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2020年5月26日 (火)

岸恵子さんの『私の履歴書』

およそ一か月まえ、緊急ステイホームの延長宣言にため息をつきながら新聞をひらいたとき、日経の『私の履歴書』の次の執筆者が岸恵子さんだと知って、歓声をあげそうになった。

 

これで五月は毎朝、新聞を読む楽しみがふえると、思ったからだ。

 

期待は裏切られなかった。真っ先に開く日経の文化欄、そこには小説よりも、映画やドラマの名作にも勝る、わたし自身が生きた時代に重なる見事なドキュメンタリーが繰り広げられている。

映画が何よりの娯楽だったときに、その楽しみにどっぷり浸っていたわたしなので、岸さんのデビュー当時から主演映画はほとんど観ている。それまで日本人形型の美人顔一辺倒だった映画界に、個性的で美しく知性も秘めた彼女の美貌はまぶしいくらい、映画界を圧倒していたのだ。

その魅力は海外の監督の目にもとまり、名作中の名作を生みだしていたデヴィッド・リーン監督からまでも、出演依頼を受けた彼女のニュースはマスコミを一段とにぎわすことになった。

二人の間に何かがあったというゴシップもささやかれた。

 

その真相がどうであったのか、『履歴書』にはリーン監督から見つめられてミルクをこぼしてしまったエピソードと、彼女の家で浴衣を着せられて、くつろいでいるように見える監督との記念写真が提示され、すでに英国留学を果たし、勉学中に撮影中止の報を知らされ、衝撃を受けたという、短い記述がある。

今回の履歴書が口述筆記であるのかどうかはわからないが、彼女の語り口はエピソードの選び方、詳述の描写、すべてがすぐれていて、その場の映像が浮かび、ぐいぐいとせまってくるものがある。

リーン監督がのちに『戦場にかける橋』を撮ることになったときも、彼女に出演を依頼し、それがかなわぬと知ったときに、その場面を削除したというエピソードも語られているから、それが特別な感情を秘めたものであったかどうかは、知る由もないが、わたしの好奇心は大いに満足した。

身長160センチ以上という当時にしてはかなりの長身だったのに、初めて知らされた彼女の悩み、靴のサイズが21だという事実に驚かされた。フランス人は華奢なひとも多いけれど、足のサイズは別らしい。わたしは22・5でもはける靴を探す苦労を味わっているのでどれほどか、と想像できる。

 

離婚後の彼女の文筆家としての人生が、あと五日で語られるのだろうか。

彼女の小説はデビュー当時のものから、『わりなき恋』まで二冊ほど読んだが、正直いってあまり好みではない。

巧みな文章を書こうとする気負いが強く感じられて、ちょっとへきえき気味だった。

87歳でいまだにダウンのヘアスタイル、あれほどの容姿の彼女なら、年齢相応、後ろにまとめる、むしろ地味目のヘアーにしたら、さぞ、美貌が映えるのに、と思うことがある。

岸恵子さんは彼女の人生そのものが、一人の女性として輝かしい。

少し踊っているように美しい自筆の『私の履歴書』の文字がそれを伝えている。

 

今回の『履歴書』はまだ語り足りないくらいのエピソードが秘められているのではないか、また続編を書いてほしい、とまで思うくらい、それに一層好奇心をそそられている自分を発見している。

 

 

2020年5月21日 (木)

『駅ピアノ』から

NHKBSの空港ピアノと駅ピアノを好んで観ている。

アマチュアでもミスタッチも少なく、よくこれだけ弾けると感心することが多いが、感動したのは、昨日の深夜放送、粒ぞろいのロンドン、セント・パンクラス駅のアップライト『駅ピアノ』。

 

通勤途中に必ず弾くというシステム・エンジニアの若い男性、七歳から弾いているだけあって、テクニックも見事、ボヘミアン・ラプソディなど、クイーンの二曲には多くの人が立ち止まり、スゴイ口笛と拍手。

いつかプロになりたいというピンクづくめの女性の弾き歌いは、最初の男性に比べると迫力は欠けるけれど、それなりに自分を主張していて、耳にやさしく、好ましい。

 

