2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト
無料ブログはココログ

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月に作成された記事

2013年7月30日 (火)

キャベツさま

およそ二カ月まえ、ある昼食会で隣に座った心優しい友人が問いかけた。
「あなた、いまどこか痛いところなあい?」
「あるわよ、首とか、足の甲とか、それに肩もしょっちゅう凝ってるし」
「ねえ、だまされたと思って、毎晩、キャベツの葉をおへその下あたりにあてて、寝てごらんなさい。あたしもそれを一カ月くらい続けて、肩コリがすっかりなくなったの」

ご両親の壮烈な介護を数年にわたって続けた彼女に、その疲れがあらわれていると感じたことがあった。ところがその日、久しぶりに再会して驚いた。顔からよどみが消え、すっきりして、まぶしいほどきれいになっていたのだ。
きっと神さまがご褒美をくださったのだろう、と素直に思われたのだが、貴重な情報を惜しげもなく、教えてくれる寛大さにも感動したわたしは、翌日からすぐ実行することにした。

なんでも漢方学者と、老人施設の生活指導をした経験のある陶芸家がその効果を立証しているのだそうで、キャベツの葉には身体にたまった静電気を放電し、体中のツボを活性化する力があるのだという。

そして、二か月、いまわたしの身体の悩みはほとんど癒えかけている。肩コリを感じないので、マッサージにも一カ月以上も行っていないし、首の痛みはなくなった。わずかに足の甲の痛みはまだ少し感じるけれども、あの、恵比寿で買ったドイツ製の靴以外もはけるようになってきている。

朝起きて、下着を下すと、しわしわになったキャベツがぽとりと落ちる。まるでわたしの成分、全部あげましたよ、と言ってるような姿で。

2013年7月25日 (木)

『クロアッサンで朝食を』

比較的気温が低かった水曜の昼、12:15をめざして三十分まえに銀座シネスイッチに着いて、びっくり。長蛇の列なのである。それもほとんどが高齢女性。
今からだと立ち見です、次の回をご利用くださいというアナウンス。仕方ない、あとでするはずだった買い物を先にすることにして2:30のチケットゲット。
これほどの人気だということは宣伝どおりのストーリーの面白さとジャンヌ・モローのフアンが多いということか、とますます期待が高まる。

2:30分の回も満席、ほとんどが女性客、長~い予告編がやっと終わって待ちに待った本編が始まったが、何かが違う、ほんとにこの映画なの?と問いたいぐらいの暗~い画面、陰気な音楽。原題名なんと、『パリのエストニア人』
なるほど、これじゃ客を動員できまい。『ティファニーで朝食を』に語呂合わせして、違訳しちゃったんだ、きっと。ともかくエストニアで母を看取ったアンヌという女性がパリで家政婦となって、気難しい老婦人フリーダと暮らすことになるのだが、この裕福な未亡人、ジャンヌ・モロー扮するフリーダも元エストニア人。つまり、ティファニー・・・みたいな軽妙洒脱なドラマとは大違い、事実はエストニアからの移民の現実を含んだかなり深刻なテーマ、のストーリーなのであった。老婦人と家政婦の心が通いあうまでのエピソードは見せる場面もあるけれど、なんだか脚本のテンポがだれがち。午後の時間帯とあって、眠くなりそうにもなる。
ジャンヌ・モロー、85歳、自前のシャネル着て、重そうなネックレスじゃらんじゃらん、しゃれこめばしゃれこむほど、箒にまたがったほうが似合いそうと思えてくる。
でも友人のいない、恋だけに生きてきた、偏屈な老婦人のさみしさをよく演じていた。

それにつけても思い出したのが、年取ってからの不幸は「人びんぼう」つまり、友人がいないさみしさ、と言った有吉佐和子さんの名言。
友情を育むには時間がかかる、自分のことばかり考えていたのでは友情は続かない。続かせるための努力、思いやり、心の広さ、が必要。この年齢になってから自分を変えるのはむずかしい。
だからこの映画の結末はちょっと甘すぎ、いい映画を見たという余韻は乏しく、空しい感じがつきまとった。

2013年7月22日 (月)

