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2012年4月に作成された記事

2012年4月30日 (月)

友情のアート

ゴールデンウイーク第一日目はアートの日とする。
風邪で臥せっているあいだに、見逃しそうになっている、画家の友人たちの作品を一日で見てまわろうという計画。
とりわけ最終日となった新国立美術館の春陽展、幼なじみの加奈子ちゃんの木版作品が受賞したという知らせをもらっていたので、楽しみにしていた。
三階の版画展示室に入室したとたん、目にとびこんだブルーの大作二点、胸がどきんとするほどのインパクトを受けた。彼女はこの十数年ずっと花をテーマにしていて、とりわけポピーにこだわっていた。花が花だけでなくなって、彼女の手法で何かを語りだし始めたのをずっと追いかけるように、鑑賞してきたので、今回のこの作品は明らかにあるゴールに達したようなすがすがしさを発散しているのがまばゆいほどに伝わってきたのだ。
奨励賞、立派なものである。
『春儚き』タイトルもいい。そしてもう一点は『夏儚き』006


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家が近くて、おままごとをする頃からの仲よし。
同じピアノの先生に習っていたが、発表会に出ることを辞めてしまったわたしと違って、彼女はどんどん腕をあげ、リストのメフィスト・ワルツを弾きこなすほどであったのに、子育てを終了したころから、版画家になってしまった。
アメリカ駐在時代も接点があって、ニューヨークで再会して、街巡りをいっしょにしたりもした。

一人の女性の生い立ちにかかわり、生きがいとなるアートの達成の道のりをたどるように応援できたという経験は、女性としての自己実現を分かち合えたようでうれしい。
浜口加奈子さん、心からのおめでとう、を。

2012年4月28日 (土)

和風大学生

孫息子から電話があった。
「ねえ、ばぁば、じぃじの着物ってある?」
「あるけど、どうして?」
「着てきたいだんよ、学校に」
「え?それは無理。大島だからね、上等すぎるわ、洗濯もしにくいし」
「そっか。でも、とっといてよ、ぼく着たいんだから」
大学は情報音楽専攻、十五人クラス、なんだか気楽なところらしい。でも毎日五時半起き、通うのは大変そう。
娘の話。
「ネットで作務衣買ってね、下駄はいて通ってる。それがね、よく似合うのよ、意外と。夏はジンベエなんだって」
「毎日早起きで大変だね」
「うん、でも、地元のクラスメイトと仲良くなってね、きのうなんか、泊めてもらったらしくて昼過ぎ帰ってきてた」

小学校の卒業記念文集のランキングにカレの名があったのを思い出した。(あり得ないことをし出すひと)二位。

この様子では当分うちには来そうにない。スパムメール退治を相談しようと思ったけど、やっぱり『マカセテ315』に頼むことにしようか。


2012年4月25日 (水)

チャイの近況

飼いネコチャイは15年わたしたちと暮らしている。ネコの年齢に換算すると76歳だそうなので、飼い主同様、高齢だけど、二度の引越しに耐え、三軒の家にも順応し、日に三度ぐらい外を散歩してニャアとドアの外で啼いて、帰宅を知らせ、戻ってくる。
新しい我が家には網戸にネコ用の入り口もつくってあるので、何度か出入りを練習させてみたのだが、覚えようとしない。バカなのではなく、カレにはカレの考えがあるのだろう。
もともと、ネコを飼おうよ、と言い出したのは息子なのだが、可愛がり方も下手なので、引っ掻かれてばかりいる。それでも、わたしたちにはあまり話しかけない息子も、チャイには「おお、いたのか、ネコネコしいのう」などと甲高い声で呼びかける。それを聞くと彼もまともに暮らしているとわかるのである。
娘もチャイをこよなく愛している。「チャイに会いに行っていい?」わたしたちに会いに来るというより、チャイに、なのだ。やってきて、まずチャイに顔を埋め、癒されるのを優先する。
わたしもチャイにはつい、特別な声で呼びかけてしまう。「生きてる毛皮チャン、えらいねえ。おまえは生きてるだけでえらいよ」

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チャイはこのごろ、水道からの新鮮な水を直接のみたがる。以前の家のバスルームには水道の蛇口がチャイの届くところにあったのだが、今度の新しい家には蛇口の上に棚がついているので、チャイのからだが入らない。そこでわたしに洗面シンクにのせろとニャアと要求するので、ドッコイショとのせて水を細めに出すと、105口くらいペチョペチョとのんで、蛇口を閉めることはせず、とび降りてトットッと二階に上がっていく。

