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2013年11月に作成された記事

2013年11月28日 (木)

トゲトゲしい話

朝、夫が足を引きずりながら二階から降りてきて、言った。
「困ったことになった、足のかかとに骨がでっぱってきて、痛いんだ」
見ると、たしかにふくれていて、赤く腫れている。
これは大変、二階で生活できなくなったら、どうしよう!!わたしの部屋ととっかえることになるのか、瞬間、そこまで考えてしまう。
いつも夫は十時ごろ起きてくるので、もうその時間では、D病院の受付に間に合いそうもない。
「O整形に行ったら?」
「あそこは二度と行きたくない。心の持ち方がどうの、とか言われるのはまっぴらごめんだ」
頑固なのである。

その日、彼は奥沢の、お気に入りのマッサージに行く日だったので、結局、午後からの診察のある、大岡山の東急病院へ寄ることになった。
靴がはけないとなって、玄関用のサンダルででかけたので、夕方風も強くなってきて、また飛ばされかけて、ひっくり返ったりしているのではないかと、気が気ではない。

戻ってきた夫は意外に上機嫌で、レントゲン撮ったら、両方の足のかかとにトゲが出ててさ、右のほうは靴ですれて腫れたんだろうって、痛み止めと湿布くれたよ、と報告。
当分、靴はけないわね、あのサンダルじゃシャビーだし、と言うと、
ちょっと上等なの、買ってあるよ、うちのはみんなシャビーだからな、と、下駄箱から、値札のついた新品の、なるほど、かっこいいつっかけサンダルを出してきた。
これは、彼にしては用意周到。

ま、深刻な話でなくて、やれやれ。でも、ふうむ、足のかかとのトゲって、男性にも出てくるんだ、これでわたしの痛みもわかるでしょ、と安堵めいた吐息が出たのであった。

2013年11月26日 (火)

軽やかステップ

きょうは、ブログを通じて知り合った若いお友達、nonさんを自由が丘にご案内。生地店、雑貨店、など散策、わたしもクリスマスを控えてのフルーツケーキの材料など買いもとめ、フランスプロヴァンス風カフェでランチ、そこから遊歩道を通ってまたひとまわり、かなりの道のりを歩いたが、足はあまり痛まなかった。勿論楽しさに心はずんでいたせいもあるが、例の恵比寿で購入したあの頑丈な靴をはいていないのに、足の運びは軽やかだったのである。

先日、至誠会第二病院であつらえた三回目の中敷き、これまでにない、すぐれものだった。
足の寸法を測り、裸足になって足形をとり、判明したことの説明があった。すなわち、右の中指、薬指の写りが薄い、つまり、浮き指なのだそうだ。例の恵比寿の頑丈靴はよくできてはいるが、重い。重い靴をいつもはくことの影響があまりよくないことなど、説得力ある言葉で語られた。そのあと、廊下に出て一定距離を二往復、歩き方のくせなども指摘される。
そしてその場でインソールを作成、その間、アンケートに記入すること十分、やがて、吸い付くようにやわらかい、それでいてアーチの部分はしっかり強固という中敷き完成、それを持参した軽いおしゃれウオーキングシューズにはめいれて、また廊下で四往復くらい歩く。いや、驚いた。全然痛くない。快適なのだ。
理学療法士でもいらっしゃる佐々木先生との出逢いはまさに幸運であった。

期待していた保険の戻りなく、自費負担とわかったが、その甲斐は確かにあったのである。
これまではけなかった靴が、三足、新たに使用可能となった。

 
痛い、痛い、我慢、我慢という苦痛から解放される喜び、これからも別の苦痛がまた出現するかもしれないが、こういう少しずつの治癒をめざし、あきらめず、追求していけば、なんとかなるというプロセスを学んだと思う。

2013年11月22日 (金)

大きな買い物

パソコンを新しくした。

旧VALUESTAR、シャットダウン終らず、仕方なく強制終了したり、セキュリティの更新不可能になったり、空き容量が減るばかりで、もうこれ・買い替えるしか仕方がない、というところまできたからだ。

十二年間、一度も故障なしで使ってきたのである。ま、確かに時期はきている、というわけで、有楽町のビッグカメラに行った。夫はほとんどパソコンを使わないが、先回の買い替えのときは設定をしてくれたりして、機械に強いほうなので、ついて行ってやるよ、と言ってくれて、どれにするかの選択に、迷いやすいわたしをサポートしてくれた。

