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2010年10月に作成された記事

2010年10月30日 (土)

繁盛してます

氷雨の中、獣医科医院にネコのエサを買いに行った。

我が家のチャイは数年まえ尿路結石になり、それ以来、ドクターケアのエサを食べている。

素直によく食べてくれるが、時々、いつもこれだけじゃね?というような顔で見上げたときだけ、カツブシをふりかけている。

医院は満員、小型犬をかかえた人が四人ぐらい待っていて、薬の説明を受けているひとが三人、その薬も抗生物質から、錠剤、水薬など、〆て五千数百円の支払い。うちのエサも2800円也。

そこに鋭いネコの鳴き声がしてケージを提げたひとが入ってきた。しかも三つもである。どんなネコちゃんなんだろう。見せてください、なんてずうずうしくのぞいたら、チャイに似たのも一匹いる。

うちのチャイは医院にくるとき、大変なのだ。断末魔のような声を上げる。この三匹はおとなしいほう。

どこか悪いんですか?と訊くと、ワクチンしてもらいに、えっつ?ワクチンって?

年一回するでしょう?

うちなんてもう何年もしてない。

それにしても、三匹なんて大変ですね、と言ったら、うち、沢山いて外ネコまぜて十匹もいるんです。

Img_0008_2 へえ~っ、違う世界をのぞいた感じであった。

2010年10月28日 (木)

陶芸の町へ

益子というところに一度行ってみたいと思いながら、チャンスを逃していた。

国際婦人クラブのバスツアー、今度こそと、締め切り間際に申し込む。

前の晩から寒波が襲来。あちらのほうが二度くらい低いと知って、急遽ユニクロにとびこみ、ヒートテックのタートル購入。家で着てみる。室内ではほかほかあたたかい。

明日着るつもりだったカットソーのインナーあわせ、フリースのパーカーを羽織って外へ、寒くない、これで大丈夫。

五時半起きの朝、陶器買うことを予想し、リュック背負う。こんな格好自分だけかと思ったら、二十二人の半数が類似のいでたち。

益子は快晴、水曜は休みの店が多いとかで、人気もなく、わたしたちのためだけの贅沢なツアー。

浜田さんの作品は駒場の民芸館の展示物があまりにもインパクトが強かったせいか、今回はむしろ印象がうすい。

陶芸美術館では、バーナード・リーチの作品のほうに目を奪われた。

旧浜田邸の茅葺屋根が美しい。でも葺きかえには千万円単位の費用がかかるので、この次に来る時には、参考館のほうの屋根は変わっているかも知れないと聞き、私自身にこの次はなさそうだし、とため息が出る。

登り窯のそばに色鮮やかなムラサキシキブがたわわな実をつけていた。参加者の中でおそらく最年長の自分を意識しつつ、転ばないように足をふみしめ歩く。

012 021 022 帰途、リュックはやはり数個の湯のみやマグでふくらんだ。

2010年10月26日 (火)

黒キャベツ?

昼どき、テレビをつけたら、西洋野菜を栽培している人が出ていた。

あれっ、見たことがある野菜、説明がこれイタリアの野菜です、カーヴォロネロ、やっぱりね、去年フィレンツェで食べた。

ジョヴァンナの家に八泊して、最後の晩、彼女が腕をふるってご馳走してくれたディナー。

この分厚くて濃~い緑の葉を山ほど圧力鍋で蒸し煮にしたあと、オリーブオイルでいためトスカーナのパンにのせてブルスケッダに、そしてフライパンでじっくり焼いたローストポーク。つけ合わせはポテト。

テレビでは有名レストランのシェフが出てきて、カーヴォロネロをサラダにしていたけど、この野菜のほんとの食べ方はやはり、トスカーナの主婦が一番知っているのでは?

