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2013年3月に作成された記事

2013年3月31日 (日)

『マリーゴールドホテルで会いましょう』

見たいと思っていたのに、見逃しかけていた映画、あと一日で終わってしまうという早朝一回だけ上映の場所、やっと見つけて、十時始まりの有楽町のシャンテシネに駆けつける。
『マリーゴールドホテルで会いましょう』主な出演者全員六十代以上のシニア映画である。

主演の二人、ジュディ・ディンチ、マギー・スミス共に、79歳。英国を代表するこの二大女優、シワ、シミ、タルミ、容姿の衰えなんぞなんのその、人生で起る全て、経験してるわよ、と言わんばかりの自信にあふれた目ぢからが圧倒する存在感。

なんらかの事情を抱えてインドにやってきた男女7人、インドに到着するまでのそれぞれのエピソード紹介の導入部がテンポよく、ユーモアもあふれていて、申し分ない。この部分だけでも、すぐにも繰り返し見たいと思ったほど。

ジュデイ演じるイヴリンは夫が他界したあとで、多額の借金を知り、自宅を手放して、わずかな費用ですむインドのホテル住まいを決める。そのホテルはとんでもないボロホテルで、異文化や気候にも圧倒されるが、負けていない。自分のできることでチャレンジしようと、仕事につく。
インド綿のチュニックにスカーフを巻くファッションが似合って、凛とした姿、魅力的だ。

マギー演じるミュリエルは対照的、独身でかたくな、しゃれっ気まったくなしの高齢女性、本国では股関節の手術担当医師に注文をつけ、黒いひとはいや、イギリス人にして、などと、人種偏見丸出し、結局、半年も待たされると知って、インド行きを決意。孤独なオールドミスがインド人の人情あふれるもてなしを受けるうちに、偏屈な態度を改めていく、その過程の演技にも魅せられる。

イヴリンはブログを書いていて、それが語りとして使われている。
「過去にとらわれてはいけない…積み重なっていく今が心を満たしてくれる」というせりふはわたし自身の今と重なってこころにひびく。

旅で起るネガティブな事件満載の映画、それに打ち勝っていく主人公たち、そのチャレンジはまた、旅の醍醐味でもあることをわからせてくれる。

大画面で見る映画、やっぱりいいな、と思った。これからも見たいと思う映画を見逃さず、映画館に足を運ばなければ。

この映画から八月の旅への、励ましと勇気をもらうことができた。


2013年3月27日 (水)

ラストスパート

さて、お花見週間ラストの行事はホテルニューオータニのガーデンタワー40階、Bella Vistaでのランチ、Pranzo del Fiore(お花見昼食)Y子さん、T子さんと三人で、これをもう二ヶ月まえから決めていたのに、開花が一週間以上も早まり、予約を早めるには三人の都合がつかず、どうする、キャンセルする?いや、散りぎわのサクラもまた格別というから、行きましょ、とそのままにして、きょうとなったのだった。

晴れ女三人のはずなのに、あいにくの花冷え天気、しとしと降る雨に濡れたサクラ、それでもまだしっかり花つきはよく、雨にけぶる風情もまた一段とおもむきがある、ことにしておく。
40階からの眺め、これで晴れていればさぞ、と思ったが、次々出される料理の素晴らしさ、サヨリ、ヤリイカ、ツブ貝などとうす緑の春野菜チコリ、白アスパラなど、マリネした魚、の取り合わせ、やさしくとびきりおいしい前菜、三種のパン、そしてブロッコリーのグリーンで合えたスパゲティにアサリの付け合せ、生トマトでつくったソースがそえてあり、次がシラウオのメイン、むしてから焼いたという臭みのまったくない香ばしい一皿、デザートがまた目を見張る春色、イチゴ、サクラゼリー、パンナコッタ、どれも、本当に満足の味で雨などどうでもいい、来た甲斐あったと話もはずむ。
ここのこの料理と決定したY子さん、こういう満足度を見抜く嗅覚の鋭さに、いつもながら、感嘆する。