『25年目の弦楽四重奏』

世界的に有名な弦楽四重奏団のチェリストが突然引退宣言を表明したことから、団員たちの力のバランス、更にはプライベートな生活にまで、衝撃的な影響が出て、物語が展開していくこのドラマ。
チェリストに扮するクリストファー・ウォーケン、長年のフアンとしては、期待以上の絶妙な演技に圧倒された。161897_31

彼は『デイア・ハンター』でアカデミー助演賞を獲得してから、とぎれず、映画出演は果たしていたが、特異な風貌から、オカルト映画にも出たりしていて、当たり役に恵まれていないのが、惜しいと思っていた。
それが、どうだろう、七十歳にして、これほどのはまり役を得るとは。

冒頭、T・Sエリオットの詩を朗読する、美しい声に魅せられる。ウォーケンだった。マスタークラスでの講義の一場面である。
終盤近くの講義場面でも、名チェリスト、カザルスに演奏を聴いてもらったときのエピソードを語るウォーケンに目が釘づけになる。
カザルスに「一瞬でも素晴らしい音を聴けたことがうれしかった、感謝する」と言われ,自分では不出来だと落胆していた演奏者の彼は、のちにこれこそカザルスが褒めてくれた音だと気づき、それを実演してみせる。忘れられない、音と演奏、演技だ。

見終わってから、プログラムを購入した。最近の映画プログラムの改良めざましく、これも買ってよかった、と心から思われる、珠玉の内容を秘めたものだった。
監督、脚本、製作担当のヤーロン・シルバーマンのインタビューの回答にそれがあらわれている。
彼はMITで物理学を専攻したあと、映画界に入り、ドキュメンタリー映画で数々の賞を受賞している。
製作の動機は「家族、肉親のあいだの複雑な関係を掘り下げる張りつめたドラマを描きたいと思い・・・室内楽の熱心なフアンとして、弦楽四重奏団の団員同士の微妙な力学がこれを描く格好の設定になるのではないかと思った」
「本作はベートーヴェン後期の四重奏へのオマージュである。ベートーヴェンは四重奏を通じて、非常に丹念かつ複雑な方法で感情や考えを表現した。それは聴く者を時として、高揚させ、時として絶望させるが、どんな時も生き生きとしている・・・
人生の苦境をより高次の人生体験に昇華させてくれる芸術の力に、再び気付かせる作品にもしたかった・・・」

この言葉をかみしめながら、ベートーヴェン弦楽四重奏曲第14番、嬰ハ短調(作品131)をじっくり聴きたいと心から思った。

2013年7月20日 (土)

そしてまた、きょうの『あまちゃん』

おや、まあ、ヤヤコシイことになってきた。
このところ回想場面が多くなってきたけど、ひとつ気になるのは、太巻の若い時だけは本人が若づくりで出てくること。あの特異な風貌に似た若手の俳優がいなかったということなのか、ちょっと無理があるが、その事実が笑える。
このひと、ダイワハウスのコマーシャルで注目したのが初めだったけど、近頃ずいぶんと売れているらしい。一度見たら忘れられない顔、『あまちゃん』の憎まれ役にぴったり。

さて、こういう裏があったということは、あきちゃんのどう考えても不条理な国民投票最下位、やっぱり裏のウラがありそう。

そこで思い出されるのが名画『雨に唄えば』のストーリー、サイレントからトーキーへの移行で、大女優の声がまたとない悪声で、吹き替えがデビー・レイノルズ、その恋人、すでに大スターのジーン・ケリーが、ドナルド・オコナーと結託して吹き替えしている現場を暴露公開しておとしめるという、あのストーリー。

日本はしがらみだの根まわしだの、それをささえる忍耐だのにふりまわされる国だから、こんなにスパーッとはいかないややこしさで、この先、クドカン氏がどう料理するか見ものである。

『あまちゃん』検索でニュースがとびこんできた。『潮騒のメモリー』のCDが7・31にシングルリリースするのだそうだ。
なんだか耳につくメロディー、どこかで聴いたことがあるようなフレーズの組み合わせなのだけれど、ヒットしたというプロットにふさわしいことは確か。
その題名がまたヤヤコシイ。
天野春子「連続テレビ小説「あまちゃん」挿入歌「潮騒のメモリー」天野春子(小泉今日子)」

やたらとカッコが多いところが、また笑える。

2013年7月18日 (木)

またまた、きょうの『あまちゃん』

『あまちゃん』三回見た。
きょうはご贔屓、ミズタクこと松田龍平くんの独壇場。
木目込み人形みたいにととのった無表情が、感情をあらわにするときの輝き、目の光をもっと見たい、確かめたいとばかりに、見とれていた。いい味だしてるなあ~、ホント!!

