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2011年2月に作成された記事

2011年2月28日 (月)

スカラ座チケット

ポストの封書にTeatro alla Scalaの文字を見出し、あっ、来た!と叫んでしまった。
スカラ座のチケットが送られてきたのだ。
ミラノで3月中旬予定のホームステイが決まってからすぐ、ステイ先のシニョーラがメールで、レオナルド(ダ・ヴィンチの最後の晩餐)は予約できるけど、もしスカラ座に行きたいのなら、ミラノではチケットがすぐ売り切れるから、日本からネット予約したほうがいい、と言ってきた。
一昨年トリノでは、当日券のよい席を買えたので、ミラノでもこういう幸運が、と期待していたのだが、世界屈指のオペラ座、そんなもんではないらしい。
わたしの滞在期間に公演するのは、『魔笛』と『トスカ』、『トスカ』の暗い、短調のアリアはあまり好きでないので、『魔笛』を狙おうとしたのだが、ネットではすべて売り切れ。
スカラ座経験20回以上の、オペラ通、Kさんに相談したら、毎日サイトをのぞいていれば、そのうちキャンセルチケットが出てくることもある、とのことだったが、そんなストレスに耐えられそうもないので、イタリアではイタリアのオペラにするべきかと、『トスカ』に妥協して再びネットをのぞく。
人気No.1のテノール、カウフマン出演の日は売り切れだったが、10枚残っている日があって、これだけあるから大丈夫、とすぐに行動を起こさずにいたら、翌日はもう3枚だけ。おおっつとあせって、購入。
客席の映像が出て、空席の色が変わるのに、Javaというソフトが必要なのだとわかったのも初めてだったし、記入ミスやらクリックミスやら、そのたび警告サインが出たり、なんだかドキドキする体験だった。

2011年2月27日 (日)

寝つきが悪くて

動作がのろくなったせいか、家事を敏速にこなせず、昼間の読書の時間が生み出せない。
そこで寝る前に読むことになるのだが、このところ三日続けて誘眠の効果を妨げる作品を読んでしまった。
まずは芥川賞受賞作品『苦役列車』。
あまりにもリアルな私生活描写で、男性の自慰行為の光景が浮かんできて、眠れなくなる。
『きことわ』は申し分なく流麗な文章だが、時の移り変わりがめまぐるしく、ついていくのに頭が疲れて、眠気をもよおすどころが、判読しようとする努力でかえって目が冴えてしまう。
それにしてもこの二人、読者にもう少し親切に書いてもらえないだろうか。
改行が少なすぎるのだ。
人間の目が文字を追って耐えられる限度は十行だと、朝日新聞の名記者だった文章教室の教師から教わったことがある。
このひとたちは二十行、三十行はざらである。
読ませていただいているのではない。
読者あっての小説家ではないか。
読んであげてるのだから、こういう初歩的配慮はしてもらいたいものだ。
そこで三日目は高峰秀子さんの『コットンが好き』。
手馴れたものだ。
やっぱりいいなあと思う。
のめりこみながら読み進むうち、『めがね』のところで、コーちゃんの死を悼む文、越路吹雪、コーちゃんは宝塚時代から見ているので、身に沁みて感情移入。
コーちゃんの「いかだ乗りさんよ~」の歌、よかったなあ、と思ったら、歌詞まではっきり思い出されて、なつかしさで涙が出そうになりながら、眠れなくなった。
三日続けて誘眠剤服用、といってもマイスリー四分の一で効くのだけれど。

2011年2月25日 (金)

『ぐるんぱのようちえん』

毎日新聞23日付けの「おはなしめぐり」に編みこみ模様のセーターを着た初老の女性の写真があった。
『ぐるんぱのようちえん』(福音館書店)の作者、西内ミナミさん。
子どもにも孫たちにも何度となく読み聞かせた絵本の作者がわたしと同年代であったとは意外であった。
彼女は大学時代、サークルで児童文学を創作していたと語る。
コピーライターとして就職、結婚を機に退職、のちに再就職した会社で「ぐるんぱ」の絵を描いた堀内誠一氏と出会い、この傑作が生まれた。

孫たちが父親を亡くしたとき、わたしは父親の登場しない絵本を探そうとした。
ウルトラマンにもウルトラの父がいるし、ピングーにも面倒見のよいパパがいる。
絵本でも家族を主題としたものが多くて、見つけるのに苦労した。
ぐるんぱはひとりぼっちのゾウ、汚くて、さみしがりやで泣いてばかりいたのをほかのゾウたちが励まし、働きに出す。
靴屋、ケーキ屋、ピアノ屋、お皿屋、など、あちこちで修行しても、失敗して「もう、けっこう」と言われてしまう。
このせりふ、声音を替えて、大声で言うと、子どもたちがケタケタと笑う、それを聞いて、ああ、大丈夫なんだ、と安堵したものだった。
英語で同年代を生きた同士をpeerと言うが、作者と読み手同士がpeerであることに絆ができたような特別の感慨を抱き、この記事を切り抜いたのであった。

