2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
フォト
無料ブログはココログ

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月に作成された記事

2013年1月30日 (水)

書店で

今日のイタリア語クラスは受講者三名、同年代の男性が近況報告で、読みたい本をかかえているのに読めなくなった。すぐに目がしょぼしょぼしてくると嘆く。右に同じとわたしが言う。それなのに、帰りに渋谷の紀伊国屋書店をのぞいた。

ついに芥川賞受賞の『abさんご』が出た。ぱらぱらとめくる。横書き、ひらがな多し。句読点が少ないので、漢語を開いたひらがなを判読しなければならない。疲れる。一ページ立ち読みしたが、買う気にならなかった。
そばに老人向けの本が三冊、著者は曽野綾子、佐藤愛子、浅田次郎。
曽野さんの本をめくる。『老年になる技術』またあの形式かな?と思ったらやっぱりそう。
ご自分が選んだ著書の中の短い至言があって、そのあとにその著書のタイトルが。つまりは著書の至言のアンソロジー形式。この数年、彼女の本は皆このタイプ。
この言葉がどう書かれているのか、知りたいなら、これを読みなさいという、親切より営業意識が感じられて、好感が持てない。
曽野綾子さんのデビュー当時からのフアンだった。『午後の微笑』『女神出奔』など胸をおどらせ読んだ。『天上の青』くらいから読まなくなった。庶民の生活がよく書けていなかったからだ。
『戒老録』は購入、感動した。でもこの種の本のリピートはもう結構という思いがする。

『老年になる技術』をめくると「もしかすると百歳まで生きてしまうなら」が目にとまる。「死ぬ日まで自分のことは何とか自分でするという強固な目的を持つことだ…」という結論。
スポーツクラブで健康維持に必死になっている同年代のひとたちの表情が目に浮かんだ。
人間は死ぬ日までそんなにも努力しなければならないのだろうか。

2013年1月27日 (日)

買ってよかった

極寒の季節、三年まえの築後四十年の古い家、ネコの通り口だった階段途中の窓が開いていることが多かったので、廊下は外気温と変わらず、暖房してある自室に入っても、すぐには寒さが抜けず、わたしは電気毛布をかけて寝ていた。
家を建てるためにマンションに一時暮らしをしたときは、それほど寒くなくなったが、床暖房ではなかったので、足が冷え、寝るときは湯たんぽを入れていた。
そしていま、三十坪の小住宅は比較的あたたかい。自室は床暖房なので、エアコンはほとんどつけずに済んでいる。
湯たんぽを入れるほど寒くはないのだけれど、ベッドの中はちょっと物足りない。十年ぐらい使っている羽根ぶとんはもうフカフカ度が減少しているし、買い替えようかと思案していた折、テレビショッピングの声が耳に入った。「西川の綿毛布でできた布団カバー…」
子供や孫たちが赤ちゃんだったころ、肌触りがよく、好んで使った軽くてやわらかいあの毛布。
値段は7000円ちょっとだったが、洗濯機で簡単に洗えるとわかったので、思い切って購入した。

これが実にいいのである。
ベッドメイキングも手抜きで、いまは上シーツを省略。だから直接その綿毛布カバーのかかったふとんにくるまる状態なのだが、ほどよいぬくもり、しかも保温もしっかり、とりわけ夜中にトイレに起きて、またもぐりこんだときの、肌触り抜群の温かさがたまらない。

あまり気に入ったので、伊勢丹のバーゲンで、グリーンにワインカラーのブドウ模様の色合いも申し分ないものをもう一組買った。これはベッドカバー抜きでもインテリア効果を高めてくれている。

夫にこの発見を語って、試してみたら、と薦めてみたが、新しいものを試すことが嫌いな彼、ネコという天然湯たんぽもいるので、まったく必要なしと拒否されてしまった。

2013年1月24日 (木)

図書館で

久しぶりに図書館に行った。借りたい本があって来たわけではなかったので、とりあえず、雑誌のコーナーで情報入手。

『いきいき』という雑誌、広告が多いので、講読する気にはならないが、高齢者が興味を持つ記事を満載している。
かんたん脳活プログラムに目が釘づけになった。
「脳は本来〈楽をしたい〉という性質を持つため、使わなければ筋肉と同じで衰えてしまう…」適度なストレスは“脳のごちそう”だと考える、自分の都合だけに合わせて一人暮らしをするひと、要注意。面倒がらずに人とかかわり持ち続けよう…。多少「面倒なこと」や「困ったこと」がある人のほうが脳への刺激も多くボケにくい…など、目からウロコ!

このごろ、とみに面倒なことが億劫になっている。手紙を書くということさえ、後まわしになっている現状では、この記事は発想の転換、勇気とやる気を刺激してくれた。

本を読むことも少なくなっている。読み出したらやめられないほど面白い本が読みたい、けれどもそれを見つける努力が面倒、だからついつい、映像一辺倒になる。

『週間朝日』の書評欄で見つけた、現在の就職難のノンフィクションが面白そうだったので、リクエストしたのだけれど、もう題名を忘れてしまった。なんでもメモしておかないと、哀しいことには記憶力の衰えも加速化している。

2013年1月21日 (月)

体調リポート

このところの寒さに身を縮めているわりには、肩こりがしない。もう三週間以上もマッサージに通わなくて済んでいる。
引越し以来ずっと続いていた腕の痛みもほとんど感じないくらいに薄らいでいる。その代わり、気になっているのが、右足親指付け根あたりの鈍い痛み。
その日はメガネレンズ測定予約でD病院にいく日だったので、ついでに整形で診てもらうつもりだったのだが、眼科予約11時、着いたのが、雪道歩きに時間がかかり10時ごろになって、整形すでに二十人の待ち、とても無理だとわかり、三軒先のO整形に行く。
いつもと違ってどういうわけか外来の待ち少なく、十分ほどで診てもらえた。レントゲンも撮る。
結果は異常なしだが、これはきっと偏平足のせいでしょう、と言われて、ショック。

若い頃偏平足という言葉は差別語的ひびきがあり、ねえねえ、あのひと偏平足よ、などと耳打ちされたこともある。

自分が偏平足だなんて、そんなこと言われたことなかったのに、と医師に言ったら、年取るとだれでもそうなるんです、と応えながら、クッション入りのサポーターをくれた。きのう訪れた義妹にそのことを話したら、もうちょっとデリケートな表現で、足裏のアーチが低くなってるとかって言えばいいのにと、なぐさめてくれる。

近頃右の靴下のかかとの部分が正面に動いてきていることがあって、おかしいな、と思っていたが、これが足裏の変形によるものかも知れないとようやく推測できた。
 
日々新たな痛み、その思いがけない原因に驚くのも、後期高齢者の日常なのだろう。


2013年1月18日 (金)

新春浅草歌舞伎

そもそもは久しぶりに浅草に行きたくて、その浅草の面白さをおしえてくれた、K子さんに、ついでに歌舞伎もいかが、とさそってみたのだが、うれしいことに、数日前なのに、ぴたりと都合が折り合った。

歌舞伎友達だったK子さん、歴史に基づいた歌舞伎をしっかり知識にたくわえている、生き字引的なひと、一緒に、ほとんどの演目を見続けたあと、身体の事情、家の事情などから、数年ご無沙汰していたのだが、さあ、それでは、ということで、新春浅草歌舞伎へ。

席は前から六番目の端っこだったが、真ん中より、人の頭が気にならなくて、かえって見やすいのよ、と通の彼女が言う。

お年玉〈年始ご挨拶〉に単独で出てきた片岡孝太郎に驚く。最初は定番の「皆々様には…」に始まって、すぐ、がらりと変わって、素でやるトーク、これがよどみなく見事で聞きほれる。自分の命名の話、女形は見得をきることがない、ということから、左団次おじさんにおそわったという、「このタビ、白タビにてそうろう」みたいな見得を見せてくれたり、一階から三階まで拍手の違いを把握させたり、笑いもふんだんに取って、ああ、なんと立派に成長していることか、きょうはこれだけでも来た甲斐ありといった感じ。

彼、演技も素晴らしかった。幡随長兵衛の女房お時、出てくるだけで、町奴の頭領のおかみの貫禄十分、しかも声がよく通る。海老蔵はあんなによい声質なのに、せりふがくぐもってこもり、よく聞き取れない。二人のかけ合いのとき余計目立つ。惜しいな、と思う。
一番心に残ったシーンは女房お時が手伝って、長兵衛がかみしもに着替えるところ、無言なのに、海老蔵の姿のよさ、手さばきの美しさと、女房の手伝いかたの息の合い方、溜息の出る美しい場面だった。

二演目はちょうどよい長さ。疲れず、そのまま買い物、食べものばかり、甘栗、甘納豆、楽しみにしていた日の出のおせんべいが休業でがっかり。
最後は地下鉄付近の『三定』でかきあげ、夕食用に買って、銀座線で帰る。

帰宅してからの楽しみは渡辺保氏の歌舞伎劇評のサイトを見ること。

2013年1月15日 (火)

雪に備えて

これほどの大雪になるとは思わなかった。しかも翌日はイタリア語の授業が控えている。雪の翌日は裸で洗濯、と言われているぐらいだから晴れるとは思うが道中が難儀なのは想像がつく。
いよいよあれの出番、あれとはトリノで買ったスノーブーツのこと。

初めてのトリノ、ホームステイ最終日近く、朝、静寂の中に目覚めたら、外は銀世界であった。まず思いついたのは、転んだら大変ということ、それには安全に歩くためにスノーブーツを買わなくては、とあせる。パドローナ(女主人)は仕事に出かける寸前で忙しくしていたが、わたしの問いには、近くにいい靴屋があると早口で説明、それの聞き取り、案の定怪しく、あちこち歩きまわってようやく見つけ、少し大きめだったが、ま、いいか、と買ったそのブーツ、日本ではまだ一度もはく機会がなかった。

そしてきょう、そのブーツは不思議にも少しも大きめでなく、ぴったりとしっかりと足に吸い付くような履き心地。近頃、雪かきをする住宅は少ないのか、朝九時半、道はまだ凍った雪が少し溶けかけたような危ない状況、ブーツだからといって安心はできない。やはり歩幅を小さめ、足をふみしめて歩く。

イタリア語のクラス、全員六十代以上だが、滅多に休まない元気女性が骨折、最年長のクラスメイトは膝痛、最年少女性は内臓の手術後、一回おきとなり、すべて欠席で、出席は、わたしと同い年ぐらいの男性クラスメイトの二人だけ。
教師もええっつと、目を丸くして驚いていたが、pochi ma buoni,すなわち、小人数の贅沢クラスよ、と言いながら、始まった授業は想像したよりずっと、話題が広がり、二ページに渡る宿題もスムーズに一ページ終了で、まずはやれやれであった。

2013年1月13日 (日)

レトロ遊覧

大塚のブリッジクラブでランチ付きトーナメントがあって、その帰り、都電、バス経由で渋谷に出ませんか? とパートナーにさそわれ、高齢者パスが使えるので、二つ返事でOKする.
都電荒川線のリズムが実にいい。足の痛みをかかえる同い年の男性パートナーだが、都電はいつ乗ってもいいなあ、と上機嫌でブリッジ論に花が咲く。およそ二十分、学習院下という停留所で降りてすぐ、そばの都バス、渋谷駅東口行きに乗り替える。都電も都バスもすわれて、ゆったり気分。
しかもこのバス、明治通りをまっすぐ、サンシャインそばから、伊勢丹まえ、新宿の繁華街抜けて、表参道をたどり、目抜きの場所全てを網羅するルート。渋滞にも遭わずスイスイと走る。といっても電車の倍くらい時間はかかるのだが、急ぐ旅でもないのだ。
ブティックのウインドウや、レストランの賑わいもしっかり視界に入り、ああ、ここに来たかったら、このあたりで降りればいいんだな、などということも覚えられたりする。

渋谷や新宿、池袋などの駅を歩くのが嫌いだ。階段が多いし、エスカレーターで前後のひとの荷物やカートで怪我をしたという事件も聞く。バスならノンステップ。より安全に行きたい場所の近くに着くことができる。そう思って車内を見回すと、身なりのいい、高齢者もかなり大勢乗っていて、上手にバス利用をしているように見受けた。
渋谷駅東口から池袋東口までの『池86』系統のこのバス、しかも十分おきくらいの頻度の走行なのである。

このバスを実は探していたのだった。以前は昔のパンテオンのあたりにバス停があったのに、あたりがすっかり様変わりでもうなくなっているのかと思っていたのだ。

高齢者のリズムにしっくり合う都電とバス、なんだか生きているのがうれしくなる遊覧であった。

2013年1月10日 (木)

いかに食べるか

久しぶりに六本木の青山ブックセンターをのぞいた。
健康関連で、平積みになっている書籍は圧倒的に病気にならない食べ方の本、五十を過ぎたら、炭水化物を摂ってはいけない、などという過激なものから、野菜パワーをレシピ別に解明したものなど、せっかく胃の具合の安心をもらったのに、いまさらこれほど節食してまで長生きしたくない、食べたいものを食べたいのだ、と、思いつつ、あれ、と手をとったのが、リンゴジュースのパワーの本、朝一杯のリンゴジュースがどれほど身体に効果があるか、しかもガン細胞を小さくするというのである。

わたしはこの数十年、リンゴとニンジンとキャベツをジューサーにかけ、最後にレモンを絞りいれた生ジュースを毎朝のんでいる。
大病もせず、七十過ぎまでこられたのはこのジュースのせいかも知れない。それにガンにも効きメがあるなら、これからは夫を説き伏せ、飲んでもらおうか、と帰宅してから、薦めてみたのだが、いらんよ、オレはいつもの食事でいいんだ、いつものとはジェームズ・ボンド風のイギリススタイル、ベーコンエッグや、トーストにママレードという類いのメニュー。
八十過ぎの頑固じいさんの食生活を変えさせるのは容易ではない。

それにしてもあのリンゴジュースをそもそも初めて飲ませてくれたのは義母である。いまほど性能のよくないジューサーを使い、新婚早々、泊ったときに朝食に出してくれたその味、忘れがたく、高齢となってからの朝食の定番となったのだった。

人は二度死ぬという。身体が朽ちたときと、思い出から消えて忘れられてしまったときと。

義母のことは最近とくによく思い出す。料理が上手で、手間を惜しまないひとだった。
その味を再現しようとしながら、心をこめてつくった料理が人のこころにもたらすことの大きさを実感させられている。


2013年1月 7日 (月)

胃を診る日

この日を何とか切り抜けなければ、と、予防のための胃薬欠かさずのみ、楽しみもあとまわしにして今日となった。

胃カメラ二年ぶり、緊張のあまり早く起きすぎて、D病院に三十分以上も早く着いてしまう。よりによって寒い日。ヒートテックの下着の上にフリースのパーカー、そしてダウンのジャケット、それでもあったかくない。心が寒いからだ、きっと。
予約時間よりかなり後れて呼び出しが来たので、きょうの担当は本当に上手なひとなのだろうか、と不安になってくる。
朝から飲まず食わずだったから、胃の中の泡をとる液体は一気に飲めたが、ノドを麻酔します、と言われて吹きつけられた薬、すぐ飲み込まず、十数えてから飲んでくださいと言われたのに、すごく咳き込む。でも横たわって口に何かはめられたあとはもう意識なし。いつのまにか終わっていた。
腰かけて四十分待つあいだ、眠い、だるい、隣の若いお嬢さん、イビキかいて寝ていた。

診断の結果、ようやく、呼ばれる。先日予約を受けた先生はあまりにも若くて頼りなさそうだったが、目の前の先生おひげが似合う中年で、しっかりした口調のいかにも医師という感じの風格あり、我が胃袋がサラケ出た数枚の写真を指さしながら、ちょっと腫れた箇所などありますが、大丈夫です、心配ありません、という言葉にやれやれ、急に空腹をおぼえた。
でも今後も予防薬はのみつづけたほうがいいと言われる。

入り口近くで夫が待っていてくれた。腕を支えてもらって、少し早めのランチを食べにレストランへ。

2013年1月 4日 (金)

ごまめの話

今年は、正月料理のなかでとりわけ、ごまめ、すなわち田作りを味わい深く食べた。
なぜ、このカタクチイワシの干したものをごまめ、田作りなどと名づけたのだろう、とネットで調べてみたら、これは昔お米の高級肥料だったのだそうで、それで田作りと呼び、ごまめとは五万米と書き、豊作を祈願したのだとか。
なるほど、言われてみれば、これは実に滋養たっぷりの食べものである。

