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2011年5月に作成された記事

2011年5月31日 (火)

どうしよう~っつ!!

娘が三十数年まえ、アメリカの幼稚園で親友となったEから、大勢宛にメールが来た。
彼女の母親とはわたしもずっと文通を続けている友人関係なので、もしやそのHになにかあったのではないかと、メールを開く。
文はなく、ただ、インターネットのアドレスがあるだけ。
カード会社製のメールかも、と、再びクリックすると、セキュリティのチェックを促すリストのようなものがあらわれたので、間違いかと元に戻そうとしたのだが、戻らず、次には英語であなたのパソコンには危険なウイルスソフトが数個入っている、それを消したければ、ここを、なんていう文面があらわれ、それをうっかりイエスのほうにクリックしたら、79ドル要求するリストが出てきたので、しまったと元に戻ろうとしたが、ダメ。
さらにしつこく、このままにしておいていいのか、という英文がひっきりなしであらわれ、ついには見るもおぞましい、ポルノの写真の画面があらわれ、消えなくなった。

どうしよう~っつ!!

とりあえずコントロールパネル開いて、あやしげなソフト探し、アンインストールしまくる。
それでもポルノ画面は消えない。

こうなったら頼るのは夫しかいない。彼はパソコンやらないのだが、パニクったときになんとかしてくれるのは、やはりこのひと。
ジイサマ声を荒げて、パソコンなんか夢中でやるからだ、と勝ちほこったようにのたまい、プロヴァイダーに電話しろ、と命じた。

<順次おつなぎしますので、いましばらくお待ちください>例の、いやになるほど聞きなれたメロディーを耳に入れつつ、待つこと、十分。
ニフティーガールは説明しかけただけで理解、それほど、いま被害が多いのだそうだ。

名づけて『ワンクリック詐欺』

ニフティの24時間セキュリティチェックからスキャンして、削除指示をするよう、教わる。
さらにそれがダメなら、一ヶ月315円、一回の相談料1890円也の『マカセテ315』なる強力助っ人登録をすすめられ、ま、いいか、安心料としては安いかも、とOKする。

スキャンは二時間かかったが、そのあいだに、どういうわけか仕掛けておいたアンインストールが成功して、ポルノ画面は消えてしまった。

あわてる乞食はもらいが少ない、をまたやってしまった感じ。

2011年5月29日 (日)

ラッキー・ドレス

着るものに迷う時期である。
おまけにこの雨だと、レインコートを着なければビショビショになる。
きょうは三週間ぶりのブリッジ・トーナメントの日。
行き先は六本木のクラブ、おしゃれの人が集まるところだし、どうしよう。

ゆうべから何を着ようかとあれこれ出してみて、結局ジンクスかついでミラノのブリッジパーティで優勝したときの服装に決めた。

ポリエステルの黒白の水玉ブラウス、首元にやはり黒地にもう少し大粒の水玉のジョーゼットのスカーフを結ぶ。
今の時期、水玉はラッキーです、と占い師が朝のワイドショーで言ってたのも覚えていたのだ。

しかも先回一位になったときの優待券が使えて、無料で遊べる一日。

なんとなんと、きょうもラッキーで、14チームのイーヴンチャンスゲーム、二位を30ポイント引き離してダントツの一位になれた。

二度あることは三度ある、をいい方に解釈して、次のときもこれを。
ツキが落ちないように、洗濯をしないでおくことにしよう。

2011年5月27日 (金)

