2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
無料ブログはココログ

« 2013年5月 | トップページ | 2013年7月 »

2013年6月に作成された記事

2013年6月27日 (木)

思いがけなく

ハルシオンに花が咲いた。雄々しい葉を引き立てる、やさしい色の花。
Photo_3

今の時期、コリウスというシソ科のカラフルな葉の植物がいとしい。どんどん増えるので、先を切って、水鉢につけておくと数日で根が出てくる。それを土におろしているうちに、これほど一杯になった。
毎日眺めて元気をもらう。
Photo_4


2013年6月22日 (土)

事態好転

おなつかしや! ライトオレンジカラーのマイクロソフトワードが無事復元した。
オフィスパーソナル2007のCDが手に入り、自分でインストールできたのだ。
おっかなびっくりだったが、思ったよりスムーズに行程を終えることができた。
したがって、出張サービスキャンセル。その分の費用を靴の購入に充てることにした。

いつものように首のリハビリにO整形に出かけたとき、診察の時間をとってもらって、医師に足の甲のトゲのことを話してみた。病院を二股かけたことになるのだから、気を悪くされるかも知れないとは思ったが、どうしてそうしたか自分の気持ちを正直に話してみたら、彼は機嫌も損ねず、笑いながら、トゲなんか削らなくてもいいんですよ、と言った。気の持ちようで消えてしまうかも知れない、もっと自分をおおらかにして、こうしなければならないということにふりまわされないことです。
靴は楽なものを選ぶこと、痛いときは外出をひかえること、リハビリが必要なら、首はもういいようだから、足の手当てやマッサージをすることにしましょう。そう言って、足のうらにテーピングをしてくれた。
この医師があまりにも、精神的なことを言いすぎると非難するひともいるようだが、わたしはやはり、ひととき、おだやかな気分になれたのである。

恵比寿の靴店はドイツとイタリア製の靴が展示されており、客はわたし一人だった。
女性のシューフィッターが見事な手さばきで、足のサイズを測り、トラブルの箇所を確かめた。そうして試した靴、七足、何度も何度もはいては歩き、しかも繰り返してはいたもの三足くらいあり、ついにグレーのコンフォートシューズに決める。彼女はさらに調整を繰り返し、奥の部屋で、コンコンと叩いているような音もたて、痛さをまったく感じない履き心地に仕上げてくれた。
履いてきたサンダルの後ろベルトのゴムの部分がゆるんでいるのに、気づいてくれて、直せるというので、それを預け、購入したコンフォートシューズを履いて帰宅。

足の痛さをほとんど感ぜず、軽やかでいて、しかも足が要塞に守られているような安心感に包まれ、値段は普通の靴の三倍以上したけれど、その価値はあったと悟ることができた。


2013年6月20日 (木)

危機感迫る

今回の失敗で、マイクロソフトのワードはなくても、ワードパッドという原稿打ち込み用の場所があり、長い原稿を下書きすることには困らないことがわかった。困るのはこれまでワードで打ち込んだ自分のエッセイなどの作品群がすべて文字化けになって開けないこと。
やはり少々費用はかかるがワード、エクセル、アウトルックのオフィスパーソナルCDを新たにインストールしなければならないことが明白になる。
その後NECの有料サポートから電話があって、オフィス2013はわたしのパソコンには適用できないと知らせてきたので、ネット販売のオフィス2007、2010を検索してみたが、どれを選ぶべきかわからない。量販店に2010は置いていないかも知れないとも言われていたので、決心した。
有料のサポートを依頼して家に来てもらい、ダウンロード、設定すべてしてもらうことにしたのだ。
費用はかかるが、目を丸くするほど高くはなさそう。パソコンを始めて十年以上になるけれど、一度も故障も修理もしたことがないのだから、この際それくらい払うのも、仕方がないと腹をくくる。

それより、いま気になっているのは足のトラブルのほう。足の甲の痛み以前より強くなっていて、はける靴が限られ、靴によってはあとの痛みが長引くときもある。これはちょっと異常だ。

ネットには疲労骨折などという症状もあるという情報を症状べつに丁寧に説明している医師の記事があったので、その医師を訪ねて病院に行ってみることにした。
高田馬場病院、診療所のような小規模の病院だが、10時に着いたとき待合室はすでに満員。すくなくとも二時間かかると言われたが、結局三時間かかった。
医師は寡黙なひとで、知りたいことが山ほどあるのにしゃべってくれない。この種の足のトラブル解決の名人と言われているらしいのだが、レントゲン写真をみながら、これを読んでください、と自分の著書の頁を開く。「強剛母シ」、写真にトゲがはっきり写っていた。
これは削ったほうがいい、つまり手術、どのくらいかかるのですか?と訊くと、入院一週間。ええ~っつ!!、と絶句。
まあ、当分は靴でしのげるかもしれない、とのことで、靴店のカードを渡される。
通ったほうがいいんでしょうか? この次は手術の予約だな、という返事。

