2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト
無料ブログはココログ

« およばれの時間 | トップページ | 帰国後あれこれ »

2013年10月 6日 (日)

ハプニング

帰りのトラムは簡単、往きと逆方向の23番に乗ればいいと思いこんで、ほどなくやってきた電車に乗り込んだ。ところが、いつまでたってもフォンターナ広場に着かない。珍しく運転席から声がして、「ローマニャ・エ・パスカリ」
なにっつ!!そんなはずは!!元のところに戻っちゃったの?????

あわててドライバーに訊くと、フォンターナ広場行きは向こうがわの停留所で23番に乗れ、という。降りたところは昼に着いたところとまったく違った景色、なんとも合点がいかぬまま、待つこと15分。その日は陽射しもきつく、立ち通しで待っていたので、よほどタクシーに乗ろうかと思ったのだが、呼ぶためのバールもないので、あきらめる。ようやく来た23番、こんどはドライバーにしっかり確認した。やれやれ、座るとき、刻印機が目をかすめたが、背をあずけたら、つい、うとうと・・・

そろそろ終点かな、と思ったら、とまった停留所から何やらものものしい気配、制服姿の連中が乗り込み、「検札!」と叫ぶ。しまった、「刻印忘れてました」と声をあげたが、遅かった。「シニョーラ、チケットを!」

「刻印してないから、罰金を支払ってもらう・・・パスポートを見せて」と中年女性の検札官、声大きい。降りろと言われて降り、こちらも大きい声で言い返した。電車をまちがえたこと、外国人で習慣が違うし、75歳、疲れていたので、つい忘れてしまった、明日帰国するからこのチケットまた使うことはない・・・何を言っても聞かないのである。わざと衆目を集めるように断固とした大声で、罰金払えとそればかり。往きと帰りのチケット両方あるじゃない、なんなら警察行ってもいいわよ、とまで言ってはみたが、そのオバサンの必死の剣幕にとうとう、心がひるんで負けてしまった。26ユーロ支払う。領収書にあなたのお名前書いておいて、せめて、それだけは、とがんばる。

フォンターナ広場のひとつ前、そこからドゥオーモまでとぼとぼと歩いた。いままでのいい思い出が全て遠のいていく。大好きなイタリアから罪人扱いされたような気がした。方向感覚が弱いこと、思いこみがはげしいこと、それに加えて12日間、ひとりで過ごした緊張の糸がぷつりと切れた瞬間に起きてしまったことなのだろう。このあたりがわたしという人間、75歳の限界なのだろうか。

土曜の夕方、ドゥオーモのあたりは人、人、人、そのあいだを抜けながら、わが身に言い聞かせた。しょげている場合じゃない、考え方を変えてみなければ、このぐらいで済んで幸いだった、起こるかも知れなかったもっと大きな災難を免れ、この程度で済んだのだ、これ以上なにか起きないように残りの数時間、しっかりと過ごさなければ、と。

« およばれの時間 | トップページ | 帰国後あれこれ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

以前プラハに行った時メトロに乗るのにやはり刻印するのを忘れそうになりました。
検札が来たとき見つかると、10万円位罰金取られるから、気をつけてと、誰かに言われました。旅の仲間は必死で守りました。
一人旅はそんなこと言われるチャンスもなく、うっかりしてしまうものね。
旅人だからと許していたら、観光立国のイタリアの面子に係るのでしょうね。
26ユーロで済んだからよしとしても、最後に大声あげられてお辛かったでしょうね。
でもそれが旅。されど旅。お帰りなさい。ご無事で。

mochakoさま
10万円とはべらぼうですね。ミラノのトラム、空いてましたしね、刻印しているひと見かけないのです。みんなルーズになっているところを、狙い撃ち、全国的に厳しくなってきている、と帰国してから聞きました。

記事を読んで大変ショックでした。
よりにもよって、我がcannellaさんが、そしてやっぱり検察が
あるのだということ。
でも立場を理解してもらうべくきちんと状況を話されたことに
少しホッとしました。対等ににわたりあったことで救われます。
(普通はこれも出来ないと思います)

例外のない規則はないと言いますが、やはり外国では厳しい
現状があることがよくわかり、これからの参考にします。

過去の思い出のミラノはとてもいいところだったと推測しています。
これはエピソードとして、愉しいミラノの一部に入れてくださいね。

ちゃぐままさん
ご理解のお言葉ありがとうございます。
こちらに非はあるので、仕方がないのですが、彼らが摘発したかったのはタダ乗りしている人たちなので、わたしの場合は往復のちけっと買ってあったし、往きのほうは刻印もしてあり、帰りだけ混乱していてしそこなったということをわかってほしかったのです。
イタリア人は料金を徴収する根拠が少しでもあればどんなことをしてでもふんだくることにかけては強いひとたちです。
それにしても、運転手の人たちも、刻印忘れずに、くらい声かけてくれてもいいのに、その点日本は行き届いてますよね。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« およばれの時間 | トップページ | 帰国後あれこれ »