デスクトップ、Windows 7、引っ越し費用も入れて10万円の予算だったが、使いなれたNECの製品には相当するものがなく、ほとんどがWindows 8ばかり、唯一エプソンにだけ、条件に合うものを見つけた。
エプソン、サポート満足度、六年連続第一位、この大きな勲章を見ただけで、即決した。値段も8万以下、引越しサポート入れても10万円でおつりが出る。

そしてきょう、ビッグカメラ専属のサポート会社から引越サポートマンが朝十時まえに来てくれて、およそ二時間で終了。身長190センチ、イケメンの超スピードの手際にもひるまず、どこがどう異なるかを質問攻めにしてほぼ把握。

画面これまでの17インチから一挙に21.5インチ、自室のテレビの画面とそう変わらないぐらいの大迫力。これなら、ウインドウ二つ並べて楽々作業OK。写真のサイズ縮小もクリック二つぐらいで簡単になった。マウスもつながったものなので、電池の減りを気にせず済む。

なんだか急に大きな世界が開けたようで、もうちょっと長生きしたくなってきた。

2013年11月19日 (火)

刺し子バッグ

刺し子を習いはじめたとき、すでに出来上がっているものにも、いろいろ刺してみたくなって、自由が丘の藍染のものばかり売っている店のバーゲンで買ったこのバッグに挑戦した。ところが、出来上がっているものに刺すのは袋の中に手を入れてくるくる回しながら縫うので、結構難儀を伴った
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この斜めがけの大き目のバッグ、ひもの部分が幅広なので、安定感がよく、袋の位置がウエストのあたり実にぴったり使い勝手抜群、右手の手探りの具合がいい。

もうひとつ欲しいと思っていたら、吉浦先生のお刺しになった巾着を購入して、はたと思いついた。このあまりにも美しい刺し子の傑作、これをばらしてバッグに張り付けてみたらどうだろう。
備後屋で同系色の布買ってきて仕上げたのが二つ目のバッグ001

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ミシン縫いも簡単なので、またひとつ、どんな色の服にも似合うものが、欲しくなっている。

2013年11月16日 (土)

『ごちそうさん』、ごちそうさま

いやあ~、こうきましたか。タイソウな数の鯛、イッタイ、どう始末するのかと思ったけど、参りました。
きょうはきっと、鯛がバカ売れじゃないかな?
カギはコンドウ名人だと思ったけど、やっぱり。
鯛の潮汁、食べたくなった。
魚ぎらいの夫なので、魚の献立は滅多にしない。日本料理で習ったのはこの潮汁、鯛めし、鯛でんぶ、くらいだろうか。
でも今夜は冷えてきたので鯛チリなど、野菜も加えて食べたいなあ。

ドラマはやっぱりNHKである。朝のBS7時15分から45分まで珠玉の時間。『ちりとてちん』もまさに佳境。
『ごちそうさん』いまや『あまちゃん』を超える視聴率とか。
昔はこれほど、料理や家事に時間をかけていたのだ。それだからこそ、これぞ、家庭料理という味ができる。
イタリアのマンマたちもそうだ、いまだに家事をきちんとする。電子レンジは絶対使わないという中年以上の主婦は結構多い。

我が母校は良妻賢母で名の通ったところだが、同窓会新聞の編集後記のところに、育児をする現在、もっとも身につけておきたかったと感じるのは「家事力」というのを読んで、あっと驚いた。おそらく卒業後、仕事、仕事の毎日だったのだろう。学生時代身につけたいと思った「語学力」も「表現力」も「コミュニケーション力」も達成したに違いない。
でも、でも、である。家事は現在の世の中、もしかしたら、九十まで生きてしまうとなると、ずっとついてまわる、逃れられない。財力があって、食事つきホームに入ればいいのだから、というものではないことが、75歳まで生きてくるとわかるのだ。
そして悟る、自分の好きなものを、自分だけが作れる味にできることがどれほど幸せなことかを。

2013年11月12日 (火)

知るべきことを知らずして

題して『イタリアで暮らす』という座談会パーティが日伊文化交流サロン「アッティコ」で開かれた。イタリアから持ち帰ったばかりのサラミやモルタデッラソーセージ、サルデーニャのチーズ、うす焼きのパンなどに白ワインつき、ローマの語学学校長をかこんでの催しなので、イタリア語の勉強にもなるわけだが、なにより、その食べ物のほうにつられていそいそ出かけた。