尊敬する故牧田文子先生が美味と滋味について語っていらっしゃる。

美味とはただおいしいということ。滋味とは美味をもう一つも二つも越えて、全身がおいしさでふるえるような”うまさ”…手がけた人の厚い心と手技とが尽くされている最高、最上の味。

098

フィレンツェのカーヴォロネロの料理はまさにそれであった。

2010年10月25日 (月)

白か混じりか

 混ぜごはん大好きである。

炊き込み、ピラフ、五目ちらし、そして、スモークドサーモンや干物をほぐしてまぜた変わりちらしなど、レシピは数え切れないくらいあるのに、作る機会が少ない。

夫の在宅が多く、彼が混ぜごはんを好まないからだ。

白米が食べられない時代に育った者にとっては、「銀シャリ」そのものが何よりのご馳走なんだ、というのが持論である。

そういう夫どもは結構多いらしい。

五目ちらしの達人の友人に、あなたのちらし、おいしかったわ。今でも忘れない、と言ったら、もうずいぶん長いことつくってないの、主人が好きじゃないから、という応え。

お宅も?やっぱり?と愚痴話をひとしきり、玄米や、胚芽米もダメ、ともかく、ご飯は白くなくては、という人たち。しかめつらをされたくないから、こちらも付き合う。

混ぜごはんですむなら、あとは和風なら、味噌汁と漬物、洋風なら、サラダさえあれば、十分という手軽メニューですむのに。

そういうわけで、去年、スペイン旅行の土産に、ともらった、サフランはまだ封も切らずに、出番がない。

パエリアの極上レシピはもう用意してあるのだけれど。

2010年10月23日 (土)

なんとかなった

ヘアースタイルのことがいつも頭にひっかかっている。やはり美容院に予約をとった。

繁華街から離れた、遊歩道の途中にある、たった一人でやっているところ、ドアと窓が大きく店のデザインがとても洗練されていて、いいセンスの持ち主では、という勘が働いたのだが、それは当たっていて、カットがこの上なく見事、パーマがかかっていないのに、落ち着くのだ。

彼は言った。「あんまり気にしないほうがいいですよ」

「そろそろ白髪ってことかしら?」

「まあね、毛はどんどん細くなるから、そろそろかも知れない」高いトリートメントなどすすめない、お世辞もあまりないけど、信頼できる。

「マニュキアにしましょうか。あまり得意じゃないけど、上のほうだけでもしっかりやっておきます」正直なところが、また好感がもてる。

そして仕上がりは上々、カットの力で、髪のわけ目が目立たなくなり、うすいところがしっかり隠れた。

美容院も相性がある。これまであちこちさまよったけど、ようやくこれは、というところに行きついたようだ。

2010年10月21日 (木)

ジェノヴァといえば

イタリア文化会館主催の『ジェノヴァの音楽と食を楽しむ夕べ』に出かけた。

街の紹介でやはりこの人の名が出た。

レンツオ・ピアノ、そう、我があこがれの男性である。

安藤忠雄氏との対談の番組で目が釘づけになった。わたしと同年代の、このイタリア人の知性の代表者、世界的建築家はまた、カリスマ、ダンディ、マエストロといった言葉をすべて凝縮させているような魅力を放っていたのだ。

彼のイタリア語がもっと聴いてみたくて、You Tubeで追っかけをした。

かなりジェノヴァアクセントが強いけれども、饒舌で、洒脱で、しかも英語のスピーチも立派なものである。

パネルディスカッションの場面もあって、彼にうっとりとみとれている中年の女性がかたわらにいた。

グレイヘヤーだが、胸の谷間を見せた襟あきの深いスーツを着ている。

だれだ、このひと?とばかりにまたクリック、なんとジェノヴァの女性市長であった。

その年の旅行は迷わず、リグーリア、ジェノヴァは治安が心配だったので、そこから列車で四十分ぐらいのキアヴァリに滞在。

ジェノヴァ出身の男性教師に半日ガイドをしてもらって、レンツオ氏が手がけたジェノヴァ港再開発をこの目でしっかり見届けたときの写真がこの二枚である。Img_0188_2 Img_0189_2

2010年10月20日 (水)

