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2012年5月に作成された記事

2012年5月28日 (月)

吉田秀和さんの追悼記事

偉大な人物が亡くなったときの報道を、きょうの朝日新聞は、まさにこうあってほしいという形で、あますところなく伝えてくれた。
一面では死亡に関するニュース、社会面には四分の一のスペースを割いた評伝、そしてなんと文化面では早くも追悼文を載せたのである。
この堀江敏幸氏の文が出会いから、生前のエピソード、印象、敬意、実に具体的、これ以上ないくらい適確で格調高い語り口で、吉田さんを、称えている。崇高なひと吉田さんを語るにふさわしい美文である。
芥川賞作家堀江さんの本を読みたくなってきた。

吉田秀和さん、どれほど音楽の素晴らしさを教えてくださったことだろう。
ノルウエーが生んだ不世出のピアニスト、アンスネスのデビューを知ったのもこの方の紹介記事を読んだおかげだった。

フィッシャーディスカウが生前、音楽も絵も感動をあらわさなければならない、その感動はかならず人に伝わる、と述べたということをラジオの追悼番組で知った。
フィッシャーディスカウがお好きだった吉田さんは音楽の感動を、堀江さんの言葉を借りれば、「冷えた理性の匕首」のように鋭く、しかも「暖かくなる独特の声のふるまい」で伝えてくださった。

享年98、ご長寿であって、十分生を全うなさったことにいくぶん、救われる思いがする。

2012年5月25日 (金)

チェンジ

新聞の購読を『毎日』から『朝日』に変えた。
五年まえ、本を出版したとき、その広告が載るというので、『朝日』をやめて『毎日』にしたのだが、当時の『朝日』は偏向度がひどくて、『毎日』のほうに落ち着きを見出し、そのまま読み続けていた。
だが、近頃、物足りない。読みたい記事が少ない。とりわけ、文芸の記事や、本の新刊の広告、コンサート情報など、新鮮味がない、旧態依然に陥っている。
マッサージの医院に『朝日』がおいてあるので、行くたびに読んでいるうちに気がついた。五年まえとは明らかに違っている。改善努力をしていることがわかってきた。
たとえば今朝の朝刊、『毎日』の一面トップは原子力委の「秘密会議 委員長も出席」の見出しだが、『朝日』のほうは六面で扱い、見出しも「原子力委、密議20回以上」委員長「資料配布やり過ぎ」つまり、見出し上手で、中身が読みたくなる効果をあげている。
『朝日新聞』の名前のそばに天気予報を並べている配置も気に入った。
あとコンサート情報、広告に満足。
江口玲のピアノリサイタルを載せてくれるセンスの良さ、もっともあわててチケット手配しようとしたら、すでに完売だったけれど。
きょうの夕刊には週末を意識してかデパートの催事場やセールの広告、情報をまとめて載せている。
広告の量の違いもあるのかもしれないが、朝刊、『毎日』は28ページ、『朝日』40ページ、値段は同じなのだ。
夕刊は一時間以上まえに届く。
だいぶ改革したんじゃない?と購読申込みをしに行ったとき販売店の主人に言ったら、大きくうなずいていた。

トイレットペーパーやティッシューボックス、ゴミ袋などのプレゼントが届いたとき、わたしは留守で、夫がオレは朝日嫌いなんだけどな、と言ったらしいけど、販売員は奥さまにくれぐれおよろしく、と深々と頭を下げたそうである。


2012年5月22日 (火)

穴が……

日曜日のブリッジトーナメントでゲームの一区切りがついたとき、目に異常を感じた。黒いゴミのようなものが散らばったのである。ほどなく収まり、目薬をさしたら、その後は起らなかったが、気になったので、翌朝、朝食をとらずに病院に行った。

眼科受付五番、すぐ眼底検査。いつものI先生、あれ~っつ、と声をあげて、網膜に穴があいてる、とおっしゃる。
ドッキーンとして足がふるえそうになった。
網膜裂孔、すぐレーザー手術しましょう、放っておくと、まわりから水が入って網膜剥離になります!!!
これは大変なことになった。このあと、スポーツマッサージの予約、翌日クラス会、などなど、キャンセルしなければならないことがいっぱい。
マッサージは無理だが、手術は十分で終わる、と聞いてまたびっくり。
パソコンばっかりしてるからだ、それみたことか、と言いそうな夫の顔が浮かび、パソコンやりすぎのせいでしょうか?と恐る恐るたずねたら、いいえ、全然関係ないです。手術のあともパソコン、テレビ大丈夫です、に、わあ~、まずはよかった。
別室のベッドに横たわるのかと思ったら、座ったまま、別の受診機のまえに移動しただけ、看護師さんがしっかり肩をおさえてはいたけれど、十数回レーザー照射し、終了。
注意事項も熱いお風呂に入らないで、くらい。
でもあの飛蚊症のひどいのは症状のあらわれだったようで、早い処置ができてよかった。それにしても医学の進歩はスゴイものだと、あらためて実感。