ひとりごはん

昼どき、なんか重たくなくておいしいものを食べたいと思ったとき、ひとりでも気軽に入れて、味も雰囲気も十分に満足する店を見つけた。
自由が丘、ヤマダ電機の斜向かいにある、Bloom’s、リスのマークが目印の白いカフェ。
自家製の焼菓子も売っていて、それが170~200円ぐらいの小袋入りになっているので、好きなものをちょっとずつ、買いやすいし、いかにも手作りというやさしい味がいい。
初めて昼食を食べたとき、セットになっている、キッシュ、スープやマメサラダ付きはちょっと重たいと思って、パテの一皿と手作りジンジャーエールを頼んだら、これが絶妙の組み合わせで、この上なく満足した。
きれいな女性二人の笑顔の応対もうれしいが、インテリアがブロカントスタイル風で、フランスのカントリーの自宅に招かれたような雰囲気、彼女たち二人のデザインなのだとか。
カウンター席が長く、あとは二人席が二つぐらいと、ひとりごはんが気後れなくできるので、老若男女ひとりの客も多い。
イタリア語のクラスメートに話したら、早速出かけたが、満足したというひとが二、三人いて、知らせがいを感じた。

2011年5月25日 (水)

『下流の宴』ドラマ化

毎日新聞朝刊に連載されていたとき、新聞の来るのが待ち遠しいくらい楽しみに愛読していた小説である。
作者もドラマ化を意識して書いているのだろうと感じることがあったが、やっぱりね、というニュースだ。
無気力息子の相手の、肥満で不器量な珠緒が、挿絵では異常にデフォルメされており、ちょっとやりすぎではないかと、違和感をもっていたのだが、31日から始まるNHKのドラマでは、むしろきれいな女優が汚れ役を演じるという趣向になっているらしい。

24日夕刊の原作者の林真理子さんと脚本家の中園ミホさんの対談は読ませた。
とりわけ、中園さんの<人に頑張らせるのは、自分が頑張るよりどれほど大変なことか>という言葉に大きく共感した。
かつて帰国子女の落ちこぼれ状態だった我が息子がどれほど頑張るのが苦手であったかを思い出したからだ。
筆記にしても、アメリカから帰国するまえに授業参観に行ったときは受け持ちの教師が彼は本当にneatな字を書く、と言ってくれたのに、小学校五年で帰国して以来、日本語の悪筆はいまだに直っていないのである。

『下流の宴』とは思い切ったタイトルだと、驚きかつ、感心もしたのだが、現代の世相を、臆することなく明言をもって表現する場面場面に拍手したい気持でいた。
さてどんなドラマになるのか、期待がふくらむ。

2011年5月23日 (月)

味の正義派

上野で女流の美術展を見たあと、二年ぶりで会った旧友のS子と昼食を食べようということになった。
芸大の前を通りかかったら、ホテルオークラのカフェがあるのだ。
ここなら味に間違いはないわね、ということで、二人して同じオーダー、ハヤシライスを食べた。
すぐに顔を見合わせる。
なに、これっつ、甘すぎるね。
ホテルのだったら、こんなことないわ。ここ出店だからよ、きっと。とS子。
 このごろ、いろんなとこでがっかりしてる。
そうそう、鳥ぎんもまずくなった。
 資生堂パーラーでね、いつかピラフ頼んだのよ、そしたら、ごはんの塊があるじゃない。
 ピラフって、ごはんがパラパラであるべきなのにさ。だから帰るとき、アタシ、言った
 のよ、せっかく期待したのに、がっかりしたわ、かたまりがあったわよ、これなら私が
 作るほうがおいしい、って。娘が一緒だったんだけどね。すご~く恥ずかしそうな顔し
 てた。
そりゃ、お嬢さんの前で言っちゃだめよ。わたしたちだけの話よ。こういうのは。
 まだおいしかったときの味おぼえてるからね。

近頃、外食して満足したことがあまりない。
ほんもののマッサージじゃなく、マッサージチェアで間にあわせてるみたいな後味なのだ。
気が入っていないのである。
おいしくなあれ、おいしくなあれ、という気合がなく、惰性でつくってるみたいな。

2011年5月21日 (土)