なつかしのメルカート

075 フィレンツェ、サント・スピリト広場のメルカート(青空市場)は正しく朝市で、八時ごろからオープンしている。

日替わりでテーマがあるらしく、三回ぐらい通りかかったが、最初の日は衣服、必ずしも安物ばかりではなく、見る目さえあればカジュアルなものではあるが、よい買い物ができそうに思われた。

つぎに遭遇したときは雑貨の日、そこで買った小さいも物干しは今も我が家のキッチンでゴム手袋やジューサーのネット乾しに役立っている。

そしてこの日曜の手作り特集、この人たちは椅子の座面をマクラメ編みなどで手作りし、実演販売していた。そのほかにも手作り石鹸、ジャム、ローソクなどなど、いろいろあってじっくり見たかったのだが、この日はロレンツォ・メディチのポッジォ・ア・カイアーニの別荘まで出かけるので、あきらめ、土産用に石鹸だけ数個購入したのだった。

2010年10月18日 (月)

あれ~、どうしよう

怖れていたことがほんとになった。

髪がうすくなってきたのである。

合わせ鏡をしてあれ~っつ、と叫んでる写真の広告を見たことがあるが、正しくあの図を洗面所の鏡でやってみてわかった。脳天の地肌がうっすらすけて見える。

今からなんとかならないか、あせって、とりあえず<地肌に五十種類の潤い成分>を含んでいるという五十歳からのシャンプーなるものを買ってきた。もっと早くから手当てすべきだったのに。

きょうは、国際婦人クラブの奨学生選考委員会で活動していたときにプレジデントだった人が来日しているというので当時のメンバー十人が集まって歓迎の昼食会をする日。

髪には特別気を使った。前の晩から前髪をピンカールして、出かけるまえに、後ろ髪を念入りに立ててブロー。スプレーをかけて出発。

日本人十人はほとんど同年齢、ひとりだけ六十代が混じっていたが、それほど溌剌とは見えない。女、六十を過ぎれば、似たりよったりなのではないか。

英語が達者なひとばかりなので、元プレジデントとの会話はその人たちに任せて、それとなく、彼女たちの髪をチェック。

大半が染めているけど、なあんだ、同じじゃないの。みんな地肌が見えかけている。

老いは公平に訪れているのだ。

「近頃美容院に行くのが遠のいてるの」という心情吐露にも、うん、うんとうなずきたくなる。

帰宅してから、もう一度、合わせ鏡を。ヴォリュームはしぼみかけはいるが、なんとか脳天をカヴァーしている。

よし、当分、この処置で行こう。

『ミヨイクログロ』に電話するのはまだ先にしたい。

2010年10月16日 (土)

働いた日

三十数年在籍している国際婦人クラブが今年から、年三回のヴォランティア・ワークをメンバーに義務づけた。

十年まえまで、運営委員や、奨学生選考委員など、表舞台で働いていたが、現在は月例の昼食会も年一、二度の出席という、疎遠ぶりで、なんの活動にも参加していない。

今週末までの四日間、奨学金の基金募集のための版画展示即売会が開かれている。

それの午前、午後、または夜のどれか三回ヴォランティアで働けば、義務は終わるじゃない、働くひと少なくて困ってるみたいだからおやりなさいよ、と励ましてくれたのは後輩のメンバー。

そうか、やってみるか、と登録してみた。

仕事はカフェのレジ、と売り上げの計算、最近の若い委員たちに、さっさとやってください、なんて偉そうに言われるんだろうな、と重い足取りで会場に向かった。

レジの相棒は旧知の大学同窓のメンバー、これがまず幸いした。

二人で声あげ、カレーおいしいですよ、とか、キャロットケーキおすすめです、とか、愛想ふりまきながら、やっているうちに楽しくなって、あっという間に三時間のシフトが終わった。

cakeとcokeを読み違えたりのミスもしたのに、若い委員の対応は見事で、文句も言わず、むしろ励ましながら、すばやく修正。

こうやって優秀な人材が引き継ぎ、この六十年以上も続いているクラブを支えてきたのだな、そして裏方の仕事あっての事業の成果なのだなとあらためて実感したのである。

現金の勘定も単純作業だから、苦にならない。七十のバアサンには適した仕事であった。

毎日新聞14日の朝刊に提言があった。平均寿命が83歳になった今、生産年齢人口を「15~78歳」にすべしというもの。

そう、78とまでいかなくてもせめて75までは働けそうだ。

クラブを辞めるのはもう少し先にしよう。

2010年10月15日 (金)

