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2011年9月 5日 (月)

漂うひと

明け方の四時ごろ、危篤だという電話があって、病院に駆けつけた。
義姉はその後、もち直し、酸素の管をつけたまま、この世とあの世のあいだをさまよい続けている。
あの日のあの食事がやはり最後の晩餐となってしまった。
いまは視線を合わせることも、耳を傾けることも、声を出すこともできない。

義姉の知性をうやまい、少しでも近づこうとし、教えられてきた半世紀である。
夫との縁談が来たとき、本人より同じ英米文学専攻で、すでに二、三の大学講師をしていた姉を、おねえさまと呼べたら、という魅力が大であった。
それが実現して、卒論のテーマを訊いてみたら、イエィツ(アイルランドの詩人)だと言うので、これは、ちょっと、と思った。
直木賞系が芥川賞系と話すようなものである。
その上、わたしの実家は喜びや感謝を率直すぎるほどに表現するのだが、夫の家族はあまり感情を見せない。とりわけ義姉はそれが顕著で、新婚直後、我ながらいい出来だと思った手製の総刺繍のバッグをプレゼントしたとき、あら、どうも、ぐらいの返事だったし、四年のアメリカ生活を終え、『サックス・フィフス・アヴェニュー』で選びに選んだバッグをおみやげにしたときも、同じ返事だった。
その後もこちらの自己満足に終わる経験が多かったが、あなたのおせちが楽しみと言ってもらえて、三年前ぐらいまでは新年の二日に訪問してくれていたこともある。

直木賞系が少しだけ芥川賞系に近づけたときがある。
フィレンツェに行くなら、辻邦生の『春の戴冠』を読むべきだとすすめられ、じっくりと威儀を正して、心躍らせながら、1000パージに近いこの本を読む体験をし、それを検証する旅もして、同人誌にその感想文を書くことができた。

義姉が胃を全摘したのはいまのわたしぐらいの年齢である。それから十余年、四十キロに満たない身体で、少量ずつ、数回にわけてとる食事を続け、そのあいだには長男の早世という悲劇も耐えてきた。

すべての重荷をおろし、いまは、心地よく漂っていられるように、と祈るばかりである。

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コメント

心やすらかにすごされるようにお祈り=こうなってほしいと願うこと=をいたしましょう。
祈ることで cannellaサンの心もやすらかになると思います。

これまでも、そして今もcannellaサンの思いは義姉様に伝わっていますよ。

ともぞ~さん
おやさしいコメントありがとうございました。
そうですね。とかく生活のリズムに流されて祈ることを怠ってしまいます。
今はそのときだと思います。

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