八雲展

八雲展(5/20-5/25,大崎、O美術館)でM子の作品を見た。
都立高校の美術部OBのグループ展、M子はエッチングの作品三点を出している。
大学で同窓だった彼女はわたしのこのブログ建ち上げの指導もしてくれたひとで、彼女自身素晴らしいブログサイト石ころとおしゃべり,をもっている。
建築設計とその指導の仕事を長らくしたあと、引退後、版画製作に専念し始めたひと。
その経過をずっと見守ってきたので、青を主題とした今回の作品三点をじっくり、感情移入して見入ることができた。
『Mistymoon』シリーズIとII、とりわけIIはレースの山のあいだから上った月がとても版画とは思えぬほどの現実味をおびた輝きで、その夜空の青が透き通るような美しさ、しばし立ち止まって見とれた。
これまでの彼女の人生の重みがこめられたようなずしりと胸に残る作品たち。
そして会場に飾られた油彩、水彩、墨彩、彫刻、工芸、ペン画やイラストに至るまで、いずれも高齢者の作品が多いせいか、人生の達人の技が、漂う仕上がりで、心地よい鑑賞感が残った。
同じ学校の質の高い教育を受けたひとびとが社会で活躍し、その半生の体験や知恵を活かして芸術に挑戦しているという統一の美が漂う展覧会は、上野や六本木のあまりにも雑多で、難解な作品群にいささか辟易しがちなわたしにとっては、とても居心地がよかったのである。

2011年5月20日 (金)

スポーツクラブ

ブリッジパートナーであり、本友達でもあるAさんにもらった優待券で、二度もスポーツクラブを無料体験することができた。
この数年、公営のプールばかりだったので、ジャグジーに浸かれたり、座ってドライヤーを使えたりするのがこれほど心地よいことかと再認識し、スタッフがまたとても感じがいいので、入会を決めた。
会員になってから初めて出かけた今日、まずは測定をすすめられ、体重計に乗ってハンドルのようなものを両手で握っただけで、かくしておきたかった私の体内事情がすべて明らかにされた。
体重、骨格筋量は標準ではあるが、体脂肪が標準値を上回っており、筋量をふやす必要があるという。
70過ぎのばあさんでも増えるの?の問いにも動ぜず、係りの女性はやさしい笑みをたたえて、十数個のおすすめプログラムを紹介した。
体を動かすことが不得意で嫌いであってもそういうことが気にならずに楽しくできるリラックスや骨盤リセットなるものがあるのだという。
ロッカーのところで着がえていたら、ふうふう言いながら入ってきた高齢女性がいて、話しかけてきた。
83歳なのだそうで、三年まえまでひざが痛くて杖をついていたけど、直ったのよ、泳げると言ってもあたしのはね、<のし>なの、かっこ悪くて。
衣服をぬいで裸に近くなると、人間、なんでも話し合える雰囲気になるから不思議だ。

ここでまた友人など増えたら、ますます名前がこんがらがって、わたしの記憶中枢は機能不全になるんじゃなかろうか。

2011年5月18日 (水)

児玉清さんの急逝

朝のワイドショーはいずれもこのニュースをトップで扱っていた。
あのどろどろした芸能界で77歳にして、めったにない知性派のスターとしての存在を不動にしていた児玉さんは立派だったと思う。
友人のK子は見ていただろうか。
私たちが大学生だったころ、児玉さんはK子のボーイフレンドだった。
仲良し三人組が卒業旅行に軽井沢に出かけたとき、彼は上野駅まで見送りに来た。
薄いブルーのシャツに黒いセーターを羽織り、あらわれた彼はほれぼれするほどの美青年で、うらやましいな、と思ったものだ。
二人のロマンスは実らなかったが、彼が木村功のような俳優になりたい、と言ったというのを聞いた。
五十数年たった今、児玉さんはその目標以上のものを達成したのではないだろうか。

三十数年つとめたクイズ番組の司会が有名だったが、わたしはNHKの週間ブックレビューのレギュラー司会役の彼に注目していた。
最初は気負いが目立つ司会ぶりだったが、のちに彼独自の話術で楽しめる番組にした。
大作家と対等に会話し、「おっしゃる通りだなあ」などと、彼ならではのモノローグなどをちりばめつつ、読書家ぶりを十分に示した。
司会役は毎回数冊の本を読破し、登場するゲストの下調べも念入りにしなければならない。
勉強家で知的な興味の旺盛な人であるからこそ、本物の知性をただよわせられたのだ。