庭を散歩するころには雨がやんでいた。ゆっくり日本庭園の美を堪能し、あとは四谷駅まで土手を歩いて、名残のサクラをめでる。
こういうあとの夕食って何食べる?の話になり、もうおにぎりくらいでいいんじゃない、というT 子さんの決めぜりふがインプットされた。

二人と別れて、伊勢丹に行く。お見舞い品の贈り物を調達したあと、夕食にするものをいろいろ選ぼうとしたが、単純であっさりしたものがない。人間はこんなにも食べるものに凝らなければならないのか、と首をかしげたくなるくらい、いやになるほど創意を凝らした弁当や惣菜のたぐいがずらり、まったく食欲なく、結局、魚沼クラブと言うおにぎりやで、高菜の葉でくるんだ葉ぐるみむすび、とサケむすび買う。夫にTELしたら、レトルトのハヤシ食べるというので、買い物はそれだけ。
伊勢丹、期待したわりに買いたいものなし。東横のれん街のほうがずっと好ましいヴァライエティがある。
渋谷がほんと、行きにくい場所になってしまって、残念、とまた溜息が出たのであった。


2013年3月24日 (日)

花めぐり

トリノのメガネはロッキングチェアのクッション下から出てきた。

心も軽くなったその日、ポカポカ陽気で風もなく、絶好の花見日より。
我が家のウッドデッキもゼラニウム、ビオラ、ヒヤシンスやムスカリ、プリムラなどが花盛り、ローズマリーまで薄紫の花をつけている。Photo_3

水やりをすませてから、目黒川沿いのサクラを見に。

中目黒に住んでいるNさんを呼び出す。彼女、花粉症がひどいのに、地元を知ってほしいと、案内役をつとめてくれた。
ウイークデイなのにかなりの人出、テレビの人気ドラマ『最高の離婚』の舞台だった場所のせいか、若いひとが多く、花以外の場所の写真も撮っている。カフェやレストランは、自由が丘の遊歩道みたいに、店頭に料理を並べて、呼び込みをしている。外国人も多いので、神田川とは異なる雰囲気。Photo_4

サクラは花弁の色も形も勢いがあって、まさに盛り。通り抜けてしまうのが惜しいくらいだったが、案内役のNさん、もっと見せたいところがあると言いながら、川を離れて西郷山公園を抜け、山手通りへ。

着いたところは一年まえにできたという代官山蔦屋書店。広いガーデン内には書店のほかにカフェやレストランもあり、書店は映画DVD, 音楽のCD,そして書籍の膨大な品揃え、視聴も、立ち読みならぬ座り読みもできるコーナーが完備している、ぜひまた再訪したいと思わずにはいられない驚きの場所だった。

お茶をのむ店を選びに選んで、結局駅まえのカフェに落ち着いたが、一駅分たっぷり歩いたわりには、疲れもなくおしゃべりに興じた。

2013年3月22日 (金)

されどメガネ

メガネが二つ見当たらない。パルマで買ったグリーンのと、トリノで買った黒のと。
パルマのはなくなって三日目、トリノのは今朝までかけていたのに。
メガネフレームは海外での購入が多い。デザインよく、値段も安価なので。

視力が弱っているのが気になり、二月にパソコン用と遠近と両方のメガネを新しくした。外出用遠近に、そのトリノの、を、レンズだけ替えればいいかと思ったのに、幅がせまいので、完璧なレンズが入れられない、つまり、遠近はOKでも、読む機能が十分にならないというので、仕方なく、少しおしゃれなのにしたいし、奮発して新しいのを買ったら、総計、かなりの出費になった。高齢者用のレンズが高価なのにあらためてショック。
古いメガネは捨てればいいのに、どれも愛着があって捨てられない。メガネ店はケースだけはサービスです、とか言って、気軽にくれるので、色とりどりのケースばかり山積みになっている。それも片づけなければ。

なにげなくひょっと置いた場所を忘れてしまうのだ。夫にあきれられるだろうとは思ったが、話したら、オレもいまサングラスがないんだ。どっかに忘れてきたのかもしれないな、としょんぼりしている。
おき忘れたり、くずかごに落ちてるのを知らないで捨てちゃってることもありうるからね、と言ったら、大きくうなずいていた。同病相哀れむである。

こんなことで海外一人旅なんか大丈夫なのだろうか、と最後の不安はそこに行き着く。でももう二十回近く、トラブルなしで出かけているのだ。弱気になってはいけない、それにもしなにか起きても、そのときはそのとき、対処できる。いままでもそうだった。自分で自分を励ます。

メガネのあり場所、ここが怪しいというところが一箇所ある。デスクの下のやりかけの縫いもの入れの大袋。そこにすべり落ちているかも知れない。てっぺんにはなかったが、そうだ、もしかしたら、底まで落ち込んでいたのかも、しっかり探ってみたら、あった!!
パルマのが出てきた。
あとはトリノのを、家の中にあるのは確かなのだから、見つけなければ。

2013年3月18日 (月)

現場検証アゲイン

転んだあと、肩の痛みも軽くなり、擦過傷もカサブタになってきたので、三日後、買い物に出かけた。ついでにどうしても検分しておきたい場所を通った。ちょうど可燃ゴミ回収日、あの場所のネットがどうなっているか、それを見ておきたかったのだ。

最近、付近にカラスがいなくなっている。もうネットなど、必要ないのではないかと思うぐらいだ。現に、我が家のまえも収集所だが、ネットは使っていない。所属している町会によるのかもしれないが、ネットを使用しなくても不都合を感じたことはない。
我が家から通りひとつ隔てたあの場所一帯を、ゴミ収集後、ネットがどのように扱われているかも、ついでに見てまわった。四箇所ぐらい、どこも電信柱の釘にぶらさがっていたり、低い塀にかけてあったり、駐車場のすみにたたんであったり、配慮がゆきとどいているところばかりだ。それなのに、あの場所、思ったとおり、あのときと同じ、生垣のそば、歩行者が通る範囲内なのに、丸めて放ってあった。これは、もぉ~っつ、黙っていられない。

その家のベルを押す。女性の声が応えた。「ご近所の者ですけど」と言うと、やがて、ドアが開き、わたしと同年輩か、と思われる、厳しい表情の高齢者があらわれた。
わたしは手のひらと顔の傷を指差し、転んだ事を話した。「また同じようにつまづくひとが出るかもしれないので、せめて隅のほうに片寄せていただけませんか」と声の調子をおさえて頼んでみた。
そのひとは激しい調子で「あれは町会が決めてやったことで、うちは関係ないです。町会の当番はまえのお宅で、うちのせいじゃないですから」
「でもゴミの収集場所はお宅の前ですよね。お宅もゴミは出されるのでしょう。一般にはその家のひとが気配りされているようですけれど」
「ともかくうちは関係ないですから」ドアが閉まった。

夫に話すと、彼は目をむいて吐息をついた。「執念ぶかいんだなあ~。そういう相手に何を言ってもむなしいだけだよ」

それから二日経ってまた買い物に出たとき、もう一度あの場所を通った。あいかわらずネットはたたんでなかったけれど、生垣の下、脇の方に片寄せてあった。

事故―警告―反省―検証―もう一つの警告―安堵という経過のできごとであった。

2013年3月14日 (木)

受難・警告

八月のイタリア旅行に必要な予約が全て終わり、あとはコンサートのチケットを五月発売時にゲットするのみとなって、一息つき、背中にたまった疲れをとるべく、整骨院に出かけた。

夫が娘のところに留守番に行く日なので、夜は一人ごはん、マッサージと、電気もかけてもらって、7時近く、うすぐらい住宅の生垣にそってスタスタ歩いていたら、得たいの知れない障害物に足をとられ、バタ~ンと前のめりに。どこにもつかまりどころのない宙を掴む感じのふいの災難、頭の中だけはすばやく動いて、これは大変なことになったと自覚している。右手のひらの擦過傷の痛みと顔の右下部分にも同じような痛み、そろそろと起き上がったら、幸いにも歩けそうなので、一歩踏み出す。
一体何につまずいたのかと振り返ると暗がりになにやら布の袋のようなものが。ともかくあと二、三分の自宅まで帰らねば、と、身体全体に起りうる痛みを全身で感知しようと緊張しながら、ゆっくりと歩を進める。
怪我したところはどんなか、自宅に入ってまず、鏡を見たら、顔はほとんどわからないぐらいのスリ傷、手のひらがひどい。でもなぜかはっきり見えないのでおや、と思い、気づいた。メガネがない。
転んだとき、はずれて飛んだのだろう。メガネなんてどうでもいい、とあきらめるのには惜しいシロモノ。アムステルダムで買った逸品ものなのだ。心配だった足も手も、骨折や捻挫ほどの痛みは感じない。決心してペンライトを片手にもう一度現場検証に行く。

メガネはひん曲がって転がっていた。わたしをつまづかせた障害物はなんと、カラスよけのネット、たたみもしないで、丸まったまま、放ってあったのだった。
夫は戻ってから、良く無事だったね、とねぎらってくれた。
あのネットが悔しいわ。抗議してこようかしら、と言うと、
警告だと思ったほうがいいよ。だれかのせいにすると、警告じゃなくなっちゃう。

翌日左肩が痛み出したので、O整形に行く。レントゲンでは異常なしだったが、ふいの衝撃がどれほど老いの身体をいためるのかが、わかり始める。
数日、数ヶ月たって何か出てくることもあるので、ここ四、五日は静養するほうがいい、と言われ、外出予定変更して、おとなしくしている。

2013年3月13日 (水)

渋谷の変貌

六ヶ月続いたリンガビーバ校でのイタリア語授業最後の日、渋谷の東横線からJRへの乗り換え出口で、相互直通運転開始のためのご利用ハンドブックが配られていた。
ハンドブックの中身は買い物や行楽にどれほど便利になるかという項目ばかりで、JRのどこかの駅そのものに着くための便利は記されていない。それが一番不便になるからである。

3月16日から相互直通運転が開始されると、渋谷からJRへの乗り換えは地下五階のヒカリエ改札から出て二階のJRまで行かなければならず、現在より五分以上も長くかかることになる。いくらエスカレーターで行けるといっても、より急ぐひとが右側をズシンズシンとのぼったりするから、さぞやわずらわしいことだろう、と想像できる。

横浜駅も東横線のホームが地下になってから、エスカレーター、エスカレーター続きでとてもややこしく、面倒になった。あの地上のホームにとまって、階段を降りるだけの簡単だったころが、なつかしく思えたりするくらいだ。

高齢者仲間はみな、ヒカリエなんてキライと言う。副都心線なんて利用しないから、JR乗換えは今度から目黒か恵比寿からにするわ、と決めてしまっているひとも多い。

こういう不便をものともせず、イタリア語を続けるほどの魅力が、リンガビーバにはない。授業は二時間授業、たっぷりではあるが、教え方はマンネリ化していて、生徒になにが必要かということを本当に考えてくれている教授法ではなかった。それに朝、十時ごろの時間帯はけっこう通勤客が多く、優先席は若いひとが占領していて、みなスマホに夢中だったり、居眠りをしていたりする。
朝のこの時間、渋谷経由で出かけるのが億劫に感じるようになってきていた。

渋谷のあまりうれしくない変貌とともに、こうであってほしいということにこだわる自分の頑迷さと、そしてこれまでの日課が減少することのすべてが一体と成って、こうやって年とっていくのだな、ということがずしんとひびく実感になった。


2013年3月 9日 (土)