そしてラスト近く、ジャズ・シンガーだというフランス女性、いかにもパリの香り豊かな深紅のスカーフのあしらいもステキな彼女、かたわらにたたずむ白髪の男性に語りかけながら、『君住む町』を弾き歌いする。二人はここで知り合ったのだそうだ。

そして続いてその高齢の男性が『マイ・ウエイ』を弾きはじめる。

なんと一か月半まえに脳梗塞を患い、退院したばかりだというのに、あざやかな弾きぶり。

ピアノを弾く力は、病んだあとでも、健在しているということに勇気をもらった。

 

このところ、心の疲労も深くなったせいか、いつも身体がどんより重い。

そうだ、鍵盤楽器を取り出して、弾いてみよう。

今のこのとき、シューマンの『五月よ、五月…』を。

 

 

 

 

2020年5月15日 (金)

今こそ読むルース・レンデル

今から四十年ぐらい前、NHKで『ウエクスフォード警部シリーズ』という白黒の素晴らしく上質の刑事ドラマが放送されていたことがある。ゆったりとしていて、それでいて、当時の英国社会の細部にするどく切り込むスリリングな展開と、主役のウエクスフォード警部を演じるジョージ・ベイカーの風貌と、演技力にも魅了され、毎回楽しみに視聴していたのだが、意外に早くシリーズが終わってしまい、あまりにもがっかりしたので、NHKにぜひ、続けてほしいと、手紙を出したほどだった。Photo_20200515102601

 

その原作者が当時、英国のサスペンスの女王とまで言われたルース・レンデルだったということは、後になって知った。

 

当時わたしはアメリカのサスペンスの女王と称されたメアリー・ヒギンス・クラークに夢中だったからである。サスペンスとはゾクゾクからクライマックスの恐怖へ、とジワジワからゾクゾク、クライマックスの恐怖への二種があるとすれば、せっかちのわたしは前者を好み、クラーク女史のリズムは正しく、前者のわかりやすい、私の望みどおりのスピード感だった。

 

英国のサスペンスの女王と称されているのが、レンデルだと知って、読みかけたこともあったのだが、ジワジワが長くて、中途で挫折していたのだ。

 

カレンダー真っ白、食事の支度以外は全部自分の時間のいま、最良のステイホームの過ごし方は読書だ、と思い立ったとき、なぜか今こそ、レンデルだと、その名が浮かんだ。およそ一か月半まえ、図書館がクローズする最後の日に間に合ってわたしはハヤカワポケットミステリーのレンデル本四冊を借りることができた。

 

女流翻訳家の第一人者、深町真理子さんの解説によれば、レンデルの作品には大別して二つの流れがあるという。一つは作家としての感性を対象の隅々にまでゆきわたらせ、均整の取れた古典的な世界とつくりあげる、先に述べたジワジワの長いもの、と、感性を一点に凝縮させてその部分だけを拡大して見せる傾向のもの、レンデルはほぼ一年に一作の割合で、この二つを交互に書いているのだという。

 

図書館の四冊はどれも前者のジワジワものばかりで、そのうちの二冊、『悪意の傷跡』と『街への鍵』を完読した。前者にはウエクスフォード警部が登場するが、登場する人物の名が四ページにわたるという、大長編で、女性のDVを取り上げた、当時としては画期的な社会問題を深く掘り下げている。

後者は二十世紀最後のほうに執筆された晩年の作品で、これまたジワジワものではあるが、リージェントパーク周辺で起きる謎多きホームレスの殺人事件も入り混じった、美しいい女性の恋物語、こちらも地図を片手に読めば、リージェントパークの全容がレンデル女史の描写力ですべて把握できるほどの、長いジワジワがあって、完読するのに時間がかかった。

 

もう一つのレンデルもの、一点に凝縮させたものがぜひ読みたいとアマゾンから購入したのが『ローフィールド館の惨劇』。「ユーニス・パーチマンがカヴァデイル一家を殺したのは読み書きができなかったためである」という衝撃の一節から始まるゾクゾクものである。

現在一気に半分まで読了、この種に最初出会えたなら、もっと早くにレンデルフアンになれたものを、とも思うが、今この年齢、この時期だかこその出会いを感謝したい気持ちにもなるのである。

ネット検索で知るレンデル女史は一代限りの称号「バロネス」を獲得、美しく知的で見事なスピーチをするひと、そのインタビュー記事がYouTubeに数編観られる幸せも、現代だからこそであろう。

Ruth-rendell 

2020年5月 8日 (金)

不安と疲労の一日

この一週間、夫の体調が悪かった。

耳鳴りがするようになって、鼻の左脇に痛みがあるという。それでも、食後の跡片付けを手伝ってくれたり、ちょっとした買い物をしてくれたりするので、深刻なものではないと思っていたが、コロナが心配だったのだろう、本人は診察を受けたがっており、連休なので、辛抱してもらって、ようやく昨日、予約がとれた。

行先は近所の耳鼻科ではなく、東急病院、駅に接続していて歩く距離が少なくてすむし、彼は前立腺の病いの治療に通っているので、ここが適当と判断したからだった。

わたしは付き添っていきたかったのだが、本人は一人で大丈夫と主張するので、留守番することにした。

やがて電話があって、聴力は弱ってきているが、どこも悪くない、という診断で薬ももらわなかったという。結論はストレスのせいだろう、とのこと。医師の好き嫌いが多い彼なので、あまり相性がいいとはいえないひとだったらしいが、ずいぶん丁寧にあちこち診てくれての結論だったから、納得したらしい。

まずはよかった。

 

一方、わたしは大変だった。プリンターのインクが切れてしまったので、新しいカートリッジをはめなおしたのだが、いつまでたっても充填終了のサインのランプ消灯がない。

テクニカルサポートにTEL,通じるのに十五分くらいかかり、通じてからが大変、カートリッジをはめなおし、それでもダメなので、元のものと入れなおして、果たして機械が機能しているのかをチェックし、また外して、入れ替えというのをする。何度もゴミ箱印のボタンを押すのだが、片手は受話器をもっているので、押し方が悪かったりして、時間もかかり、結局は修理依頼ということになったのだが、製造番号を知るためにプリンターを移動して裏側の下部から読み取りメモするという、狭い場所でのとても集中して神経を使う作業を続けた。

そのせいで昨日マッサージに出かけてせっかくとれていた肩の凝りがまたぶりかえし、目がまわるほど疲れてベッドに倒れ込む。いかにメカに弱い自分であるかを認識させられる。

 

きょうはソラマメとエビのかき揚げ丼を作る予定だったのだが、腰があがらない状況となり、夜はうな重の出前を頼む始末となった。

2020年5月 5日 (火)

マスクづくり始める

シンシアの圧倒的なマスクづくりを絶賛したら、五枚もの手作りを送ってくれたので、取り換え引き換え愛用している。

悟ったのは、布マスクの心地よさだ。

 

緊急事態の延長でマスクはますます必需品、せめてものしゃれ心をこれに注ぐとするか、と決意して、ミシンを出し、マスク制作にとりかかった。

 

ネイビー系の外出着が多いので、薄いブルーの生地を裁断。オチャノコサイサイ、と思っていたが、どうしてどうして、手ごわい。マスク用のゴムひもを買い忘れたので、使用済みのマスクのものを切り取って使えばいいと、たかをくくっていたのだが、ひもがヤワだし長さが足りないので、最後に縫い代始末して中に通すというわけにいかず、上からミシン縫いしたら、これが大変、きれいな仕上げというわけにはいかない代物となった。

 

マスク用ゴム紐求めて自由が丘に行く。

幸い、自由が丘デパート中の『ピコ』にマスク用ゴム紐330円があって、やれうれしやとなった。

 

そして仕上げた二作目はまあまあのしあがり。Img_2608

 

ダブルガーゼの柄物がもっとほしいのだが、二子玉川のオカダヤはライズ内のほかの店同様営業していないらしい。

当分はありあわせで、やってみようと思う。あと薄いピンクの三重ガーゼがあるので、それも作るつもり。

 

