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2017年3月24日 (金)

招かれて

スエーデン・アイビーの苗や花ダイコンのタネなどをくれた友人の家に招かれた。
ランチを一緒に、ということで、わたしが近頃得意にしているウィートブラウンブレッドのサンドイッチを持参し、彼女はパンプキンスープとキッシュとサラダを用意してくれていた。

表に面した広い前庭に、白モクレンが満開、しだれ桜の蕾もふくらんでいる。
これ見て、と指さされた先の家屋の裏手に紫色の花ダイコンが、ぎっしり咲き乱れていて、あとで写真に撮らせてね、と言っていたのに、ご馳走に気をとられて忘れてしまった。

しだれ桜の下に小さい池もあって、鯉と金魚が泳いでいた。でも上に粗い金網がかぶせてある。トリが食べにくるのだそうだ。きっとカラスのことだろう、と想像した。

食事が終わって、ゆったりした応接間に移動した。
ゆったりした間取りと無縁になった我が家から、こういう広いお宅に来るといつも、癒されるような気がする。うらやましいとは思わない。あちこち痛いからだで、こういう広い空間を維持するのはもう、無理とわかっているから。でもこのゆとりに身をおいているだけで、まもなく盛りとなる春を思いながら、お茶をのむ至福を共有する幸せに浸る寛容な気分を持てることが、うれしく思えるようになった自分も意識する。

ふいに大きな羽ばたきが聞こえたので、思わず立ち上がって前庭を見たら、びっくりした。
嘴の長いサギのような鳥が、降り立ったのである。
多摩川に住む野生のサギで、これが鯉や金魚を食べにくるのだそうだ。鯉がつっつかれて、傷だらけになっていたこともあったとか。
信じられない生態系の脅威を目撃した一瞬だった。

2017年3月21日 (火)

デパートの効用

最近、起床したときに、膝はもちろんだが、腰や股関節にまで違和感があるのが気になっていて、接骨院で相談したら、ベッドのマットレスの上に体圧を分散させるマットを敷いてみては、と提案され、早速購入することにきめた。

こればかりは実際に寝てみて実感してみたいと思い、二子玉川にでかけた。RISEに、寝具の店もあるのだが、そこでは横になって体験させてもらえなかったので、高島屋のSCに確か、西川があったのを思い出し、行ってみたのだが、見つからない。
結局高島屋の寝具売り場で、実際に寝てみてください、と体験させてもらえて、二枚のうちの一枚が格段に寝心地がいいのを背中がキャッチしたので、これって、どこの?と訊いたら、なんと西川の商品だったのである。SCの店が閉めたあと、高島屋が販売をすることになったらしい。
わたしの予算以上、三万円を超す高い買い物だったが、残された余生の三分の一以上を越す睡眠時間を快適にするためなら、安いと思うことにして、購入を決めた。

二週間後のいま、寝つきの悪さがまったくなくなり、朝は膝以外の違和感はまったくなくなった。
膝もいったん起きだしてしまえば、スタスタとあるける。あとは調子に乗らないで、無茶な外出を少なくすることだろう。ま、年相応の状況なのではないか。

もうひとつ、久しぶりのデパートで収穫があった。「味百選」という催事があって、そこで京都「なり田」の漬物の中にフキノトウを見つけたのだ。京都の漬物店は二店出ていたが、試食して比べて、ここに決めた。ちょうど、お礼をしたいと思っていた同年齢の友人二人にも、しば漬けと、フキノトウをセットにして送ることにした。そこの店員、親切で、ここから送るより、郵便局で送ったら、ずっと安く済むよ、などと教えてくれるのである。

友人二人からは狂喜のような礼状がすぐに来た。やはりわたしたち世代は旬ということに、ことのほか敏感であるのを共有しているのだ。


2017年3月18日 (土)

続、危うい買い物

夫のオデコの傷はまだカサブタがとれるまでになっていないが、今回のことがあって、彼もいろいろ考えたらしく、これからはリュックをしょって、両手に杖を持って歩く、ポールウオーキングをやってみようかと思う、と言い出した。
彼の運動不足がとても気になっていたので、まずは大賛成。

たまたま介護センターのケアマネージャーさんが三か月に一度の訪問をしてくれる日だったので、相談してみることにした。
ちょうどこの月末、「ポールウオークでお花見」という催しがあるとかで、ぜひ、ということになり、参加の申し込みをしてくれるという。
およそ、近所とのつきあいや、催しなどははなから毛嫌いしていたのに、どういうかぜのふきまわしか、一大変革である。

このごろスキーのストックを両手に持って、歩いているひとをよく見かける。きょうもバス停でそういう出で立ちの高齢男性がいたので、話しかけてみると、若い時のスキーのストックの先に一個500円のゴムカバーをつけて、使っているのだという。

我が家のスキー用品はもう、引越のとき処分してしまったので、ポールは買わなければならないのだけれど、とりあえずはレンタルで様子を見ると、夫はかなり積極的に計画をたてているようだ。

ゆうがた、娘が孫息子と二人して、ビールの缶や、ポカリスエットなどを大量に届けてくれた。食料品もこれからはネットで買ったら?を提案しながら、夫の傷を見て、いまはどうもなくても医師に診てもらったほうがいいとすすめる。

孫娘のオーディションのその後の話になり、彼女は予想どおり選ばれなかったけれど、あのあと、審査員の説明のとき、予選のときは彼女が一位だったのだそうで、励ましをもらったのだという。いまは、オーケストラの一員になるべく、オーディションを受けまくると、張り切っているらしい。

東京以外できまってしまうと、わたしがひとりになるのも、もうすぐという気がする、と娘はちょっぴりさみしそうな顔を見せた。

2017年3月13日 (月)

危うい買い物


土曜日はブリッジトーナメントの日で、夕食はオレがつくるよ、と言ってもらえたので,夫にまかすことにした.。

帰宅すると夫がおでこの真ん中にヒエピタを貼っているので、どうしたの?と訊くと、タクシーに乗ろうとして転んだのだという。
あぶなかったよ、ショウちゃん帽かぶってたから、この程度ですんだけどさ、オマワリサン三人に助けてもらって、車乗ったんだ・・・

なんでも六本木の明治屋まで行ってベーコン買い、(夫は六本木の明治屋のベーコンにこだわっている)帰りに自由が丘に出て東急で得意のレシピ、「パプリカポーク」の材料を買い、ついでにビールのどごしの小缶二個、ポカリスエット二缶、おまけにコーラまで買ったら、かなりの重さになったのだという。そうだろう、それに杖ついてるのだから、どだい無理。
東急からタクシー乗り場に歩きながら、相当よろよろしていたらしい。
そして転んでしまった。前に倒れたので、おでこを打った・・・

三人のポリスがさ、オレのこと「おとうさん、大丈夫ですか?」って何度も訊くんだよ。
そうそう、わたしがいつかタクシーにぶつかりそうになったとき検証したオマワリサンも「おかあさん、どのへんにいたのか、おしえてください」って言ってた。

呼称がおかしい。ヘンな呼称で呼ばれるより、主語はぶけばいいのに。
でも神さまにお礼を言わなければ、よく無事で帰ってこられたものだ。それに、クリスマスプレゼントだった、娘からの毛糸編みのショウちゃん帽、これもお守りみたいなもの。

あとでヒエピタはがしたら、赤むけみたいになっていて、そこにヨーチンつけて手当をした。寝るまえはわたしがお風呂に入っていたので、息子がやってくれたという。買い物には行かないほうがいい、とまで言われたらしい。

夫は料理をつくりたいひとなので、ついつい甘えてしまうけど、なるべく材料はそろえておいて、買い物を少なくしなくては、とつくづく思ったのだった。

2017年3月 7日 (火)

咲いた!!

002
ストレプトカーパス・サクソルムという舌をかみそうな名前のケニア産、イワタバコ科の植物。
教会のオルガニストのお宅に招かれ、スタンウエイのピアノとパイプオルガンのある、超豪華なリビングルームにこの植物の大きな鉢があって、薄紫色の花が沢山咲いていたので、きれいですね、とほめたら、これって、葉っぱ水にさしておくと、すぐ根が生えてきて花も咲くのよ、よかったら、持ってかない?と言われ、一束の葉つきの枝をもらうことになった。このゴージャスルームに比べると門番小屋みたいな我が家、そこで、果たして花まで咲くのか、とちょっとひがみたくなったが、言われた通りにしたら、三週間ほどで、ほんとに花ひらいた。
葉っぱはベルベットみたいに分厚く、いかにもお金持ちの家の葉っぱなのが、ちょっと好みじゃないのだけれど・・・
003
我が家のミモザに花を望むのはもう無理かと思っていたら、わずか数か所だけど、花が開いた。やはり、この黄色、独特だな、と思う。ご近所で二軒ほど、ミモザらしい樹が花をつけていたけれど、なんだか勢いがなかった。
日本ではむずかしいのかしら、この花の樹・・・
001
近くの友人がくれたハナダイコンのタネ、撒く場所をようやく探し、陽のあたらない、こんな狭いところなのに、花開いてくれた。毎朝一番にこれを見ると、元気が出てくる。よく育ってくれました。ありがとう。

2017年3月 5日 (日)

オーディション

孫娘のオーディションを観に来ないか、という娘からの誘いの電話をもらった。
金管楽器のファイナリストのオーディションで、46人中5人の中に選ばれたのだという。
その中からたった一人が、オケと共演できて8万円の出演料をもらえるのだ、とか。
5人のうち、女性は孫娘だけで、あとは全部男性。
場所は川崎ミューザ。
トランペット、ユーフォニアム、テューバ、そしてトロンボーン二人、孫娘は最後の出番で、しかももう一人のトロンボーン奏者は彼女より2年下の芸大生である。
彼女は芸大入試に失敗、授業料全額無料といって招かれた私立の音大に通っている。
しかも、しかも、二人同じ曲を吹かされるのだ、こりゃ、もうダメ、さぞ、プレッシャーだろうと同情した。

休憩まえにトロンボーン以外が演奏、ユーフォニアムとテューバは大学院卒の、超大柄な男性、出る音も迫力だった。
娘が言った。このうちのどっちか、もう決まったようなものよ、と。

トロンボーンの芸大生もすごい太め、だから音はかなりの迫力だったけれど、このトマジの曲は、曲想がつかみにくい、楽しくもなんともないメロディ、このあとは大変だろう、と、ますます不安。

孫娘はぴったりした黒のパンツに、襟のあいた黒シャツという、すっきりした出で立ちで、大男ばっかりのあとだったので、すごく可憐に見えた。
こんな女の子に金管がふけるのか、と思われそう、でも始まりの音は澄んでいて美しかった。落ち着いて吹き切ったと思う。なにより、楽しくもなんともないメロディを、聴かせる魅力がそこにあった。
終ってから、「よかったよ、というタイトル、あなたの演奏には確かな音楽があった!!」とメールを送った。

そのあと一緒に食事をする約束だったので、エスカレーターを降りると、孫娘は同級生数人に囲まれていて泣き顔だった。「思うようにできてない、悔しい」と言ってまた涙ぐむ。
娘が言った。「泣くのは、まだ上昇志向が残ってる証拠、大丈夫」

もう、わたしの出番を必要としない、親子関係を見たという気がした。

2017年2月26日 (日)

『花森安治の仕事』展へ

この展示会は、ぜひとも同世代の友と行きたいと思い、同級生をさそったら、二つ返事でOK。
田園調布から千歳船橋行きバスに乗り、彼女は上野毛から乗って出会うという段取りのよさ。
「美術館まえ」まで三十分足らずで到着。
世田谷美術館は建ったときとほとんど変わらない好ましいたたずまいで、レストランも以前と同じハイセンスは雰囲気、終わったら食べにいくことにして、名前を記入する。

展示物は地味すぎるぐらい、時を経たものばかり。原稿はどれも色あせているし、『暮らしの手帖』の表紙はカラフルではあるが、作品ではないから、デザインは素晴らしくてもインパクトが弱い。Photo


強烈な印象はむしろ花森氏の文章にあった。「戦争がないということは・・・夜になると電灯のスイッチをひねり、ねるときはねまきに着がえて眠るということ・・・」これは経験したひとでしかわからない、ようやく得た心の安らぎだったと、あの七歳のときのことをまざまざと思いだした。

「直線裁ち」の服のことを「動きやすく、着てらくで、うすくしい服、こんな服を着たとき、ひとはだれでも、ものごとは素直に考え、生きていることを幸せなことと思い、ひとにはやさしくしてあげようと思うようになる・・」と述べている。
本当にそう、女性はそういう、着る楽しみをもっているけれど、いまこれだけいろいろな服があふれていて、そのうちでどれほど、そういう思いをさせてくれる服があるだろうかと考えさせられ、またそういう服を選択するむずかしさのことも思った。
最後の部屋で大きく掲げられた「見よ、ぼくら一銭五厘の旗」の詩は反戦の思いと、空しさと、あれほどの思いをしたあとの、今の現実への怒りがこめられていて、胸せまる迫力の言葉である。

彼の夫人への私信や、お子さんへの絵入りのハガキなどには、率直で優しい、好ましい愛情がにじみでていて、人柄がしのばれた。Photo_2


このひとは編集者でなく、作家や画家としても十分に成功したと思われる逸材だったことは確かだが、『稀代のマルチアーティスト』と称されているように、その才能をフル回転させることに生きがいを感じていたひとなのだろう。

書籍の装填も素晴らしい。一番関心をもって眺めたのは、創元文庫のミステリーの表紙である。Photo_3


ともかく一見の価値ある展示の数々、しかも過ぎ去った過去だけでなく、現在にあってなお、暮らしとは、真に人間が生きるにふさわしい衣食住とは?を考えさせられつつ、時間がすぎていった。


2017年2月21日 (火)

オペレッタ『天国と地獄』を観る

オッフェンバックという作曲家が好きである。歌劇『ホフマン物語』を何度観たことか。

でも彼はオペレッタを作り出したひとである。今から160年まえのパリで、2百回以上上演されたという、その傑作『天国と地獄』をかねてから観たいと思っていた。

東京オペレッタ劇場が内幸町ホールでそれを上演することがわかって、チケットを早くから買い求めた。オペラとは格段に異なる安価な4000円、自由席、一体どういう舞台になるのだろう。音楽は?舞台美術は?衣装は?Photo


200席にも満たない多目的ホール、その日は満員だった。高齢者が多い。
音楽はピアノとヴァイオリンのみ、舞台美術はかなり斬新、最後の地獄の場面は片目をつむった真実の口が大きくかかげられていて、あっと驚く趣向。

ギリシャ悲劇『オルフェオとエウリディーチェ』をパロディー化したせりふの多い現代調。
芸達者な歌手たちである。脚本も意表をついていて、トランプや小池百合子まで登場させる思い切りのよさ。十分に笑わせてくれたあとで、登場人物の実力十分の歌唱のすごさに圧倒される、そのギャップが楽しい。

当時のフィガロ紙が「ともかくあかぬけている、気が利いている、聴衆を魅了してやまない、心地よく響くメロディ、楽しい」と大絶賛した言葉はそのまま、今日まで生きている仕上がりとなっていた。

オーケストラなどなくても、決して邪魔をせず、しかも見事なアンサンブルのピアノとヴァイオリンのデュオが、また素晴らしい。
こういう工夫に満ちた、親しみやすい舞台こそがオペレッタの身上。
あのあまりにも有名なフレンチカンカンのメロディのほかのも聞き惚れるアリアや二重唱、三重唱などがひっきりなしで、本当に満足した。

昔の浅草オペラというのはこういう作品の連続だったのではあるまいか。
肩の凝らないオペレッタこそ、今の日本が必要としているものなのかも。
八月公演の『ボッカチオ』が見逃せない。

2017年2月17日 (金)

通りすがりに

近くに住む友人からお茶に招待され、車を出すついでがあるからと、拾ってもらえた。
ついでに見せたいところがある、と言って、通った場所が、石原元都知事邸、まえにカメラをかかえたマスコミ陣が列をなしている。
これが毎日続いていて、それを見に来るひとも大勢いるのだそうだ。
「ご苦労さん、ご苦労さん」などと虚勢をはって出てくる当主は、シミも増え、むくんで容貌のおとろえがひどい。

このひとがトップ当選で都知事となったとき、東京をよくしてくれるのではないかと、半信半疑ながら期待しようとした。とりわけ築地の移転問題に真剣にとりくんでくれて、なんとか、豊洲なんぞに行かないようにしてくれればいいのに、と思った。
築地に一度でも足を運んで、日本の市場を代表するあの活気の中を歩いたならば、市場はあそこでなければ、という気持ちを実感できるのに、彼はそれをしたのだろうか。
週三回の出勤では無理だったのだろう。それを助言するひともいなかった、いや、いたとしても怖くて言いだせなかったのかも知れない。

過去の栄光、と自分だけの思い込みに、すがっているひとに哀れをもよおしさえする。

男性は晩年になって過去をふりかえるとき、自分は社会にどれほど認められたか、なにを成し遂げたのかということに思いをめぐらすものなのかもしれない。
それが思い通りでなかったとしても、晩年になってこそ明らかになるのは、社会でどう生きたよりも、毎日ひとりの生活者としてどう生きているか、のほうが、より意味が深い、よりj重要なのではないかと、いうのが実感としてせまってくるのである。

石原氏の虚言、それを追うマスコミ陣のはがゆさを見ながら、むなしさがつのる日々である。

2017年2月13日 (月)

『たかが世界の終わり』を観る

ユニオンチャーチのバイブルクラスで映画『沈黙』についてディスカッションすることになっていたので、みんな一緒に観に行くという六本木ヒルズはやめにして、きょう二子シネマに一人で出かけたのだが、時間を間違えてしまって、朝十時始まりのを見逃してしまった。
二度目のを、夕方まで待つのは、つらいし、あきらめようかと思ったら、先日孫息子が、これは絶対見逃せない、と力説していたグザヴィエ・ドランの『たかが世界の終わり』がちょうど始まるところだったので、急きょ方針を変えて、観ることにした。カンヌのグランプリをとり、アカデミー賞の外国映画賞も獲得したというのだから、大いに期待していたのだが、意表をつかれることばかりで、作品にのめりこめなかった。
不治の病をかかえた36歳の劇作家が家族に別れを告げるために。12年ぶりに帰郷するという物語。Photo


ともかく大写しの画面ばかり、それも語気荒い、本音だらけの、ののしりあいのせりふの連続で、疲れてしまう。伴奏の音楽もすさまじい音響で、難聴をわずらった友人が、これがひどいからシネコンにはいかないと言う気持ちをまさしく理解できた。
マリオン・コーティヤール、ヴァンサン・カッセル、名優揃いの大写しの一瞬、一瞬の表情の変化がすさまじく、これが満足というひともいるだろう。だが、しんみりとした胸にしみいるような場面が好きなわたしにとっては、内容のまったくない、わめきあいは不快でしかなかった。
だが、死病を患い、ほかのみんなは普通に生きていられるその生活感の差の中に歴然とあらわれる孤独を、ギャスパー・ウリエルはよく演じていたと思う。

高齢で死にゆくときも、みなから置き忘れられるような、孤独感を味わうに違いない。そのとき、饒舌になるのか、寡黙になるのか、わたしはどちらなのだろうか、などと思ってしまった。

エンドロールとともに歌われる「誰にも届かぬ心の叫び、ただ神のみが耳を傾ける」の言葉が心にひびいた。

«老いながらP.D.ジェイムズ