続みんなと違う日

やっぱりお腹がおかしい。トイレに連続三回かけこむ。

尋常じゃないと判断して翌日、早起きして病院へ行った。

内科のところで待っていると、後ろで話声がする。「うちの主人ね、下痢が続いたのよ。ポリープが沢山あるのがわかって、半年に一度とってもらってたのよね。そしたら、膵炎になって、それから膵臓癌で死んじゃったの。最後は苦しんでね、かわいそうだった」

わたしもその運命かも、と思った。次第に首がうなだれてくる。

名前を呼ばれて体温を測る。35度8分、低すぎるのがまた不安。

いよいよ診察、ほとんどわたしの顔を見ないので、こっちもあっちの顔をおぼえていない。

これまでの症状を説明してから、仰向けに寝ておなかを出す。グリグリとさわられたあと、薬二種類出しとくから、飲んで、下痢がとまったら、のむのやめて、と言われた。

「先生、ストレスで下痢することあるんでしょうか、パソコンすごくするんですけど」と訊くと、「いま、胃腸にくる風邪はやってるからね」との返事。

それを早く言ってもらいたかったのに。

食べ物は?うどんかおかゆ、あったかいもの。やっぱり、まだ、そうなんだ。

せめてうどんはいいものを、と帰りに高級スーパーで、二玉買う。

つゆはあるんです。麻布十番の更科のつゆ、これがめっこもの。できあいの匂いがまったくしない、店で食べるそのままの味。

だから夕食は半熟玉子とほうれん草入れてすごくおいしいかけうどん。

処方されたくすりはブスコバン、なつかしい!トリノで下痢したときにイタリア人にすすめられて買った薬の名前。

でも今下痢はとまっていて、まだのまずにすんでいる。やれやれの一日でした。

2010年10月13日 (水)

ああ、パスワード

ブログデザインが変貌したのは、大学同窓のブログ名人お出ましのおかげである。

彼女が建ち上げた同じくココログのブログ『石ころとおしゃべり』http://mocyako.cocolog-nifty.comを<お気に入り、学ぶ>のフォルダに登録して、勉強した。

短時間に要点を実に明確に把握させてくれて尊敬度ますます高まる。

版画家の彼女、工房に向かってしまったので、そのあと二時から、五時まで、プロフィルづくりに孤軍奮闘。

すぐできあがるかと思ったら、設定に不備があり、niftyのユーザーIDの入力が必要となり、そしてまた、ああパスワード!!

いつも同じってわけにいかないから、またあれこれ迷う。

これでいいかと思ったら、安全度,低の表示、長くすると,入力ミスしやすくなるんだけどな、何しろ黒ドットだし。

パスワードって大っつきらい。

そんなこんなで何度も自分のブログを開くことになった。

きょうのアクセスが異常に多いのはそのためです。

2010年10月12日 (火)

みんなと違う日

特に食べ過ぎたというわけでもないのに、おなかをこわして、トイレに五回もかけこんだ。

二、三週間まえにもこういうことがあったので、なにか悪い病気ではないかと、ネットで調べ、『家庭の医学』のページをめくったが、該当するほどの症状ではなさそうだ。

「間食が多すぎるんじゃないのか」なんてジイサマが言う。

夫在宅ストレス症候群かもしれないのに。

とりあえず、おかゆを炊き、実母がおかゆのときに必ずつくってくれたスープ、じゃがいも、タマネギ、人参をやわらかくなるまで煮て、醤油、カツブシ、塩少々で味付けしたもの、それと梅干で昼食。