まぶしさの消えぬ目のまま、そばの神戸屋で、フレッシュオレンジジュース、コーヒー、焼きたてパンの朝食をおいしく味わうことができた。

2012年5月17日 (木)

もてなしの極意

「お出かけになりませんか」というタイトルのメールで、Nさんから昼食のご招待をいただいた。
田園都市線の終点に近い駅、文庫本が一冊読み終えるぐらい、と以前は言われていたのに、急行に乗ったら、二子から三十分もしないで着いてしまった。雨が気にならないほどの駅からの距離、花に彩られた家が多く、落ち着いた住宅地に変容していて、彼女が二十数年まえこの地を選んだ選択のよさを再認識した。
これまで洋風の料理メニューが多かったのだが、その日は和食の粋。
焼きシャケをほぐした身とミョウガ、柴漬け、大葉の線切りが入ったバラ寿し、エビと長いもを叩き、レンコンみじんと合わせた揚げ物、ゴマ豆腐、トマトとオクラ、ジュレつき、清まし汁も長いものシンジョ入り、それにタイの昆布〆め。
食べ終わるのが惜しいぐらいの美味、このところ手作りのおよばれが少なくなっているので、至福のひととき。
ご主人を昨年末失くされたばかり、しかも、ご主人の伯母さま、94歳をまだ介護中。
料理は苦にならないの、のお言葉に近頃バテ気味のわたしは絶句。
デザートが驚きの一品。タピオカにハチミツとレモンを合わせ、そこに食べられるアロエの身を混ぜ、キウイをかざったさわやか薬膳風。まさに癒された。
しかも、おみやげにと渡されたのは庭のキンカンを煮たという手作りジャム。

雨はまだ止んでいなかったが、二歳年上の彼女が極めた家庭料理の達成感のオーラを浴びて、励まされた心地がしつつ、軽やかに坂をのぼる。

『モナリザ・スマイル』という忘れがたいハリウッド映画がある。ジュリア・ロバーツがリベラルな美術教師になって東部の名門女子大に赴任するその時代が、まさにわたしたちが学生だったあのころ。授業では、突然、夫から十人の客を連れていく、と言われたときのもてなしを計画せよ、などの課題が出たりする。
メニューを決め、材料をそろえ、手順よく調理し、味覚に応える仕上がりにする、しかも人数が多ければ多いほど、細やかな気配りを必要とする。家の中も美的感覚十分の居心地を演出、そして自分のホステスとしての服装を配慮するとなると、まさに衣食住すべてにかかわる一大プロジェクトである。
そういう経験を積み上げてから社会に出て仕事をしたひとが、成功を勝ち取る例が多いのも納得がいくのだが、Nさんも60歳を過ぎてからインテリアデザイナーとなって、主婦経験なしでは果たせない目配りのきいたデザイン力を発揮している。


2012年5月14日 (月)

ハグをあなたに

最近、インターネットのグーグルのロゴが素晴らしい。
きょう母の日のそれは、際立っていた。gの字がネックレスをして足を生やして立っている。そこにやはり足の生えたoの字が2人、チョコチョコ紫の花を一輪持ってかけより、gの字ママに抱きつき、Googleの文字完成。
いいなあ、ハグ、親愛の情をこれほど端的に表現できる習慣がほかにあろうか。
欧米に短期間でも滞在していると、ちょっと親しくなっただけで、このハグをもらうことになる。何度やってもわたしは下手だ。気恥ずかしさか抜けないのである。
イタリアでは手紙の結びの言葉にもun abbraccio ハグをあなたに、というのがある。
英語だとせいぜい、with love とか、lovingly とかだから、イタリアのほうがより強烈に率直に親愛をあらわす。
日本にこの習慣があったなら、家族間に生ずる冷え冷えとした事件は少ないのではないだろうか。

さて夕方孫娘から電話があった。
「ばぁばね、いま母の日でマカロニグラタンつくってるんだけど、一リットルって、カップだとどのくらいなのかな?」
彼女そのへんの数量的なところが小さいときからニブいのだ。
「カップに数字ついてない?250ccだと、4杯だよね」
「あ、そっか。わかった、ありがとう」
しばらくして、また電話。
「ねえ、640ミリグラムの牛乳ってどのぐらい?」
ほんと、計量表示はややこしい。

出来具合はどうだったんだろう?
十時ごろ娘に電話してみた。
「それがね、すご~くおいしかったのよ。才能あるかも」

わたしへのプレゼントはきょう仕事だったので、後日ということだった。

2012年5月10日 (木)