にわか計画

一人旅名人のU子さんからこの夏エクサンプロヴァンスの音楽祭で三週間を過ごすという話を聞いたとき、失いかけていた旅への憧れが、むくりと頭をもたげた。

そして食事どき、もうイタリアにも行けそうもないわね、と夫になにげなく話しかけたら、行けばいいじゃないか、この夏。オレなら大丈夫だから、と背中をおしてもらえた途端、にわかにその気に駆られてしまった。
夫はインド生まれ、夏はめっぽう元気。わたしにとって盛夏の旅は初めてだが、猛暑から逃れる絶好の機会かもしれない、そうだ、行こう、今度こそ最後のチャンス。
あんなに意気消沈していた二月なのに、この変わり身の早さよ、と我ながらあきれたり、まだその気力が残っていたことが、ちょっぴりうれしかったり。

イタリアの音楽祭探し、早速、ミラノの友人から情報をもらう。
スゴイ!!なんと80近い音楽祭が名乗りをあげていた。
KLMでミラノ、リナーテ空港に着き、そこからアクセスのよいところを、と選び選んで、ミラノ中央駅から列車で一時間、湖水地方のストレーザ音楽祭に目標を定める。

現地のホテル探しが大仕事、宿泊者の感想をもらさず読み、マッジョーレ湖のボッロメエ諸島のひとつに建つ、こじんまりとしたホテル、料理がおいしく、トスカニーニも愛でた絶景が見られるというので、予約をする。
ストレーザや近くの島の教会、城などで開かれるコンサート、夜になるので、タクシーならぬ専用ボートを頼まなくてはならないが、わずか二分から五分で危ないこともないというのを、イタリア語でホテルに確かめた。音楽祭のくわしい情報は主催者がわにイタリア語まじりの英語でメールし、懇切丁寧な返事をもらう。
きょうフライトの予約が確定、あとは音楽祭からミラノに戻ったあとのホテル探しがまだ残っている。

Booking.comで探していると、あと一部屋です、とか先刻アメリカから予約入りましたとか、こちらがあせるように仕掛けるのがわかる。それなのにあせる。
夏の予約はみんながあせって、早く、早くと、クリックしまくっているのがわかって、なんだ、これは、と思いながら、やはりあせってしまう、ああ。

2013年3月 6日 (水)

やっと食べた

我が家の老オスネコ、チャイは十五年もうちにいる。ネコの年でいうと75歳ぐらいだろうか。乳離れするかしないうちに捨てられ、うちの車の下にかくれていたのを、夫が見つけ、抱き上げた途端、夫のヒゲにふれてから、ずっと夫をママだと思っていて、夫としか一緒に寝ない。
少し大きくなってから、尿道がつまる病になって以来、それを直す薬が入ったドライフードのエサをいやがらずにずっと食べてきた。
先代のメスネコ、チナコはナマリや、アジなどを食し、我々が、うな重をとったりすると、はじっこを食べさしたりして、ずいぶん贅沢させてしまった。チナコはナマリをハフハフ言いながら食べるので、チナコ、ハフハフだよ、と呼びかけるだけで、もう食事どきかと目を輝かせて、やってきたりするほどだった。
ああ、それなのに、チャイは可哀相にもけなげなヤツと常々思っていたのだが、ついに今年に入ってから、ストロバイトケアというそのカリカリを食べなくなってしまった。獣医さんに相談にいったら、じゃあ、エサを変えてみますか、といって試供品をくれたのだが、それもちょっと口にしただけで、ダメ。
煮干のおじやなどつくってもみたが、ダメ。アジでも焼いてやる?と夫に相談するのだが、それだけはやめろ、ヒゲママは厳禁する。
量販店に出かけて、腎臓の健康維持に配慮という15歳以上用の三ツ星グルメというのを買ってきたら、ちょっとは食べるようになったが、あまりうれしそうでもない。
頭にはいつもチャイのことがある。啼きかたまでなんだか、かなしいよォ、と言っているような気がするのだ。