2011年2月23日 (水)

『シェルシーカーズ』表記

赤面をさらすのであるが、『シェルシーカーズ』のヒロインペネラピをベネラビだと思って最後まで読んでいたのだ。
おかしな名前だ、Vの字が混ざっているのだろうか、と、ネットで検索していたら、ヒロインPenelopeの正しい読み方は?という質問を見て、あっと思った。
知ったとたんに描いていたヒロイン像まで変わってしまったようで、なんともおかしな気分であった。
マルを濁点と間違えて読み進むなんて、老化の最たるものである。
スペインの人気女優、ペネロペ・クロスと同じ綴りではあるが、固有名詞英語発音辞典で調べてみると、ペネラピとしている。発音のアクセントがどこの来るかで名前の印象もさらに変わるところが翻訳モノの表記のむずかしさであるが、この作品は映画化もされているので、実際の発音を聴いてみたいと、なおもYou Tubeで検索してみたのだが、古すぎるのか出てこない。
作者ロザムンド・ピルチャーで検索しなおしたら、シリーズドラマが一杯出てきた。
その一つをクリックしたら、イギリスの丘陵風景に建つ美しい館をめぐる、ロマンスで、なんと登場人物はすべてイタリア語をしゃべっている。
すなわちイタリアでオンエアだった、吹き替え作品なのだ。
それほど人気だったということであろうか。
イタリア語の勉強になるので、とりあえずお気に入り追加をした。

2011年2月20日 (日)

『シェルシーカーズ』読了

ロザムンド・ピルチャー著『シェルシーカーズ』(朔北社)をようやく読み終わった。
上下巻合わせて800ページ以上になるハードカバーの大作。
16年まえに出版されてから全世界で500万部も売れたという超ベストセラーの存在をわたしは知らなかった。
合わせて4944円もするこの本、自分では買わなかっただろう。
「読み終わるのが惜しいくらいです」と言って貸してくれた、Aさんに深く感謝。
ヒロイン、ペネラピは64歳、同年代のAさんの感情移入はひとしおだったと思う。
高名な画家の一人娘ペネラピが亡き父の『シェルシーカーズ(貝を拾う子供たち)』という傑作とパネルや下絵を所有しているために、絵の売却をめぐって子供たちと確執が発生、舞台はコッツウォルズ、コーンワル、ロンドンに広がり、ヒロインの回想で第二次世界大戦時下のイギリスの苦難状況がまざまざと映し出される。
代用食、灯火管制、食用の野草採集、衣料切符、など、戦争体験者のわたしの記憶もよみがえり、あのころの苦労はイギリスも同じだったのだと、親しみさえおぼえた。
自然が織りなす四季、日々の暮らし、家事、そしてそれに伴う感情、心理の細密なまでの描写が、深く心に染み入る。
作者と同い歳の中村妙子さんという名訳者を得て、翻訳本だとは思えぬほどに臨場感あふれる読書を楽しむことができた。
これを書いたときの作者が正しくヒロインと同じ64歳、そしてこれを訳したときの中村さんは現在の私の年代72歳である。
翻訳者冥利につきる作品だったと想像できるが、大仕事であったに違いない。
各章が登場人物の名前のタイトル、なにしろ大長編なので、だれがだれやら忘れがちになるのだが、Aさんの鉛筆メモ、が助けてくれた。
「親が子どもに遺すことができる最大の贈り物は、親自身の自立だと思っているのよ」というヒロインの言葉、「おそらくすべての人間は、自分の母親が世を去るまでは完全な大人になりきっていないのかもしれない」など、忘れがたい文章が沢山ある

2011年2月18日 (金)