夜は『家庭の医学』に出ていた下痢が続くときのメニュー、豆乳とキウイのスープをつくることにしよう、と決めて買い物に出る。

自由が丘の町は<女神まつり>とかで大変な人出。

遊歩道の椅子は全部埋まり、地べたに座ってまで、みんな食べたり、飲んだり。

もうこういう中に入る世代じゃないな、と思いながら、人混みかきわけ、自然食品店にたどり着き、くず湯、おからでつくったベーグルパンなどを買う。

夫と息子の夕食はカキフライ。

久しぶりに飲んだくず湯がおいしかった。

内臓たちが叫んでいるのかも、こっちも老いぼれてるんだぞ、あんまり酷使するなって。

2010年10月10日 (日)

羨望をこめて

六歳年上の夫はひまさえあれば本を読んでいる。

時代小説と冒険小説が好きで、読む速度もすごく速い。

三ヶ月まえに、引っ越ししたのだが、近所の図書館をひとあたり見回って、読んだものばかりだと言った。

それでも週に二、三冊借りてくるので、希望図書が来たの?と訊くと、読んだことがあるものでも筋を忘れているので、また読むんだ、と言う。

ハードカバーは重い、と言って、新刊の文庫本も時折は買ってくる。

いまはまっているのは岡本郁のみをつくし料理帖シリーズ。

レシピまで出てて、面白いよ、とわたしにもすすめるのだが、時代物はどうも…

あなた、ほんとよく本を読むわね、これが研究書だったら、ノーベル賞よ、きっと、と言ったら、オレのはノーヘル賞だな、だって。

2010年10月 9日 (土)

神木く~ん

子役のときから神木隆之介に注目している。

『風のガーデン』から二年、どれほど成長しただろう。

うちの孫息子と同い年、少年から青年に変貌するときのまぶしいような姿がぜひ見たくて、きのうからはじまった『SPEC』というドラマを見ることにした。

待てどくらせど神木クンは出てこない。ひょっとしたら、植物状態の病人が彼かとは思ったが、まさかね。

主役二人は演技もせりふも、おふざけ目一杯のマンガで、フキダシだらけの画面といった感じ。

待つこと65分。

まばゆいような神木クンが天から舞い降りるように登場。

これがこのドラマの見せ場なのかも。っていうことはこういうことにつられて見入るバアサンなども想定ずみってことか。

2010年10月 8日 (金)

遊びの日

きょうは一日、夫はマージャン、わたしはブリッジ・ゲームで家をあける。

チャイは大丈夫かな。

きょうのブリッジは六本木のクラブで、軽食とおやつつき。

二人ずつペアを組んで四人でプレイするこのゲーム、トランプカード13枚ずつ配って決まるカードの組み合わせの確率は数え切れない。

だからこそ、ツキと不運と、成功、失敗、興奮、歓喜、落胆、人生で味わう感情のすべてが、静寂の中で進むゲームの行程にうずまいていて、夢中にさせてくれるのだ。

イギリスのジュリア・チャドウイックと言う女性は100歳までブリッジのエキスパートとしてこのゲームを楽しんだという。

わたしの場合、足が丈夫なうちはクラブに通えるけど、そうでなくなったら、ネットのブリッジゲームBBOにはまるだろう。

それをやりすぎて、肩こりと背中の痛みが治らなくなって、おさらば、ということになるのかしら。

2010年10月 6日 (水)

郷愁の街歩き

074_2 キンモクセイの香りが漂うきょうこのごろ、秋ですねえ。

昨年の今頃はフィレンツェ行きの仕度で忙しかった。着いてすぐ出かけたのが、ウフィッツイ、帰りにレプブリカ広場で、焼き栗を買って、すぐさまほおばった。

袋は二つくっついてて、片方は殻入れである。こういう工夫がうれしい。

そのあと、帰りのバス停探しで長時間うろつくことになった。

フィレンツェのバス停は日本と違って往きと帰りが向かいあっていないので、バスに乗りなれている人に訊かないとわからない。

不案内の街を右往左往するのも、時間がたっぷりある一人旅にはスリルが伴う楽しみなんです。

2010年10月 5日 (火)

イヌ化したネコ

我が家の牡ネコ、チャイはうちの車の下に捨てられてて、夫が拾いあげたとき彼のヒゲに触れて以来、彼をママだと思ってしまった。

夫が、おい、寝るぞと声をかけると、あとをのそのそついていく。

ヒゲママの居場所をいつも気にしていて、トイレのまえにすわりこんで、待っていたりも。

チャイももう十三歳、おなかタポタポの老猫で、ライオンによく似た容貌なのに、遊んで、とニャーニャー催促するのだ。

わたしがシアトルから買ってきた、ゴムひもの先にトリの羽根つきボールがついた、ネコじゃらしには見向きもしなかったのに、なぜかレジ袋を丸めたボールを追いかけるの大好き。

朝だろうが夜だろうが、投げてもらうのを待っている。

半猫人という言葉をつくったのは翻訳家の柳瀬尚紀氏だが、これじゃあ、半猫犬人じゃないの。

ああややこし。

2010年10月 4日 (月)

何食べようか

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食べものがくさらないよい季節になった。

ついこの間まで、ごはんや味噌汁の残りまで冷蔵庫にしまわなくてはならなかったけど。

通販でかきまわさなくてもいいヌカミソを購入。味にうるさい夫に口上なしで、食べさせてみたら、これ、うまい、の感想。よかった!

人工的な匂いもなく、古漬けしてみたけど風味もよい。漬物のおいしいのがあるというだけで、和食のメニューは一安心。

イタリアでホームステイをしているとき、いつも思った。イタリア人はいいなあ、イタリア料理だけですむんだから。日本の主婦は大変、和食のほかに外国料理も各種つくるんだから、と。

たとえば、きょう、朝はリンゴ、人参、キャベツ、レモンのフレッシュジュースとアルペンというシリアルにヨーグルト、ブルーベリー、ヨーグルト、ミルクをかけての朝食。

きのう食べ過ぎたのか、おなかがゆるくなったので、昼はスープをつくる。冷凍してあった、チキンの手羽もと二本に人参、タマネギ、庭から摘んできたタイムとローズマリーのハーブ、ローリエを加え、小一時間煮て、あと、自家製トマトソースを少々加え、IKEAで買った平たいパンと食べる。

夜はブリの照り焼きとほうれん草のゴマ和え、サトイモの煮物、豆腐の味噌汁、それにあのヌカミソ漬け。

インターナショナルじゃありませんか。

2010年10月 2日 (土)

イタリア語授業

イタリア語を始めて7年目、上級のよいクラスを探すのが容易ではない。片道一時間も

かけて通うのがシンドくなってきたので、乗り換えなしの沿線にある小さな

カルチャー・スクールでセミプライベートレッスンを一時間、月に二度受講している。

きょうはレッスンメイトが来られないというので、急遽個人授業となったのだが、そうなると

40分に短縮されるのだそうな。それってセコくない?

夫に、ねえ、ひどいんじゃない?とうったえると、そんなのやめちまえよ、と、頭ごなしの

応答。そりゃ、ひどいね、とだけ言ってもらえれば、気が休まるものを。

やめるわけにはいかない。今やめたら、せっかくしゃべれるようになったのに、坂道を

転げ落ちるようにダメになっていくのがわかるから。

<もし、~したら>の接続法と条件法を使った文をいくつか作って持っていったら、案の定、

間違いだらけでショボンとなった。でも教師は一生懸命、いいとこ見つけてほめてくれる。

イタリア語の「ブラーヴァ!」というほめ言葉が好きだ。日本語でこれほどのよい響きで、

短くほめる適切語があるだろうか。正解、でもカタイし、スゴイはくだけすぎだし、

素晴らしいは大げさだし。

娘と同い年のこの先生、ぞうり編みのコースとって楽しかったという話から彼女が

おばあちゃんに編み物や、洋裁ならったこと、そのおばあちゃん、イタリア語でノンナは

靴下のつくろいを仕事にしていたのだ、なんて話を聞いていたら、あっという間の40分。

でも文句言う気は失せていた。nocemoscat.exblog.jp イタリアを想う

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