老醜をまったく、感じさせない長身で、痩身の彼だったが、最近はやした口ひげだけは、なぜか似合わなかった。
死期を悟ったあとのやつれを隠すためだったのではないか、と、推察しつつ、胸が沈んだ。

2011年5月16日 (月)

街の変貌

ここ三年ぐらい、御茶ノ水というところに来ていなかったので、きょう、駿河台の上から神保町まで降りてきて、その変貌振りに驚いてしまった。
明治大学の勢いがスゴイのである。
坂の上から下まで、巨大な校舎ビルが立ち並んでいる。それが元の主婦の友社側のほうまで及んでいて、町が呑まれそうな気がするほど。
なつかしいYWCAをやっと見つけた。
入り口を入ると一階中央におおきな円をくりぬいたように地下が見通せる場所があって、フィットネスクラブの様子がのぞける。
欄干からそれを見ているひとと目が合ったら、微笑みが返ってきて、ちょっと話をした。調布からここまで通ってきている、という。
自宅の近くにもスポーツクラブはあるのだけれど、入っているひとが元気すぎて、気後れしちゃうのだそうだ。
ここは女性だけで、ゆったりしていていいんです、と、そのひとは言った。
数十年まえ、ここで西洋料理なるものを学んだこと、そのころは手作りのおいしい料理を出す食堂があったこと、などをわたしは話した。
もう料理を出してくれる食堂はないんですよ、それに経営も思わしくなさそうで、と言うのを聞いて、アメリカの文化を学ぶ時期はとっくに過ぎたのだな、と思った。
お待たせ、と言ってゆっくり階段を上ってきた老婦人がそのひとの友達らしい。
ちょうど入り口のドアを押してきた女性も杖をついていた。
神田も高齢化なのである。
中学のときキャンプ生活を経験したのも、このYWだった。
寂しさの混じるなつかしさをかかえながら、すずらん通りに向かった。

2011年5月14日 (土)

怒りの花

NHKのハイヴィジョンがなくなってしまった。
BS2と合体して、BSプレミアムとかになって、すっかりつまらなくなった。
『週間ブックレビュー』を楽しみに見ているのに、早朝の6時半という非常識な時間にしてしまうし、映画の選択も最悪、オペラやクラシックのライブも少なくなっていて、再放送ばかり。
番組表示も説明なしの一行だけのがぎっしり。
なんなんだ、これ、腹立つ。

今夜のおかずに<ぬた>を作ろうと思った。
雪ヶ谷の東急で野菜を買おうとしたのだが、ウドもワケギもない。
バスの時間は二十分後。
早足でオオゼキまで歩いて、ようやく二つの野菜を見つけた。
旬の野菜をおいてないなんて、何よ、まったく、腹立つ。

帰って夫にきょうの腹立ち二か条をうったえたら、彼が歌った。

ハラタチの花が咲いたよ~

2011年5月12日 (木)

シャブロルの世界

珍しく夫と気が合って、今晩はうなぎを食べようということになった。
だが、近所のうなぎはまずい。
渋谷の宮川まで買いにいくことにした。
大きめの一串を二つにわけて丁度よいのだ。
それにしても午後たっぷりひまがある。
映画を見たいと思った。
渋谷の映画館、そう、一度行きたいと思っていたところ、シアターイメージフォーラム、青山の小さい劇場、四、五十人の座席しかない小さな劇場スペース。
クロード・シャブロルの『引き裂かれた女』を見ることにした。
ブルジョワ階級の退廃がテーマのサスペンス、フランスのヒッチコックとも言われた監督。
二十代のころ、『いとこ同志』を見て以来である。
昨年亡くなってから未公開傑作選が始まっている。
その先陣ともなったこの作品。
美貌の若いお天気キャスターが初老の高名な作家に夢中になる一方、大富豪の跡取りのプレイボーイに言い寄られ、揺れ動くさまが丹念に描かれ、ラストシーンであっと言わせる趣向。
ストーリーに感情移入して楽しむというよりは、フランスブルジョワ階級の生活をニヒルに見つめている作り手と同じ目線で、客観的に筋を追いつつ飽きさせない。
だから、ラブシーンでは三十の年の差があって抱き合うなんて、加齢臭とかないんだろうか、とか、富豪の跡取りというよりは、チンピラやくざみたい、フランスは今美男不足なんだろうか、とか考えながら、見入っている。
観客は8人ぐらい、ゆったりとした気分で、最後まで監督の術中にはまって映画を見終わった。

