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2013年4月に作成された記事

2013年4月30日 (火)

『あまちゃん』絶好調

海女さんの話と聞いて、今回の朝ドラ、パスしようかと思っていた。しかも若者に大層人気の脚本家、だと聞き、先回のドラマも若いひとたちがヒイキの人気作家の作品で最後まで失望感に終わってしまった記憶も抜けておらず、もうイヤと思ってしまっていた。

それなのに、どうだろう。二度目か三度目をちらとのぞいただけでトリコになってしまったのだ。

テンポがいい。宮本信子の祖母役、絶妙、個性派の脇役ぞろい。ととのった美人より個性的な顔が好きなので、片桐はいり、がいるだけでうれしい。海女さんたちのもぐりのシーンも実に魅力的、目が釘付けである。
とりわけ興味は宮本信子ときょんきょんこと小泉今日子の母娘関係。我が家に起きた情景を彷彿とさせる。あの時代の娘の世代はまさにこの作者の世代、だからか。
ふてくされ、投げやり、無気力といった娘たちの状態をこれほどまでに良く描いているとは。娘も聖子チャンカットをしていて、ドライヤー使いも超巧みだった。
小泉今日子はメイクしたらまだまだ美しいのに、すっぴんっぽく、しかもアッパッパー的コスチューム。投げやりぶりが際立つ。

宮藤官九郎、通称クドカン、宮の字を官と読み違えてカンドウカンクロウ、なんだか左官屋さんみたいな名前と思っていたが、俳優、脚本家、作詞家、演出家、映画監督、ミュージシャンとすさまじいくらいのマルチだそうで。
なんでも小学生時代から朝ドラをみていて、遅刻しそうになったとか。おばあちゃんに可愛がられるタイプとか。
なるほど、だからなのだ。頼もしい。高齢者をこれほど楽しませる若い作家がいてくれることがわかっただけでも生きる張り合いが出るというものだ。

しかも、しかも、である。行天クン、マジメミツヤ君、あの松田龍平がかなりの長ぜりふで出演という、うれしいニュース、タイトルの出演者の文字を毎回しっかりチェック、楽しみにしている。

2013年4月26日 (金)

二転三転

「あれ~っ、こんなステキなホテルもあったんだ!」
念のためにとマッジョーレ湖、ペスカトーレ島のサイトをひらいて宿泊場所を検索しているときに、これこそ、泊りたいホテルというのを見つけてしまった。
ウエディングのレセプションなども開かれる規模のホテルなのに、豪華絢爛というのではなく、ゆったりとくつろげるおしゃれなインテリアの室内、レストランの料理の味も定評があるようだし、何よりも目を引いたのはホテルが専用の送迎ボートを所有していて、20分ごとに無料の送迎をするというサービス。
すでに予約していたホテルは、実はB&Bのような規模のプチホテルとわかり、ヴィラ・トスカニーニという名前に目がくらんでいた自分に、思い込みがはげしい性分がまた出てしまっていたのだと笑いたくなってしまった。
まだ間に合ってよかった、あと一室という予約を、Bookinng.comを通して済ませ、キャンセルの方は電話で依頼、メールの確認をもらう。

音楽祭の事務局窓口の女性とメールをやり取りするうちに懇意になり、この事を話したら、多数の演奏家が宿泊するストレーザのホテルを紹介するから連泊したら、とすすめてくれる。と、いうのもわたしの最後のステイの日、ヴィスコンティ家の居城だったところでコンサートがあるのだが、それが30キロほど離れたところであるので、その日は島ではなく本土にいたほうがいい、という配慮からであった。
四つ星なのに二食つきで175ユーロ、それも経験したくなって、結局、島のホテル四泊、そのストレーザの四つ星三泊に決定。

英語のメールのやりとりは双方母国語ではないので、どれほど言いたいことを整理して伝えられるかの能力が、あらわになる。この窓口の女性は実に誠意があり、適確な判断ができるひとで、この出会いひとつで、今回の旅の行く手に光が射してきたのであった。


2013年4月23日 (火)

ある自己表現

寒の戻りのような寒い日曜の夕方、重い足取りで出かけた声楽のリサイタル。
目的地の東京オペラシティは副都心線利用で行きやすくなったのではないかと、それだけは期待していたのだが、新宿三丁目から、都営地下鉄への乗り換えの歩く距離があきれるくらい長い。リサイタルホールもわかりにくい場所で、始まるまえから疲れを感じてしまう。
イタリアへ行くようになってから知り合った声楽家の彼女、股関節の手術を三度したということは聞きながら、ここ数年会う機会がなかった。
病んでいるあいだもずっと歌いたいという焦燥感があったとプログラムにも書かれていたが、あらわれたご本人は数年まえ以上に若返った溌剌たる容姿でとても六十代には見えない。
どちらかというと繊細な響きの声質、達者な伴奏者の勢いに負けそうになりがち、ゲストのテノールの大音響に押されがち、か、と思われたが、ずっと歌いたかったという切々たる思いのあふれた、感情表現の豊かさが抑圧されることを見事にはねのけていた。
とりわけ後半の日本歌曲は聴きほれる魅力にあふれていた。
小林秀雄作曲の三曲、美しい旋律に驚きながら、文芸評論の大家と同姓同名の作曲家が存在するのを知らなかったので、新鮮な楽しさを味わう。
アンコールの『落葉松』、身体を整える苦しさを味わった彼女だからこそ、表現できる感情の起伏が滾々とあふれていて、涙が出そうになる。

