花見どきの不調
一週間ほどまえから、首の右側に鈍痛を感じるようになった。姿勢を変えるとコキッツと骨の音がすることもある。
いよいよ転倒したことの後遺症が出てきたのか、とか、あれから泳いだとき、右側通行を守らなかったオジイサンがぶつかってきたあのときの影響だろうか、とか不安がモクモク湧いてきたので、またO整形にでかけた。
このところ二週間おきに三度ぐらい来院しているのだが、待合室の患者数が著しく減っているような気がする。
ここは心のありようも考慮するホリスティック診療なので、診察室で待たされているとき、医師が「これまでの生活態度を改めてみたほうがいい…」とか「ものごとの考え方に問題がある…」とか言っているのが聞こえてくることがある。
患者は圧倒的に高齢者ばかりだから、ああいうことを言われるとこれまでの全人生、否定されているような気がして身体の痛みに加え、心も痛んでくるのでは?と思ったりしていた。夫は「ああいう診療は好かん」と言って、もう来ないと決めてしまっている。
さて、わたしの番。転倒後の経過報告に加え、五年まえに首の痛みに悩まされたこと、別の整形でなで肩で、首が細いので、首の負担が多く、軟骨がすりへっているので、首をまわしたりしないように用心したほうがいいと言われたこと。肩こりは高校生ぐらいから始まって慢性的になっている、など、話したら、医師は笑いを浮かべ、「プレゼントをもらったと思ったほうがいいですよ」と言った。
つまり大事なことに気づかせてもらったのだというのである。「あなたは高校生ぐらいからこうあるべき、ということに強くこだわって生きてきた、それがこういう痛みになってでてきている…」と言いながら、両手を握られ、指の動きや反応などを確かめる検査を。その手つき、技術の確かさ、あざやかさに、ううむ、と気持が素直になっていた。ほんと、言われてみれば、こうすべき、ということにこだわりすぎる生活をしてきたように思う。スポーツなんか大嫌いなのに、スポーツクラブに通ったりして…
レントゲンとったら、首の写真はきれいなのだそうで、椎間板もいくぶん狭くなったりしているが、異常は見られない、いろいろ気にせず、泳ぎにいくのが面倒なら、散歩にきりかえるとかして、どうにかなるさ、くらい気を楽に、ぐで~っと、してもいいのでは、と言われ、わたしはなんだかうれしくなっていた。
そのあとのリハビリも電気の振動を与えられたあと、首のあたりをとても気持よくマッサージしてもらい、ストレッチポールでからだを伸ばすことしばし。
気に入ってので、四日後にも予約を入れた。
五日後のいま、鈍痛はまだ日に一度ぐらい感じることがあるが、一番気にしていた骨の音はしなくなっている。
医者との相性ということをよく言われるが、わたしにはあの医師との相性、悪くはないのである。
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なかなか考えさせられる記事でした。
思い当たることも・・・。
<心のありようも考慮するホリスティック診療・・・>は
初めて聞きましたが、まずは心からというのがいいですね~。
こちらでは聞きませんが、まだあまり一般的な診療ではない
でしょう?
「病」と「気」は表裏の関係かもしれませんね。
投稿: ちゃぐまま | 2013年4月13日 (土) 02時03分
ちゃぐままさん
患者は圧倒的に女性が多いです。女性は出産を経験しているひとも多いですから、男性より、骨や筋肉、衰えがひどいこともあるのかも知れません。その痛みや不具合をあまり気にしすぎて、精神を病むより、身体の声をきき、気持を合わせてみる、というのが医師の言い分らしいのですが、その言い方が、ひとりよがりで、こうだ、と決めてかかっているような説教口調なので、ちょっと問題だな、と思うこともあります。
医師との相性は本当にむずかしいです。
投稿: cannella | 2013年4月13日 (土) 22時24分