21日から始まる傑作三本、また来たいという気持にさせられつつ、渋谷の名店街までの長い道を雨も気にせず歩いた。

2011年5月10日 (火)

整理能力

久しぶりに、ウインドウズ・ヴィスタの空き領域をチェックした。
「ばぁば、ここがブルーなら安全、赤になったら要注意」と高三の孫息子に言われていたのだけれど。
あれ~っつ、赤になってる、大変!
早速、余分のピクチャや、お気に入りなどを消しまくって、4.5ぐらいまで増やしたが、まだ赤なのだ。

こうなったら、、アンインストールしかない。
囲碁関係二つと家計簿のソフトを捨てる。
再びチェックすると見事にブルーに戻っており、空き領域は5.25にまで増えていた。

よおし!

メカに弱いわたしがこういうことができるようになったのも、パソコン歴八年の慣れであろうか。
習うより慣れろ、ということわざがあるが、パソコンの様子がおかしくなっても、パニックにならずに、ようやくあちこちさわれるようになった。
そのかわり、絶え間ないクリックが手や腕の神経や筋肉に及ぼしている影響が不安だ。

右手の腕のしつこい痛みが消えない。
パソコンの中の整理はかなりマメにしているが、肝心の自室の整理が怪しくなってきている。
六月中旬ごろの二度目の引っ越しまでになんとかしなければ。

2011年5月 8日 (日)

先入観を捨てて

このところ、おなかがゆるめである。
いよいよ、大腸ガンかしら?と夫に言うと、よくボリボリ、カリカリ食らうからな、ゆるくならないほうがおかしい、だって。
甘いものが大好きで、そのあと、また柿のタネなどに手が出ているのを、白い目で眺めているのだ。

食欲に衰えはないので、消化のよいものをと、プレゼントされたばかりの、オオサワのレトルト、リゾットを食べることにした。
レトルト食品はどちらかというと敬遠しがちなのだけれど、マクロビの元祖オオサワならば、と積極的になれたのだ。

これがまことにおいしかった。
キノコのと、トマトのと、二日続けて食べる、イタリアから買ってきた、パルミジャーノをたっぷりおろしてかけて。

こういうものに気づかせてくださった、へこたんさま、あなたの友情に感謝!!


2011年5月 6日 (金)

昔の療法

薬をのむのが嫌いである。
現在のみ続けなければならないのは、一日一錠、コレストロールを下げる薬だけだが、ゴールデンウイークに入ってから、それをきらしているのに、気づいた。
十日もあけてしまうのが、不安になり、ふと、思いついた。
イタリアのミラノ郊外Paviaの修道院で買い求めた、煎じ薬をのんでみよう、と。
修道院売店にあった、煎じ薬は全部で8種類、見つけたとき、スゴイと思った。
効用はリラックス、コレストロール、血圧、鎮静、消化、糖尿、浄血、ダイエットという多彩さである。
そのコレストロール降下に効くもの1袋を買ってあったのだ。
煎じ方はすべて同じで、500ccに茶さじ一杯の茶葉、煮沸一分、二十分おいてから漉して冷まし、それを一日コップ一杯、三度。
茶葉の成分はミント、コケモモ、サンザシ、タンポポ、ローズマリー、ほかに麦粒や木の実など、十種に及ぶ。
オレンジ色の液体の味は実に素朴で、さわやか、飲みやすい。
このまま錠剤をやめてしまって、煎じ薬一本にしたいくらいなのだが、ネットで検索しても修道院から取り寄せる方法はなさそうなのが残念。