出席者は十人ぐらいで、みんなわたしより若い。女性が圧倒的、男性はひとりだけ。
校長さんは50代くらいの女性で、饒舌、日本人生徒のおだやかさ、つつしみ深さなどを褒めたうえで、これだけは知っておいてほしいということを列挙しはじめた。
日本人からのプレゼントが沢山で困っている、とりわけハンカチ、手ぬぐいの類。イタリアでは不幸のときに涙をふくものだから、贈りものにはしてはならないもののひとつ。それと困るのは、ブローチとかナイフ、ハサミなどの先のとがったもの、もらったひとは小銭を渡して厄払いをするくらいだ、ええっつ?と思った。その日の通訳、ローマ在住の日本人女性がイタリア人へのお土産ナンバーワンはセラミックナイフだと教えてくれてミラノへ持っていったのだ。このサロンで料理を教えているM先生もセラミックナイフを推薦していた。
Eの奥さんは確かに小銭を渡して言ったっけ。こうするのが習わしだから、と。
イタリア人になりきるぐらい長く暮らしているひとでも、こんな大事なこと、知らないでいたってことなのだろうか。

それと、日本人生徒が無意識にすることでとても困るのは、寒い時期風邪をひいて、鼻みずをすすること。絶対にすすってはいけない!! ティシューでぬぐって捨ててほしい。ましてやいくら自分の身体から出たものだからと呑み込むなどもってのほか。
あと、マスク、イタリア人は絶対にマスクをしない、すると異様に思われ、いやがられる。

でもねえ、菌がうつらないようにマスクしているんじゃない? イタリア人ってマスクしないから、街の半数が風邪ひきなんて事態になるのよって言おうを思ったけど、久しぶりのイタリア語、頭がぼお~っとして出てこなかった。

白ワインはおいしかった。そしてチーズもおせんべいみたいなパンも。ソーセージ類がスライスではなくて、サイコロ切りだったのが残念、なんだか別のなにかを食べてるみたいで。

あと、日本人は混んだ電車で人と人との距離が近くてもよく無言で我慢している。イタリアだったら、あんな長時間の無言はあり得ない。これをしきりと力説。

ラスト近く、イタリア人のジェスチュアのプリントをくれて、説明するのだけれど、こんなもこと、覚える段階は先の先、それよりもっと真っ先におぼえるべき肝心なことがいっぱいある、と言いたかったけれど、これも言えずに、ワインでぼおっとなった頭を初冬の風に冷やしながら、転ばぬよう足をふみしめつつ帰途についたのだった。

2013年11月 9日 (土)

せめてもの、お役立ち情報

至誠会病院の近くに住んでいる同い年の友人のことを思い出し、靴の中敷きをあつらえるための診察日に、ひょっとして会えないかと、久しぶりに電話してみた、
彼女は二十数年まえから外反母趾を患っていたので、その診察も、もしかしてこの病院ではないかと思ったのである。
声は元気そうだったが、別の病が進行していた。脊椎管狭窄症、手術までには至っていないが、毎週ハリ治療に出かけるという。
頭のてっぺんから始まって数十本も打つのよ、でも、効くんだわ、これが。
なら、何より。

彼女は演劇好きで、さそってもらったことも何度かある。
まだ演劇行ってる?と訊くと、ずっと座ってるの耐えられないから、もうダメ。
長時間歩くのもダメなんで、美術館も行けない。なんせ、独り暮らしだからね、うちにこもってると一日中、だれとも話さなかったってこともある。だから、デイケアによく、行く。いろんなひとと話せてこれが、案外面白い。

ああ、もう同年代でデイケアに行くひとが出てきたんだ、と、あらためて自分の高年齢化を意識した。

もうおしゃれして行くとこないからね、着心地のいい服が一番、で、ウエストがゴムのパンツ探してるんだけど、うちの近く、なくてね・・・
でもユニクロならあるでしょ?
ある、ある。
あそこのパンツ、ゴムよ。ジーンズだって、しゃれたウール風のヘリングボーンの柄だって。2000円以下で買えたりする。
へえ~~。知らなかった。いいこと教えてもらったわ。

彼女のためになんかできたら、と思ったが、とりあえずはよかった、喜んでもらえて。

2013年11月 6日 (水)

