2022年1月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト
無料ブログはココログ

2022年1月21日 (金)

メカトラブル

我が家の固定電話に子機が二台あるのだが、その両方に、電池交換のマークがついた。特殊な電池なので、息子に購入を頼み、親機のほうは使えるのだろうと、思い込んでいたのだが、実際に操作してみると、液晶画面はしっかり動くのに、通話は不能とわかった。十年以上使っていて、すでにファックス機能が使えなくなっている現状、電話機を買い替えようかどうしようか、迷っていたので、いよいよそのときかな、と思った。

機械の製造元、シャープに電話すると、親機がつかえないのは、機械のせいというよりは我が家が加入しているNTTヒカリの回線を確かめるのが第一というので、NTTに電話したのだが、アナウンスによる選択ばかりで、なかなか確かなところにつながらない。ようやくそれらしきところにつながったが、数十分かかるかも、とも言われ、その日は夫の歯科治療の予約が入っていて、つきそっていかなければならなかったので、とりあえずあきらめた。

ところが、帰宅して発見した。パソコンのインターネットがつながらないのだ。さっそく「Niftyまかせて365 」に電話する。そこでまたもや、NTTの回線問題をチェックすべし、との回答、玄関前にある戸棚の奥、我が家の電源関係がすべて収納されている小さいドアを開け、わたし自身でスマホ片手に、下部に入っていた黒い箱の点灯場所と、項目チェック、コードのつながりなど、メカ苦手の自分がやらされる羽目になった。超小さい穴には楊枝をさしこんだまま、どこかをいじるというような作業まであり、結局、回線のチェックをNTTにしてもらわなければ、ということははっきりしたので、ニフティからNTTに連絡してそこからまた我が家に電話がくることになるというところまでの結論は出たのだが、肩凝り状態が極限までに達した。担当したのは若い女性で、チェックか所のあり場所の説明とか、形状の表現とかの日本語説明がはっきりせず、コードがつながっていらっしゃる、などと妙な敬語も何度か聞こえ、声が高いのに言語が明瞭でないため、聞く方も混乱しながらの理解で、本当に疲労した。

ばあさんと若い女性との会話は本当に大変だ。

 

NTTからの電話はなかなか来ない。息子が電池を買ってきてくれたので、ともかく子機の電池を入れ替えてもらい、親機を試したら、電話が無事通じるようになった。

パソコンを開いて、インターネットもチェックしたら、なんと見事に直っていた。

報告しようとNTTへ電話したのだが、相変わらず、通じないままにその日は終わり、翌朝、電話があったので、すべて正常と報告することができた。もし、こういう事態がまた起こったときは、NTTにではなく、ニフティにさんに連絡してください、とも言われて、これまでの思い込みをすべて訂正する事態となっている。

 

息子はケーブルテレビ加入だし、これまでメカのことはすべて夫任せだったのに、私の仕事に、一番苦手なことが加わることになり、荷はますます重くなる一方である。

 

2022年1月18日 (火)

ご冥福を…

カトリック教徒だったH子さんのために、ご遺族は神父さまをお宅にお招きし、ご家族だけの葬儀をされたそうで、このオミクロン感染の急増も重なり、友人たちは、お別れができずじまいだった。

彼女とのお付き合いは四十年以上にもなる。国際婦人クラブで知り合い、二歳年上の彼女の仕事上の有能さと、服装のセンスの良さや、すぐれた主婦ぶりに、圧倒されるほどに惹きつけられ、親しい交友が続いた。彼女の手料理を何度およばれしたことだろう。外国人を交えて数人のランチを見事なメニューと器選びで、もてなし、何種もの大皿料理を供されるあざやかな手際に、見とれるばかりだった。

 

とりわけ彼女の腕の冴えが輝いたのは、インテリアデザインで、その後のご主人のアルゼンチン駐在で、その才能に一層の磨きがかかったように思う。

 

