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2012年6月18日 (月)

イタリア語、授業エピソード

イタリアの小説家、スザンナ・タマーロのベストセラー小説『心のおもむくままに』の中には忘れがたい文章がちりばめられている。
  「愛のいちばんの特質は強さである…しかし強くあるには自分自身を愛さなければならず、自分を愛すには自身をふかいところまで知り、奥底にかくれている受けいれがたいことをふくめて、自分のすべてを知る必要がある」
それをしないで娘を死に追いやり、孫娘をひきとって育てなければならなくなった祖母が、のちに孫娘との別れのあとで、死期を悟り、置き手紙を書く。
「逝ったものが胸にのしかかるのは、いなくなったためというより、おたがいに言わなかったことがあるためなのだ」という思いから。

この小説を愛読し、できればイタリア語で読みたいと思った。
イタリア文化会館の語学コースでこの小説の講読のクラスが開かれると知り、わたしはとびついた。数年まえのことである。
すでにこのコースの常連四人の生徒がいて、わたしともう一人かなり高齢の女性が新入りだった。講師はジェノヴァ出身、高校教師を長くしていたという、三十代のおしゃれな女性。
作者の紹介は丹念にされたが、それからが驚愕の授業だった。猛スピードで音読させるのである。そのあと、質問は? その繰り返し。
タマーロの文章をゆっくり味わい、イタリア語的表現の解釈があり、意見を交換しあう、などと想像していたのとは大違い、しかもタマーロの原文はかなりくせのある文章で難解、すらすらとは到底読めない。
二度目の授業のあと、わたしは講師に直談判した。あまりにも期待したものと違う。ほかで講読の授業を受けたことがあるが、全く違った。これではとてもついていけない、その、ほかでの授業の講師の名まであえて、出して、うったえてみた。
講師はちょっと動揺したようだったが、次の授業のとき、常連の生徒に、こういう意見が出たけど、どう思うか?と尋ねた。彼女たちは、今までどおりでいい、と笑顔で応えた。新入りの高齢の女性だけはわたしの意見に賛成してくれた。
その日の授業は、あっと驚くほどのゆったりとした解説の行き届いた内容で、こういう授業もできるひとだったのだな、と安堵し、これが続くようにと願った。

ところがである。翌週の授業のまえ、わたしは教務主任というイタリア人女性から呼びだされたのだ。
文化会館の講読はあのやり方で当然だ、なぜならlettura(講読)だからだ、あなたの求めるのはletteratura(文芸)だろう、気に入らないなら、今ならほかのクラスに変われるけど、どうする?と詰問口調。
わたしは、でもあれは母国語の高校の授業みたいだ、わたしたちは外国人でしかも大人である。いくらなんでもあんな授業は失礼だ、とまで言ってみたのだが、イタリア語とあって、ぺらぺらとはいかないので、その女性は薄ら笑いを浮かべ、英語にしたら、などと言うのである。
だがあまり思いがけなかったので、わたしはすっかり混乱して英語の頭になれなかった。悔しさと、腹立たしさで、言葉に窮しながら、このときほど、自分の無力を思い知ったことはなかった。

授業モードも前に戻り、コース終了を待ちかねたほどだった。大好きなタマーロも遠くにいってしまった気がした。

ひとつ救いだったのは、新入りのもう一人の高齢女性が「あなた、よく言ってくださった、あんなのは授業じゃない、わたしも言いたかったけど言えなかった」と言葉をかけてくれたことである。

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コメント

「コース終了を待ちかねたほどだった」という文字に、あれほど好きなイタリア語なのに
と、私もつい腹が立ちました。
私なんか旅行で一方的に文化や建物を見るだけなので、込み入った人間関係はわかりませんが、何か困ったことがあったらじっくり話し合うのかと思っていました。
大学の授業の「購読」は丁寧でしたよね。
イタリア作家の本は読んだ記憶がないので、スザンナ・タマーロも初耳でした。7行の解説だけど心に響きましたよ。
私は今『背教者ユリアヌス』の3巻目を読んでいます。もちろん日本語で。日本語でも
行ったり来たりしながら読まないと内容も人物相関図も複雑なんです。ローマ帝国の黄昏のころの、哲学者みたいな皇帝です。

ちゃぐままさん
丁寧に読んでくださって感激です。
イタリア語はクラスレッスン、グループレッスン、個人レッスン、多くの経験がありますが、一長一短で、いい人なんだけど、教え方が、というケースが多かったです。
辻邦生氏、お好きのようですね。お目が高い。わたしも彼の『春の戴冠』を居ずまいを正して読み進んだ記憶があります。
ちゃぐままさん、スザンナ・タマーロ、おすすめです。ぜひお読みください。

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