高齢にさしかかるときだからこそ、表現できるものがある。それは、声という身体から発せられる音楽だからこそ、より伝わってくる生の情感、声質を越えた、目に見えぬなにか、それにわたしは圧倒された。
生きる元気をもらえたような、リサイタル、来てよかったと思った。

帰りはもう地下鉄に乗る気がせず、バスで渋谷に。
そのバスがなんと神山町まわりで、東急本店にはちょうど送迎のミニバスがとまっていたので、乗り換える。
東横線の入り口までが近く、歩く距離を短縮できたのであった。


2013年4月18日 (木)

『舟を編む』を観た日

ブログのおかげで知り合った、娘世代の若いお友だち、Nさんと一緒に、朝一番の『舟を編む』を観た。渋谷シネパレスという映画館、西武デパートとロフトのあいだを、入ったすぐのビル七階、こじんまりとした居心地の良さ。
二時間余の大作、冒頭から目を惹き付けられたまま、雑念の入るすきまもなく集中。
加藤剛、八千草薫、渡辺美佐子、わたしより年上の高齢者がまだまだ現役ぶりをみせてくれ、励まされる。セットだという、主人公たちの住まい、まことによくできていてレトロ感十分、なつかしく、脇役で出てくるネコが我が家のチャイそっくりの毛並み、堂々たる存在感、出版社はおそらく三省堂がモデルだと思われるが、その建物の古さ、どれもがしみじみ、と心に染み入る。

松田龍平、実にいい。『まほろ…』の行天くんからすっかりフアンになってしまったが、この本の虫みたいな編集者、無表情ぶりがなんとも言えず、一途、真摯という言葉の当てはまる適役、原作者が最高、最高、最高!!と叫んでいたが、同感であった。

ランチを代官山Tサイト近くですることにして、ミニバスに乗る。
イタリアンを食べながら、話題はつきなかったが、二ヶ月前ぐらい初対面のときに何を話したか、記憶がおぼろげ、最近、急に多くのひとと知り会ったので、インプットされたものが、整理されておらず、バアサンぶりが露見していそう。
この日はまた初夏のような気温で、冷や汗ならぬほんとの汗も吹き出たのであった。

さて、三度目のTサイト。二人でゆっくり本を見てまわって、気づいた。辞書づくりの映画を見たので、イタリア語の語学の本や、日本語の辞書類なども見たかったのだが、この広大な蔦屋書店に語学コーナー、辞書類はなかったのである。
ちょっとがっかりですね、と顔を見合わせたのであった。


2013年4月16日 (火)

庭の木の花たち

モッコウバラが二年目にしてようやく開花した。自室正面に花一杯の図を想定して植えたものだが、実際の花つきは陽射しをあびる率の多い左右だけ、正面に蕾をつけているのはわずか二箇所。018

こうなったらいいなあ、ということがその通りになるのは人生でも確率的に少ないが、自然現象でもそうなるのだな、と思ったりした。
あと、いま咲いている庭の木の花は、トキワマンサク、そして花ミズキ。017


019


これまで三軒の家が建っていた、三百四十坪の敷地に、11軒も建った三十坪の家家のすきまからもらう陽射しで、育っている花の木たちがけなげである。

2013年4月12日 (金)

おすすめではなく

『家族X』という映画はPFFスカラシップによる商業でビュー作品、外国の映画祭にも参加している、若手監督の話題作品である。

南果歩演ずる四十代半ばの主婦が家事をする様子をカメラが延々と追う。洗濯物を叩いて伸ばし、干す。食事のあとのテーブルをととのえ、ランチョンマットを一分の狂いもなく向い合わせにおく。そして食器洗い、ゴミ捨て、食材の買い出し、せりふはほとんどなく、家事労働をこなしていく映像がひたすら続く。夫も成人した息子も団欒を避けている。どんなに立派にやりとげても賞賛も慰労もなしの孤独な奉仕作業のように映し出される。そしてやがてそれを放棄したときの家庭がどのように荒廃状態になるかも容赦なくさらけ出される。

