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2022年10月 1日 (土)

ラクスル週末

月替わりの最初の土曜日は「せせらぎ館」の庭にマルシェが出るというのを思いだし、それではついでにモーニングを食べようと、9時すぎで家を出た。レストランの外庭にはすでにファミリーがかなり来ていて、それも父親と子供という取り合わせがほとんど。虫取り網を持ったパパも多く、取れた昆虫などを慎重に籠にいれたりしている。もっと幼い子供を抱いているのもパパだし、ベビーカーを押しているのもパパ。

27年前、娘の夫が急逝したあと、毎土、日に公園に行くたびに、父親の存在をどれほどうらやましく思ったことだろう。

その孫ももう30歳、お嫁さんとの二人暮らしも三年目で、ジジ,ババの存在は忘れているらしい、月日の重みを、あらためて感じた。

 

マルシェで買ったものは、サラダ用にちぎったリーフ、ルッコラ、レモン、食パンとクッキーなど。雑貨にめぼしいものはなかった。

せせらぎ館二階に、リユース図書という場所があって、自宅で廃棄したいような本も、もってきておいてよいとポスターが出ていた、これはいい情報!

 

今日の夕食は手抜きにして、レストランでテイクアウトの牛スジカレー。きのうチヂミを作ったのがあまっているので、それも温めて食べることにしている。

前の晩のチヂミを食べたことはないので、不安だったが、コマ油を熱して焼き直してみたら、野菜がしっとりしてかえっていい味になり、美味しさが増していたのは意外であった。

期待していたカレーは辛すぎ、これでは、夫が咳き込むかも、とあわてて、あたため直し、シェリーを少々加えたら、それが効いたらしい。夫も息子も文句は言わす、完食していた。

この歳になっても知恵が湧くこともある。

 

テレビの『深夜食堂』というお気に入り作品を見直していたら、なんと「ラーメン」という副題のストーリーに、ラーメンがインスタントを使っていて、それがサッポロ一番だったのには驚いた。夫の好物なのである。

あまり出来上がりがおいしそうだったので、明日は息子が食べない日でもあるし、二人でラーメンにしようかと思っている。

土、日は正しく、主婦業ラクスルの日となった。

2022年9月24日 (土)

何よりのおすすめ『連隊の娘』

今回の選りすぐりの名演27作にはフローレスが出演する三作が含まれるという贅沢さであるが、そのうちのどれを優先すべきか、わたしがオペラの生き字引さまと尊敬してやまないkikukoさんのご意見を伺った。意外にも『連帯の娘』を注目している、フローレスもだが、ソプラノのナタリー・デセイが見逃せないとおっしゃるのに、いてもたってもいられず、いそいそと出かけた。

 

期待は裏切られず、フローレスは容姿も見とれるばかりの美男子ぶりだが、声量はまさに絶頂期ではないかと思われるほどのスゴさで、ベルカントのハイCへの高みが難なく発せられ、あまりの完璧さに、観客すべてのゴォ~ッツという歓声に自分も合唱したくなるほどの感動であった。デセイは美しさもだが、女優出身の演技力のすさまじさ、コミックオペラの本領を全身で表現、連隊兵の下着の洗濯の山を片っぱしからアイロン、見事な手さばきでたたみながらのアリアには、ユーモアと詠唱の美とが合致して、観る者を恍惚とまでさせる舞台効果に酔い、ああ、オペラって素晴らしいとため息がとまらなかった。

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イタリア人のコミックオペラと言えば、ロッシーニだが、ドニゼッティにはアリアのすべてに何とも言えない、品格と優美さがある。

 

今から18年まえ、ドニゼッティの出身地、ベルガモの歌劇場で、わたしはこの『連帯の娘』を観たのだった。劇場は天井にフレスコ画があるようなこれぞイタリアという優雅さだったが、席がなんと前から三番目ということもあってか、男性歌手が長髪で髭つきの大男で、声はよかったが、容姿が不満、フローレスのこの役を観たかったとずっと思いつつの舞台だった。あのときはもしかすると言語もイタリア語だったのかもしれない。

 

今回のフランス語はまさに、フランス人のデセイならこその、独特の言語の醸し出す発声の雰囲気づくりがぴったりで、しかもセリフ入りの舞台演出が二幕後のややこしい筋書きをなめらかに解決していたし、侯爵夫人と公爵夫人の名演技で、それが一層に冴えていた。

 

おかげさまで名舞台を見逃さずにすみました、kikukoさん、大感謝です。

 