帰国後インテリアデザイナーの資格を取得したのは六十歳を超えたころで、わたしはちょうど古ぼけた築後四十年の我が家を、なんとか模様替えしたいと思っていたので、彼女にリフォームのデザインを依頼した。居間からの行き来ができる和室への引き戸、そして二つのドアを、一つの出入り口に集約して、白いしゃれたデザインのドアでアクセントをつけるという思い切った試みは、彼女ならではで、それは見事に成功した。

 

やがて十数年が経過して、生活を縮小、三十坪の新築をするとき、私の好みをすべて知ってくれている彼女に、設計のアドヴァイスも兼ねたインテリアデザインを再び依頼するというちょっと大仕事を、引き受けてもらった喜びを今でも忘れない。

 

選択という仕事に疲れ果てた、体力不足の私の代わりに、選ぶという役目も引き受けてくれてくれた彼女は実に正確で、思いやりのある、見事な完成度の高いインテリアを実現してくれた。普通は13段の二階への階段をあえて、蹴上げを低くした17段にしてくれたので、夫はフレイルがひどくなっても階段を日に十数回上り下りすることで、体力を維持できているし、わたしなどは一息で登れる楽な階段を上がるたびに、彼女にありがとうと、言いたくなる毎日である。

 

家のあちこちに、彼女ならではの、チョイスをみつける。そして下の写真の中、トランプ模様の大皿は、彼女がフランス旅行をしたお土産プレゼント、ブリッジ好きのあなたのことを想って…と手渡された、眺めると涙が出そうなステキな一枚なのである。Img_2932 Img_2934 Img_2935 Img_2936 Img_2937

お別れはできなかったけれど、このデザイン群や思い出の品を眺めながら、彼女を想うとき、ご供養になるのを祈る毎日である。

2022年1月15日 (土)

何かに導かれて

夫の誘眠剤を処方してもらうついでに、自分の誘眠剤と湿布薬ももらって来ようと、クリニックに出かけたのだが、途中でしまった、と思った。うっかり極暖パンツにはきかえずに出てしまったのだ。このところの寒さは尋常ではない。上着の方はいつも着る厚手のダウンに手を通すのだが、急いでいると下半身のことを忘れてしまう。冷えがパンツのすきまからしのびこむような感じ、と思った。

クリニックは11時を過ぎている混む時間なのに、待っているひとは一人だけで、ヤケに空いている。受け付けで、きょうは院長先生ではないので…という声が聞こえて、なるほどと思った。

いつもの院長とはちがう、若い医師。パソコンから、カルテをたどる手つきが慣れておらず、もどかしい。「血圧を測ってくださいませんか」と頼んだら、普通は三度深呼吸をして、とか言われるのに、それはなく、あらわれた数字にギョッとした。200を越している。近頃、おかゆ食のメニューに頭を使ってストレスを感じてること、寒がりなので、それも、と言ってみて、すばやく、深呼吸を三度したら、二度目は160になったけれど、それでもまだ高い。一度上がると血圧は低めになることはない、などとネガティヴなことを言うので、高齢者の場合は元気づけることを言ってほしいのに、と思った。薬はこれだけかな?言葉もタメ口、こっちは敬語でうやまっているのに。

血圧の薬も処方する、と言っていたのに、あとで帰宅して調べたら、それは抜けていた。

こういう血圧の上昇が、脳梗塞や、心不全を招くなどと言われた言葉が、気になってくる。

夫のことばかり気にしていたが、実は、危険が我が身に迫っているのかもしれない。

 

身辺整理に手をつけようかと、納戸に入ってアルバムをめくり始める。ところが、整理どころか、目を奪われるものばかりだ。友の輝いた表情、自分の嬉しそうな顔、過去の記録に惹かれるものが多く、捨てるものを選ぶどころではなくなった。

夫が仕事で輝いていたころの写真もいくつか選んで、これ、覚えてる?と渡したのだが、どこだっけ、記憶がないや、などと言う。私の方は、記憶があざやかによみがえり、とりわけ、西海岸のカーメル近辺のアプトスという住宅地に長期滞在してから、ナパに出かけたり、コロラド経由でサンタフェに行ったときの写真を飽かず眺めた。こんな旅行ができたのも、さそってくれたH子さんのおかげだ。

捨てられない写真ばかり、これはこのままにしておこう。自分の生きた記録をもう少しそばにおいておきたい。

 

午後になって訃報が入った。H子さんのお嬢さんからで、その日の午前中に、病院から短期滞在で自宅に戻った彼女が亡くなったという知らせだった。

2022年1月 9日 (日)

名レシピを思い出して

暮れに配達してもらった野菜がまだ残っている。白菜半分と太いネギ二本。

それというのも夫の食事が歯の不具合のため、おかゆとやわらかいものに限られるようになったため、野菜の消費量が減ったからだ。スープはポタージュ系なら好きだが、野菜が沢山入った、トマト味などは好まない。この二週間近く、頭痛がするほど、彼のメニューに悩んで、ともかく、おかゆにニラと玉子を入れたり、穀類、もち麦やキビなどを加えたりして変化をつけてきたが、魚が嫌いなので、タンパク質をいかに摂取するかが問題で、イクラは高価だけど、好物で手がかからないから、買ってみたり、あと、カニクリームコロッケが食べられるのと、ハンバーグも今日蒲田のプレッセの精肉店でつくったものは食べるので、焼くのは自分でやってもらい、いつ食べても好物のポテトサラダをそえた。お豆腐はあまり好きじゃない、というのもあらためて実感する偏食度のひどさ。

 

かつて単身赴任で、名古屋の寮にステイしていたとき、料理担当の寮母さんから、よく離婚されなかったね、と言われたと、いうのを聞いて、その人にご理解感謝します、とお礼を言いたくなったほど、だけど、それをまた報告する人の好さも感じたりもしたものだったが、今回あらためて、この偏食、ハンパじゃないとあきれているのである。

そういうわけで、夫のおかゆ食はある程度、コツがわかってきたから、トリ好きの息子と私だけのメニューに、これまであまりつくらなかったレシピを楽しむことに精を出している。さて、白菜はいずれベーコンと煮込むことにして、この立派なネギ、なにか、なかったかな、と思いめぐらして、ふと、思い出したのが、牧田文子先生の、トリの南蛮漬け。

 

トリのモモ肉大を切り込みを入れ、酒と塩をふりかけ、味をしみこませてから、レモンでこすって臭みを消す。サラダオイル少々で裏表よく焼き、醤油、酢、水、砂糖、四分の一カップずつ同量を、火にかけ溶かして冷まし、そこにトリを漬けこむ。ネギぶつ切りを串にさし、直火で焦げ目をつくほど焼き、トリの漬けこみに加え、冷蔵庫で冷やす、一時間で食べられるし、翌日はなお味がよくなる。

 

久しぶりにおいしいものを食べた気がする。五十年まえにお稽古に行った、和食の権威の先生、もう一度主婦の友社発行『和食料理の献立』、もう表紙もとれかけた古色蒼然の本だけれど、季節ごとの最高メニュー、見直して再読しようと思う。

2022年1月 5日 (水)

独特スタイル、横山幸雄ピアノリサイタル

彩の国さいたま芸術劇場は、蜷川シェクスピアの『ペリグリーズ』を観に行ったことがある。今から19年まえのことだから、どういう交通手段を使ったかが定かではない。ただ、京浜東北ではなく、埼京線で行ったような記憶がかすかにある。

今回、横山幸雄ピアノリサイタルに行くのに、なんとなく、京浜東北のほうが、行きやすいような気が、してしまったのは、北浦和からバスが頻繁に出ていて、十五分ぐらい乗ったあと、徒歩二分というのが気に入ったからだ。それが間違いのもとだった。

たしかに建物は見えている。徒歩二分ぐらいのところにそびえている。それなのに、劇場の裏側なので、まわりは駐車場でなかなか表玄関に出ない。今回のポスターも出ておらず、会場に着くのが、ずいぶんとややこしかった。

そして渡されたプログラムを見て、唖然としたのだ。なんと、午後1時半から始まって終演時間7時なのだ。最後までいられそうもない、初めからそう思ってしまった。Img_2930

 

チケットを買うとき、後部の選択もあったのに、少しでも前で聴きたい、と思ってしまって、前から三番目の右端に近い席、この劇場、音響が演劇向きなのか、なんだかピアノのフォルテの音がグァン、グァン響いて、耳が疲れるのだ。

横山さんと若き仲間たち、すなわち愛弟子三人と共につくるプログラム、これは確かに興味深い企画だったが、ピアノ公開レッスンというのが、マイクを持った横山さんの声だけがよく聞こえ、質問に答えるお弟子さん二人の声はまったく聴きとれず、先生がどれほど技量がすぐれているかを、誇示しているのだけが、印象に残り、公開レッスンはテレビ向きで、劇場向きではないという印象が残った。そして、これがなければ、プログラムはもう少し短時間にしぼれたのに、とさえ、思ってしまった。

 

一番素晴らしかったのはバラード全曲演奏、その前のプログラムで先生からいろいろ指摘されていた、二人の演奏も、見違えるほど見事で、そして待ちに待った務川さんのバラード三番は音の冴えが一段と素晴らしく、どんなにフォルテで弾いても、グァン、グァンしない美しい音であるのにほかの人との差を感じた。音のタッチがそれほどに独特の秘術を心得ているのか、ともかく初期の目的達成、この音を聴きたかったのだ。でも第四番の横山先生も、締めにふさわしい、三人の教師にふさわしい、独特の完成度でさすがの音が鳴っていた。

連弾は横山先生が左に座って、伴奏の役なのに、速度をリードしてしまうので、ブラームスのハンガリー舞曲はかなりスピードが速すぎて、お弟子さんは苦労しているようだった。

務川さんのときは、横山先生もその技量を認めているらしく、彼は、うまいから、と繰り返し言っていた。横山幸雄氏の編曲だったので、カルメンがちょっと近代風の音になっていて、好みを言えば、あの序曲と闘牛士のトレアドールの主題だけは、美しい和音の達成度を聴きたかったのに、ちょっと残念、でも務川さんの右側リードは本当に立派で、その残念さを消すに値するほどの曲想を完成させていたと思う。

 

横山先生の独奏を聴くには疲れすぎていて、帰途の道が不安でもあり、残るのをあきらめてしまった。受付のひとたちは、このあたりにくわしくなく、道案内もおぼつかない。

路ももうすっかり暗く、店も開いておらず、いかにも地方の大通りという感じ、仕方ない、今度は与野本町に出ようと歩いていたら、ちょうどタクシーが通りかかったので、乗り、なんとか京浜東北に行きたいのだけれど、と言ったら、与野駅に連れていってくれた。

 

横山氏も大変だな、あれほど弾きまくって、このあと、五曲も大曲を弾くなんて、と人気ソリストの体調にまで思いを馳せてしまうほど、この日の聴衆の疲れもどっと出てきた夕暮れであった。

 

 

 

2022年1月 1日 (土)

寅年でがんばろう

Happy New Year

暮れのクリスマス疲れも癒えぬうちに、おせち準備の買い物と料理の超多忙な数日が続く。27日までに、ともかく黒豆と田作り、昆布巻きと小さいきんとんくらいまでは買っておき、27日夜、黒豆一晩漬けておいて、28日の午前、目をはなさずやわらかくなるまで煮る。ミツにつけこみ、一晩おいて29日にミツを、さらにトロッとなるまで煮て、冷めてから漬け込む。29日に青果店から配達届き、野菜の多さに、それを使い切る料理の労力を思い、それだけで疲れを感じる。そのあいだにもあちこち小さい汚れが目につき、掃除もしたりするから、また疲れる。五目きんぴらはゴボウ、ニンジン、レンコン、干しシイタケ、シラタキの五種、シラタキの太さに千切りしするので、結構肩凝りがふえる。ここで大切なのはゴボウとレンコンのあく抜きをしっかりすること。

その大仕事を終えてから、この年最後のマッサージ、最後の買い物、大晦日はプレッセまで車エビの天ぷらを買いにいく。昨年気に入っていた小さいサイズのお餅を探したが、見当たらない。なお雪が谷まで足をのばしたが、見つからなかった。レモンを買い忘れていたので、一つほしいのに、どのスーパーも二つあるいは三つも袋に入ったものを買わせようとする商売根性に腹が立つ。大晦日は年越しそばの準備も。そのまえにフルーツケーキを焼く。

我ながらよく働き、来年この労働を果たしてできるだろうかと考え、すべてを辞めてしまおうか、とまで思った。腰も痛くなっていて、湿布薬を張り続けている。

年越しそばに黒豆ときんぴらをサイドディッシュにしたら、黒豆がちょっとかため、キンピラはあく抜きが足りなかったのが判明、落ち込む。夫はどれもいつもの味おいしいよと、慰めてはくれたが、七十代の味と比べると満足度が下がっているのが、悔しく、哀しい。

元日、娘がようやく最終予定を知らせてきた。それほどに孫息子夫婦は忙しいらしい。お客接待などは無理、と思ったけど、結局やってしまう。

おせちをお重にしっかり詰め、おでんの準備をし、彼らがたとえ食べなくてももって帰れるように、揚げ、シイタケ、人参の炊き込みご飯を炊く。一年ぶりで会う孫夫婦は仲むつまじく、孫息子はしっかり三十代に入れそうな容貌になっていたので、まずは安心、出したものを、おいしいおいしいと、すべて完食、お嫁さんはわたしの田作りがとりわけ気に入って、レシピをスマホで写していた。疲れたけれど、まずはちょっと安堵。

別の問題も発生。夫は部分入れ歯のささえが怪しくなっており、お餅がうまく食べられない。このところ、おかゆ、おじやなどで済ますことが多くなっている。すべてをやわらか食にしなければならない、危機がそこまできている新年である。

わたしは寅年うまれ、七回目の年女を迎えたわけだが、この年が我が肉体にはさらに厳しいものがあることは歴然としている。

 

2021年12月29日 (水)

8020表彰状

秋ごろ、区報を見ていて、ふと目がとまった。歯科医師会が八十を過ぎて自分の歯が二十本以上あるひと表彰するという記事が載っていたのだ。

この二十数年以上、三か月に一度、口腔内の掃除と衛生指導を受けに行くことを続けているが、一度も治療をしないですんでいるし、義歯をいれたこともない。奥のほうに金属をかぶせた歯はあるけれど、全部自分の歯である。表彰というのはちょっと大げさだけれど、83歳までずっと自分の歯で食べていたこの身体をほめる機会を逃したくない、と思った。

歯科医の証明が必要と言われたので、電話すると、担当歯科医師に言われた。あなたはまだ長生きしそうだから、もう少し先でもいいのではないですか?

今年経験した思いがけない身体の不調、もういつなにが起きても不思議ではない年齢なのだ。チャンスをとらえたときに、受けられるものを得たい、そうねばって、無事この表彰状が届いた。タオルセットと歯磨きチューブもついていた。

考えてみると、身体のほかの部分は薬品で治すということができるが、歯だけは、日に三度以上も噛むという激しい使用を続けることによる、不具合が生じたとき、それを治すのは一重に歯科医の技術にかかっている。いまの名医ともいえる、医師とのラッキーな出会いは夫の調査力で得た幸運であった。夫はほかの医師には六十代で総入れ歯だと言われたのに、今の先生にかかってからは、部分入れ歯で済んでいる。

表彰状が無事に届いた感謝をあらわすために、それを持ってにっこり笑っている私の写真を夫に撮ってもらって、PCから印刷し、その余白に、人間は毎日食べなければ生きていけないけれど、そのためには歯の力を維持しなければならず、それをこの年齢まで大病もせずに可能にしてきたのは一重に治療と衛生を完璧にしてくださった先生ご夫妻のおかげですという、お礼状にしたのだった。

歯科通いでこのようなやりとりをする機会はなかなかないが、思いがけない8020表彰という機会をとらえることができて、医師と患者のコミュニケーションが深いものに変わったように思う。Img_2926

 

 

2021年12月27日 (月)

「カムカムエヴリバディ」から始まる毎日

久しぶりの出色朝ドラである。

このドラマをより楽しく観るために、念入りに朝食をつくって、シリアルにヨーグルトとミルク、ハチミツを少々、またはお気に入りトーストパンにジャムも塗って、コーヒーと一緒に、テレビの前に座り、あと五分、あと二分、最後まで目を釘付けにしてドラマの中に入り込む。

岡山弁が楽しい、~じゃろ、は年寄り言葉だが、ドラマがほのかなユーモアに包まれるのはこの「じゃろ弁」があるからだ。

上白石さんは可愛く、美しく、英語の発音も完璧に最初のヒロインを演じ終えた。

勇が「るい?」と探して、二番目のヒロインがふりむいたとき、えっつ!!、なんと老けた18歳!、と思ったけど、もう演技者、深津絵里さんの世界は始まっている。毎日清純な美しさが、朝の雰囲気にピッタリ、違和感は消えた。

「るい編」に入るとき、勇の結婚、長男誕生、ずいぶんと省略があったけれど、作者は省略の天才である。どの部分を強調し、どの部分をいかに省略するか、でドラマの面白さが生きてくる。さすが、「ちりとてちん」の作者、あのとき、落語の世界をどれほど楽しんだか、あのドラマで活躍した二人の主演者の、わたしは今もフアンである。

ランドリーという職業を取り上げたのも、いい。我が家にも御用聞き、配達をしているランドリーが来てくれているが、少々値段は高めでも、わたしは、元気に配達してくれているランドリーの息子さんの彼を応援している。

それといつも最後をしめくくる、城田さんの語りがいい。英語の発音も言うことなし、語りがでしゃばらず、静かにしめくくる、このひと、これまで軽いイメージだったけれど、ドラマがいいと、隠れた才能開花、これほどの成長を見せるのか、と思ってしまう。

そして主題歌、歌手がゴスペル出身だとか、で歌詞が何を言ってるかよくわからず、ネットで調べてそれをデスクトップに貼り付けにして、毎日歌っている。なんとか全部覚えて鼻歌で歌いたい。聴けば聴くほど、いい曲だ。作詞、作曲者名を見たら、森山直太朗、さすが「さくら」のひと、今回のこれは、世界の今を語る何かがあって、胸に沁み込む。

 

2021年12月25日 (土)

簡略イブディナー

去年のブログをたどると、整形通いはしているものの、イブだけは、チキンのもも肉を買って息子とわたし、ローストにして食べている。夫にはミートローフ。

今年は、最後のブリッジゲームが重なったので、その日の料理はミートローフとコーンスープのみ、チキンは徒歩距離のイタリアレストランがチキンを焼くというので、二人前2500円というのを予約、息子にピックアップを頼んだ。きのうからブロッコリーをゆでておいて、付け合わせはそれをいためて粉チーズをふり、ミニトマトをあしらう。ミートローフを焼くついでにカットしたポテトにローズマリーとオリーブオイルをふりかけ一緒にローストおよそ25分。それは、ゲームから帰ってからで十分間に合う。あとゲームの場所せせらぎ館でパンも購入。