バスからバスを乗りついで

至誠会第二病院へ行ってきた。
足のトラブルの別件がでてきたからだ。骨のトゲ痛はかなりよくなっていて、ほかの靴もはけるようになってきたのだが、それを長くはいていると、こんどは中指と薬指のあたりの痛みがひどくなってくる。この痛みはもう、五年まえから経験ずみで、そのころは靴のせいだと思っていたのだが、どうもほかに原因ありそう。
例によってネットで検索してみると、足裏アーチが変形したため、靴で繰り返される刺激に炎症が起き、神経が圧迫されて生ずる、モートン病が当てはまる。これという治療はないらしいけれど、もっとひどくなってくるのか、それにはどういう養生が必要なのかなど知りたい。
足の外科学会に所属している医師が常勤する一番近い病院が、この至誠会、電話してみるととても感じのよい応対で、その専門医のN先生は来週学会なので、出たり入ったりがある。きょうだけは一日いらっしゃいますよ、という返事にそれっと行く気になった。

病院は成城学園からバスで八分、電車で行きたくなかったので、田園調布までバス、そこから渋谷行きにのりかえ、八雲で降りて、成城学園行きにのりかえ、およそ一時間余、11半初診受付最終になんとか間に合う。

そしてまた待つこと二時間余、待っている人たちほとんどわたしより年上の高齢者とみたが、車椅子に乗って素足の足を出したままの男性はどう見ても六十代、禁じられているのに、ケイタイで電話していて、きょう家で転んで骨折しちゃった、なんて話している。看護士さんが電話をとめにやってきた。
隣の六十代くらいの女性、膝の痛み強く、これも自宅で転倒後の症状だそうで、もうヒアルロンサンの注射八回もしているんだけど、効かなくなってきて、などと話してくれた。でも徒歩五分の距離の住まいとか。うらやましい。わたしはとてもここには通えない。

診察は要領よく的確、足首下、すべての場所押したりひねったりで、確かめ、レントゲンを撮ることもなく、モートン病だが症状軽いから、中敷きあつらえて、様子をみたら、という提案。
足のトゲ以前にあつらえた中敷きはもう合わなくなってきている。入れ歯のやりなおしじゃないけど、足の変形もすすむから、やむを得ないのだろう。
またまた出費、二万五千円、でも病院推薦だから、保険のわり戻しがあることが期待できそう。

2013年11月 3日 (日)

思いがけなく

先日夜、娘と孫息子二人が税金の申告のことで、じぃじに相談したいことがあると訪れたとき、めずらしく孫娘が一緒ではなかったので、どうしたの?と訊いたら、明日コンクールがあるから早く寝るんだって、という返事だったので、どんなコンクール?と言うと、よくわからない、でも、予選は通ったって言ってた、という応えに、ふ~ん、でそのときの会話は終わった。
二日後、孫娘本人が電話してきて、ばぁば、コンクールに優勝しちゃった!と言うので、ええっつ?とにわかに信じられぬ声をあげてしまった。
高校生対象のトロンボーンコンペティション、51名の参加だったそうだ。
家族が関心を持つひまもないほど忙しくしているうちに、指導の先生の勧めでひっそり、こつこつ努力を重ねていたらしい。

一歳で父親と死に別れ、仕事を持つ母親と兄との三人暮らし、じぃじとばぁばが頻繁に助けの手をさしのべはしたが、よく無事に育ってくれた。

中学受験のための塾の初めてのテストで八千人中七千番とかの順位だと聞かされたときは、前途多難な将来を思って、ため息をついたものだった。

このときも二年間、こつこつ努力して、オーケストラ部が充実しているという関東学院に入学することができた。

トロンボーンという楽器が何より好きになり、初めは学校から借りていたのだが、自分の楽器が欲しいのを我慢しているのがわかったので、わたしが三年月賦の支払いで、買い与えた。
次にばぁばができること、いい音を聴かせることだ、と思い、来日する名トロンボーン奏者のコンサートには欠かさず連れていった。

来年は大学受験、本番まえに受験勉強の傍ら、よい記録を打ち立てたと思う。

好物のサラダライスと、春巻き、炒り豆腐というちょっと奇妙な献立の夕食を用意し、招待した。現れた孫娘ははしゃいだ様子はまったくなく、17歳というハイティーンの口から、これからは過剰な期待を受けながら、演奏するというプレッシャーに打ち勝っていかなければならない、なんて、結構悟った大人びた言葉が出たので、びっくり。
ま、それもプロセスの内よ。あなたがトロンボーンを本当に好きなら、乗り越えられるわ、きっと、まぶしさのこもった視線を投げつつ、励ましていた。

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