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2019年5月23日 (木)

きようのレシピ

料理上手の同い年の友人は90歳のご主人と、独身の長男との三人家族、我が家と家族構成が同じなので、食生活をどのようにしているか、大いに関心があるのだけれど、彼女のすごいところは、一週間の献立をたてて、買い物を一度にすましてしまう、アメリカ風を貫いているところだ。滞米生活が長かったひとなので、車の運転術もすぐれ、大量の買い出しも、一度で済ますのが苦ではないらしい。

 

わたしはその日の胃腸の具合で食べたいものが決まってくるので、一週間分の献立をたてるということができない。冷蔵庫にストックしてあるもので、間に合わせる術は一日、二日ぐらいならなんとかなるが、徒歩4分のスーパーに行って売り場を眺めてから、食べたいものが浮かぶのを待ち、買い物を決めるわたし風を,やれるうちは、続けていきたい。味のよい手作り惣菜をつくっている店も見つけたので、なにもかも自分でという念の入れようはしなくなってきている。

 

新しいレシピも随分試したが、やはり、母や義母の世代が毎日つくっていたものが食べたくなって、大事にとってあった義母の手書きレシピノートを読み直してみた。

そして見つけたものが、「イカと豆腐の煮物」

豆腐 2丁、スルメイカ 2 イカの内臓の抜き方まで書いてある。豆腐も水切りして、揚げるやり方も詳述、焼き豆腐にしてもいいが、おいしさが違うという添え書きがあったが、今回わたしは焼き豆腐を使った。

出汁カップ一杯半、砂糖大さじ2か3を入れた中に、焼き豆腐と、スルメイカ(これはスーパーに切ったものがあったので2パック使った)生姜をすって加え、落し蓋をして4,5分煮たあと、醤油大さじ3をまんべんなく入れ、再び落し蓋をして煮汁が半分くらいになるほどコトコト煮るだけ、という、簡単でまことに美味な料理。

 

義母のつくる料理はおいしく、センスがあった。きれいなひとだったので、供されると、おいしさが増した。夫の青年時代の義母は、身体が弱く、寝付くことが多かったそうで、そのため彼は料理をおぼえたと言っていたが、この几帳面な整った字で書かれたレシピノートを見ると、彼女がいかに食べることを大事にしていたかがわかって、感動する。

2019年5月19日 (日)

きょう(5月19日)の日本経済新聞朝刊

橋田壽賀子さんの『私の履歴書』を毎日楽しみに読んでいる。93歳の橋田さん、これはご自分で書かれたものなのだろうか?それも聞き書きなのだろうか?達意の文、語られるエピソードはまさにドラマのクライマックスのような読みどころをとらえていて、目が離せない。

きょうの『となりの芝生』はわたしの注目ドラマだった。美しい芝生の庭がある家をうらやみたくなる傾向の自分にぴったりのタイトル、ドラマの展開が楽しみだった。

『時間ですよ』や、百恵ブームのドラマ『赤い…』シリーズの執筆の降板エピソード、ドラマづくりカナメの役どころの脚本家をないがしろにするような仕打ち、よくぞ、の抗議だったと思う。こういう裏事情的実録が正しく伝えられるこの履歴書の役割は大きい。

 

同じ紙面に飾られる芸術作品はいつも注目しているが、きょうの中林忠良先生の『待ちあぐむ光』、見とれた。モノクロームのお作品の多い中、こんな春らしい彩の一作があったなんて。

 

国際婦人クラブCWAJの版画展の企画委員に携わっていたころ、関連展示の依頼に関して芸大まで、アメリカ人の同僚委員と二人、お願いにうかがったことがある。すでに教授でいらっしゃった先生はにこやかに応対してくださった。お話も、もちろんだが、私たち二人はその魅力的なお姿に圧倒されてしまった。アメリカ人の彼女は目を丸くして、声もでなかったほどである。

先生が同世代でいらっしゃったことは、あとになってわかった。あれから四十年余、版画展でいつもお作品を見続け、個展のときに購入した大判の、壁に伝うブドウの房の腐食作品を自宅の階段踊り場正面に掲げて、毎日見とれている。

 