そのあと会うことになっていた友人に馬場まで来てもらった。彼女も足のトラブルかかえていて、靴店のことを知っていた。わたしもあつらえたけど、すご~く高かったわ。入院なんてよく考えたほうがいいわね。こらえきれないほどの痛みならともかく、様子みて、それに入院してみたいような病院なの? ううん、首をふる。
そうでしょ。靴だってね。高いほうがいいってわけじゃない、私の今の靴、ナイキだけど、これ楽なのよ、と地下タビみたいな感じの、甲の部分がむき出しになった、サンダルを見せる。

ちょっといろいろショックだったけど、同病相哀れむ友人の言葉は身にしみた。医者との相性もあるし、痛みと共存しながら、様子を見るほうが先だ。
それにしても旅行中のトラブルではなく、いまのうちにいろいろわかってきてよかった。
こうなったら、なんでも来い、と妙にキモが座った感じになっていた。

2013年6月18日 (火)

トラブルの日

パソコンの空き領域がいつも気になっている。4の代になると赤くなる。それが怖くて、ピクチャもまめに消したり、添付つきのメールも長くおかないように、そして、10日に一度はディスククリーンまめにしてたのだ。
このところどういうわけか、減り方著しいので、Google Chromeというのをアンインストールした。そしてなおも、デスクトップにいすわっている、マイクロソフトのオフィスパーソナルもどうぜ使わないからと、消してしまった。ただのスケジュール表と予定、メモ、日記のたぐいのプログラム、と思っていたのだ。

きょう自分が以前書いたエッセイの原稿を印刷しようと、ファイルをクリックしたが、開けない。これはおかしい。それにデスクトップ、妙に空所が多くなっている。
ブログ原稿を書こうとして、気がついた。ワードが消えている。そういえば、エクセルも。
バカ、バカ、バカ!!!!!!!!!!!!
なんてバカしちゃったのだ。空き容量9という数字に歓喜していたアホなわたし。

ニフティーのまかせて315、NECのプレミアムサポート、有料サーヴィスにTELしてわかった。
復元むずかしくかなり深刻、CDが残っていればなんのことはないのだが、引越しのときに、どうにかなってしまって、残っているのはどういうわけか最初のパソコン、ワード2000のCD。
今のパソコン、2007のCDどこにいったの? パソコンの引越し、立ち上げ全部してくれていた夫を責めたて、言い合いになる。

扱いがマイクロソフトとあっては、ニフテイー、NECの有料サポートのスペシャリストでもどうにもならない。有料は無料となって、新しいCD、それも2010はCDだが、2013はインターネットからダウンロードでかなり複雑とかいうシロモノ、それを購入するよう、指示されて、おしまい。

このところ足の甲の痛みひどく、外出が億劫なのに、また出かける用がふえて、グワ~ン!!

2013年6月13日 (木)

ヴェンゲーロフ

15年まえ、百年に一人のヴァイオリニストという鳴りもの入りで来日したマキシム・ヴェンゲーロフ、眉目秀麗の大写しのプロフィルにも惹かれ、いそいそとサントリーホールに出かけたのだった。
容姿は抱いていたイメージとは異なり、どこにでもいるスラブ系の若者という感じで、あれ~っ、だったが、演奏は宣伝どおり、クロイツェルの三楽章などはまさしく、ヴァイオリンが出し得る音色をこれ以上ないくらいに鳴らしつくした演奏であった。
ロシア生まれの彼、裕福な育ちではなく、暖房も十分ではない家でコートにくるまりながら、練習をしていたこともあったと聞く。

今回は『ヴェンゲーロフ・フェステイバル2013』というイヴェントを背負う、世界最高の演奏者のひとりにふさわしい復活公演、一時、肩を痛めて、再起をあやぶまれた数年を経て、あらわれた初日の彼は、一児の父ともなり、恰幅もあり、堂々の貫禄、ブラームスの協奏曲ニ長調は百年に一人のヴァイオリニストが百年に一度という音色を出したとも言える名演奏であった。

特に第一楽章のソロ部分はあまり素晴らしいので、聴衆のだれもがブラヴォーの声をこらえて、杜息をついているのが感じられた。

そして第三楽章、ハンガリア舞曲風の活気あふれるフィナーレのテーマ、はずみながら上昇するメロディを、独特のテヌートで盛り上げるこだわりの曲想に、追いかけるオケのほうはテヌートなしの平凡演奏、その対比が二度も続き、ああ、こういうところに彼がいま、指揮者も目指しているゆえんがあるのかな、と納得できた。

一年に150回ものコンサートをこなしていた二十代、健康上の挫折を経て、指揮者の道を学ぶことになったのも、選ばれた才能の持ち主に神が与えた試練なのかも知れない。
一人の飛び抜けた才能の演奏家がたどる道筋から、人間の人生というものがより深く理解できる年齢となった自分をあらためて意識したひとときでもあった。


2013年6月11日 (火)

