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2011年4月 3日 (日)

ピエモンテへ

今回のミラノホームステイ先はピエモンテ在住の日本女性からの情報によるもの。
わたしと同年輩のミラノに住むイタリア人夫妻がピエモンテにブドウ畑を持ち、定年退職後ワインを造っている、奥さんは教師をしていた人で、イタリア語を教えてくれるという、写真つきの紹介記事を信頼しメールを出してみたのだった。
すぐに丁寧な歓迎の返事をもらって、そのあたたかい行き届いた内容に、これだと即決した。
よしんば何か不都合なことが起きても、ミラノには去年来日して一ヶ月日本旅行をしたとき案内役をしてあげたブリッジ仲間のイタリア人男性たちもいる。
訪ミラノを待ちかねているという返事をもらっているので、なんとかなるだろうと楽観できた。
リナーテ空港には写真どおりの二人が待ちかねていて、抱きしめて歓迎してくれた。
フィアット車で連れていかれたところは意外と質素なタウンハウス、あたりはアパート群が立ち並び、ミラノのベッドタウンのような新興住宅地である。
家の中もイタリア人にしてはあれあれという雑然とした感じ。
ドアにはまだクリスマスの飾りの一部がひらひらしていた。
わたしの部屋は二階で、現在は結婚してハーピストだというお嬢さんの部屋だったところ、となりにバスタブつきバスルームがあってわたし専用だというので、まずは安心。
一時間後にピエモンテに出発、もう少し休みたかったが、仕方がない、半日予定を遅らせてしまったのだ。
明日は特産品を競う村の行事でワインを出品するという、ご主人はそのことで頭が一杯らしい。
車の中で眠ってしまうのではないかと思ったが、車窓から見える景色が起伏の多い美しい田園風景に変わるにつれ、目を奪われ、眠気はさめていた。
村の手前のモンカルヴォという城のある街で車がとまる。
夫妻は迷わず教会へ。
ミサが始まるところだった。古色蒼然とした内部だが、ほぼ満席、荘重なパイプオルガンの音が響きわたる。
奥さんのガイドでミサの進行が理解できる。
隣のご主人、すごい美声のバリトン、イタリア人の男性というのは本当に天性の美声の持ち主が多い。
司祭のなめらかな、ひびきのよい声に守られながら、日本で被災された方々のために、そして日本の復興を願うために心をこめて祈ることができた。

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