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2013年6月13日 (木)

ヴェンゲーロフ

15年まえ、百年に一人のヴァイオリニストという鳴りもの入りで来日したマキシム・ヴェンゲーロフ、眉目秀麗の大写しのプロフィルにも惹かれ、いそいそとサントリーホールに出かけたのだった。
容姿は抱いていたイメージとは異なり、どこにでもいるスラブ系の若者という感じで、あれ~っ、だったが、演奏は宣伝どおり、クロイツェルの三楽章などはまさしく、ヴァイオリンが出し得る音色をこれ以上ないくらいに鳴らしつくした演奏であった。
ロシア生まれの彼、裕福な育ちではなく、暖房も十分ではない家でコートにくるまりながら、練習をしていたこともあったと聞く。

今回は『ヴェンゲーロフ・フェステイバル2013』というイヴェントを背負う、世界最高の演奏者のひとりにふさわしい復活公演、一時、肩を痛めて、再起をあやぶまれた数年を経て、あらわれた初日の彼は、一児の父ともなり、恰幅もあり、堂々の貫禄、ブラームスの協奏曲ニ長調は百年に一人のヴァイオリニストが百年に一度という音色を出したとも言える名演奏であった。

特に第一楽章のソロ部分はあまり素晴らしいので、聴衆のだれもがブラヴォーの声をこらえて、杜息をついているのが感じられた。

そして第三楽章、ハンガリア舞曲風の活気あふれるフィナーレのテーマ、はずみながら上昇するメロディを、独特のテヌートで盛り上げるこだわりの曲想に、追いかけるオケのほうはテヌートなしの平凡演奏、その対比が二度も続き、ああ、こういうところに彼がいま、指揮者も目指しているゆえんがあるのかな、と納得できた。

一年に150回ものコンサートをこなしていた二十代、健康上の挫折を経て、指揮者の道を学ぶことになったのも、選ばれた才能の持ち主に神が与えた試練なのかも知れない。
一人の飛び抜けた才能の演奏家がたどる道筋から、人間の人生というものがより深く理解できる年齢となった自分をあらためて意識したひとときでもあった。


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コメント

>年に150回ものコンサートをこなしていた二十代
12年前にウィーンの楽友協会で一度聴いたことがありました。弦楽器の10人ほどのグループを率いての演奏とソロが半々の公演だったのですが、ヴェンゲーロフだけの演奏を期待していたので、少なからずがっかりしました。あのころから少しずつ肩を悪くしていたのかもしれませんが、精彩がなかったです。

グループを抱えてしまったことが彼にも悪影響を与えてしまったのかなと半引退の報を聞いたときは残念に思いました。演奏家としての輝かしい道から地味な音楽大学の先生・・・その間にあったさまざまなことが、聴く人の耳にも人生を深く感じさせるのでしょうか。上京できなくて残念!

aliceさま
お久しぶりです。楽友協会という最高のステージで、そのご経験、ちょっと残念でしたね。
でも一ヶ月に十回以上、一回勝負の演奏、すべて、パーフェクトに、というのは神業でしょう。
今回は絶好調、最後のサントリーホールは弾き振りだったようですが、日本の聴衆にはめずらしい、スダンディング・オベイションだったそうで、全部出かけたという友人が興奮冷めやらぬメールをくれました。

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