先日セブンイレブンに行ったとき『ねこカップ』というかわいらしいパッケージが目についた。うまみをゼリーで包んだ、ねこカップ、かつお、まぐろ、しらす三種入り。
ううむ、ゼリーというのがいいかも、これどうだろう、わずか80円だし、と思って、買い、帰ってからスプーンにすくって、チャイに近づけてみたら、くゎっと目を見開き、ニャゴニャゴニャゴと近づいてきて、あっという間に、半分ぐらい食べて、おいしかったと舌なめずりして、顔を洗いだした。

おやまあ、いまやコンビニ食はネコまでも魅了する勢いなのだ、と感心しきりなのである。

2013年3月 3日 (日)

映画『まほろ駅前多田便利軒』のこと

のんさま
急ぎ、訂正いたします。映画『まほろ駅前多田便利軒』の監督は大森立嗣というひとでした。なんとあの映画で弁当屋を演じている大森 南朋のお兄さんです。

実はきょう、TSUTAYAでヴィデオ借りてきまして、ようやく映画を見たのですが、なんだか、雰囲気が違う、ドラマよりずっと真面目、原作に忠実すぎるくらいストーリーたどってる、と驚きつつ、二時間余、目をそらすことなく見続けて最後に監督の名前を確認したら、あれ~っつ、となりました。

でも、三浦しをんさんの、あの絶妙なまほろ描写の文章が見事に映像になっており、二人の出会い、生い立ち、過去などはああいう、語り口であるべきだからこそ、次のドラマへの連鎖が可能になったのでは、と納得しました。
小説『まほろ駅前番外地』では、便利軒の二人組みを脇役にしたてて、前作の各エピソードに登場した脇役を主役にして視点をかえた、軽妙洒脱な短編がいくつか載っていますが、その中の星というやくざ役、いったいだれが演じているのかとドキドキしていたら、高良健吾という期待に十分応えてくれた配役で、これからのシリーズますます楽しみになってきました。

思わぬところで早とちりのくせ、バレてしまってお恥ずかしいです。

2013年3月 2日 (土)

続『まほろ駅前番外地』熱烈フアン

のんさま
まあ、コンセルトヘボウでクラシックをお聴きになる方が、『まほろ駅前番外地』のフアンでいらっしゃるとは!!世の中、好みが同じひとって存在するんだな、と、このところ落ち込みがちだった気分、高揚しました。

きのう、『まほろ…』シリーズ二冊目読みおわり、そして録画してあった、ドラマ、いま見たところです。
原作とずいぶん違っていました。ネタばれになるので、詳しくは書きませんが、原作は女性同士の関係がもう少しややこしいのです。あれをわかりやすく、「片づけられない女」をいかにも、というキャラクターにした脚本家のスゴ腕にうなったら、脚本家は演出家でもあり、映画の監督および脚本担当だった、大根仁というひとなのですね。さすが、さすが、です。行天という役柄をあれだけ魅力的にしたのも、一重に大根氏のせりふづくりの巧みさと、演出指導がもたらす効果あってのことと想像しました。
きのうの行天くん、あんな大笑いの笑顔、はじめて見ましたよ。こちらまで愉快になりました。ストーリーずいぶん変えていましたが、小説よりずっと楽しめましたね。

瑛太という俳優さんも大したものです。『最高の離婚』これも脚本、巧みなので、若い人向きのドラマですが、見ています。
あの真面目に超がつく、潔癖症のおかしなミツオくんとこの便利軒のオーナー、多田の変わりよう、その役になりきって、俳優の素をまったく忘れさせる演技、わたしは大体において、二文字だけの、名前の俳優に好感が持てないのですが、カレだけには心底魅せられております。

三浦しをんさんの生みだしたこの二人の主人公、いまや、原作者の手をはなれたところまで独り歩きしはじめているようですね。

『まほろ駅前番外地』ドラマ全12話、4月6日から19日まで、夜9時から渋谷のユーロスペースでイベントつきで上映されるのご存知ですか?
夜なので、出かけようか、どうしようか、迷っています。


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