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2011年12月に作成された記事

2011年12月31日 (土)

忙中師走

30日
いつものように鎌倉に墓参り。一日がかり。遠いとは思うが夫が運転してくれるかぎりは道中が楽。都内にお墓があるひとをうらやましいと思うこともあるが、車で行けなくて電車でとなると億劫さは同じなのではないか。
帰りにいつも食べるおそば屋さんが休みで違うところへ。夫と同じたぬきにしたのだが、アゲタマがいまひとつ、細かすぎてぐちゃぐちゃしてしまう。三つ葉が散らしてあって、ぷりぷりの白いカマボコ二切れはおいしいと思ったが、そばが柔らかすぎてまずいなあ、などと夫が言う。まだ食べてるときにまずいなんて言わないでよ、とまた口げんか。
井上蒲鉾店で二色玉子とおでんだねを買い、雷神堂で薄焼き煎餅買って、ついでにユニオンで食品も買う。レンコンが160円、東京より安い。
我が家は喪中にしたので、いつもほど正月用品は要らないのだけれど、三が日楽をするために、黒豆とキンピラ、ゴマメ、ナマス、サーモンマリネなどは作ることにした。
大掃除はなし。
わたし用の納戸は衣服がとっ散らかっている。十日までにそろそろすることに。

大晦日
買い忘れたものを買いに出る。汁粉用のあんこや、年越しソバ、シードル買ったら、重くなって、腕が痛くなってきたので、最寄りの駅まで夫に迎えにきてもらって、その駅近くの八百屋でミカン、リンゴを買う。ここのほうがスーパーより果物が安くて甘いのだ。
喪中なんだから、なんにもしないでいいのに、余計なことやって、疲れてたらしょうがないじゃないか、なんて文句言われるのだが、わたしはまだできるうちは毎日納得いくものが食べたいのだ。自分の味にこだわりたい。
今年最後のマッサージ、若いひとだったが、大当たりで、45分、とても丁寧に叩いたり、さすったり、もんだり、圧したり、十分に血流を回復させてくれた。
ブリッジパートナーでやはり喪中のひとと電話で話す。彼女も黒豆ほか、おせち各種つくったと言っていた。
おせちというのは実に栄養その他よく考慮されている。昔のひとがやってきたことはそれなりに、それがいいというしっかりした理由があって続いてきたのだと思う。

2011年12月30日 (金)

こだわりで探す

イタリア通の日本人に、イタリア人への土産は何がいいだろうと相談すると、口をそろえて、セラミックの包丁がいいとすすめられる。デザインがよく、カラフルでよく切れるのだそうだ。
デパートならあるだろう、と久しぶりに行ってみた。ニコタマの高島屋はますます高級、気取った商品がふえたが、包丁のショーケースに並んでいるのは、5千円以上の高級品の和包丁ばかりで、カラフルな手ごろなものなど皆無なのである。店員も包丁類はここにあるだけで、と知識すらない。
そんなはずはない、とショッピングセンターのキッチン用品店で探してみたら、たしかにカラフルなセラミック製はあるのだが、メイド・イン・チャイナなのである。
京セラのがいいのよ、と言われているので、こだわりたい。
東急ハンズならあるかも、と思ったが、ハンズは場所が遠く不便である。
まずは東急東横店を探してみた。
わたしは渋谷という場所はあまり好きではないのだが、デパートではここが気に入っている。見やすくて、手ごろな値段のものが多いのだ。買い手に劣等感を持たせない。
案の定、ケースの中には京セラのスマートなデザインのセラミック包丁があった。値段も三千円ちょっと、店員もくわしくて、ペティナイフの豊富なデザインなら東急ハンズにあるはずです、としっかり情報をくれる。
どんなに見かけがしゃれていて、商品ぞろえが巧みに見えても、一つの商品にこだわって探すとき、そのデパートの底の浅さが見えてくるものだ、とちょっと悟った体験であった。

2011年12月28日 (水)

銘記の日

12月25日は奇しくも、孫娘の誕生日であり、亡くなった義父の誕生日でもある。生前、祝いの食卓を用意するのが嫁であるわたしの仕事だった。
そして孫娘は一歳のときに父を失い、母親が超多忙になったので、この十五年間、祝いの食卓の用意は再び祖母であるわたしの仕事になることが多かった。
今年のこの日、めずらしく娘がうちに来ない?と招待してくれたのである。
いつも作っているものでいいでしょ?などと言っていたので、まったく期待はしていなかった。