 

 

2022年9月14日 (水)

エリザベス女王崩御以後

エリザベス女王崩御のニュースが伝えられてから、ずっと服喪の期間、BBCのニュースを見続けている。

ご在位70年をこの目に刻んできた、現在84歳の私の人生には常にあの女王のほほ笑みのお姿があった。

 

英国議会では政治の討議を中止して、主だった人たちの追悼のメッセージが発表された。なかでも群を抜いて注目されたのは、テレサ・メイ元首相の時には高度のユーモアも混じる美しい英語で、女王の英知を、immense wisdom、あのほほ笑みをmagnificent smileと形容されたのである。immenseは「計り知れない」、magnificentは「崇高な」とでも訳される最高級の形容詞だ。毎週国政の報告をするときが、楽しみであったほど、その英知と微笑に魅せられた逸話が伝えられた。

 

このところ、英語という言語の粋の部分が国家を代表するひとびとのスピーチから学べる機会であることを感じる。

 

チャールズ国王のテレビ演説は聞き取りやすい美しい英語が心の底から話されているという臨場感をも強調していて、母君の治世がその期間の長さと献身においては比類のないものであったという文意が伝わってきた。結びに近く、最愛のママへ、という呼びかけとともに天使の歌声に包まれ、という詩的は表現が、とりわけ心に残ったのだが、BBCのコメンテーターが、あの部分はシェクスピアの「ハムレット」のせりふからの引用だと述べたのはさすがであった。その全容を知りたくて、ネット検索したのだが、見つからず、読売新聞の見事な全訳で知ることができた。

 

知性あふれる新国王、母君のかたわらで、王者のあるべき姿を常に学んでいられたこと、最初の結婚でご不幸を経験されてから、誹謗や中傷もあびせられこともあったが、のちの長期にわたっての、ご自身の環境保護や、慈善活動での実績が国民を納得させ、今をつくられた。カミラ妃のことも、二十年前ロンドンに立ち寄ったときは、市民にレモンを投げつけられたという災難に遭われたと、タクシーのドライバーから聞いたりした。

でも国王就任後のお二人はまさにお似合いの美しい威厳にあふれている。人生の年月の過ごし方で、人はどのように変わるのかを知らされる思いがするのである。

 

それにしても続く行事の奥深さと繊細さには、敏速を尊ぶ現代とは真逆の伝統の重さである。

どうかお元気で、ご健康でと祈らずにはいられない。

2022年9月 8日 (木)

訂正

「ドン・カルロス」の今後の上映日、すでに訂正しておきましたが、9月10日10時と16日17時30分です。

2022年9月 6日 (火)

「ドン・カルロス」を観る

九月は忙しい。METライブビューイングアンコール2022、選りすぐりの名演27作一挙上演を見逃したくないからだ。

でも、東劇まで行くのは三年ぶり、それだけの体力があるだろうか?

暑さに弱い身体は外出時のマスク着用で、疲れが増し、水泳もしていないので肩凝りがたまりにたまっている。

それをなんとか、前日マッサージでほぐしてもらい、ともかく、四時間があっという間というほどの評判の高い、「ドン・カルロス」の十時半公演を観にいくことにした。

その日は比較的涼しかったので、東劇までの道はそれほどつらくなかった。私の前に同年配の女性がとても弱弱しい足どりで歩いていた。着いてみるとそういう世代が圧倒的に多く、客席はちらほらという入り具合だったが、みんな思うところは同じ、待ちに待ったオペラの傑作を見たい一心なのだと思った。

これまでにこの作品は二度観ている。一度は日本、そして二度目はウイーン、そのときは題名が「ドン・カルロ」だった。今回は仏語訳のせいなのか、「ドン・カルロス」、ロドリーゴもロドリーグとなっている。

二幕目のドン・カルロとロドリーゴの二重唱が聴きたいために遠路はるばるやってきたという感じである。

ウイーンのそれは素晴らしかった。ドン・カルロがホセ・クーラ、ロドリーゴがイギリスの誇るバリトン、サイモン・キーンリーサイド、彼は主役の二枚目テノールを完全にしのぐほど絶好調で、曲の美しさと見栄えのする二人に、忘れがたい恍惚感を味わった。

今回のボレンザーニとデュピュイの二人、声はよかったが、デュピュイというカナダ人のバリトンのモヒカン刈りと髭の顔が不快だった。演技もいいし、顔立ちも悪くないのに、どうしてこういう顔とヘアースタイルなのだろう?気になって仕方がなかった。

でもドン・カルロス、王妃エリザベート,エボリ公女、国王フィリップ2世、ロドリーグ、大審問官の六人の詠唱も演技も素晴らしい。

演出家がインタビューで、この六人の重要性が複雑にからまっている、それを重視したという説の通り、圧倒的な迫力を生み出していた。物語もウクライナの現状を思わせる深刻さと、感情移入が出演者にも、演出にもオケにもそして久しぶりの大作オペラの劇場を満席にしている観客にものりうつっているせいなのか、と思われるド迫力なのである。

いいものを観たという満足感は大きかった。

休憩は二度、十分ずつなので、持参した手製のサンドイッチを味わうほどの時間がなかった。会場は空いているせいかちょっと寒くて、レッグウオーマーや、スカーフが必要と思われるほどだった。

 

終了は三時過ぎ、銀ブラをする時間はあったのだが、東劇から銀座に出る道順を思い描いただけで、疲れる感じがした。交差点を地下鉄の方にわたったとき、天の助けか、東京駅行きの都バスがとおりかかって、停留所にとまった。それに飛び乗って正解だった。次ぎの停留所が有楽町駅、改札を入るとエスカレーターがのびており、わたしは蒲田まで行って、西口にずらりと並んでいるタクシーに乗り、思いのほか楽に帰宅することができた。

 

*ご参考まで、「ドン・カルロス」9月10日10時と16日17時30分に公演があります。

 

2022年9月 1日 (木)

訂正

読書用メガネを受け取りに雪が谷に行ってきました。看板を見上げて、あっと叫びそうになりました。

店の名は「メガネスーパー」ではなく、「メガネストアー」だったからです。メガネス、まで見てスーパーだと思ってしまうとは、あいかわらずの思い込みの強さだと、恥じ入っています。

きょうこさん、せっかく励ましていただいたのに、ごめんなさい、早とちりしてしまって…

でもメガネストアーも創業45年の歴史を誇っています。仕上がりも上々、今日、数軒先のBOOK OFFで二冊200円也の文庫本を買ってきましたが、レンズの性能の良さで、もう読破してしまいました。

お詫びして訂正いたします。

2022年8月29日 (月)

メガネ騒動

久しぶりに読書をしていた。文庫本ではなく、単行本だったので、字も大きく,改行も多い、読みやすい本だったのだが、どういうわけか、二ページに一度ぐらい、字がぼやける。

これはただ事ではない。

夏前に眼科の定期検査を受けたときは、白内障の心配はまったくない、と言われたのだが、字がぼやけるのは白内障の特徴である。夏の暑さに弱いわたし、今年の暑さは湿度もひどく、耐えがたい日が続いた。身体の衰弱度が増しているのは自覚していたが、いよいよ来るときが来たのか?

ドキドキしながら眼科に行った。かれこれ三十年以上もお世話になっている医師の診断は?

症状を述べ、宣告を待つ覚悟で恐る恐る首を上げると、先生はいつもと変わらぬ声音で静かに言われた。ぼやけるのはレンズの問題でしょう。

えっつ?そういえば、読書用メガネだからと、安心しきって、レンズはもう数年以上変えていない。よかった!手術という文字を今の時期、すご~くコワがる単純細胞の、不安はあっけないほど瞬時に消え去った。

翌日、いつもの眼鏡店を目指す。そこで購入したメガネ、取り落としたせいでゆがんでしまったのをついでに直してもらうつもりでケースに入れ、遠近はほかの眼鏡店で新調した赤いメガネをかけ、読書用と、念のためパソコン用もケースに詰め、ぼやけ具合を証明するために単行本までも入れた重たいリュックをしょって、雪が谷に向かった。ほかの美容院でカットしたときに感じるやましさと似たような気分で、あのあまり愛想のよくない、それでいてレンズの調整が抜群に上手な店主と顔を合わせるバツの悪さを想像しつつ店に着いた。

 ドアが閉まっており、張り紙がしてあった…当分休業します。

 いつ出かけても客の少ないのが気がかりではあった。もしかして閉店するのかも…

さて、どうしよう?この店を見つけるまえに利用していたもう一軒の老舗に行ってみた。そこも張り紙がしてあって、休業日、木曜日、なんとツイていない日だ。これで今日の歩数は400歩ぐらい増えた。