わたしは五十年以上も家事をしてきて、家族といつもよい関係ばかりだったとは言いがたいが、それでも生きるためにしなければならないことをようやく把握できたという、到達感を得ている。ひとに評価されることだけが喜びではない。自分が一度だけ与えられたこの人生をよりよく生きるために家事を極めることは生きがいにも成りうる。

生きていくためには食べなくてはならない。いまの時代、自分でつくらなくても、調理されたものをどこでもた易く手に入れられる。けれども自分が食べたいという味にこだわって満足いく料理をすることができるようになれば、その喜びがたとえ自分ひとりのものであっても、達成感は大きい。しかし食材を選び、余った食材をまた無駄にしないように管理し、冷蔵庫の中を常に清潔になにがどこにあるかを把握し、無駄なく消費できるようにするのは容易ではない。マメの煮方ひとつにでも、マメだけをやわらかく煮てから味付けするやり方と、煮汁を容易し、そこに長くつけておく方法と、どちらがどういう仕上がりになるか、試してみて、自分の味を決めるという過程をたどるには手間もひまもかかる。どうしても自分で料理するのがつらいとき、外食や、出来合いのものを買うことになっても、その場合、どこの何を食するか、上手な選択ができるようになるのも、またよりよく生きるための知恵である。

男性側からの視点で、ネガティブ一色という感じの主婦業が映し出されるのは、ただやりきれない感じがつきまとい、感銘するとか、共感するとかいうことからはほど遠く、なにか冷え冷えとしたものだけが心に残った。

2013年4月 9日 (火)

おすすめヴィデオ

代官山の蔦屋書店に出かけた。目的は書籍でなく、ヴィデオのレンタル。
窓の大きい、明るい二階の店舗。但し、作品の陳列に工夫が見られず、探しにくい。あらかじめ借りたい作品の題名がわかっている場合は苦労しないが、なにか面白いものを探そうとしても、国別や監督、主演俳優別という並べ方ではなく、ジャンル別なのがネック。せっかくのニューデザインなのに、陳列、品揃えに新鮮味なく、渋谷店に負けていると思った。

A子さん推薦の『あるスキャンダルの覚え書き』をまずゲット、そのあと、結局うろうろ探してドキュメンタリーの『アルマーニ』ロマン・ポランスキーの『おとなのけんか』それだけにしておこうかと思ったら、もう千円越してますよ、四作にすれば、ちょうど千円にします、なんて言われて、追加したのが日本映画の『家族X』

『アルマーニ』は数年まえに一度テレビで放映された。そのときの彼の最後のモノローグが忘れがたかった。「富や名声は目的ではない。仕事の成功でついてきたものだ。成功を勝ち得て、陥るのは孤独。自分が忙しいと人は思っていて、パーソナルなコンタクトをしてこない。自分も日常性から遠くなる。たとえば、領収書、支払いなど全て人任せ…」このイタリア語を今回しっかり聴いておきたかった。

出色だったのがポランスキーの『おとなのけんか』トニー賞やオリヴィエ賞獲得の戯曲の映画化だけあって、せりふの応酬がすさまじい。冒頭、遠目のパーク、子供たちが争っていて、棒をふりまわした子供とそれを当てられたらしい情景がはるか向こうにくりひろげられたあと、いきなりの室内、二組の夫婦のよそよそしい会話が始まる。子供の歯を二本も折られた被害者の両親が、加害者の子供の両親を自宅に招いて、友好的に事後処理をしようとしていうもの。被害者の母ジョディ・フォスター、加害者の母、ケイト・ウインスレット。これが日本だったら、このたびは息子がとんだことをいたしまして、とかなんとか始まるのに、四人の会話は尖りきった神経が目に見えるほどなのに、まどろっこしく、言いたいことを抑えに抑えた、おとなの会話に終始するかと見え、ついに…
タイプの異なる名女優の演技が火花をちらす。

かつてアメリカ生活をすることになったとき、言われたことを思い出した。なんでも裁判沙汰になる国だから、なにか事件が起きたときはたとえ自分に非があろうとも、決して安易にsorry と言ってはならぬ、と。

さすがポランスキー、こういうケースのアメリカ人をこれ以上ないほどの好配役で小気味良く描ききっている。八十歳近い彼、衰えるどころか、いぶし銀の輝きがまぶしいほどの活躍ぶりである。(続く)

2013年4月 7日 (日)

今日をありがとう

悪天候の土曜日、外出は極力控えるようにと、天気予報で言われていたのに、わたしたち夫婦は夕方から横浜みなとみらいホールへ出かけた。孫娘のオーケストラ部レギュラーコンサート、高三になった彼女から、引退記念なので、ぜひ、来てね、と招待券をもらってあったからだ。
正直、気が重かった。夫はクラシック嫌いだし、杖が必需品となった昨今、歩く速度もゆっくりになって、合わせるのに気を使う。しかもあの雨、杖と傘の両方を持つという負担が加わる。案の定、わたしのほうがついつい早足になるのをおさえつつ、介助しつつ、雨も風もそれほど強くなかった四時過ぎ、完全武装して特急に乗り、幸いすぐに席をゆずられ、あとは濡れずに、なが~いエスカレーターに次ぐエスカレーターのぼりきって、なんとかホールに到着。

こんな天気だからさぞ、観客は少ないだろうと予想していたのに、およそ八分の入り、五時半からのロビーコンサートはもう始まろうとしていた。
小オーケストラ編成かと想像していたら、思いがけず各パートごとの演奏で、孫娘のトロンボーン組が最初に登場。しかも彼女がリーダーで、まとめ役をしつつ、ソロで締めくくる。
すぐ後ろに、いつのまにか娘と孫息子が来ていて、本番の『カルメン』でも三分のソロ演奏やるってよ、と耳元でささやく。

外山雄三作曲『管弦楽のためのラプソディー』続いて『ジョンウイリアムズメドレー』、そして第一部最後の『カルメン組曲~抜粋~』
席が一階の前のほうだったので、せっかくのソロも姿が見えない、と残念に思ったいたら、なんと、エスカリーミヨのアリアのところで孫娘が舞台正面に出てきてソロを吹き始めた。バリトンが歌うこのソロ曲。人の声に一番近いとされているトロンボーンのソロにするという指導者側の選択に感嘆しつつ、落ち着いて、良く響く美しい音色をだしきった孫娘に、中学入学後に始めたこの楽器をここまでこなせるようになった努力と完成度を称え、惜しみない拍手を贈った。

ソリスト紹介の記事に、いばら(音楽)の道を志しているようです。エールをこめて。と書いてあった。もしこの決断がほんとなら、じぃじもばぁばもカヤノソトである。
だが、きょうの成果を評価し、これまでどおり、どんなことがあっても、どんなときでも、ばぁばはあなたの味方だからね、と言うのを忘れないようにしたいと思った。


2013年4月 4日 (木)

花見どきの不調

一週間ほどまえから、首の右側に鈍痛を感じるようになった。姿勢を変えるとコキッツと骨の音がすることもある。
いよいよ転倒したことの後遺症が出てきたのか、とか、あれから泳いだとき、右側通行を守らなかったオジイサンがぶつかってきたあのときの影響だろうか、とか不安がモクモク湧いてきたので、またO整形にでかけた。

このところ二週間おきに三度ぐらい来院しているのだが、待合室の患者数が著しく減っているような気がする。

ここは心のありようも考慮するホリスティック診療なので、診察室で待たされているとき、医師が「これまでの生活態度を改めてみたほうがいい…」とか「ものごとの考え方に問題がある…」とか言っているのが聞こえてくることがある。
患者は圧倒的に高齢者ばかりだから、ああいうことを言われるとこれまでの全人生、否定されているような気がして身体の痛みに加え、心も痛んでくるのでは?と思ったりしていた。夫は「ああいう診療は好かん」と言って、もう来ないと決めてしまっている。

さて、わたしの番。転倒後の経過報告に加え、五年まえに首の痛みに悩まされたこと、別の整形でなで肩で、首が細いので、首の負担が多く、軟骨がすりへっているので、首をまわしたりしないように用心したほうがいいと言われたこと。肩こりは高校生ぐらいから始まって慢性的になっている、など、話したら、医師は笑いを浮かべ、「プレゼントをもらったと思ったほうがいいですよ」と言った。
つまり大事なことに気づかせてもらったのだというのである。「あなたは高校生ぐらいからこうあるべき、ということに強くこだわって生きてきた、それがこういう痛みになってでてきている…」と言いながら、両手を握られ、指の動きや反応などを確かめる検査を。その手つき、技術の確かさ、あざやかさに、ううむ、と気持が素直になっていた。ほんと、言われてみれば、こうすべき、ということにこだわりすぎる生活をしてきたように思う。スポーツなんか大嫌いなのに、スポーツクラブに通ったりして…
レントゲンとったら、首の写真はきれいなのだそうで、椎間板もいくぶん狭くなったりしているが、異常は見られない、いろいろ気にせず、泳ぎにいくのが面倒なら、散歩にきりかえるとかして、どうにかなるさ、くらい気を楽に、ぐで~っと、してもいいのでは、と言われ、わたしはなんだかうれしくなっていた。
そのあとのリハビリも電気の振動を与えられたあと、首のあたりをとても気持よくマッサージしてもらい、ストレッチポールでからだを伸ばすことしばし。
気に入ってので、四日後にも予約を入れた。

五日後のいま、鈍痛はまだ日に一度ぐらい感じることがあるが、一番気にしていた骨の音はしなくなっている。
医者との相性ということをよく言われるが、わたしにはあの医師との相性、悪くはないのである。

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