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2013年5月 8日 (水)

イタリア映画祭寸評

ゴールデンウイーク前半は画家の友人四人の作品を見て歩く。後半はイタリア映画祭、三作品を観て、合間にブリッジトーナメント二回。

今回のイタリア映画祭、何と言っても話題の中心はマルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督の『フォンターナ広場』。上映日は、あの上映時間六時間の大傑作『輝ける青春』の感激を覚えている観客たちで、補助席も全部埋まるほどの超満員。
物語は1969年、ミラノのフォンターナ広場で実際に起きた惨劇を題材にしている。
広場にある国立農業銀行が爆破され、多数の死者と負傷者を出し、犯人を追う警察はアナキスト、ファシスト、テロリストに翻弄され、被疑者が変死、そこに国際政治の陰謀までがからまり、二転、三転、未解決のまま、イタリアの暗い時代に突入する幕開けの経路が描かれる。
登場人物が多彩で、複雑に入り組んだ物語を、ジョルダーナ監督はまるで長編小説をタイトル別の章で区切るように、テーマごとに雄弁に、重厚な扱い方で語り、二時間と言う時間をかけてゆっくりと紐解いてくれる。そこには被疑者とされたアナキストの家庭や、それを取り調べる刑事の人生もしっかりと描かれているからこそ、観客の胸を打つのである。
さすがだ。史劇の映画はこういうふうに語られなければ。一場面、一場面、緊迫感あふれ、胸を躍らせつつ、事件の深刻さをしっかりと受け止めつつ、スクリーンに見入った。
『輝ける青春』で主役を演じたルイジ・ロカーショが今回は脇役、裁判官ウーゴ・パオリッロに扮して登場、十年経つとこういうふうに顔が変わるのか、と思いながら、半信半疑でプログラムから確かめた。


『家の主たち』タイル職人兄弟が国民的歌手の邸宅の修理に出かけて起きた事件。喜劇かと思っていたのだが、最後は怒りと狂気が充満する悲劇である。最後まで観るものを惹きつける力はあるのだが、勧善懲悪でないのが後味悪く、どうしてそうなるのかも納得もいかない。上映後、招待されて挨拶に出てきた監督、Tシャツ姿の青年のような若さ、俳優でもあるのだそうで、観客の鋭い質問にちょっとタジタジの様子だった。


『赤鉛筆、青鉛筆』大好きな女優、マルゲリータ・ブイが高校の校長になって出ているのを知り、急遽、チケット手配したら、一番前の補助席、痛い首をかかえてるのに、まあ、どうしよう、と思い、振り返ったら、空席いっぱいあったが、もう場内暗くなって、みんな通路に荷物おいたりしているので、またつまづいて転びでもしたら大変と移動せず、がまんして、首をいたわりつつの鑑賞。
代理補助教員の男性、惰性で教えているみたいな高齢の教師、そしてこの女校長、三人三様のエピソードがあるのだが、なんかしっくりこない、あまりにもイタリア的であるせいなのか、期待はずれだった。でもマルゲリータさん、五十歳越えたが、相変わらず知的美貌維持していて、安堵。


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