2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
無料ブログはココログ

« 見つからない | トップページ | バリオーニを聴く »

2010年11月 3日 (水)

人生を終える場所

早朝、義姉から電話があった。

「ホームに入りました」彼女の最終選択である。

二ヶ月まえ、ショートステイで一ヶ月を過ごしてみて気に入ったのだという。そのとき夫と面会に行ったのだが、わたしにはそこが、消毒液と薬品の匂いがしない病院のような印象を受けた。

ガラス張りの食堂の中はしずまりかえって、話し声もしないし、笑顔も見当たらない。入り口に折り紙細工が飾られていて、七夕の願い事の短冊なども展示されていた。

義姉は大学で教鞭をとり、翻訳書も多数ある知性派で、クラシック音楽を愛好し、豊富な知識にあふれた会話を交わしあう友人も多かった。そういう人がここで満足できるのかしら。

ところが、彼女はゆったりと居心地よさそうして言ったのだ。ここは未亡人天国よ、と。そういえば七夕の願い事の短冊に「今夜も三郎さんに会えますように」というのがあったっけ。

胃を摘出し、40キロに満たない体重で、買い物に出かけることもおぼつかなくなった身では、ケアが行き届いていることで満たされたのかもしれない。

わたしも同窓生に開放された夏季寮で、プログラムが決まった生活をする数日が心地よいと感じることがある。

あと、十年もしたら、ずっとそういう生活をしたいと願うようになるのだろうか。

義姉に訊いておきたいことがいっぱいある。できるだけ時間を見つけて会いにいこうと思った。

« 見つからない | トップページ | バリオーニを聴く »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/565431/49927072

この記事へのトラックバック一覧です: 人生を終える場所:

« 見つからない | トップページ | バリオーニを聴く »