俳優全員、のりにのってるのがわかる、脚本のうまさ、ペペロンチーノが言えなくてどもってる渡辺えりさん、ヤンキーになったら、演技力が増してきたようなユイちゃん、ソバデスカ、ウドンデスカ、マメブですか、とどなってる片桐はいりさん。

でも、きょうの圧巻はあの蟹江というほんとカニっぽいド迫力容貌のジイチャンと漁協の組合長、水口さんとアキちゃん、四人の掛け合い、あれはオペラブッファの違うこと考えてるのに、同じせりふが出てきておかしなハーモニーをつくる四重唱の発想なのか、クドカン氏、っつたく、スゴイせりふづくりをするヒト!!

全編を流れる心地よいリズム、流行語まじりの早口東京言葉、そして地方色豊かな方言の対比、これが地方の東京へのあこがれと東京人の地方への郷愁を、端的にして、実に効果的なムードで映像化、盛り上がる。
ああ、あした、楽しみ~いっつ!!

2013年7月15日 (月)

きょうの『あまちゃん』

秀逸だった。ドラマ中盤のハイライトとでもいうべき場面である。
ユイちゃんのすさまじいヤンキー度にひるむことなく言い返すあきちゃんがいい。この能年玲奈というひと、ひたむきさが顔にみなぎる表情、みとれるばかりで、東京で、さんざんカワイイ方じゃない、なまってる方と言われっぱなしだったけど、彼女こそカワイイじゃないか、反論したくなる。
でもいまどきはユイ役の橋本愛の美女風をカワイイと表現するのだろうか。
このあたりがついていけない日本語の乱気流である。

四か月の生活の激変が二人の関係をぎくしゃくさせてしまう。なんとか心を合わせたいと思っても、自尊心がじゃまする。
女の友情は優越感と劣等感と尊敬度、謙遜度、すべての感情がうまくバランスとれたときに安定する、という事実をこの脚本家、クドカン氏、なんとよく理解していることか。
しかも、過去の場面のフラッシュバックをこれ以上ないぐらいに効果的に使い、親や取り巻きが飲んでいる場面でも思いがけないストーリーの展開をつくるという、名人芸。十五分でよくこれだけ見せ場を楽しませてくれると感心しながら、あと何分、終わらないで、もっと見たい、という気持ちにさせられてしまう。

いままでどちらかというと単調な演技だった、ユイちゃん、きょうの最後の、「あきちゃんをきづつけちゃった!」はこれまでにない渾身の叫びだった。

アイドルだったキョンキョン、トップ女優のひとりだった、薬師丸ひろ子、元アナウンサーの八木さん、地でいっているみたいな出演者が演じるゆえの迫真力。
そして現在日本がかかえる家族の問題、介護、親の不倫、グレた子供、親子関係、夫婦関係、そんなに深刻なのに、救われるのは上質のユーモアがあるからだ。
ストーブさんは足立先生の怒りの矛先にいたのに、いまは彼が頼りで介護されているというこの皮肉。

毎日『あまちゃん』が楽しみで二度見ることもある。

夕べは娘一家がやってきて、『あまちゃん』の話で盛り上がった。
孫息子はこの音楽担当の大友良英氏のライブに出かけ、『あまちゃん』のテーマ満載、ギターの名演のプログラムに感動したのだそうだ。

2013年7月13日 (土)

ある日のダイアリー

猛暑はちっともやわらがない。けれども、行くのはきょうしかない、と決意し、夫とお盆まえの墓参りに行くことにする。右手が痛くて、ハンドルをしっかり握れない夫の運転が不安だったが、本人は大丈夫さ、と余裕ありげなので、信用することにした。
行きがけに花工場という店で供花を買う。幸い、道はすいていて、鎌倉瑞泉寺まで四十分で到着。
墓所を見渡して驚いた。いつもと違う。供花のあるところが少ない。以前はこの時期色とりどりの花でグレイの場所も華やぐ、という風だったのに。墓参をするひとの高齢化という問題がすけて見えてきた。
夫は墓所から直接、車で下り、わたしはご本堂の仏さまを拝んで、正面の石段を下りる。ウグイスの澄んだ声が耳に染み入る。足の痛みを感じずにすんだのがうれしかった。