『外交官 黒田康作』

週間文春によれば、このドラマ、低視聴率にあえいでいるのだそうだ。
いろいろ趣味を異にする夫と、週一度、仲良く並んで楽しみに見入る唯一の番組だというのに。
織田祐二が実にはまり役である。
『踊る大捜査線』の青島刑事のイメージを抜けきり、滅多に笑わないニヒルで語学の天才のような外交官になりきっている。
美男子ではないのに、カリスマ性がある。
和製007ボンド役としては、国外、国内共に制約がありすぎるようだが、毎回見せ場を颯爽とこなして、勧善懲悪の面白さをたんのうさせてくれる。
「いい俳優になったなあ」好みのうるさい夫もうならせているのだ。
柴咲コウという女優さんが好きである。この人、素顔は奔放なところもあるらしいが、役になりきるハマリ方は正にハンパじゃない。
地図オタクで天才的なひらめきを持っているのにちょっとダサい女刑事に目がひきつけられる。
ひたむきさ、真面目さ、可愛さ、すべてが好ましい。
前回最後のおでん屋での酔っ払い方は最高。
「この人好き」と言ったら、夫も「いいよなあ」とうなずいた。
そんなドラマをけなしまくる、芸能記者とマスコミ、こちらまで見る目がないなあ、と言われているみたいで憮然としてしまうが、ネットのレビューを見たら、三十人のフアンが毎回目がはなせない、これぞ見るべきドラマだと絶賛していて、意を強くしたのであった。

2011年2月16日 (水)

こだわりの筆記用具

若いころは手紙を書くのが好きで、得意でもあった。
パソコンでメールをするようになり、更には、ケイタイのメールまで始めたので、迅速な手段に頼るほうが多くなって、手書きが億劫になってきている。
そのくせ、手紙をもらうのは好きなのである。
筆記用具も選ぶほうで、二十年まえは当時一万円を出してモンブランの万年筆を買ったものだ。
でも一番安いモンブランだったので、インクを貯める部分がだめになり、もう廃物同然。
いまはもっぱら、一番書きやすく、字もきれいに見える、三菱鉛筆のボールペン、ジェットストリームを愛用。
これは海外の友人にプレゼントしても喜ばれる。
久しぶりに伊東屋に行ったので、予備に買い置くことにした。
ところがこの数年のあいだに驚くほどの新商品が出ていて、一色だけの、デザインがいいものが見当たらない。
新商品は黒、赤、更にはシャーペンも兼ね備える三種の機能でデザインも色もいいのだが、替え芯の挿入が複雑なのだ。
日本人は本当にまじめで努力家で、もっと性能のいいもの、便利なものを考案することに躍起になっているのだな、とこういうところでも感じたのであった。
右にまわしたり、左にまわしたり、三色を使い分けるのも難儀な気がするような高齢者など対象にしてはいないらしい。
ずっと気に入って使っていた一色のものは隅に追いやられていて探し当てるのに苦労した。

2011年2月14日 (月)

『高峰秀子の流儀』を読む

何よりも、高峰さんの人生終末期に彼女にこれほど傾倒し、彼女をこれほど正しく理解した若い女性が付き添っていたことを知り、安堵した。
十数年まえに初めてインタビューしてから、現在は高峰夫妻をかあちゃん、とうちゃんと呼ぶ仲。実の娘のように愛され、信頼されている著者斎藤明美さん。
構成が見事だ。
ほとんどが動詞の否定形のタイトル、それほどに常識外の冷静さと清廉さを保った高峰さんという女性。
これまで成し遂げた仕事を分析し、実証性をもった逸話を紹介しつつ、主観を述べ、そのあとで麻布松山邸でのある日の描写を綿密に語る。
肩の力が抜けて、なるほどと大きくうなずけるディテールの確かさ。
中でも「驕らない」は秀逸。
著者がこれまでインタビューした千人以上の有名人とまったく異なる高峰像。
インタビューのときは例外なくお付きを連れてくる女優と相反して、高峰さんはたった一人であらわれた。
そのときのエピソード、著者の感動があざやかに胸に迫る。

高峰さんの台所の流儀の一部始終もくわしく知りたかったが、それは欲張りというものかも知れない。

一度だけ実物の高峰さんを見かけたことがある。
銀座伊東屋でカードを選んでいらっしゃる姿にわたしはしばし柱の陰から見とれたのであった。
そのときの美しさが33ページの写真で鮮やかによみがえった。
 

2011年2月12日 (土)