家の中は雑然としていて、掃除もいきとどいていない。英語教師、音楽教師、ときには飲食店の手伝いまでするという多忙な状況を物語っていた。
料理はすでにすべて整っていた。
ブルスケッダのフランスパン、それにのせるタラモ、トマトとオリーブミックス、ジェノヴェーゼ味のペンネ、そしてメインはホワイトソースのかかったロールキャベツ。わたしはチキン手羽先ローズマリー焼きと、コールスローのサラダを持っていったのだが、その二皿の影がまことにうすかった。
ロールキャベツは丁寧にじっくりと手際よく煮込んであって、口にするたび、あたたかな感動がからだいっぱいに広がる。
娘はわたしを越えたな、と思った。

なんでも買える世の中だが、家庭料理に優るものはない。

イブの深夜ミサのあと、年賀状を印刷し、孫娘が友達の祝ってくれるパーティに持っていくためのクッキーを焼いて寝たのは明け方の五時だったのだそうだ。
そんな無理ができる若さ、それがちょっぴりうらやましかった。

2011年12月25日 (日)

多忙X'mas週末

23日
今年の会い納め、Y子さんとT子さんと岩波ホールで映画を見る。巨匠アラン・ルネ監督の『風にそよぐ草』。まことに奇妙な映画だった。引ったくりに遭った女性と、彼女の財布を見つけた初老の男性との愛の物語、なのだが、脱線につぐ脱線であれよ、あれよ、ネットでレビューを見た中で、巨匠ならなにをやっても許されるのかという、のがあったが、ほんとそう。最後の子どものせりふ、「ネコになったら、ネコのエサ食べることができるの?」は何を意味しているのかわからない。
三人とも変な映画、ということで意見一致。
そのあと山のホテルで軽食。英国風サンドイッチは香辛料が効いてなくてまずかった。同い年三人、身体あちこちの痛みを話し合う。
四時から浅草橋『アッティコ』でイタリア語関連、忘年会、村上真理先生のお料理ずらり、どちらかというと和風、カニのバーベキュー焼きから、牛すじ煮込みまであり、本職のソバ打ち名人が実演して、打ちたてのおそばに舌つづみ。
宴たけなわの頃、一通り食べたので、失礼する。
それほどの疲労なく、帰宅。

24日
高田馬場クラブで、クリスマスブリッジ、手強い相手がいっぱいいたが、どうやら上位入賞。
クリスマスでも仕事に出た息子のために、帰ってからトリ骨付きモモを焼く。付け合せの野菜、揚げポテトとブロッコリーは夫が用意しておいてくれた。それと、コーンスープ、夫はトリが嫌いなので自分で買ってきたピザを持って自室へ。
翌日訪問客があるので、干し柿を刻み、クローブ、シナモンを入れたケーキも焼く。
夜半11時、娘と孫娘誘い、三人で、カトリック教会の深夜ミサへ。
荘厳なパイプオルガンの音に酔いながら、キャロルを沢山歌って、なにか、お墓まいりをしたあとのようなさわやかな後味、夜の冷気も心地よく感じつつ帰途についた。
(プロフィール写真はヴィテルボ、スザンナの実家のクリスマスツリー)

2011年12月22日 (木)

あれやこれやのその後

大岡山の『ロジの木』にまた出かけた。なんと五つの席はすべて埋まっていて、みんながあの小さい惣菜ごはんを食べていた。
一つ席が空いたのですわり、隣のひとと話した。お姑さんがデイケアに行っているあいだの自分だけの時間なのだそうだ。
十五年まえ、デイケアにもショートステイにもまったく行きたがらなかった義母のことを話した。そして65歳になったときわたしはそれまでの義務から解放されたのだということも。
なんだか隣で食べているひとと、とても気楽に話が出来る場所、になっているのがうれしかった。
商いは軌道にのりはじめている、という感じだった。

ミシンの修理のオジサンが来た。メガネをかけたいかにも実直な職人だったという感じの笑顔のないひとだったが、ミシンの反応がすごかった。この人待ってたの、という動き方なのである。音が違う、なんなんだ、これは。
オジサンはこれあと何年もつか、と悲観的で、営業の義務があるらしく、十万円もする新しいミシンの宣伝をした。
わたしは使う頻度が少ないから、と断り、オーバーホール的修理をしてもらうことにした。一万二千円なのだそうだ。
ミシンはわたしにも愛想がよくなったので、あと二つ椅子のマットを縫い、ダイニングキッチンのトータルインテリアが完成した。

2011年12月20日 (火)

ちょっとした変身

ショートヘアーのカットの良し悪しは最初のシャンプーのあとでわかる。

クリスマスシーズン、イタリア語関係やブリッジのパーティなど外出がひかえている週末、いつもの美容院でカットとヘアマニュキアの予約のTEL をしたのだが、あいにく担当の女性スタイリストが休みをとっていた。先生と呼ばれる男性が別にいるのだが、そのひとなら、夕方予約がとれるという。
そのひとにしてもらったら、次の時、どちらの担当になるかちょっとヤヤコシイことになりそうだ、と思い、それは断って、引っ越すまえまで行っていた近くの店の予約をとった。

美容院を変えるというのはちょっと不義理をしたようなうしろめたさがつきまとう。
わたしは訊かれもしないのに、二度の引越しや、体調不良があったことなど、べらべらとしゃべっていた。
そこは中年の男性のスタイリストとシャンプー専門の女性の助手の二人で切り盛りしている。助手の女性は五十年近い美容院経験で一番というシャンプーをしてくれるひと、指先にこころがこもっていて、すみずみまで実にバランスのとれた心地よい指の動き方をする。
先生のカットの腕も一流。いつか青山で通りがかりに入った美容院のひとがスゴイカットだ、と同業者をほめちぎった。
それなのに、わたしは浮気をしたのだ。仮住まいしたのをチャンスにしてこれまでにない自分に変身できるかも、と期待をしつつ、若いひとたちが好むようなインテリアの店をえらんだ。

今一番気になっているのは、てっぺんの髪のうすくなっているところだ。それなりの手入れはしているが、合わせ鏡をするといつもドキリとする。
先生にそのことを言うと、分け目を変えましょう、左わけのほうがツムジの割れ目が隠れます、気にすることないですよ、毛が細くなっただけです、と励ましてくれた。

そして、パーマもかけていないのに、我が家でのシャンプーあとの仕上がりは上々、十年まえに戻ったスタイルが似合う、少々老けた自分の顔が鏡にうつっていた。

2011年12月18日 (日)

工夫の楽しさ

007


ダイニングキッチンには出窓があって、三人ぐらい座れる座席になっている。
寒くなってきたので、そこに敷き詰めの長いマットを置きたいと思っていたら、インテリアデザイナーの彼女から正方形の輸入生地見本を何枚かもらった。これをつなげて、継ぎ目にビロードのリボンを飾ったら、コーナーのいいアクセントになるかも知れない、久しぶりにミシン仕事をした。
この一年ぐらいミシンを使っていなかったので、動きがおかしい。一メートルぐらい縫うと上糸がよれて、切れてしまう。それをなんとかなだめすかして仕上げる。
効果は思ったとおりで、テーブルのコーナーの落ち着きが増した。
うれしくて何度も眺めたくなる。
ようやく室内を飾る楽しみを味わえるほどのゆとりが出たということであろうか。
このミシンは娘のを、使わないからともらいうけたもの。
引っ越して仮住まいでは使わなかったので、手入れもしていない。
今更新しいミシンを購入したとしてもミシン仕事は少なくなっているので、慣れるのが難儀だろう。
ネットで探したジャノメ修理専門にTELしたら、きてくれるけど、最低一万から二万くらいかかると言われた。
年末はなにかと出費がふえる時期なのだと実感した。


2011年12月15日 (木)

続 相性について

腕から肩にかけての痛みを和らげるのに、整骨院に行くか、泳ぎに行くか迷ったが、腕はまわせるので、髪も洗いたかったし、スポーツクラブに行くことにした。
痛みの少ないクロールと歩き三十分。
やっぱり泳いでよかった。少なくとも肩の痛みは解消。
帰りにセブンイレブンでお気に入りの<こだわり米のやきおにぎり>を買い、今夜はとても料理する気にならないので、おいしい、と評判のおでんを買う。

夫に憎まれ口きいたあとの調整にお汁粉つくる。仕度していたら、オレがやるよ、と言うので、あんこの濃さを自分流にしたいのだと思ってまかせる。
わたしなら、半袋ですますのに、なんと一袋全部使ってしまった。

夕食のおでん、春菊の白和えだけ手作り、夫、このおでん、味はまあまあだけど、関西風だな、大根とがんもは醤油が濃いほうがいい、と文句を言う。
手抜きも手近では無理そう。

夜、水中ウオーキングのときにつんのめったせいか、ももの当たりが痛くなって、夫にうったえたら、「次々痛いからって、オタオタすんなよ、歳をとるっていうのは勝ち目のない戦いをさせられていくようなものさ。心を対応させなきゃ」
痛みの先輩のせりふであった。

2011年12月13日 (火)

相性について

目覚めがあまりよくなかった。
また上腕が痛みだしたのである。肩のほうまでひびいて体がけだるい感じがする。
日曜に四十五分もマッサージしてもらったのに。毎日、ストレッチしたり、湿布を貼ったり、ケアを怠らないようにしないとすぐぶりかえすみたい。
一時よくなっていたのに、どうしたのだろう、と考えて、思い当たった。
庭仕事をしたせいだ。あのすごい繁殖力の朝顔を始末したのだ。フェンスの巻きつきかたもハンパじゃなく、はぎとるのにかなりの力を要した。夫に手伝ってね、と言ってあったのに、肝心のときは留守なのである。
特大のゴミ袋二つが満杯、後始末も難儀だった。ウッドデッキとフェンスのあいだに落ちているゴミを拾い、押しつぶされそうになっていたモッコウバラを立て直した。
そのことを黙っていられなくなって、少しは気を利かせてよ、といったら、気を利かせるのはいやなんだ、の返事。
最近のあれこれのことを言ってるんだ、とピンときた。
雨天外出のとき、気を利かせてくれて、車で迎えに行こうかと携帯で電話してくれたのに、そんなときに限って携帯を切っていたりした。湿布を貼ってくれようとして、部屋に来てくれるときにはもう寝たりしていたり、ともかく、善意のすれちがい数度。

先日、星占いの大家であるイタリア人画家に会う機会があり、そのときに言われた。わたしの星座、アクエリア(みずがめ座)と夫の星座レオーネ(獅子座)はぴたっと合う時もあるが、ギクシャクも多い。レオーネは支配するのが好きなので、合わせるのもむずかしいかも、と。

2011年12月11日 (日)

ながら、の楽しみ

大岡山を歩くのが好きである。
とりわけ商店街に向って左側の路地には心ときめく店がいっぱいある。中年のおしゃれを楽しむブティックや、センス抜群の古着の店、アウトドア・グッズの店、そして、個性ゆたかなカフェやレストラン、そこを抜けると、一番のお気に入りのベーカリー『イトキト』、再び商店街に出ると、安くておいしい海苔とお茶の店とか、手作り、古着種々の雑貨の店とか、新鮮この上ない魚介の店とか、ここだけにしかない、という輸入食品店とか、ついつい、財布のひもがゆるんでレジ袋がさげきれないくらいになる。
このところ、近日オープンの店に注目していた。
路地の角にある小さなスペース、白いアンティーク調のウインド、ドアも同系の白、<古本カフェ>という名のそばに、(小さな惣菜ごはんセットもあります)と書いてあった。

きのうはそこがようやくオープンしていたので、入った。
古書はナチュラル生活系の雑誌や書籍、それを見ながら、ゆっくりお茶や軽食を、という趣旨、手作りのアクセサリーや食器などもあり、カウンターのそばにクッキーやケーキも手作りのものが並べてある。
五席しかない小さめの椅子に腰を下ろすと、なんだか友人の家のダイニングルームにいるような居心地のよさ。
きょうの惣菜ごはんのおかずは? 豚肉です。
昼から豚肉は、と思ったが、先客が席をたって、おいしかったわ、と言ったので、それを注文した。
カウンター越しに見えるキッチンの中は、よくこんな狭いところに納めたものだと思われるほど必要なものが身体を一回転するところにすべてそろっている。笑顔の魅力的な四十代ぐらいの女性、自分の足で歩き、ネットも駆使してそろえたと応えながら、無駄なく手を動かしている。
創作料理風だったら、いやだな、と思っていたのだが、出されたものは小鉢五種類、彩りよい煮しめ、インゲンとひたし豆の味噌味風、三種の野菜の白和え、トマト味風の煮物、花豆、そして豚肉はシャブシャブ用ぐらいのうすぎりを色よくソテーしたのがみず菜の線切りの上にあって、うすいグリーンのちょっとわさびが効いたようなソースがかかっている。ご飯は五分ずきのベージュ色、五味五珍の極意をこころえた、どの味も申し分なく、わたしはたまげてしまった。

五十年になる主婦生活で、日々の料理にこれほどの気をくばったメニューを出したことがあっただろうか。近頃は五種どころか二種か三種でごまかし料理だ。

出されたもの残らず平らげて、満足、これでまたひとりごはんにぴったりの場所ができた。
その店の名は『ロジの木』

2011年12月 7日 (水)

コンセルトヘボウ・チケット

来年一月のミラノ行き、フライトをKLMに決めたあと、ムズムズが起きた。往きか帰りにアムステルダムに二泊し、コンセルトヘボウへ行ってみたい…
再び情報誌をめくると、往きの一月半ば、K.マズアがブラームス大学祝典序曲を振ることがわかった。一度聴きたいと思っていた曲、よし、これだ!

まずはホテルをホールそばに決め、チケットをとってもらえるか訊く事から始める。
コンセルトヘボウに近いホテルの項目で検索し、地図から一倍近いところをクリック、徒歩四分の三ツ星が見つかった。宿泊経験者のレビューを調べると、いかにもオランダ的、質素、清潔、安全、好感度も高い、ここに決めて、電話する。
出てきたオバサン、愛想はよかったが、チケットはノー。ネットでとれば?と言われてしまう。英語ヴァージョンがない、と言うと、ある、あると応えてオランダ語らしい言葉を言うので押し問答になって早々に切る。
コンセルトヘボウのウエブサイトには確かにわかりにくい場所だが、中ほどに英語ヴァージョンになる印を見つけた。だが、いざオーダーする段になるとオランダ語になってしまうのである。
ああ、なんて面倒な!
こうなったら、経験者に訊くほかない。夏のPMF音楽祭で知り合った、海外の音楽祭やコンサートの生き字引みたいな男性にTEL。

ぼくは、オランダ語の辞書、出しておいて、翻訳しながらオーダーしました。メールや電話、FAXでとったこともあります…大丈夫ですよ、の言葉に励まされる。
翻訳しながらなんていう芸当はわたしには無理、すでに肩パンパン、また腕がうずき始めている。
ウエブサイトで席のエリアのオランダ語と値段を記して、予約したいとメールする。
すぐに返事が来ないので、やきもきしたが、二日後、ようやくメールがあって、希望の席がとれたと返事してきた。支払は下記の電話で、とあるのに番号が書いてない。
なに、これ!!再びサイトから電話番号を調べ、電話するも何度かけてもお話中。
なにかがおかしい。いくら人気のプログラムでもこれほどかからないとは?
まてよ、あのホテルには通じたのだ。あそこのそばなんだから、と番号の数字の数を見比べ、はたと思い当たった。コンセルトヘボウの番号の中の(0)を抜いてかければいいのだ。
きれいな声のわかりやすい英語の女性が応答してくれ、カードの番号を知らせてすべて手続き完了。
アムス到着後すぐでも引き取れることがわかって、まずは安心。

それにしてもブラームのほか、モーツアルト・フルート協奏曲、ブルッフ・ヴァイオリン協奏曲、ベートーベン『田園』、大曲四曲で、一階、ど真ん中の席62.80ユーロは安い。


2011年12月 5日 (月)

ディザスター!

期待していた青柳いづみ子さんのコンサート、第一曲目にdisaster(失態)が起きた。
彼女のソロ、『愛の夢』。出だしは好調でメロディがよくひびき、さすがだな、と思われたのだが、中ほどの聴かせどころ、走る部分で完全に指のもつれが出てしまったのだ。それでもヴァーンと弾ききってしまえばよかったのに、なんと、「ごめんなさい」と一言、とまってしまって、その部分から弾きなおしをされたのである。

音楽の友ホールはまるで学校の講堂を小さくしたような場所、傾斜がなく、舞台が一段と高くなっているだけなので、わたしたちは一番前に席をとっていた。
それが起きたときはこちらが悪いことをしてしまったように下を向いてしばらく顔があげられなかった。

わたしがピアノを習っていたとき、教師にきつく言われたことがある。まちがえてもいいけど、弾きなおしだけはしちゃだめよ、と。

ああ、プロでもこういうことがあるんだ、衝撃を受けた。

プログラムはそれでも順調に進み、語りもよく、『うたうリスト』はまさしくリストが秘めている心に響くような歌曲の紹介を立派に果たしていた。
カウンターテナーの村松くん、若々しく清潔感があり、歌う表情が美しく、いずみ子さんの審美眼がうなずけた。
そして次なる彼女のソロの番になると、マイクを持たれて、このところリハーサルでは完璧に弾けているのに、本番ではこういうことが起きるという現象に悩んでいる、という正直な告白をされて、好感が持てたのだが、それでも今度はちゃんと弾けるのかしら、と、ご本人より緊張してしまった。

いくつも受賞されている著書を出版され、才女ぶり著しい彼女ではあるが、執筆もし、大学で教鞭もとり、こういうコンサートを企画、しかも伴奏、独奏すべてをこなすのはちょっと無理だったのではないか、などと思った。

『愛の夢』は難曲である。しかもよく知られているだけに手強い。歌曲を編曲したものの中でもっと楽に弾けるものを選ばれたらよかったのに。
どしゃぶりの雨の日、お天気も体調に災いしたのかも知れない。


2011年12月 3日 (土)

テーブル・トーク

ねえ、ねえ、朝のテレビドラマ見てる? ほら『カーネーション』

見てる、見てる、今度の面白いわよねえ。前のも見てたけど、今度のテンポが早くていいわよ。

そう、15分終わるのが惜しいくらい。

あのさあ、婿になってる俳優、ツルベの息子だって知ってた?

へえ~そうなの、知らなかったわ。またお笑いの、だれかかと思ってた。でも似てないわよね。

よく見てごらんなさい。笑い顔なんか似てるわよ。

でもツルベもNHKにしっかりコネつけてるのね。息子がいきなりあんないい役なんて。

けど柄本なんとか、だってそうじゃない。

やっぱりカエルの子はカエルなのね。

あの岸和田ってところ、すごい男性優位なところらしいわね。

だんじり、スゴイもんね。

野球の清原もあそこの出身よ。

ああ、いかにもそうみたい。

                  *      *      *

なんだかいろいろ物知りになる、ある日のブリッジゲームのランチテーブルでした。

2011年12月 1日 (木)

『ホフマン物語』賛

オペラの名曲数あれど、わたしの心を限りなくときめかせてくれるのは、ただ一つオッフェンバックの『ホフマン物語』である。
妖気とも怪奇ともいえるストーリーの面白さ、登場人物の多彩さ、一度聴いたら忘れられないほどの美しいアリアの数の多さ、ほかのどのオペラ作品にも優る特徴が多々ある。
オッフェンバックは一幕もののオペレッタで生計をたてていたというが、その経験が見事に生きて、このオペラの幕ごとの盛り上がりは満足この上ない。
人生の最後に挑んだ本格オペラ作品、それが舞台で上演されるのを夢描いていたが、叶わず、病の床に臥しながらも作曲し続けたのに、完成を見ずして死んでしまった。
それだけにラストの一幕は種々の解釈で加筆され、それが上演される舞台ごとの特徴となる楽しみにもなっている。
ヴェルディ、ロッシーニ、プッチーニ、モーツアルト、多くのオペラ作品を残している恵まれた人たちの作品より、たった一つの作品を精魂込めて書き上げようとして叶わなかったこのオペラにはどの場面にも作者の入魂の思いがただよっているようで、心惹かれるのだ。

オペラ情報誌のページをめくっていたら、なんと一月にスカラ座がこのオペラを上演するという記事が目にとびこんできた。四年か五年に一度のこの舞台、わたしの残りの人生の最後のチャンスだと思った。
来年は金婚式。結婚を無事五十年つとめあげたプレゼントだと思って,行かせて。
夫に頼んで最後の一人旅の許可を得、ネットでチケットを購入した。

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