お気に入りの蕎麦店、『もみじや』が定休日だったので、若宮大路まで出て、『こ寿々』でもりそばを食べ、この店自慢のわらび餅を購入。

夫の運転に危なげはなかったが、本人は今度の免許は更新するけど、その次はもう終わりだな、とつぶやいていた。

帰ってひと休み、ウッドデッキをのぞいたら、ハルシオンの葉が枯れはじめている。直射日光を避けて日陰に移したのに、どうしちゃったのか。
四時過ぎ予約の整形リハビリに出かける途中、園芸店に立ち寄り、相談する。水のやりすぎが原因らしい。初めての植物は世話のコツをつかむのがむずかしい。

きょうは疲れたので、料理はしないと決め、O整形そばの『VIAN』 という惣菜店で、夫に牛丼の具、自分用にアジの南蛮漬けを買う。この店、めずらしく夫が気に入ってくれたので,このところよく利用する。これに手製の煮豆をそえれば、と思ったのに、五日にしてもうおかしな臭いが。この猛暑、食物のいたみも加速度的。

六時過ぎ、近くの体操グループを見学に行く。スポーツクラブをやめてしまったので、ラジオ体操の催しなどがないかと区民センターに問いあわせていたところ、知らせがあったのだ。
徒歩十数分ぐらいの都営住宅の集会室、数人の高齢者のグループ、リーダーも六十代、ストレッチが主で、内容は充実していたが、介護施設のデイケアに参加しているような気分、それにいまの時期、徒歩十数分はこたえる。しかも一時間半というのがスポーツ嫌いのわたしには重荷、参加します、という即答はしないで帰宅した。

明日はブリッジトーナメント、あなた、いろいろやり過ぎなのよ、という友人の声がこだましている。

2013年7月 9日 (火)

発想転換

先週末、東京都美術館で開かれていた女流画家協会展で友人たちの作品を三点見たあと、タクシーで団子坂に向かった。
と、いうのもM子さんがしていたブレスレットが銀色の金属なのに軽く、異なる形の粒がはじけるように組み合わさったデザインに目を奪われ、どこで買ったの?と訊いたら、団子坂にあるフランス人がオーナーのアクセサリー店で購入と、とおしえてもらっていたからだ。
団子坂上にとめてもらい、坂を下りながら、それらしき店を注意深く探したが、見当たらず、その日は閉店なのかもと、肩を落としながら、坂下の千駄木駅まで来た。
けれどもそのまま地下鉄に乗るのも心残りで、あたりをぶらついていたら、とても品数の豊富なバッグブティックが目についたのだ。

八月のイタリア旅行、今回は列車に乗るので、片手を自由にしておくために、リュックにしようかと考え、手ごろなものを探していたので、もしや、そういうものは?と中に入った。

店員ではなく、オーナーらしき中年の女性が一人で店番をしていていたのだが、品物に熟知しており、とても手際よく要領よく、説明してくれる。わたしの旅の目的を知り、何を詰めるかを尋ね、実際にいろいろ詰めてみて、しかも重さを実体験できるように1キログラムの重りまで入れてみて、いかが?という勧め方。

リュックの色が今ひとつで、迷っていたら、ではもう一軒のほうにと、ひとつおいて隣の店のカギをあけて案内してくれた。実用本位のバッグ、カバン店と、おしゃれなデザインの品を集めた店とに分けて経営しているらしい。

芸大の音楽科の生徒が買いにくるという、楽譜入れなどもあり、かなりの顧客を持っている店なのだと分かった。

そして更に、リュックは重みがふえると後ろにひっぱられるようになり、危ない。それより、ななめがけで、沢山ものが入るデザインの、これは?と出してくれたものが、コバルト色の地に茶の皮のトリミングの特大ポケット二つがついた大きい割に軽量のバッグ、洗面用具、薬入れ、ほら、書類も、そしていまあなたがかけているバッグもすっぽり入ると実演。

