ある自己表現
寒の戻りのような寒い日曜の夕方、重い足取りで出かけた声楽のリサイタル。
目的地の東京オペラシティは副都心線利用で行きやすくなったのではないかと、それだけは期待していたのだが、新宿三丁目から、都営地下鉄への乗り換えの歩く距離があきれるくらい長い。リサイタルホールもわかりにくい場所で、始まるまえから疲れを感じてしまう。
イタリアへ行くようになってから知り合った声楽家の彼女、股関節の手術を三度したということは聞きながら、ここ数年会う機会がなかった。
病んでいるあいだもずっと歌いたいという焦燥感があったとプログラムにも書かれていたが、あらわれたご本人は数年まえ以上に若返った溌剌たる容姿でとても六十代には見えない。
どちらかというと繊細な響きの声質、達者な伴奏者の勢いに負けそうになりがち、ゲストのテノールの大音響に押されがち、か、と思われたが、ずっと歌いたかったという切々たる思いのあふれた、感情表現の豊かさが抑圧されることを見事にはねのけていた。
とりわけ後半の日本歌曲は聴きほれる魅力にあふれていた。
小林秀雄作曲の三曲、美しい旋律に驚きながら、文芸評論の大家と同姓同名の作曲家が存在するのを知らなかったので、新鮮な楽しさを味わう。
アンコールの『落葉松』、身体を整える苦しさを味わった彼女だからこそ、表現できる感情の起伏が滾々とあふれていて、涙が出そうになる。
高齢にさしかかるときだからこそ、表現できるものがある。それは、声という身体から発せられる音楽だからこそ、より伝わってくる生の情感、声質を越えた、目に見えぬなにか、それにわたしは圧倒された。
生きる元気をもらえたような、リサイタル、来てよかったと思った。
帰りはもう地下鉄に乗る気がせず、バスで渋谷に。
そのバスがなんと神山町まわりで、東急本店にはちょうど送迎のミニバスがとまっていたので、乗り換える。
東横線の入り口までが近く、歩く距離を短縮できたのであった。
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