自分に今必要なことをしっかり要求し、生きるということだけをひたむきにしている老猫がたまらなく愛しい。


2012年4月23日 (月)

戦い済んで日は暮れて

木曜日、夜のイタリア語クラスの前、まだ咳が出るし、からだもだるいので、いつものホームドクターのところに行った。どうやら風邪をこじらせてしまったらしい。きちんと薬、最後まで飲みなおしてください、と言われてしまう。
ありあわせの薬の服用量が足りなかったようだ。自分で判断して呼吸器科なんぞに行かず、最初からかかりつけのこの内科に行けばよかったのだ。

週末の二日、ブリッジの女性メンバーのみのナショナルトーナメント、高島屋S・C杯、数ヶ月まえからさそわれて、OK、と言ってしまったから、よほどのことでないとチームメイトに迷惑をかけることになるのでキャンセルしづらい。数年前から、こういうゲームに出るのをやめることにしていたのは、こういう事態を予測していたからであろうに、玉川高島屋が近いからと、つい、誘われるまま、うなずいてしまったのが運のつき。しかも、ゲームの会場はなんと四谷になってしまった。
金曜一日で、なんとか身体をととのえ、トーナメントに臨む。

34チーム、見回したところ、知らない顔ばかり、わたしたち七十代のチームは最高齢のようだ。
トランプカード52枚を四等分した13枚を各自が持ち、2人一組がテーブルに向い合い、対戦する。それぞれがカードを見せぬまま、自分の札の強さを短い符号で知らせ合い、競りをする。その競りに勝ったペアは、宣言した数の札を四枚一組できるだけ多く勝ちとらなければならない。相手ペアはそれをさせまいと協力しあってディフェンスする。
一枚ずつカードが出るたびにカードの分布状態が少しずつ明らかになってくる。集中力と緊張を要するゲーム展開である。
52枚四等分したカードが収まっているボードを午前、午後、合わせて56ボード、競った。
ゆったりできるのは昼休みの一時間のみ、午後二時ごろ睡魔が襲ってくる。なんとかしのいで、二日間無事終了。
自分のディフェンスミス、パートナーの判断ミス、チームメイトのプレイミス、総じて失敗のほうが多く、結果は平均にも達しない惨敗だったが、二日間、ゲームをやり通せた自分の体力に満足した。
ひとときそのことだけに熱中できるというこのゲームはわたしには気晴らし以上の人生の張り合いでもある。
自分たちより若いチームに二度勝ったことも、うれしい一瞬だった。
二日間、夕食調理を担当して、おいしいスパゲッティと、餃子をつくってくれた夫に感謝!

2012年4月19日 (木)

続 経過観察

三寒四温の日々である。風邪は抜けきれてなくて、まだ咳もあるし、体にけだるさがつきまとっている。
臭覚はどうやら少しずつ戻ってきている。道端のヨモギをちぎって嗅いでみたら、かすかではあるが香りを感じることができた。
ブリッジパートナーの一人から、メールで五月のゲームの誘いがきて、彼女も熱のある風邪をひき、長引いていると書いてあった。
夫が散髪から戻り、いつも担当してくれている若い人がやはり風邪で、夜間咳がひどく、強い薬をのんだあとの薬禍で苦しんでいる、と言っていた。
老いも若きも、ときならぬ風邪にふりまわされているようだ。

国際婦人クラブの月例ランチョン、けだるさを感じつつ、アメリカンクラブへ出かける。同年代の出席者は少ない。でもシェフが変わったのか、今年になってからのランチメニューはとても美味である。グリーンアスパラのスープ、フィレミニヨンのステーキ、付け合せマッシュポテト、トマト、ブロッコリー、どれもぺろりと平らげてしまった。
プログラムはKen Toyamaさんの琵琶の弾き語り。ラフカディオ・ハーンの怪談話を英語で聴かせる。例のノッペラボーの話を笑いもとりながら、巧みに演じる。一瞬英語であることを忘れるくらい、謡いこみが見事で、外国に日本古楽器を紹介する可能性の大きさを実感した。
帰り、疲れがどっと出てきて、中目黒で下車、『東邦マッサージ』にとびこむ。ここは腕がそろっていて、当たり外れがない。薬で胃や肝臓が疲れているのがわかる、などと言われたが、年齢のわりに、回復の反応も早い、ともほめられた。
ようやくだるさがおさまったが、やはり、明後日のバス旅行はキャンセルして正解だったとつくづく思う。
自分のからだが今要求していることへの敏感さだけは、まだ衰えていないようである。