パンケーキ物語

パンケーキが無性に食べたくなるときがある。
それはきまって土曜か日曜、ちょっと重たい朝食、朝昼兼用、ブランチで済ましたいというとき。
日本のホットケーキは英語の日本語化で、欧米ではパンケーキ(正しい発音はパンケイク)でないと通じない。
日本のホットケーキあまりにもケーキ化していて、お菓子のよう。ほんとのパンケーキはもっと薄くてやわらかく、バターとメイプルシロップがしっかり染みとおる。
市販のホットケーキミックスではパンケーキにならない。ようやくこれなら、と探しあてたのが、F&Fで売っている、『Maisyのおきにいりホットケーキミックス』という黄色地に絵本の主人公メイシーちゃんが描かれているブランド。
けれども、うちでつくるのがしんどいとき、自由が丘の『花きゃべつ』に出かける。ここはなんともう37年も続いているのだ。付近にこじゃれたホットケーキ専門カフェなどできたが、そんな店などなんのその、しっかり繁盛している。
アメリカにはパンケーキハウスがあって、ウイークエンドはとりわけ繁盛する。
一昨年、数年ぶりに以前暮らしたことのあるエヴァンストンを訪れたとき、パンケーキハウスにいそいそ出かけたのだが、がっかりした。一皿に八枚もついてくるパンケーキ、重曹くさくて、おいしくなかった。『花きゃべつ』のほうが数段上なのである。アメリカは日本に負けている、と思った。

独特の朝食で有名なイタリアでも、パンケーキを朝食で出すB&B(Alla Buona Stella)がトリノにある。
パンケーキミックスなど、イタリアにはないから、手作りの調合だそうだが、鉄製のフライパンで焼く、正真正銘のパンケーキ、生ジュース、ヨーグルト、生ハムまでついてくる、夢のような朝食、部屋も小さなバルコニーまでついているローラ・アシュレー風の美しいインテリア、ここでの二泊のステイをなつかしさも新たに、何度も思い出すのである。

2012年5月 7日 (月)

歌声の謎

休日の朝十時ごろ、わたしは山手線で新宿に向っていた。
原宿を過ぎたころ、歌声が聞こえてきた。
ある~日、森の中、くまさんに出遭った…、
ママが子供に歌っているのだろうか、それにしては子供の声が聞こえない。
歌声は中年女性のようなアルトなので、オバアチャンの付き添いなのかとも思ったが、歌声は聞きほれるほど上手ではないし、だんだんカラオケの独唱のようになって、車内にはちょっと当惑したような沈黙がただよった。
 は~るよ来い、は~やく来い…
なおも続いて、代々木を過ぎるころには
 迷子の迷子のコネコチャン…
になった。
いったいだれが歌っているのだろう、わたしは少し早めに席を立って、声の主を探した。
服装や髪の乱れた年配女性だったら、状況がたやすく想像できたかもしれない。

だがその人は意外にも若い男性だった。スーツを着て白シャツに紺色のネクタイをしめたしかも容姿もさわやかなその人は、座ったまま、満足げな笑みまで浮かべて歌っているのだった。
あんなにも完璧に歌詞をおぼえている…いや、おぼえられるほどに、幼いときに反復して歌ってきかせただれかのことを、切なさにおそわれながら想像していた。

2012年5月 3日 (木)

言いがかり

イタリア映画祭三日目、午後の部、開場まで十数分、間があったので、途中で買ってきた稲荷ずしを食べておこうと思った。
朝日ホール階下のベンチはほとんど占領されていたが、ギャラリーそばの四人がけのベンチに空きを見つけたので、すべりこんだ。右側のひとは端に荷物をおき、斜めがけに座ってこちらにお尻を向け、2人分占領している。わたしが座ってからこちらを振り向いたが席をつめてはくれなかった。
食べ始めて右隣がまた振り向いたので、何を気にしているのだろうと思ったが、そのまま食べ続けた。カタギリハイリみたいな風貌だった。
するとまたそのひとは振り向いて言った。「ちょっと、あなた、ぶつからないでよね」
わたしは思わず言い返した。「ぶつかる、なんてしてませんよ。そちらのほうがゆとりがあるじゃありませんか。こちらは窮屈だから、さわったかも知れないけど、ぶつかるなんて…」
相手の声がでんぐりがえった。「もう二度もぶつかってるのよ。すみませんくらい言ったらどお?」

わたしはあやまらなかった。左隣のひとは何か察したように席を立った。わたしも席を立って、ギャラリーに入った。
ちょっと胸がどきどきしていた。渋谷では目が合っただけで刃物で刺された事件も起きている。もしそういうひとだったら、と思って上着をぬぎ、印象を変えたつもりになって、ギャラリーからしばらく出ないで、開場し始めてようやく、エスカレーターを上った。
指定席である。もしも隣り合わせになったらどうしよう!幸い、そうはならず、それらしいひとも見かけなかった。

落ち着いてみると、言い返した自分が愚かだったと後悔した。すぐ席を立つべきだったのだ。
相手のイライラ気分に負けん気おこして自分を貶めてしまうなんて、バカだ、バカだ。
なんとも空しい自己嫌悪で、映画を見るまえのはずむ心がすっかりしぼんでいた。

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