チキンはよく焼けていたが、味がしない。塩コショーが効いていない、という気がした。それにグレイビーがついていないので、物足りない。

プレッセで生のチキンを見て一羽5千数百円もしているのに、驚いた。今年も鳥インフルエンザで大量の殺伐があったから、チキンが少なくなっているのかしら?それにチキンの質もよくなっていない。友人に話したら、エサが悪くなってるのよ、きっと、と言った。

近頃、美味しいーい、とため息が出るものに出遭わない。自分の味も落ちているような気がする。Img_2924

今樋口恵子さんの「老いの福袋」という本を読んでいるが、料理が面倒になったら「調理定年」を、という言葉が身に染みる。母たちが今の私の歳83歳のときは、クリスマスと新年の料理はお嫁さんが作っていたのに、わたしはこの一年、もう、調理定年どきだな、と思いながら、自分でするしかなかった。でもキリスト教的には、自分でできることを感謝、感謝である。

その感謝、感謝にも疲れてきているこのごろを感じる。

2021年12月19日 (日)

期待通りの「務川慧悟リサイタル」

ショパンコンクールのファイナルを前にして、反田恭平さんは応援に来ていた親友の務川慧悟さんに「レッスンしてください」と楽譜を差し出した。

一楽章を聴き終えて、務川さんは、非和声音を素通りしている、とか、「痛み」の音を聴きたい、とかイントネーションが逆だった、とかスゴイ批評をして、反田さんは「痛みか…」つぶやき、楽譜に書きこんだりしていた。わたしは、こんな鋭い耳をしているひとの演奏をモーレツ聴いてみたくなって、さっそく務川さんのネット検索をした。

18日のサントリー大ホールのリサイタル、すでにほぼ満席、やっと最後のチャンス二階てっぺんの最後尾に近い一席をゲット。きのう格別寒い日にもめげず、いそいそ出かけた。

山の頂上からふもとを見下ろすほど、てっぺんの席、立錐の余地もないほど満員の客席、オペラグラスを調節しながら、肝心の音はどうなのだろう、と不安になったが、そこはさすがサントリー、音響素晴らしく、客席で損をしている、とは感じなかった。それほどに、音が冴え、弾き手の実力が物を言っていたと言える。

第一曲、ドイツ民謡「スイスの少年」による変奏曲ホ長調は響かせるべき音がすべて、これ以上ないほど完璧に鳴らせているので、一瞬にして聴く者を取り込んでしまうほどの達意の演奏で、ロンドの美しい展開に惹き込まれる。

休憩前のプログラムのなかでも遺作のワルツホ短調、かつてピアノを習っていたときに弾いたことがあって、あまり好きな曲ではなかったのだが、まるで違う曲を聴いているように、展開が魅力的で、大曲はもちろんだけれど、こういう小曲で、ひとを酔わせてしまう彼の実力をつくづくと感じた。

そして、そしてラストのソナタ第三番、これほど見事なソナタはショパンコンクールでも聴かなかったような気がするほど、惹き込まれ、酔わされ、心を奪われ、完璧ショパンの美に涙があふれそうになった。

多くの聴衆が同じ感動を分かち合ったと思う。拍手の音で感じた。アンコールは意外にもおさらい会の一曲のようなシンプル極まりない小曲。演奏者の彼はマイクを持って語った。いまの「ダサい」一曲も実はショパンの晩年のブーレの一曲です、こういう曲も含めて自分はショパンを愛してやまない、せっかくあこがれの大ホールで弾くことができるのだから、ショパン以外も一曲弾きたい、と述べて、バッハのフランス組曲のサラバンドで締めくくった。

こういう締めで、あのソナタはより耳の奥に冴え残った。巧みな終わり方だったと思う。Photo_20211219172801

もう少しこの人の演奏を聴きたい、という望みが消えず、わたしは新年早々、埼玉の劇場まで出かけることにしている。

«歩行の痛み、ほぼ解決