ななめがけは発想の中に入っていなかったのだが、なるほど、これはいいかも知れないと納得。買うことにした。

値段はリュックのほうが高かったのに、こちらの目的を十分把握、実際の使い心地も荷物まで詰めた状態で体験させてくれ、すすめてくれる誠意と、商品の豊富な知識に、いまどきデパートでも得られない買い物体験だったと、満足し、千駄木が忘れがたい場所となったのであった。(千駄木、スタジオミスモ03/3824/1739)

2013年7月 5日 (金)

ルチアーナ・マタロン・イタリアからのメッセージ

M子さんとは十年まえ、イタリア語の初級クラスで知り合った。彼女は画家なので、個展やグループ展の案内を欠かさず送ってくれていたのだが、最近彼女がずっと描きつづけている、清澄庭園のユリノキの絵にあまりにも魅せられ、自室でいつも眺めたいと思い、購入した。それが縁で親しく会う機会がふえたのだが、その彼女がミラノから素晴らしいアーティストが来日していて、横浜で個展を開くと知らせてくれたのだ。Photo


ルチアーナ・マタロン、画家、彫刻家、ジュエリーデザイナーでもある。
みなとみらい線日本大通り駅(3番出口)徒歩三分、レトロモダンな建物、横浜三井物産ビル一階のギャルリーパリ、五時からのオープニングに二人で出かけた。
日本大通り駅は混雑もなくゆったりしていて、出口を左に進むとすぐに大通りに突き当たる.緑多く、歩くのが楽しくなるような、横浜の異国情緒がにじみでた街並み。目指す建物の鋼鉄の扉はオートドアでその奥、白が基調のインテリアだが、昔の建築ならではのどっしりとしたおもむきがあり、ここならイタリアの画家の個展が似合いそう、と見回すと、展示がまだ仕上がっていない。おや、と思ったら、ギャラリーのオーナーがあらわれ、作品の一部が税関に差し止められて、搬入が遅れ、オープニングができなくなったという説明。
それでも次々と木箱が運び込まれて、開かれていくのを見ていてもよい、と許可されたので、十点ぐらい、主な作品をまじかに見ることができた。

これまで見たことがないような色彩と構図、二人で思わず、わあ~っつと声をあげていた。これはスゴい、並々ならぬ才能、とりわけその色、解説者の言葉によると「彼女はその独特の色彩・かたち・シンボル・線描や痕跡を駆使して、魂を生き生きとよみがえらせようとする。彼女はどのような色にも形にもそれぞれにスピリチュアルな音色を与える」に納得。
別の評論家は「気品、軽妙、優美。これらが彼女の作品全般を特徴づけている」とも語る。
7日まで横浜、その後青山でも個展が続くらしい。
ともかく必見の作品群。
彼女は自分の財団を設立し、ミラノ、ドゥオーモ近くに美術館を持っている。

八月のミラノでそれを探しあてる楽しみができた。

2013年7月 1日 (月)

減らして、減らす

食生活を玄米と魚中心に変えてから、四十日目、血液検査をした。
結果は期待以上の効果が証明され、中性脂肪が100も下がってほぼ正常、しかもLDLコレステロール値も15下がって、正常に近づいた。
食生活の改善、先生が勧めてくださったおかげです、わたしは医師に深々と頭を下げた。

夫には、あなたの好みに合わせた食生活は無理があったと証明されたみたい、少々嫌味であったが、検査報告書を差し出す。

足の痛みと数年たたかってきたという友人、体重を減らすことが先決だと覚悟を決め、ご主人と同じものを食べることをやめて、ダイエット二カ月、四キロ減で、体軽くなったら、痛みが消えた、と話してくれた。
食べることを楽しみにしないで、食べたくなったら、別の楽しいことをして気をまぎらすのよ、それに何食べても、昔みたいなおいしさの感激少なくなってるいまがチャンス、あなたも体重減らしてみたら?と言われ、自分では太っているつもりないので、ちょっとムッとしたのだけれど、電話切ってから、二年ぶりくらい、体重計出してきて、測定してみたら、ショック!!増量している!
十年まえのパンツがはけるから、と安心していたのだけれど、食べ過ぎなのだ、やっぱり。

転んだこと、足の甲の痛み、友人の言葉、いろいろ警告をもらっている昨今、食べたい欲望に負けず、まずは体をととのえることに専念してみよう、とあらためて思う。

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »