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2012年12月28日 (金)

師走日記 3

娘はわたしにあまり笑顔を見せない。
娘にとって母親とは疎ましい存在なのだろうか。
まだわたしたちの母親が生きていたころ、こころ優しい友に電話したときのことだ。
終わってしばらくたってからまた用事を思い出してかけ直したら、「なによ!」とすごいダミ声で言われ、恐る恐る名乗ったら、すぐにいつもの優しい声に返って「ごめん、母だと思ったので」いう言葉に愕然としたことがある。
いまの娘にとって、わたしはそんな存在かとは思うが、はからずも年末の四日、彼女と密に過ごすことになってしまった、以下はそのリポート。


*クリスマス礼拝
このところカトリック教会の深夜ミサに行く事が多かったが、今回のプロテスタント田園調布教会の礼拝はおよそ十年ぶり。午後五時からのクリスマス礼拝。新築成った礼拝堂は満席。木造の旧礼拝堂の記憶は未だ鮮明だが、一変して、モダンではあるが付近の住宅街のイメージにマッチした落ち着いたベージュ色、石造りの建物。
一番驚いたのは、聖書や讃美歌の本が必要ではなく、正面のスペースに字幕が映写されるようになったこと、カラーの美しい宗教画付きのときもある。本が重くて手で支えられなくなった高齢者への配慮が感じられた。しかもうれしいことに讃美歌の歌詞が旧バージョン、主の祈りも、天にまします我らの父よ…。
これを一生懸命暗記した六十余年まえ、日曜学校のころを思い出して、感きわまりそうになった。

わたしは洗礼こそ受けていないが、教会にはずいぶん通った。娘は大学生のころに尊敬できる牧師に出遭ったと言い、洗礼を受け、旧約も新約も聖書をしっかり読破していて、ぱらぱら読みのわたしを軽蔑している。

その夜の礼拝は聖歌隊の合唱がとりわけ美しく、ハンドベルの効果も効いていて、キャンドルサーヴィスのおごそかな雰囲気が浸透するなか、感情移入深い礼拝を経験することになった。
娘が選んだこの、夕べの礼拝に来なかったら、こういう気持は味わえなかっただろうと、すなおに感謝する気分になれた。

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コメント

> 讃美歌の歌詞が旧バージョン、主の祈りも、天にまします我らの父よ…。
にヒット。調べてみましたら、私には懐かしい
「天にまします我らの父よ 願わくはみ名の尊まれんことをみ国の来らんことを・・・」
・・・の主の祈りは2000年2月15日までしか使われていなかったと初めて知りました。
現在は
「天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。 み国が来ますように。」
というのがカトリックと聖公会共通の口語訳となったそうです。
教会に行かなくなってもうずいぶんになりますが、賛美歌もお祈りも、子供の頃
慣れ親しんだ文語訳が過去のものとなってしまったとは、寂しいことです。

未草さま
カトリックと聖公会はそのようですが、プロテスタントの教団はかなりその教会独自の選択に任されているようですね。
口語訳になったとき、若い人以外の信者のひとはほとんど、遺憾をあらわしていたことを思い出します。今回のこの教会の選択はそれが反映しているのではないかと思いました。

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