いま食べたいもの

病院から介護施設に戻った義姉を、夫と二人で見舞った。
車で二十分の距離、大森の住宅地の中ほどのホーム。
彼女は食事中で、おかゆを食べていたが、おかずは普通食、ほとんと残さず食べていた。食欲があるのはうれしい。
でもまた下血したの、と言ったので、やはり病状が進んでいることがわかった。
苦痛はまったくないという。
ふとパジャマのズボンと部屋履きのすきまから見えている足先を見て、愕然とした。
いまにもはじけそうにむくんでいて、血管が浮き出た紫色である。
ああ、やはり余命一年というのは本当なのだ。
何か欲しいものありますか?と訊くと、待っていたようにメモを差し出した。
病院のときは駅から近かったので、友人、親類、大勢の加勢があったらしいのだが、こちらに移ってから、訪問客は激減らしい。
二十項目の半分以上が、おやつの類である。
カリントウ、金平糖、チョコレート、まんじゅう、カステラ、クッキー、塩煎餅、海鮮せんべいなど。
夫と二人徒歩で、池上通りに下った。
おいしいもの好きの義姉が気に入る味は有名店のものだが、ケーキ屋も和菓子屋もなく、あるのはサミットというスーパーだけ。
こんなことがわかっていたら、あらかじめ用意できたのに。
ケイタイを使いなれていない彼女は滅多に電話しないし、こちらから電話しても通じないことが多い。
クッキーやチョコレートや煎餅のどんな種類がほしいのかその説明もちょっと語彙不足になっている。
金平糖だけは見つからなかったが、あとはなんとかスーパー内でそれらしきものをそろえ、ホームに戻った。
すぐに薄焼き塩煎餅を一枚、カリントウを一個、カステラ一切れ、チョコレートを一個、食べて、ああ、満足、と言ったので、ともかく、安心した。
まだ食欲があるうちに、この世のおいしいものをできるだけ食べてほしい、と思ったが、勝手にそろえてもこちらの自己満足に過ぎないかもと思ったりもするのである。

2011年2月10日 (木)

甘くて重いプレゼント

高二の孫息子から一週間後れの誕生日プレゼントをもらった。
K和菓子店の亀甲羊羹。
彼から品物をもらったのは初めてだ。
去年一年バイト、バイトに精を出していたから、自腹を切ったのだろう。
ばぁばが甘いもの好きであることを思い、賞味期限六月までのこれを選んだのかとiいう想像に胸が迫った。

生後三日で救急車に運ばれ、集中治療室に入れられたときのこけし人形のような顔、三歳のときに父親が急死し、遺体にお別れをしたときの混乱したような顔、そのあと、十二年間、週末を我が家で過ごすようになってから、見せたさまざまな表情、排泄の失敗が多くなり、母親に叱られてテーブルの下でうずくまっていたときの顔や、わけもなくいらだつようになって、「ぼくなんか死ねばいいんでしょう」などと言ってこちらを見据えた顔、アレルギー喘息で咳の発作がおさまらずに蒼白になっていたときの顔などが浮かんでは消えた。
高校生になってからは、おだやかになり、喘息も出なくなり、自分でアルバイトを探してきて、スーパーのレジをしていた。
レジのところで文句を言う客は仕方がないと思うけど、外で特売の宣伝をしている人のことを、うるさい、とか、邪魔だ、と怒鳴るのは間違っていると思う、などという意見もいうようになった。

来年は大学受験、がんばれ、と言いたいが、それよりも、お茶の時間にこの羊羹をうすく切って味わいながら、ここまで育ってくれたことを感謝するときがもてたことを大切にしたい。

2011年2月 9日 (水)

幸福の木が…

十年近く元気だった「幸福の木」が枯れてしまった。
引っ越しで影響があるかと思っていたのだが、日あたりのよい戸外に出しておいたら、少なくとも半年は青々していたのだ。
それが新しい葉をとりかこむ部分が茶色くなっているのを見つけて、それをすぐさま取り除いたのだが、屋内に入れたら、茶色はあっと言う間に広がり、ああ!
この十年ずいぶん慰められた。我が家のことや、娘の家のことやなにかと悩み事があるとき、この木が元気であることで、大丈夫、何とかなる、と思えたのだ。
早速ネットで調べた。
枯れた木をなんとかできないものかと。

回答者は、温室に入れておいた木さえ枯れてしまった。
幸福の木が枯れると不幸になるかも知れないと思ってしまうが、そんなことはない、自分はもう二本も枯らしたがどうってこともなかった。
大丈夫、また新しく育てればいい、と、安心させてくれた。

こういうときの速答が、ネットはうれしい。
友達何人かに電話したとしても、幸福の木を枯らしたひとがすぐ見つかるとは限らない。

枯れてしまった木を生き返らせる手段までは書いてなかったが、ともかく悪いところを全部取り去り、短くして、水と養分を与えて、わたしはまだ未練がましく眺めている。

2011年2月 7日 (月)

イクメン観察

東横線、各停の優先席に座ったら、まん前にイクメンパパと三歳児くらいの女の子が乗ってきた。
女の子はコンビニ製らしいおにぎりを食べている。
パパはときどき話しかけながら、おにぎりが食べやすいようにビニールの皮をむいたりしている。
その間にも赤と緑のストラップつきのケイタイをチェック。
金色のストラップつきのIポッドを操作、自由が丘から中目黒まで子供はずっとおにぎりを食べているのだが、水分が欲しくないのだろうか、などと気になってくる。
あまりおいしそうな食べ方ではない。
食べさせておけば大人しくしているから、という理由なのか、朝食を与えそこなったのか、それにしても十時半、半端な時間だ。

渋谷駅で別のイクメンパパを見た。
やはり三歳児くらいの男の子を肩車して、バギーを押しているのだ。
こういう芸当はパパだからこそだが、平日の朝、まさしくイクメンである。

今朝の毎日新聞の『くらしナビ』で専業主夫の記事を読んだばかりだった。
<男性の専業主夫志向が強まっている>というもの。
評論家は<社会の意識の変化はいいことだが、実際に一人の稼ぎで暮していくのは難しく、主夫(婦)になれる人は限られる>と述べている。
こんなに食べ物があふれている世の中、飢えることはなさそうだが、それでも子育てでよい食育をするのはむずかしそうだ。
親が「おいしくなあれ」と願いながら作ったもので子供を育てれば、その効果は子供が成人となったときに必ず出てくると、信じているのだけれど。

2011年2月 5日 (土)

気もそぞろな誕生日

わたしの誕生日、二月四日は節分の翌日なので、忘れられてしまうことが多い。
商業がこぞってこの日を盛りたてようとするので、翌日のことまで気をまわらなくしてしまうのだ。
誕生日をおぼえてくれていたのはニフティとBiglobeだけという年もあった。
去年は夫がカードをくれた。息子はいつものように知らん顔、娘はあとでプレゼント届けるからね、という電話のあと、十日後れで届けにきた。
けれどもこの年は庭から素晴らしいプレゼントをもらった。
三年ぐらい咲かなかったクリスマスローズがこの日に素晴らしい花を咲かせたのだ。

今年はその庭ももうない。
でも夫がめずらしくカードと花束をくれた。
ばあさんだって、花を欲しいときがあるのよ、とそれとなくインプットしておいたからだ。
息子は相変わらず知らん顔だったが、娘は、お好み焼きをつくりにきてくれた。
毎日、NHKのテレビ小説『てっぱん』を見て、食べてみたくで仕方がない、とこれもインプットしておいたからだ。

このインプットの努力がめんどくさくなってできなくなるくらい歳取ったら、またニフティとBiglobeからだけの祝いになるのかなあ。

2011年2月 2日 (水)

歴史が面白くなるとき

朝テレビをつけたら、NHKハイヴィジョンで『華麗なる宮廷の妃たち』が始まっていて、最後まで見てしまった。
顔ぶれが異色である。
司会が女優の麻実れい、ほか三人が女性のジャーナリストと、男性の精神科医、それに女性の大学教授。
この先生のいでたちがすごい。襟ぐりのあいた黒のミニドレス、二連の真珠を巻き、アップにした髪を覆う色あざやかな造花。まさに満艦飾である。

ヴァージン・クイーンのエリザベス一世を論じるのだが、舞台でも女王を演じた麻実れいは迫力ある語りも担当し、イギリスのドラマの映像や、学者たちの解釈でその一生をたどる。
若い女性ジャーナリストは女王の恋人と噂された、ロバート・ダドリーのことを「イケメンだけどダメンズ」、最後に年下のフランス貴族へ関心を示したことを、「いまの四十代の女性が『嵐』に夢中なのと似たような」と形容。
女王が逝去まえに描かせた、『虹の肖像』でまとったガウンは目と耳の柄の総模様、全てを目と耳でとらえたことをあらわしたのだそうだ。
賢い王は数あれど、自分ほど情と愛にあふれた君主はいないと言い切ったという逸話など、大学の講義では聞くことのなかった王家の舞台裏を、この個性あふれる面々の解説で納得。
四年まえ、ロッシーニのオペラ『イギリス女王エリザベッタ』をボローニャで見たときは知らずにいたことが残念。

2011年2月 1日 (火)

とつおいつ…

きょうは午後から客が来るのでなんとなく心せわしい。

胃薬のガストロームを飲んだかどうか定かでないのだ。

「わたし薬のんだのかしら?」燃えないゴミのトップに空袋がないかチェックしていたら、夫が言った。
「そういうときは飲んだことにしておくのさ」
「どうして?」
「そうやって、とつおいつ考えてるとそれがまたストレスになるからさ。とし取ったら、瞬間、瞬間生きてパッと終わりにしなきゃ」

なるほどね、ときどきこの六歳上の同居人がやっぱり人生の先輩だな、と思うことがある。

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