ミシンは当分出しっぱなし。

久しぶりに洋裁も楽しや、の気分になった。

2020年5月 4日 (月)

街も変わる

近所の大きなスーパーが閉店して、不便になっていたが、なんと残存していたイーオン系の小スーパー『まいばすけっと』がそのあとに入ることになったという。つまりはスペースは倍以上だから、中身も充実するのではないかといろいろ質問してみるのだが、期待するような応えはかえってこない。

だが、このあたりも、今のこの時期のニーズに敏感になってきたような気がする。

生花店は珍しい種類の高価な花や、スワッグやリースなどが目立つ店だったが、ハーブ類をおくようになって、それがいい売れ行きらしい。わたしもバジルとオレガノを早速購入した。

 

二十人ぐらいの行列が必ずできる店が二軒ある。

週に三回ぐらいしか開けない、シナモンロールの店と、全粒粉の食パンが人気のベーカリーである。

 

野菜の苗や、ガーデニング用品を扱っている老舗がカフェを開いた。奥さんの手製のケーキが売りなのだが、宣伝がイマイチのせいか、客の入りが悪いので、椅子などは片づけてしまったが、ケーキの種類は増えて、味もよくなってきたし、一個150円なので、わたしは大いに応援して、シナモンやクローブ、ナツメッグもいれてみたら?など、お節介のアドヴァイスをしている。

 

便利屋のベンリーがなくなったあとに、セルフランドリーが開店した。ランドリーの古い店が近くにあるから、どうなのかしら、と思っていたけれど、それが大人気、毛布や布団があらえる機械をそなえているから、休日は家族連れで車を連ねたファミリーでにぎわっている。

毎日足りないものをおぎなうことが気軽にできる足の歩みを感謝しながら、こういう時期だからこそ、生活に、なにが必要なのかということを売り手も買い手も学んでいく、つまりは、生きることをを充実させつつある、ということなのかな、と納得するのである。

 

2020年4月30日 (木)

おしゃれ短縮

若い友人の情報で、池上線の多くの駅そばにある格安美容院が便利と聞いた。ヘアマニュキアだけ、とか、カットだけとか、時間もかからず、清潔だし、空いているので、この時期向きだという。

雪谷駅そば、オオゼキ裏にそれを見つけ、月曜に出かけた。客はわたしひとり、ヘアマニュキアとカット、3580円、窓が開けてあり、換気も十分、雑誌の棚は☓印がついていて、棚も床もチリひとつなく、清潔。ベテランらしい男性にしてもらったが、手早で、必要最小限のサービス、マニュキア浸透の三十分、長く感じたけれど、退屈ではない。次の客、八十八歳の女性、カットをしてもらいながら、今の時期、子供たちのところに訪問することもなくなったという声が聞こえてくる。手早く仕上げられて、しっかりした足どりで去っていくのを見て、元気をもらった気がした。

ようやくシャンプー、仕上げは特にセットしません、ドライヤーでかわかすだけと言いながらも、いい形におさめてくれる。カットがよくできたせいだろう。

見違えるようです、などと言われるほど、自分でも半白髪のぼうぼうヘアー、マスク姿は冴えないルックスだったのを自覚していたから、うれしく、気持ちが高揚してきた。

 

この際、いっそ白髪にしてしまおうかと思ったりもしていた。でも自分は白という色が似合わないのを知っている。白髪にしてしまうとこれまでそろえた衣類が釣り合わなくなってしまう恐れもある。迷っていた二か月だったのだ。

 

これまでかわるがわる出かけていた美容院二軒、あるじはかなり自信過剰で、こちらが頼んでも、彼のいいと思っているセットに仕上げてしまって、帰宅してからまたやり直すということを繰り返していた。値段も高い、ヘアマニュキアだけでも、一軒のほうは11000円、もう一軒は7000円だった。丁寧すぎるくらいのシャンプー二度、カットが入ると三度にもなるし、時間も二時間以上、飲みもの、マッサージのサービスが入るが、今のこの時期は肝心なものだけでいい、短縮が何より。