 それでもあきらめられなかった。あとは表通りのチェーン店「メガネスーパー」、ここを一度レンズ交換で利用したことがある。レンズ交換だけだから、少しでも安いところを、と思って、値段を確かめたら、思ったほど安くなかった。それでも頼むことにしたのは接客が確かだったからである。記憶のよみがえり方が遅くなったのは、あれから数年たっているからだ。店員は女性一人だけで、うっすらとだが、見覚えがあった。あのときのひとだ。

 まず曲がってしまったメガネの調整は、細い金属がもしかすると折れてしまう懸念もある、それを承知で頼まれますか?と念をおされてから、十分ぐらい待たされたあと、汚れていたメガネはピカピカになって、ゆがみは見事に直っていた。現在読書用にしているメガネのフレームのほうがむしろ危ういというのが彼女の見立て、正しい。そのフレームは十数年まえ、アムステルダムで買ったもの、年数からいって、ゆがみを直してもらったほうが新しく、しっかりしているのは確か、結局それを使って読書用にすることが決まった。

単行本を持ってきたのは正解だった。そのページをめくりレンズを数種類以上、交換する作業が見事だった。ここにたどり着いてよかった、注文を終え、帰宅してから、「メガネスーパー」の評判をネットで調べた。

 「安売り」と決別しても廃業しなかったのは接客が磨かれているからである、シニアの固定客の支持が多い云々、私は今日、それを実感できた。

2022年8月21日 (日)

夫の卒寿

夫の誕生日、90歳の卒寿の祝いが終わった。

 かなりハードな仕事をしている娘、息子、孫たち、一同に集うことがむずかしい、ましてやこのコロナ禍の最中、夫は認知症ではなく、聴力が落ちているだけで、彼の目を見ながら話せば、すべて通じるけれど、歩幅が三十センチぐらい、杖二本でやっと歩けるぐらいなので、外出がむずかしく、食も細いし、外食をきらう。

 何を一番喜んでくれるか、と考え、車の運転をやめたときに皆で送った色紙に感激し、いまでも時々眺めているので、また、寄せ書きを送ることにしたら、と提案した。短くていいから、彼にしてもらったことで忘れられないエピソードを三つくらい、できるだけ具体的に書いてほしい、これが恐らく、正常なじぃじとかわせる最後のけじめの祝いになるかもしれないから、と子供、孫の四人に伝えた。

 誕生日の前日、娘が訪れた。今回の色紙は三つ折り、リボンで結ぶようになっていて、デザインは前回と同じ、孫娘が担当し、花々のイラストをちりばめ、選りすぐった夫の写真を切り抜いたもの正面に張り付けてあり、両側に花に囲まれて五個の窓がひらいていて、すでに、三つのメッセージが書かれていた。あとは息子とわたしが書けば完成する。

 二人の孫は父親代わりをつとめたじぃじを讃えていた。受験勉強を辛抱強く優しく指導してくれたこと、サイクリングに連れだしてくれたこと、キャッチボールにつきあってくれたこと、早起きしてワールドホビーフェアにドライブしてくれたことなど、など…

息子は近頃夫と口をきかなくなったが、コロナで大変な時だけれど、身体に気を付けて元気でいてください、と書いていた。わたしは五十数年前、アメリカ駐在時代、最初のドライブ大旅行、あの岸壁に四人の大統領の顔が刻まれている、ラシュモアの旅行の写真を付け加えて、沢山の旅行の思い出があるから、帰国後の苦労を耐え抜くことができたと感謝を述べた。

 娘はめずらしく、そそくさとは帰らず、家事に疲労困憊する私の愚痴をきいてくれた。ちょっとご飯食べさせて、と言って、コンビニで買ったというきしめんを手早くつくってほおばった。近頃あんなにおいしそうにコンビニ食をほおばる姿を見たことがない。今の彼女は健康なのだ、とちょっと安心した。部屋が片付かないとこぼしてみたのだが、「きれいにしてる、うちより、ずっとまし」とほめてくれたので、うれしくなった。

ずっと、なにか、娘に褒めてもらいたかったのだと、つくづく思った。「窓から見える風景がすべて癒し空間になってるみたいでスゴイ」とも言ってくれた。

 当日はちょっと出かけて、自由が丘の駅中、スープストックのカレーを二人分、田園調布の小さなケーキ店で、イチゴショートケーキを二個、夫の名前の入っているチョコレートプレートをつけてもらって、タクシーで帰る。

 夫は色紙を開いて読み、涙ぐんだ顔をあげ、「宝物だ」と言った。

 その日を祝福するように、ひいきのDeNAベイスターズがなんと14連勝、シーズン初めはビリ確定かと思ったのに、奇跡が起きつつある。

 

 

 

 

 

2022年8月13日 (土)

ある日の問答

このところYouTubeで、若き日の名優たちの姿を追いかけたりして、楽しんでいる。ピーター・オトゥールのインタビューなどを見ていたら、彼にまつわるドキュメンタリーも全編見ることができたし、ローレンス・オリヴィエの写真を次々クリックしていたら、ウエストミンスター寺院で行われた一時間余の追悼礼拝も見入ることができた。アルバート・フィニーがコヘレトの言葉を朗読し、アレック・ギネスが高度なユーモアの含んだ、素晴らしい弔辞を述べ、参列者の中にオトゥールも混じっており、少年の聖歌隊の美しい合唱が何度か響き、最後はオリヴィエ自身の、「ヘンリー五世」の名台詞録音が寺院いっぱいにとどろいて終わるという、プログラムの見事さ、感動した。

 

それを夫に伝えたくて、「ねえ、あのシェクスピアで有名な…」と言いかけたら、「シェクスピアってだれだっけ?」と問われて、愕然とした。

 

夫は大学は法学部だったが、野球部に属していることに熱意をもやし、英文学、演劇、クラシック音楽などにおよそ関心がなく、スポーツ一辺倒だから、記憶がどんどん薄らぎつつある今、関心が少なかった事柄への記憶が失せることが激しく、そういう問いが出てくることもあろうかもしれないが、それにしても常識まで、欠け落ちつつあるのか?

 

デイサービスはいやがらずに、毎週出かけていく。帰宅してから、バッグの中を探ってみると、貼り絵とか切り抜きとか、まるで幼稚園の作業のような作品が出てくる。これが脳トレの一種なのだそうだ。指導の仕方がいいので、別段嫌悪感もないらしい。ボンドガール来ました、とか言いながら、ノリ貼りをうながしてくれるユーモアもあるという。

 

でも、それより薄れゆく常識を保つために、歴史的有名人とその国名や職業などを結ぶクイズのようなものもやってほしい、と思ったのだが、出席者十数人の三分の一が認知症にかかっている方々だそうなので、そういう望みは差別めいていて、平等ではないのかもしれない、そう思って要求をひっこめることにした。

 

きのう、もう一度,訊いてみた。シェクスピアがだれか、本当にわからないの? わかってるさ、英国の劇作家だろう? 

 

これって薄らボケの一種なのか、それとも、わたしのうろたえる表情を面白がっているのだろうか、それがわからない。

2022年8月 5日 (金)

この夏の危機と闘いながら

山形が大変なことになっている。あのおだやかな清流、最上川が氾濫したとは!

孫娘は無事だろうか? アパートはたしか一階だった。屋上に避難したりしているのだろうか? 不安でいっぱいになって恐る恐るラインメールをした。

「いま、山形にいないんだ! そんなことになってるって知らなかった。あのね、岩手に仕事で行ったとき、ばぁばに漬物のおみやげ買ってきたよ、いつ渡せるかな?」

 

のんびりした返事で胸をなでおろしたが、まもなく東京に来るというので、帰りの新幹線はまたまた混乱するのではないか、と心配になる。

 

コロナも感染が広がっているし、泥水の激流の映像はすさまじく、被害に遭われた方々はどれほどの恐怖だっただろうか。次々押し寄せる地球の危機にこの先どうなるのだろうと、疲労の重なる頭がますます重くなる。その頭の疲れをとるために、このごろ、毎日のように氷枕をして寝ている。頭を冷やすのは、肩凝りにもいいらしい。寝つきもよくなったような気がする。

 

寝る前に、氷枕に氷を入れるのはかなり億劫、冷蔵庫の氷を絶やさないようにしなければならないし、と若い友人に話したら、ちょっと重いものだけどあげたいものがある、と言われて「せせらぎ館」で会った。プレゼントは冷凍庫で冷やすやわらか氷枕であった。そのとき、彼女が首にスカーフを巻いていて、保冷剤を包んで、冷やしているのよ、と教えてくれたので、さっそくマネしてみた。首の後ろが冷えると、暑さが半減するような気がする。頭を使うブリッジゲームの時は、とりわけ、この工夫が効果を発揮する。

 

コンビニで売っているビオレのマイナス3度Cのシートも便利だ。汗をひとふきすると暑さがたちまち消える。

 

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