2012年4月16日 (月)

経過観察

まだ完全に回復とは言いがたい。息を吸って吐くとき、ノドの奥でヒュウという音がする。笑うと咳き込みが激しくなる。
今週末のハードスケジュール、中ほどのバス旅行はキャンセルできた。ウエイティングの人がいたのである。ほんとはメールでキャンセルすべきなのだが、パソコン開けるもの苦しくて、ゼイゼイ声で電話、咳き込みながら話すわたしに同情してくれたのか、OKとなった。

薬ののみすぎで食べ物が今ひとつおいしくない。ダイエットのチャンスなのかも、とも思うが、それより臭覚が失せかけている。庭に出て、ローズマリーを摘んで嗅いでみたが、匂わない。ええっつ、そんな!山椒、そしてイタリアンパセリで試すもダメ。室内に戻ってオーデコロンをスプレー、かすかに匂うような気もする。
そういえば、今朝のコーヒー、香りがしなかった。じゃあ、シナモンティーは?ああ、あの大好きな香りなしなんて。
どうしよう、もし、この臭覚異常が続いたら?

ネットに相談、読売系の『発言小町』というところに、出産をしたばかりのひとが風邪をひき、臭覚に加え味覚まで異常になったと投書している。わたしも、わたしもという仲間が参加。赤ちゃんの匂いもしない、このまま続いたら、育児に悪影響が出るかも、と悲痛な訴え、医者は説得無力でただ薬をくれるだけ。互いに同病相いあわれみ、数ヶ月も直らない、半年になるけど回復しない、と言いながら慰めあっている、そこに<鼻苦労人>登場。
その程度でくよくよしちゃだめ、わたしなんて五年も匂わなかったけど、直った。臭神経を活性化するには栄養が大事。食事は手抜きせず、まともなものを食べるのよ、便秘と微妙に関係あるかも、と薀蓄を傾ける。
<さしみ>というひとも現れて、日に一度、小鼻の脇をグイグイと押すといい。そこがツボ。医者は一ヶ月直らなかったら、望みナイなんて言うけど、信じちゃダメ。
若い投書者たち、総感激、涙を流さんばかりで、がんばります。

ああ、これはスゴイドラマだ!
臭覚外来のある、病院の知識まで得られて、まあ、気長に直せばいいんだということもわかり、こころが軽くなってきたのであった。

2012年4月15日 (日)

ゼーゼー、ゴホゴホ、クシャンクシャン

孫娘をコンサートに連れていった翌日からひどいことになった。
コンサートのときは幸い咳も出ず、調子がよかったのに。
バズ・ファイブコンサートは芸大同期生のブラスのメンバーの演奏。トロンボーン奏者がなんと亡くなった婿にそっくりで、思わず耳打ち。あのひと、亡くなったあなたのパパにそっくり! え?あんなにカッコよかったの?
こんな会話ができるほど、成長したのだ。一歳のときに死に別れたのだから、顔もおぼえていないのだけれど。
驚いたことに、テユーバ奏者が女性で、女性のブラス演奏進出の素晴らしさをあらためて実感した。

蒲田駅のホームで待ち合わせたのだが、ばぁば、ごめん、十分後れる、とメールがあって、ベンチに座ったとき、ちょっと寒いと感じた。あれが、まずかったのかな?

ともかく咳がひどい、あまりひどくて、わき腹に痛みが出るほど。そのうち熱も出てきた。そぼ降る雨の中、医院に行く気もせず、ありったけの薬、総動員でなんとかしのぐ。

二日たって、少しましになったので、ブログのぞいたら、なんと一日のアクセスが370も!
いつもは200ぐらいなのに。
大して話題性のあるタイトルでもないのに、と思っていたのだが、これはきっとこういう風邪のひとが多いということではなかろうか。

2012年4月12日 (木)

咳だけの風邪?

ノドがむずかゆくなって、こみあげてくるような咳が二、三日まえから続いている。
お花見まえに呼吸器科というところに行ったのだが、確かなことはわからず、うがい薬、抗生物質、咳のくすりを処方してもらって、服用している。
お花見あと、からだもだるくなって、やはり風邪だったのかな、と思ったりしたが、ネットで調べてみると、同じようなひとが数人投書して回答を求めているのがわかり、わたしだけではないのだ、とちょっと安心した。
花粉症では?とか、ストレスから来るものでは?とか、一番多い回答は、新種の風邪という診断。
これまで風邪の症状はノドから来るものが多かったが、近頃はふいに鼻水とか、今回のように急に咳のみとか、になり、どう用心してもかかるときはかかってしまうようだ。
きょうは夜、孫娘をトロンボーンのコンサートに連れていかねばならないが、それが終われば、幸い、あと5日何の予定もない。そのあと、このバアサン、また歳不相応、かなり連日ハードなスケジュールである。
カレンダーをチェックしていて、ふいになんだかわからない、3:45というメモを見つけた。これなんだっけ? 
時間からしてブリッジの約束のわけはなく、コンサートでもなく、何だ、何だ?と逡巡し、15分ぐらい、あわてて、手帳も確認するも、記述なく、この一週間なにをしたか、順繰りにたどってようやく、スポーツクラブのマッサージの予約だったことを思い出した。
風邪のあいだはボケ度もすすむようだ。カレンダーに書き込むときには時間だけでなく、タイトルもきっちり書きこまなければ、とわが身に言い聞かせてみたが、また、同じようなことを繰り返すだろう、きっと。


2012年4月10日 (火)

花見ラストスパート

今年はサクラの開花が遅かったので、早咲きから、満開まで、近所のしだれの名所も含めてゆっくり、じっくり確認することができた。
そしてきょうY子さんとT子さんと一緒に花見のラストスパート。
どこか違うところに行ってみたい、とおっしゃる二人、わたしには三度目の神田川に案内する。
高田馬場からバスで三つ目、西早稲田で降りて、甘泉公園を経て、神田川に下る。
初めてではないのに、川を覆うほどにしだれる満開の桜花の風情は息を呑む美しさだ。
しかも神田川は目黒川や、吞川より一段と深いので一層の迫力。
T子さんが「花筏」がきれい、とつぶやいて、さすが、こういう言葉があったのだ、と日本語の語彙の豊富さに感動。
ほとりを三十分ほど歩いて、椿山荘に到着。無料で中に入り、庭園散策、ピンクのしだれがまさに満開。五十年以上も変わらぬたたずまいの樹木、管理の素晴らしさに感嘆する。
お茶を飲もうと思ったが、行列なのであきらめ、玄関前のバス停から目白に出る。
とうに一万歩は歩いたと思われるが、美しいものを堪能したせいか疲れを感じなかった。

近所のしだれの枝002_2

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神田川二景


 
         013_2
椿山荘のしだれ

2012年4月 6日 (金)

劇団民芸『マギーの博物館』を観る

日色ともゑさんと親しい、わたしの友人がチケットを手配してくれて、初日の舞台を観ることができた。
『マギーの博物館』カナダのウエンディー・リル脚本、原題はThe Glace Bay Miners’ Museum。日色さん主演とあって、翻訳題名から想像してもおだやかでロマンチックな『赤毛のアン』系ストーリーかと思っていたら、そうではなかった。原題のMiners’の言葉が悲惨で深刻なラストを象徴している。
ノバスコシア州グレース・ベイの海辺の炭鉱町、スコットランド移民家族、祖父と母、弟と四人で暮らすマギー、父と兄を落盤事故で亡くしている。掘っ立て小屋の暗い舞台、食料も十分でない貧しい生活、狂言まわしもつとめる日色さんのけなげで、明るい役づくりが悲惨な話の救いになっている。彼女は70代だが、とてもそうは見えない。可憐でさえある。
後ろの座席からは寝息が、通路をへだてた列からはイビキも聞こえてきたが、わたしは眠気におそわれず、舞台に引き込まれて観ることができた。
兵役帰りのスコットランド人ニールとの恋、結婚、無職の彼が同居し、一家はますます困窮をきわめる。ニールがついに炭鉱で働くことになってから、壮絶なラストまでは狂言まわしの語りで締めくくられるのだが、慾をいえば、日色さんのこの部分の語りにはもう少し、激する感情を込めてほしかった。むごさと壮絶さの伝わりかたが弱いように思われたからだ。
見まわすと観客の半分以上が高齢者。民芸の芝居を観にくる人たちは彼らの人生のある部分が舞台に投影されることを期待している。演技がその期待に応えられるひとたちの舞台であるからだ。
共演者の中でモノ言わぬ、<じっちゃん>の演技が光っていた。
サザンシアター、好きな劇場だが、代々木駅北口は階段、また階段である。足が悪くなったら、とても来られまい。
それでもテレビや映画にはない、臨場感あふれる舞台の魅力は捨てがたいのである。

