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2012年10月に作成された記事

2012年10月29日 (月)

夢かとばかりに

Photo


朝出かけるまえになにげなく外を見ると、水色のものがゆれたような気がした。
えっつ?なに、まさか、まさか!
その、まさか、がそこにあった。
ヘブンリーブルーの一番花が咲いていたのである。
生まれたての淡い、清らかなブルーであった。
それはモッコウバラのためにたてた柵の上ではなく、去年と同じ、隣家との境の柵の上。
まるで、やっぱりここで咲きたかったの、ということを主張しているようだった。

異常気象ゆえの贈り物、秋が深まるにつれ、人生の残り時間を思う淋しさを慰めてくれるように、ヘブンリーブルーは咲く。
それはまさにヘブンが先にあるよと、励ましてくれるようにも思われてくる。

2012年10月25日 (木)

事件遭遇

その日は溜まっていた家事、掃除、洗濯、アイロンがけなどを片づけるのに午前中かかり、軽い昼食をすませてから、スポーツクラブに向かおうとしていた。パーカーを重ね着して、シアトルで購入したポケットの多いリュックに水着、タオル、シャンプー剤、ブラシなど、詰め込み、家を出る。
環八にあるクラブまで、住宅街の路地を抜け、サクラ坂に出るまで、家々の前庭の花壇に目を奪われ、かたわらを疾走していったバイクの音だけをを耳に残しながら、歩いていた。前方から中年の女性が両手をあげてかけてくるのを見て、知っているひとかしら、と思ったが、身覚えがない。それでもわたしの方をみて声をあげているので、おや、と思った。
セーターとスカート姿だったが、センスのよい取り合わせがよく似合っているのに、ととのった顔が引きつっている。

―いまバッグとられちゃったの、バイク、走ってったでしょ?
―まあ~っ…絶句していた。
―警察署、遠いわよね、
―丸子橋の交番のほうが近いかも
うなずきながら、そのひとはもう走り出していた。

バイクをよく見ておけばよかった。さぞショックだっただろう、あのひとは。大事なものが一杯入ったバッグだったのかしら?
ひったくりがまさか、こんな身近で起きるとは!しかもすぐかけこめる距離にドアがある路地なのに。

海外の旅に出るときは、いつどんなことが起きてもうろたえないように、準備し、カードなど失くしたときに知らせる電話番号をすべてしらべて持っていくのだが、普段の生活では持っているカードを見直すことさえしていない。
不景気が日常のすみずみにまで浸透してきているようなきょうこのごろ、油断しがちでいた気分を引き締めなければ、と悟った出来事だった。

2012年10月22日 (月)

外出続く

今年もCWAJ、国際婦人クラブの現代版画展で三日間連続、展示即売の仕事の手伝いをした。レギュラーメンバーには年三回のヴォランティア・ワークが義務付けられているので、それをまとめて完了したことになる。
仕事は、購買が決まり包装された作品を管理し、客の支払レシートと交換に手渡すというもの。
最初のオープニング・ナイトは会員と招待客、関係者のみが招かれているのだが、これまでの経験では、購買客が殺到するので、仕事は単純作業でも四時間以上だとかなりきつい、と思って、責任者に一人では過酷だと、クレイムしたら、それではご無理なさらないで、とやんわり断られそうになったのだけれど、版画家で幼なじみのカナコちゃんが三度目の入選を果たし、会う約束になっているので、ほかの経験者から具体的な状況などの情報を入手し、そんなに過酷な作業でもなさそうとわかり、引き受けることにしたら、責任者のほうも、考慮してくれたのか、もうひとり助っ人が呼ばれていて、その若い会員と楽しく会話しながら、やり遂げることができた。
過去にはレジのあたりが列をなす状態だったのに、今年の購買客はぼつぼつ、途切れはしないまでも、こんなふうで、売り上げから奨学金は出せるのだろうか、と首を傾げたくなる状況。
それでも57回続いているこの版画展、審査員も毎年変わるので、入選するのは超難関、いまや版画家を志すひとの登竜門になっているのは確かである。
ヴォランティアの服装は地味ではあってもシックで、という指示どおり、白、黒、グレイが多く、ネックレスは版画の上に垂れ下がるので、避けてほしいということからか、個性を主張するブローチが胸元を飾るおしゃれが目だった。
外人メンバーは和服を着こなしていたり、黒の上下の上に和服のコートを羽織っていたり、絞りの模様の帯揚げをスカーフのように首にまいていたり、和と洋の組み合わせの妙を見せてくれた。

このクラブで得た経験ははかり知れない。パソコンをいじるようになったのも、事務処理がすべてネットを通じてされるようになったのに従わざるをえず、やむを得ずマスター。
自己実現の素養が培われたのである。


2012年10月19日 (金)

植物に学ぶ

猛暑の夏にしおれそうになるのを、日に二度、一番欲しそうな顔をしているときを見計らいながら、水やりをし、サバイバルさせたプランターの花々を見るのが楽しい。
でも、ひとつ気になるのはそのはるか上にツルを這わせている西洋朝顔ヘブンリーブルー、葉ばかり大きくなって蕾が出てこないのだ。Photo_3

去年のいまごろはブルーの生垣のように花ざかりだったのに。
このままだと、下に植わっているモッコウバラの発育にかかわってきそうで不安この上なく、ネット検索しまくって、園芸電話相談の番号を二箇所見つけた。

まずは都内の足立区(03-3880-5111)にかけてみる。その日は金曜日、あいにく担当のひとがくるのは月曜だから、と、週をあらためて、あちらからわざわざかけてくれる約束をしてくれた。
けれども、三日が待てない。またもう一箇所の千葉の電話(048-281-2319)をかける。おだやかな男性が出て、こんこんと説明をしてくれた。苗が育っていく途中でもしや肥料をやらなかったか?と訊かれ、じつは一度与えた事があると言うと、それが災いしているかもといわれる。今年は類をみない異常気象だったので、植物は例外なく影響を受けている、が、タネをまき、苗となって移植し、育っていく過程でいじめるくらいきびしい対応が必要なときがある。つまり放っておいて、水やりもせず、のびるツルを切るというような…、そうすると、苗は一生懸命花を咲かそうとするのだそうだ。つまり世話をやきすぎると、葉ばかりのびてしまうものらしい。
なんだかヒトの育児にも参考になりそうな言葉。
自分は果たして良い母親だったのだろうか。

最近、電話相談しようにも、通じるのに、録音の返事ばかり返ってきて、長くてイライラすることも多いのに、この相談はすぐに通じ、納得する回答が得られて満足した。しかも足立区からも月曜に電話がもらえた。

アドヴァイスどおり、ツルを切り、からまっているところを整理してモッコウバラにも陽があたるようにすっきりさせてから、ふと見ると、アサガオの茎にいつのまにか小さな蕾が出始めているのに気づく。
このぶんだと12月を過ぎてから開花となるかも知れない。
せっかちを諌めるように植物から教えられたような気もしている。

2012年10月15日 (月)

同窓会バスツアー

黄色いセイタカアワダチソウが群生する野原や土手を視界に心地よくおさめながら、バスは渋滞もなく順調に軽井沢に到着。
数日まえまでの天気予報は雨マークだったが、仲良しのTちゃんとわたしの晴れ女パワーのせいか、その日は浅間もくっきり見え始めるほどの大快晴。街道沿いの木々は早くも赤く色づいている。Photo


秋の軽井沢一日バスツアー、附属小学校の同窓会の企画、千住博美術館、ホテル鹿島の森の昼食、あと旧道そばの母校の山荘訪問、旧道銀座通りを散策というコース、碓氷峠の紅葉が見られないのはちょっと残念だったが、高齢者には申し分ないゆったりプログラム。

美術館はとても斬新な設計に目を見張ったが、真っ白な館内、作品がなぜか際立ちすぎで、イラストのような感じを抱く。でも最近作は墨絵のように渋く、変化に富んだ作品群に多彩な天才ぶりをあらためて実感。戸外に、地味めな山野草をとりあわせた散策路がついている。
ホテル鹿島の森の昼食、ブラウンマッシュルームスープ、魚料理、揚げた魚にソースがかかっていて、しかも薄味、フランスパン、プラスちょっと甘めのロールブレッドの取り合わせ、そして、ケーキとブラマンジュ風のデザート、コーヒー、さすがこのホテルと思わせる申し分のない味。

実はこの日早朝、上腕に鋭い痛みをおぼえ、不安にかられながら湿布薬を貼って出てきたのだった。コーヒーカップを持ち上げるのもやっとの痛さ。これでは明日、O医院に朝一で行かなければ、と思っていたのだ。
ところが母校の山荘の庭にクリが一杯落ちていたのを見たとき、はたと思い当たった。前の晩、クリごはんにして、クリを二十個むいたのである。半茹でにしてからむいたのだが、それでも楽ではなかった。その無理がたたった痛みだ、これは、と。

もうクリごはんも作れなくなりそう、という落胆よりも、母校の山荘の庭で、痛みの原因がわかったことのほうが、忘れがたかった。

旧道では下仁田のネギを買う。夫には軽井沢一のプリンの特大をひとつ。それと夏に訪れたときマークしていたブティックがセールしていて、黒にも茶にも似合いそうなインナーを3000円で購入。ライトグリーンの水玉模様、水玉はわたしの勝利模様である。

後ろのひとたちの世間話を聴きながらウトウトの帰り道。附属小学校は六年のときに編入。わずか一年しかいなかったのだが、きょうのこの居心地のよさ。母校の誇れる美点の原点がここにあり、という感じであった。
峠の釜飯を夕飯のために買いこんだ、Tちゃんとわたし、それに下仁田のネキとで、にっちもさっちも…、新宿からタクシー相乗りで帰宅となった。

2012年10月12日 (金)

『純と愛』そっぽ

―ねえ、新しい朝ドラ、見てる?

―見るのやめた。

―やっぱりね。どこがヤなの?

―まず、脚本、『家政婦のミタ』のひとでしょ?あのドラマ嫌いだったの。
それと、武田鉄矢キライ。それにあの女の子の声がキライ。

―キライの三拍子ね。うん、あのヒロイン、朝の顔に不似合い。目玉ギョロギョロさせて、怒鳴ってるの、見たくもないわ、まったく。

―どうしてあんな夜の九時台みたいなドラマ、朝にもってくるんだろう?NHKの判断、ほんと、おかしい。

―受信料値下げしたって盛んに宣伝してるじゃない?だからドラマの質まで下げていいってもんじゃないわよねえ。

―あたし、ね、朝六時ごろ目がさめるでしょ?で、前の朝ドラと、今のと、二つ見て、さあ、起きようっていう気になってたんだけど、今は両方、もうや~めた。

―朝はさわやかで、おだやかな出だしじゃなきゃね。

―クラシックも変な時間帯だし、ブックレビューはなくなったし、それでもなんかいいことやるのかと思ってたけど、もう見放したくなったわ、NHK。


2012年10月 9日 (火)

秋くれば

相継ぐ訃報である。
おとといが夫の父方の伯母99歳、昨日が夫の母方の叔母95歳、そしてきょうは夫が現役だったとき、一番お世話になった上司85歳。
「いよいよ次の世代の番になりそうだな」検査入院の結果がよくなかった夫がつぶやく。
そうは言っても今週も来週も再来週もゴルフやマージャンの誘いが夫の状態を知っていても入ってきて、出かける予定にしている。仲間がみんな同病なのである。
糖尿か前立腺、あるいはその両方、またはすでに転移したガンを抱えている人もいる。

「Sみたいにならないようにしなきゃな」
S氏はマージャン仲間の難病だったひとで、プレイ中に倒れたのだそうだ。自宅に連絡しても奥さまは留守、結局、残りの三人のうち、一番元気だった夫がつきそって救急車で病院へ。六時間ついていたという。ケイタイが今ほど普及していなかった頃らしい。それでも奥さまには連絡がつかず、所持品の手帳に書かれてあった電話でようやく、義兄というひとをつきとめ、あとを任せることができたのだそうだ。

今はケイタイがあるからといって、大丈夫とは言えない。本人が持っていくのを忘れたり、持っていっても充電していない状態だったりする。それはわたしたちも同じで、マナーモードをオフにするのを忘れて鳴っているのに気づかなかったりもする。
いつ何どきでも、連絡がつくように、心して暮らさなければ。

プロフィールの写真:フィレンツェ、フィエーゾレ

2012年10月 6日 (土)

冷や冷やセキュリティ

数日まえにパソコン画面に、ニフティの常時安全セキュリティ24のバージョンアップをインストールするようにとの指示が出ていたので、続行というウインドウに従って実行し、終了したものと思っていた。ところが、そのあと頻繁にウイルス、スパイウエアスキャンをしてください、と赤信号があらわれる。おかしいな、と見回してみると、デスクトップからニフテイセキュリティのロゴマークが消えてしまっている。
これは大変、ニフティに電話しようにももう夜、八時を過ぎている。翌日まで待っていられないので、『まかせて315』に電話した。有料なので、すぐにオペレーターにつながる。
わたしのパソコン、目下メモリが1ギガバイトしかないので、新バージョンは無理、その下のシステム直ちにインストールしましょう、と、終了寸前という段階まで、つきっきりで教えてくれた。しかも今回は無料。
あとはウイルス、スパイウエアスキャンである。無事にスキャンが始まったが、三十分ぐらいで済むかと思ったのに、いつまでたっても終わらない。一時間経っても二時間経っても、まだまだ拡大鏡がウインドウ内をぐるぐるめぐるイラストが続く。このまま永久に終わらないのではないかとこわくなってきたほどだ。
九時過ぎから始まってとうとう、終了したのは三時間半後、午前一時近く。そういえばずいぶん長いあいだスキャンをしないでいた。定期的にニフティが自動的にしてくれているものと思いこんでいたのだ。一ヶ月に一度と言う設定をしてようやく就寝。

ウイルスもスパイウエアもゼロだったのには、ほっとしたが、パソコンを安全かつクリーン、しかも、重くならないように保つのはほんと、大変。
容量を軽くするために年賀状のソフト『筆王』まで削除してしまったので、十二月まえには、新たな住所録をワードから作り直さなければならない。
こんなことがいつまでできるか、もともとメカには弱い自分を思うと不安になってはくるが、大学生になった孫が超多忙で助っ人に頼みにくい今はわたしにとって、この『まかせて315』は有料でも頼みがいのある存在になっている。

2012年10月 3日 (水)

イタリア語その後のその後

イタリア語のレッスンをとり続けるかはこの夏の課題だった。これまでのクラスを辞めることは決めていたが、そのあと、続けるとしたら、どこにするか?
ワンステップアップを試み、リンガビーバの夏季特別講座を受講。ヴィデオの聴きとりのコースである。この学校は教師の質がいいと定評があるのだが、それを実感できるかどうか。
夜の二時間授業四日連続。教材の映像はミラノの朝日新聞みたいなコリエレ・デラ・セーラの記事ヴィデオ版。
テーマはフィレンツェのジェラート祭り、電子書籍、新宅配業、最新国際ニュース、と幅広く、教師は男女2人、生徒にしゃべらせることを主眼にした授業内容。
身近で関心多いテーマばかりだったので、満足したが、わが身の聞き取り力のなさを痛感した。
なにを語っているかはわかるのだが、言葉をピックアップして、それを正しく書き、前後の文に当てはめて、質問に答える段になると、追いつかない。記憶力が作動しないのだ。
六十代の男女三人のクラスメートはツワモノぞろい。正しく聴きとってスラスラ書くのである。
休み時間に、イタリア旅行歴を訊いたら、隣の女性は一度も行ったことがない、飛行機嫌いなので、の応えにグワ~ン!
何年ぐらい勉強を?には、もう忘れた、十年以上、の応えにそれはそうでしょう、と少し安心したが、それにしてもそんなに長いあいだ在籍させるこの学校の把握力と、この生徒さんの持続力にも感嘆したのであった。

プロフィールの写真:アッシジ駅の受胎告知像

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