昨年二十八日に、築地にこれを買いに行った。最初は共和会のビルで確かめ、値段も五百円くらいだな、と覚えて、やはり市場のほうも見てみようと思い立ち、交差点を渡った。二十八日だとまだそれほどの混みようではない。以前二十九日に来たとき押すな押すなの混雑だったっけ。一日違いでこんなに違うのだな、と思いながら、乾物ばかり売っている店に来たら、量が少し多めとは見えたが、ごまめは七百円もするのである。
高いわね、これ、と威勢のいいオジサンに言ったら、奥さん、よく見てよ、これ、しっかり頭がついてるでしょ、安いのは頭ぐらぐらなんだよ、正月から頭がなかったりしたら、縁起が悪いでしょうが。
ふう~ん、わたしは納得した。よし、これもらうわ。
こういうおしゃべりができるところが、築地で、ちょっとイタリアのメルカートのオジサンたちに似ているのである。

さて大晦日に料理する段になって、ちょっと迷った。料理の本には頭をとるとかハラワタをとるとか書いてあるのが多い。でもね、この頭で買うのを決めたのに。
そこで義姉に電話した。実兄はことのほかこのごまめを好み、義姉はしっかり実家のわたしの母の味を継いで、今や名人なのである。
いいえ、頭もハラワタも取りません。そのままです。あのほろ苦いところがいいんですもの。

よくぞ、よくぞ、言ってくださった。おかげで面倒くさいことしないで、迷わず、そのまま。
オーブンの天板に並べ、150度で12分からいり。みりん、醤油大さじ4つづを大きめフライパンに沸騰させごまめ加えてからませ、白ゴマふりかける。好みで赤とうがらしの小口ぎりも。
七草までと、わたしはカリカリボリボリまだ毎日食べている。

2013年1月 3日 (木)

新年随感

元日早々寝坊して、九時すぎから祝い膳、息子は海外なので夫と二人、ささやかな食卓。つくったものは黒豆、田作り、紅白なます、それと五目きんぴら、買ったものは鎌倉井上蒲鉾店の二色玉子、築地のきんとん、宇部のかまぼこ。雑煮の出汁は昆布とかつおぶしでしっかりとり、小松菜、生椎茸、トリササミに片栗粉まぶして火を通したもの、そして吸い口はユズというごくありきたりの関東風。これまで毎年つくっていたサーモンマリネは省いた。
もうこれで十分。この程度だと来年も楽にすませそう。
午後、近所の神社初詣。思うことはだれも同じらしく、大変な人出。神社を一巻きするほどの行列。一時間ぐらい待ってようやくお参りすませ、破魔矢を買う。帰りも坂道のぼってゆっくり帰ったが、腰のあたりが何やらあやしい。来年は日をずらせて二日にしようか。

夜、おでんを用意。数十年気に入っている近所の豆腐屋さんのがんもどき、焼き豆腐、そし大根、ゆで卵に井上蒲鉾店のおでんだね三種、朝からの仕込みが効いていい味に仕上がる。
娘一家来る。早朝にもらったケイタイメールの賀状の絵がとてもいいので、それを使ったメールのやり方を孫娘におそわる。手品のような早業で仕上げてもらって、五人のメル友に送る。

二日午後はブリッジの初ゲームで六本木に。
プロや名人ばかりのテーブル、同い年のパートナー、二人してボケ多く、ブービー。ハンドコピー、プライベートスコアを手に、反省、おしゃべり目的で、ミッドタウンのスペイン料理の店で軽いディナー。アボガドのサラダ、タコの前菜、チキンの白ワイン煮、フォカッッチャでちょうどいい分量、味も満足。
のんでる薬の話になる。排泄調節の薬、それって、飲み続けると便秘しない?と訊かれた。そういう副作用もあるのだな、と知る。わたしの場合は胃に違和感、それで二錠のむところを一錠にへらしたら具合がよくなったと、話すと、ふ~ん、ウリトスね、彼女ペンを出してメモった。
近頃本が読めなくなった、と言ったら、そう、すぐ目が疲れちゃう、年取ったら、ゆっくり読もうと一杯本買っておいたのに。ほんと、同感。

夜、疲れているはずなのに、インターネットブリッジBBOを開いてしまう。12ボードのゲームにフィンランドの人からさそわれ、挑む。200人、四つのセクションに分けられる。やることなすこと全てうまくいって一位。
安らかな眠りについた。

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »