまとめて洗うことになる。夫のやり方は作りながら片づけるというもの、きみはパナシが多いと、鬼の首でも取ったみたいに言う。

こうして今、自分のデスク周りを見ても、たしかに出しっぱなしが多い。でもその状態で、なにがどこにあるかわかっているのである。
よく有名作家の書斎なるものが雑誌に出ていたりするが、有名であればあるほど、書類や本の山にうずもれている人が多い。アメリカ人のピューリッツア賞作家でベストセラーの本を出している、何とやらいうひとの自室はすさまじい山積みに囲まれた乱雑きわまりない状況の写真で、やっぱりね、と快哉を叫んだことがあった。

七十五歳になって今さら改心し、パナシがちをやめられるだろうか、いや、無理である。

こんなわたしが成し遂げた一番偉大なことは七十を過ぎてから、義父母のものまで片づけ、五十袋近いゴミを捨てて、大きいうちを始末し、三分の一の土地に小さい家を建て、二度の引越を無事し遂げたことではないか、と自画自賛している。

2013年12月12日 (木)

ある変化

夫の血液検査の結果が出たのだが、尿酸値は低いのに、コレステロール値が要注意の範囲まで上がってしまい、本人、あわてている。それはそうだろう、コーヒーや紅茶に砂糖をバカバカぶちこんでいたのだから。
これからは人工甘味料にする、と、けなげな決心を表明。
ともかく甘いもの好きで、ホームメイドのクッキーやケーキをそれは喜んで食べるので、こちらとしては張り合いがあるのだけれど、ちょっとお菓子が切れると、コンビニの生クリームこってりのロールケーキやエクレアなどを買ってきて食べるというくらい、近頃は度が過ぎていた。
こういうときこそ、これまで白米、白砂糖、白いパンなどの白好きを一大転換させる絶好のチャンスではないかと思い、発芽玄米を混ぜたごはんを食べさせてみたところ、これ悪くないよ、これまた、拍子抜けするぐらい、素直なのである。
足の具合も少しずつよくなっているようなので、体調に左右される素直さともいえるのではあるが。

わたしが玄米食になってから、二種類のごはんを用意することを続けていたが、これで面倒がはぶける。実際、玄米を上手に炊くというのもかなり技術を要し、少量ずつ炊いては冷凍したものをチンしてぱさぱさの玄米ご飯を食べるのにうんざりしていたところでもあるので、やれやれ。

結婚五十年、このひとはこう、と決め込んでいた部分がかならずしもそうではないということが一つ明らかになったが、ほかにもまだあるのかもしれない。料理の技量をなんとか保っていられるあいだに、わかっておきたい。楽しみも少なくなった高齢の生活だからこそ、家での食事は手を抜きたくない。いまのうちに、見直す部分はまだありそうな気はするけれど、食生活の見直しは暮らしの別の部分、断捨離を実行するのと同じぐらい、手をつけるのが億劫なものではある。

2013年12月 8日 (日)

『ロスト・イン・ヨンカーズ』を観て

アメリカの劇作家、ニール・サイモンの最高傑作と称される『ロスト・イン・ヨンカーズ』を横浜、日本大通りにあるKAAT神奈川芸術劇場で観た。吹き抜けのモダンなビル、その五階のホール、黒のインテリアに、座席がショッキングピンクという色彩だけは好みでなく、おまけに二階席、S席のチケットなのに、現実の場所はバルコニーなる名称の二階の上、三階で、だまされたような気分、空席もちらほら目立ったので、よほど開演後、闇に乗じて席をうつりたいとまで思ったが、じっと我慢。

でもいざ幕が上がると、その鬱積した気分が払拭されるほどの、役になりきった俳優陣の名演と、三谷演出の翻訳劇を全く感じさせぬほどの、せりふの快テンポ、ドラマの筋立ての面白さにのめりこんで、演劇だからこそ、味わえる臨場感の醍醐味を味わった。001


第二次大戦時ニューヨークの街ヨンカーズに住むユダヤ系アメリカ人家庭にくりひろげられる物語、笑顔を見せたことのない頑固で厳しい母親に育てられた四人の子供たちはみなトラウマをかかえている。発達障害的な娘2人、ギャングの世界に足をふみいれている息子の一人、そこに妻を亡くし、借金をかかえたもう一人の息子が訪れ、出稼ぎに行くために二人のティーンの男の子たちを預かってほしいと母親を説得するところからドラマが始まる。
二人の孫たちが家庭崩壊寸前の家の救世主となるかどうかがこの物語のカギになるのだが、母親はいなくても愛情に包まれて育った男の子たちは思ったことをはっきり言葉に出すことができ、孤立化していた家族たちとのコミュニケーションを復活させていく、そのプロセスで、私自身の家のことまで思いを馳せることとなった。

よい演劇とはそういう効果を生むものだ。草笛光子演じるこの老婦人の孤立感に感情移入してしまうのである。

我が家に同居している中年の息子は短い受け答えをするだけで、ほとんどコミュニケーションがない。娘も電話するときを選ばなければならない。疲れて寝ているからだ。メールにも返事なし、携帯も出ないということが多い。でも面倒も起こさず、仕事に忙しくしていられるのだから、感謝しなければと思おうとしてはいるのだけれど。

こういう状況でいざとなっても子供たちに頼る、すがるということはまずむずかしいだろう。最後のときまで、自分たちがしっかりしていなければならない。健康のことも、精神のよりどころも。自分の体調をよく知り、無理をせず、いつも笑顔でいられるような心のゆとりを持たなければ、と、わかってはいるが、師走もおしせまるにつれて、人生の冬もきびしく、深くなってくるのを、観終った道すがら、実感した。


2013年12月 4日 (水)

老いの状況

電車に乗って、優先席に向かったら、真正面に座っていたひとが、しばらくでした、とニコッとしたのだが、一瞬だれだかわからなかった。会釈しながら必死に記憶をよびさまし、ようやく笑顔を返したが、ショックだった。おしゃれが上手で、お化粧もきちんとしていたひとなのに、きょうのこの姿は、どうしちゃったのだろう。ザンバラの白髪、まったくの素顔、黒っぽい服は普段着のように見える。カットの上手な美容院を紹介してくれたこともあったのに、この髪の状態は尋常ではない。
お元気ですか?と訊いたら、あっちこっち故障だらけで・・・と顔をしかめる。ワンちゃんは?と訊くと、白内障がすすんでいて、と応えたあと、ここで降りますから、とそそくさと立ち上がった。
コンテストで優勝したという珍しい大型犬との一人暮らし。あの状態では、大変なのではないか、と気になった。


一軒おいてお隣の奥さま、きょうもリュックをしょって、杖をつきながら、背中を丸めてお出かけである。行き先はバスからバスを乗り換えていくスポーツクラブ。一人暮らしの彼女、そこにはお友達のグループが待っていて、お昼を一緒にするのが楽しみだと話していた。お嬢さんが湘南に住んでいて、一緒に暮らさないかとさそわれているらしいが、彼女はもう五十年も住んでいるこの地を離れがたいのだろう。
よたよたしながら毎日でかけるって、見ていらっしゃるんでしょう?なんて言われたけど、我が夫と同い年、八十一歳でそういう行く場所がある彼女は幸せ、一人暮らしにはそういうメリハリが必要だ、と感心もしているのだ。


我が夫の足の痛みはひどくはならないが、まだおさまらない。スーツにネクタイ、コートを着て、足は例のサンダル、杖ついて元の会社、OBの集まりに出掛けていくので、笑いそうになるが、いやいやご立派、気をつけてね、と送り出す。
足の痛みはもしかすると痛風の始まりかもしれないと、目下血液検査の結果待ちでもある。

2013年12月 1日 (日)

手芸作品勢揃い

十二月のCWAJの昼食会にはクリスマス恒例のRaffle(福引)がある。クラフトグループの集まりではだれもが一つ以上作品を持ち寄ることになった。

ほとんどのメンバーがキルトあるいはパッチワークの作品、わたしだけが刺し子で、先生に相談したら、これ簡単よ、と言われてつくったのが、この小さな手提げバッグ。バッグインバッグくらいの大きさだが、簡単といわれたわりには最後のミシンかけ、ちょっと技術を必要で時間もかかり、結局、この作品一つだけをだすことに。007


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わたしがこれを提出しますと、添付つきでメールしたら、見たひとが、わざわざメールをくれて、これが当たりたいから、ランチョンに出席します、と言ってくれて感激。
当のわたしは、その日はリハビリの予定が入っていて、欠席。
だれにあたったか、もらわれ先を、友人がしっかり報告してくれることになっている。

われこそは、と出品物を持ち寄った当日、大きな作品にうずもれるように、写真に写っている自作品。メンバー全員の、尋常ではない制作意欲にただただ、驚かされた。
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