2012年4月 4日 (水)

午後の閑談

同年代の友人二人と二子玉川で会う約束をしていた。さて、何を着ていこうか。とりわけお洒落な人たち、なんでもいいというわけにはいかない。いま風でなくても、共感をもらえるような一着、あれこれ迷って、紺のインナーに、大島紬のヴェスト、模様の中の紅色と同じ色のジャケット、バッグは麻布十番の『ブルー・エンド・ホワイト』で買った藍色に波模様が浮き出したトートバッグに決める。
玉堤通りのお花見バス、サクラはようやく開きかけたという感じ、先日の早咲きサクラはもう散りかけていた。
食事はドッグウッドプラザの『結玉』、黒米御膳と京風うどんの店。
わたしの注文した大阪寿司三個としっぽくうどんのセットは、このところちょっと胃がシクシクしかけている体調にぴったりで、おうどんには桜も入っていて、まことにやさしい美味で満足した。
そこから徒歩距離に住んでいるR子さんが、うちでお茶しましょ、というおさそい、お邪魔する。ユキヤナギやボケが満開、あちこちに石灯籠があるお庭、ゆったりした居間、やっぱり広いおうちのゆとりはいいなあと、とため息。
国際婦人クラブで知り合った三人、もう四十年近いお付き合いだ。二人とも料理名人、外国人メンバーも交えて何度およばれしたことだろう。でも今の年齢、きょうのような簡便で気楽な会い方も好ましい、と思う。
年代モノのお湯のみで和菓子とお茶をいただきながらのおしゃべり。
八十代の知人が相次いでケアつきホームに入った話。おいしいものは出てくるけど、まったく会話のない食卓、満ち足りていそうなのに、なぜか急速に加齢度が深まったとか。

わたしたちの今の仕事は食べることを大事にすることだわ、と意見一致。冷蔵庫をのぞいて、あまりもので献立を考えるのは応用問題を解くみたいなもの、頭を使わなければ、なるほど。
いみじくも、きょうの毎日新聞の夕刊で、フードジャーナリストの向笠さんが「食べることは<生きる>こと、食は喜び…」と語っていた。


2012年4月 1日 (日)

ミモザ咲く

我が家のミモザもようやく花開いた。若い樹のせいか、たわわな花ではない。「花付きも中くらいないおらが春」である。003_2

四月になってもまだサクラの蕾は固く、肌寒さが消えていない。新聞の一面に大地震の予想記事が出てくると、気持が沈む。春の陽射しが明るければ明るいほど、気持のほうは反比例である。
腕の痛みは消えていない。それでもうずくほどではなくなっているので、家事はずいぶん楽になった。朝いちばん、目薬をさすときに痛みがうすらいできたのを実感する。

きのうブリッジゲームをしたときのパートナーは同年齢だが、外食のために着がえて出かけるのが億劫になったと言っていた。十数年、ヌカミソを漬けているひとである。「主人はほんの一切れ、二切れ食べるだけ、それでもわたしが好きなので、」と言いながら、沢山食べてと、タッパーいっぱいの漬物をすすめてくれた。ほどよい塩加減、ほんものという香りがする。あまりおいしいので、食べきれない分は持ち帰らせてもらった。
でも、この歳、主婦業、疲れるのよね、にうなずく。それでも自分の味にこだわりたい。何食べる?を考えながらの一日、片づけがのろい、でも時間がたつのは早い。

スーパーにはもうタケノコが出ている。引越しを二度したサンショの苗木、発芽の兆しがないので、新しい苗を買おうかと、ネットで市場を見たら、1500円もするのだ。あの苗は300円ぐらいで『花工場』で買ったのに。
念のため、『花工場』に出かけたら、売れ残り二鉢を見つけて、歓声をあげ、あわてて買った。
ウッドデッキのサンショの鉢に植えかえようと、しゃがんでみたら、なんと新芽が出ているのである。植物から元気をもらう。タケノコ料理に精が出るというものだ。
ついでに買ったイタリアンパセリ、とバジル、これを空いている鉢に植え、ローズマリー、タイムに加えて、我が家の小さなハーブ菜園はとりあえず、整った。

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