2011年5月 4日 (水)

イタリア映画祭2011

この数年、ゴールデンウイークはイタリア映画祭に日参すると決めていて、今年も迷わず、一ヶ月まえから、四作品を選び、前売り券を買い、手作りのお弁当までつくって、いそいそ出かけたのだ。
それなのに、連日失望して、物足りなさをかかえながら戻った。

『ロバの美』は一人娘のボーイフレンドが祖父ぐらいの70代の老人だという事実に、両親があわてるという喜劇なのだが、裕福な中年夫婦の家庭環境も親子関係も説明不足で流れがよくないので、ふざけ過剰ばかりが目だって、ちっともおかしくないし、ストーリーの中に入っていけない。

『最後のキス』はイタリア国内の大ヒット作品だということだが、主人公と親友たちの恋愛模様が絶妙に織り交ぜられながら、語られるという宣伝なのに、実際見た印象は絶妙どころか珍妙で、赤ん坊が生まれてイクメンになりきれない父親がなぜ顔にピアスをするのか、友人たちとバンジージャンプに興じるのか、これも騒々しく、興ざめで話にのりにくく、なぜそれほどヒットしたのかよくわからない。

それなら、いっそ史劇に期待しようと、二時間半のイタリア統一の歴史劇『われわれは信じていた』を見たが、肝心の指導者マッツイー二やガリヴァルディがしっかり描かれていないので、徒労に終わった青年たちの悲劇だけが強調されて、後味悪く胸にくいこむ。

そして今日見た『穏やかな暮らし』、これこそイタリア映画が得意とする家庭劇かと思ったら、黒い過去を引きづっている主人公が再び殺人をおかし、それでも穏やかな暮らしを求めて、逃亡生活を続けるという、これまた暗澹たるドラマ。

ほかの作品を見たという友人たちも一様に失望したと語っていた。

ヴェロッキオ、コメンチーニ、ジョルダーノ等、名監督はもう引退なのか、イタリアのかかえている現実の問題があまりにも複雑で整理しきれないのか、それともよい作品もあるのに、主催者の作品選択が誤っているのか、達成感の乏しい、疑問の残る映画祭であった。

2011年5月 2日 (月)

佐野洋子 追悼総特集(河出書房新社)

没後に出版されたものを、全て読んだが、いずれも、よせ集めして売らんかなの企画で、物足りなかった。
この追悼総特集は愛読者の知りたかったことを、とことん満足させてくれる。
まさか、佐野さんのモト亭、谷川氏と、『子孫』広瀬弦さんの対談が実現するなんて、まったくスゴイことを企画したものだと、それだけでもこの特集号を評価したくなる。
二人はこの激しい性格の才女と生活して共有している感情部分を、互いへの気づかいをこめて、知性でくるみながら、かなり本音も漂わせて語ってくれている。
一番見たかったのは、広瀬さんの写真だった。
一目見てだれかに似ている、と思った。
そう、あの目は『100万回生きたねこ』の目だ。
佐野さん描く、人物、動物像のもっともすぐれた部分はその目だと、わたしは思う。
『100万回…』のねこのように、ちゃんと目玉になっているものもあるが、素描や挿絵にあるような、ただの小さい黒い丸であっても、その微妙な配置で感情、性格、すべてを伝えているのだ。
特集号最後のページにお別れ会で使われた献タバコのパネルの写真があった。
<佐野洋子はタバコが好きでした。ちょっと変だと思われるかもしれませんが献花でなく献タバコしてやってください 息子>の言葉の下に広瀬さんの描く『100万回…』のねこがねそべっている。
その目は正しく、佐野さんの意図を継いでいるように、半ば熟慮し、半ば決意を固めた、微妙な眼球の配置を描いて、あのねこの『子孫』になっていた。

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