面会の日に
義姉がいよいよN病院のホスピスに移ったのいうのを聞いて、パスタを持っていくのはきょうだと決めた。
レースのランチョンマットに伊万里の皿、冷たいパスタを入れるガラス鉢、少量のワインをソーダでうすめてみようとワイングラスも用意し、ナスとモッツレッラのオーブン焼きも二切れほど、すべてバスケットに納めて、夫の車で出かけた。
ホスピスにはバルコニーや中庭なども設置されており、リビングダイニングのような場所にはピアノもあって、ソファーに色とりどりのキルトもかかっている。
これはやはり無機質な病院とはまったく違うと、ほっとした。
病室には先客がいた。
正面の窓のそばにソファー、テーブルなどは備わっており、広いのだが、客人とわたしたちが、そこに座ると寝ている病人の顔がまったく見えなくなる。
また一段と衰弱したように見える義姉に、水分補給をしようとしたのだが、ベッドの起こし方が初めてのところなのでよくわからない。ナースステーションに訊きにいくと、数人の看護師がいるのだが、みなすごく忙しそうで、笑顔もなくボランティアのひといませんか?などと言われてしまう。
ここだけは普通の病院とあまりかわらないようだ。
パスタは彼女の想像したものと違ったらしく、チンしたほうがいいんじゃない?などと言われてしまう。
あまりおいしそうに食べてはくれなかった。わたしの思い込みの失敗である。
先客というのは義姉の大学時代の親友。
『ヴェニスの商人』で共演した相手。いまや瀕死のポーシャがシャイロックの手を握って、あなたには本当にお世話になったわ、というのを聞いて、胸が迫った。
シャイロックのひとは四十代に骨折しただけという病歴なしの元気な83歳だが、お耳が遠いのである。
コミュニケーションが難しいのに別れがたい二人を残し、わたしたちは先に席を立ったのだった。
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