ひとつ学んだ

前のブログ記事『葉の饗宴』の中ほどがアンダーラインつき赤字になっていたのをご記憶の読者もいらっしゃるだろうか。
あれはどういうわけかそうなってしまったもので、訂正しようにも、うまくいかなかったのだ。
きのうは外出したので、その解明に専念する時間なく、きょうになって、同じココログで『あれも観たい!これも聴きたい!』という名ブログを書いていらっしゃるkikukoさんに相談してみた。彼女は海外一人旅数十回の旅名人、オペラ、美術史に関してはプロをしのぐほどの知識の持ち主、困ったことがあるといつもHELPの叫びをあげさせていただいている。
そういうわけのわからぬ、記事の表記異常、彼女もやはり経験ありとのことで、おしえていただいたのが、これ。

前の文章の終わり一字まえに、その、おかしくなった文章を入れなおし、以前の文を削除する。つまり妙な感染場所から遮断する努力をして、編集しなおし、あらためて保存するという方法。
見事、直りました。

そして、思った。わたしたちブログ作者は、編集者や印刷担当の技まで学んで作品管理をする、スーパー作家なのではないかと。

kikukoさん、いつもながらの名回答、ありがとうございました。

2013年6月 8日 (土)

葉の饗宴

ウッドデッキのプランターに植えたハーブが元気である。バジル、タイム、ミント、マジョラム、オレガノ、イタリアンパセリ。以前の庭では、何度バジルを植えても、虫に食われて育たなかったが、虫も狭い庭には見向きもしなくなって、花工場という大量生産の大型店舗で買った苗にしては、元気に根付き、ここが居場所よ、といいたげに葉をふやしてくれる。Photo

スープや煮物、サラダ、サンドイッチ、洋ものの何をつくるにしても、ハーブが豊かにあると、こころもはずみ、料理の意欲が湧きあがってくる。

花もいいけど、美しい葉を見るのも楽しい。ギボウシという葉の植物が好きでたまらなかったが、以前の庭には植える機会がなかった。
先日、珍しい苗などを売っている、近くの園芸店に、なんとギボウシが数種出ていたのだ。早速買おうと店主のひとに呼びかけたら、彼、ギボウシの愛好者で、相談にのってくれた上、これこそという鉢も選んでくれた。

そして購入した苗はギボウシのハルシオン、えっつ?どこかで聞いた名前、ああ、友人が常用している睡眠薬の名と同じ。いったい何故?とネットで調べてみたら、ある園芸家のサイトに『静穏の騎士』と題してハルシオンが出ていた。
ハルシオンとはhalcyon英語で、穏やかなという意味がある

Photo_3

この何ともたとえようのない深い緑の大きな葉、この葉のたたずまいを眺めるだけで、たしかに、こころが鎮まる。
花々が姫なら、葉は騎士、うまく名づけたものだと思った。


2013年6月 4日 (火)

ようこそのあとで

久しぶりにお客を招いた。アメリカ人女性のCさんである。
あの刺し子日帰り旅行の帰り、電車の中で、ずいぶんいろんなことを話した。なにかを知りたいという彼女の好奇心はわたしのそれにとても似ており、なによりも英語で言えばempathy、つまり相手の気持になって思いやる心があるのがうれしかった。戦争のとき、わたしがどのようであったか、アメリカ人から訊かれたのは初めての経験で、わたしは胸が熱くなった。
代々木の家の夜空に花火のように降る爆弾、大通りを通っていたら、おそらく死体の山の中だったであろうに、裏道を通って明治神宮に避難したおかげで、助かったことなどを話した。
そうして生き残ったわたしが六十数年を過ごし、いまどんな生活をしているか見てもらいたかった。

いつも出しっぱなしにしているトースターなどもしまい、薬が山と詰まれたバスケットを整理し、この際、合い着と夏物の入れ替えをし、ランチをふるまうためのメニューをつくり、買い物をし、手順を書いたメモに目をやりつつ、料理をつくる。2人分だから簡単なはずなのに、することが山のようにあって、ちょっと大変だった。でもこういう、大変さを経験しなければ、家の中がすっきりとはならない。ときには必要なのだと、とつくづく思い、それがだんだん大儀になっている自分の高齢度を認識する機会でもあった。

ドライカレーとクミンライス、カリフラワー、パプリカ、キューリなど入った手製のピクルス、キャベツとリンゴのコールスローというランチを彼女は喜んで食し、レシピを所望した。
それで舞い上がって、デザートの杏仁豆腐を出すのを忘れてしまった。

彼女に来てもらったもう一つの目的は英語のブログ設定をおしえてもらうこと。設定の手順、用語の解釈、やはりヘルプが必要、現役教師のさすがの好リードで、あとは原稿書くばかりというところまでこぎつける。タイトルとサブタイトル、プロフィルなど、自国語の人でしかわからない文章構造があり、アドヴァイスをしてもらって、出来上がったものは読者に過分な期待を持たれそうな仕上がりで、ちょっぴり不安でもある。

日本には二年滞在したのに、日本人の家に招かれたのはこれが最初で最後と聞かされた。日本人のいまの家庭生活、狭いぎりぎりのスペースでどんな生活が可能なのか、外国人にこそ、もっと知ってもらって認識をあらたにしてもらうべきなのに、と思った。    


« 2013年5月 | トップページ | 2013年7月 »