 

夜、二歳年上のリッチな知り合いにご無沙汰のおわびの電話をした。お嫁さんに車を出してもらって、二子の美容院に行ったという話を聞いた。個室のところだから心配ないのよ、と言っていたけど、それって、密が二つくらいになるのではないか、と思ったのは、そういうところへ行く贅沢を好まない、わたしのひがみ根性なのかもしれない。

2020年4月23日 (木)

栗原はるみの『はちの巣ケーキ』

このひと、栗原はるみさんが料理研究家としてデビューしたときからずっと、注目してきた。だが、いわゆる今でいう時短料理、なにもかも電子レンジを使うというレシピは共感できなかった。電磁波の人体への影響が今一つ不安だったからである。『ごちそうさまが、ききたくて』というベストセラーは購入した。作ってみたレシピもあるが、二度目をつくったという記憶がない。

 

それでも、テレビに登場するようになると、必ず番組を予約しておいて観るということを続けている。専業主婦だった彼女がどのように料理研究家として確固たる地位を獲得してきたかへの、その人生に興味が尽きなかったからである。

 

ご主人の栗原玲児氏がまだキャスター、マルチタレントとして絶大な人気を誇っていたころは、好んで番組を見ていて、彼が二度目の結婚相手に、最初の人とは真逆のイメージで14歳も年下の専業主婦の女性と再婚し、しかもその相手の料理の腕にほれ込み、そのひとを料理研究家として売り出すことに、手腕を発揮して自分は表舞台から姿を消したという、過程に興味を抱いた。

 

栗原玲児夫人だった彼女は総計2000万部のベストセラーを出し、会社を成立、独自のブランドを立ち上げ、それにも成功するという偉業を成し遂げた。

 

今から二十年以上前ぐらいだろうか、都立大学から住宅地に向かったところに、栗原はるみの料理が食べられる、ショップつきレストランがオープンしたとき、友人と連れ立って出かけたことがある。限りなく家庭料理に近いメニューでおいしかった。ショップにはご主人の姿があって、キビキビと何かを命じている声がしていた。

 

昨年夏、栗原玲児氏が亡くなったあと、新聞に、はるみさんの切々とした悲しみの声が聞こえてくるような記事が載った。最近、久しぶりにテレビで彼女の料理番組があって、やつれを見せた彼女の姿を見た。彼女は最近いつも、ほとんど素顔という姿なので、やつれが目立つ。メイクをすれば美しさが際立つひとなのに、なぜか、素顔、でも料理が始まると、笑顔を絶やさないいつもの表情、料理の手順をさばくその手つきを見ながら思った。女性には料理を供するとき、そのひとがしてくれるだけで、料理がおいしく思われるという、天性のわざがさずけられているひとがいる。彼女は正しくそういうひとだ。細くて美しい白い手の動きに見とれる。あれは本からは伝わってこない。玲児氏はそれを鋭く察知し、自分ひとり占めしているのは惜しい、と思ったのに相違ない。

 

この日の料理メニューでわたしが惹かれたのは、ハチの巣ケーキというデザート。バターを使わず、砂糖も少々、カテージチーズを使うのが珍しく、気に入った。強力粉200グラムとベーキングパウダー大さじ一杯、ふるって、カテージチーズ100グラムとグラニュー糖30グラム混ぜ、牛乳とサラダオイル大さじ4ずつ加えて、ひとまとめにして、タルト型にのばし敷きつめる。あとは穴をいっぱいあけてそこにハチミツ四分の一カップ分、くぼみに入れ、バター50グラムを細かく四角に切ってちりばめ、170度C で25分から30分焼く。Img_2607

これは実に優しい味で美味しかった。甘いものにはうるさい夫も、これ、うまいよ、と少しずつ楽しんで食べていた。

 

一度ならず、何度も作ってみたい、簡単にして美味しいデザート、それをずっと見守ってきた彼女のレシピに、ようやく見出し、彼女が到達した境地を悟る思いがしたのである。

2020年4月17日 (金)

タケノコご飯とフキ料理

庭を失くした三十坪の我が家だが、わずかに残った片隅の地面に植わっている沈丁花の陰に植えた山椒の苗木を、なんとか元気にしたくて表側のカリフォルニアジャスミンの片隅に植えかえたのが二年前、昨年は二度のタケノコ料理にわずかに役立った程度の葉づきだったのに、今年は完璧に根付いて、出番はいつ?と催促しているみたいに青々と茂っている。Img_2602

タケノコを頻繁に並べてくれたスーパーが閉めたあと、電車やバスに乗って買いに行くひまがなかなか見つからない。

ようやくタケノコに専念できる日がきて、さてどこで見つけようかと、思案し、思い当たったのが隣駅の青果店、スーパーに押されて閉店してしまったのでは?と心配だったのだが、しぶとく繁盛していて、一番前に生タケノコが山盛り。350円でゲット。ついでにフキも一把買う。

フキは葉と茎を両方一緒にゆでて、冷水に浸してアク抜き。

タケノコはすでに買っておいたヌカを入れて大鍋でゆでる。若い友人が電話してきて、タケノコが食べたくなったので、仕方なくプレッセで買ったら、千円以上もしたとか、得した気分に浸る。

 

翌日、まずはフキの葉のつくだにから、葉をしぼってみじんぎり、ごま油でいためて、醤油と酒を大さじ1ずつ加え、砂糖も一つまみくわえ、いりあげる。

タケノコご飯は一年に一度でも、大好物だから満足の出来、フキの茎は薄味仕立ての味噌汁に入れた。フキの葉の佃煮、湯豆腐、惣菜店で買った筑前煮と煮豆、夫と息子用にさつま揚げ並べ、夕飯完成、山椒も見事に香り、タケノコご飯は翌日の昼ごはん用のあまりもないほど完食されてしまった。Img_2606

 

 

 

 

2020年4月13日 (月)

何を食べるか、何をするか

カレンダーは真っ白、予定なし、のこの忍耐の時期、問われるのは、一番大事なことを、逃げないでしっかりやること、すなわち食べることである。和、洋、中の献立をほぼ、交互につくっている。夫がその日食べたものをカレンダーに記していて、おいしかったものに二重丸をつけているので、主だったメニューが決まってきた。イタリアンはかなり得意なのだが、夫がリゾットやパスタ類をあまり好まないので、ともかく基本のトマトソースだけはしっかり作ってスパゲッティやスープなどに活用できるようにしている。

 

缶詰のホールトマトをボールにあけて、手でもみほぐし均等にする。鍋にオリーブオイルを熱し、にんにくの薄切りを色づくまで炒めて、そこにそのトマトを入れ、オレガノ、バジル、セージなどのスパイスを入れ塩少々を加えてぐつぐつと煮る。しばらくしてなじんだら、出来上がり。

 

トマト味のスパゲッティにも、トマト味のスープの仕上げにも、その他、ロールキャベツにかけるグレイビーの仕上げなどに役立つことこの上ない。

 

息子はわたしのつくるコロッケを何より好むのは知っているが、揚げものが、この年齢、粗相をしそうで、できればしたくないので、コロッケの中身を別にして、ジャガイモマッシュに生クリームなどを加えてなめらかにしたものをひき肉のいためたもののうえにのせて、溶けるチーズを散らしてオーブンで焼く、英国料理シェパーズパイをつくったら、跡形もないほど平らげられて、成功を確信した。

 

ステイホームの残りの時間は読書と、ネットのブリッジゲームBBOである。おしゃべりな世界中のプレイヤーも、このところあまりしゃべらない。でも、この世界て一番難しく、マスターすれば病みつきになるほど面白いこのゲームで、今こそ憂さ晴らしをしたいひとがどれほど多いのか、ここ最近、接続が一度でできたことがないほど、混雑している。

よく、チャオ、と声をかけてきたミラノのブリッジパートナーも名前はみかけるのだけれど、お互い沈黙のままである。それがこの先どれほど、長く続くのかは、考えないようにしている。

 

 

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