日本経済新聞の日曜THE STYLEはいつも注目している。美しい映像が多いからだ。きょうの一番は第16面、俵屋宗達画、本阿弥光悦書「鶴図下絵和歌巻」。ツルの群れのたたずむ姿、舞い上がる姿、なんと優美な!!グレイとベージュの和の色彩、そして光悦の品位あふれる書。

一介の町絵師を見込まれた後水尾天皇の慧眼を日本人として誇りに思い、この作品を見に、京都美術館に出かけたくなった。

 

2019年5月16日 (木)

非日常の日

昨日は目白の母校で開かれる附属小学校の同窓会と、夜の落語名人三人会という予定が重なってしまった。

同窓会は少し早めに抜けることにして、夜の外出にそなえるには、どこかでゆっくり体を休めたい、落語会が新百合ヶ丘なので、駅そばのホテルに一泊することにした。

新百合ヶ丘にはホテルモリノという、洗練されている割には、値段も手ごろな老舗ホテルがあるのを知っていたからだ。Photo_10

 

同窓会はこれが最後かも、という案内状の言葉が功を奏して、なんと28名もの出席、受付11時とだけ知らされていたので、なんとなく、開始は12時かな、と思ってしまって着いたときはもう始まっており、後れてきたのはわたしとあと一人くらい、またまた、早合点の失敗をした。去年は20名ぐらいだったので、和気あいあいとして、二次会へのプロセスもスムーズに運んだのだが、今年は、十数年ぶりという珍しいひとたちがいたせいか、まとめる誘導がうまくいかず、親しいひとたちが皆帰りを急いでいたので、しゃべり足りないという心残りを持ったまま、新百合ヶ丘に急ぐことになってしまった。

出席者の半数以上が未亡人で、近況報告のとき、現在の家族状況と、夫の身体の弱りなどを話題にしてしまったのだけれど、自分の言葉が浮いている感じがしつつ、言わなくてもいいことをしゃべってしまったという悔いが残った。

 

落語会は麻生文化センターという1000人以上収容の広いホールだったが、満員御礼の札が出ていた。柳家喬太郎、桃月庵白酒、春風亭一乃輔という三人会は聴きごたえがあった。それぞれ『擬宝珠』『松曳き』『百川』という古典の演目。

かなり長いマクラの話題は売れっ子三人、もっぱら全国あちらこちらへの移動の苦労、食事だけが楽しみなのに、食堂がまったく見当たらない辺鄙な場所だとか、二段重ねの弁当などはめったとなく、圧倒的にオリジン弁当だとか、シャレなどがない、現実的な悩みを茶化す語りが受けて、爆笑の渦が広がっていた。

 

語りの妙味はやはり喬太郎師匠が抜きんでていたが、今回桃月庵白酒という若手の語りに惹きこまれた。『松曳き』というとぼけた殿様と側近との会話が、すさまじく可笑しく、よどみない上下関係の語りに聞き入りつつ、笑いがとまらないほどで、身も心も解放される笑いの効果を実感した。当分落語はやめにしようという気持ちが変り、このひとの独演会のチケットを早速予約する。

 

ホテルモリノの居心地はとてもよかった.八階の客室からの眺めは緑が多く、遠い山の連なりも目にやさしく、朝食も満点に近いメニューで満足した。

こういう風に一日に二つの予定をこなすときは、近くてもホテルに泊まってみるというのもいいものだな、という発見が、この日の収穫。

2019年5月12日 (日)

娘ならばこそ

例年、母の日の前に、娘からなにか欲しいものある?という電話があるのに、今年はなかった。

そのまえに、車を出してもらって、夫が遺言申請の手続きのために法務局へ行くのをつきそってもらい、そのあと図書館に連れていってもらうという予定があったので、そのときに、訊かれるかも知れないと思っていたら、いきなり大きな花束と、ラヴェンダーのポプリと二種の石鹸入りの包みを渡された。

その日は排泄トラブルに苦しむ、機嫌の悪い夫と、言い争いが多く、わたしも車に同乗してスーパーでの大量購入をし終るのに気をとられ、そのプレゼントをゆっくり見定めることもできなかったのだが、別れてから、花を活けようとしてあらためて見直したら、わたしの好きな紫と薄緑の絶妙な組み合わせの花束で、中にローズマリーの枝も入っていたので、それを早速カメラにおさめメールに添付し、ローズマリーチキンをつくることにしたという言葉を添えて感謝をあらわした。001

 

後先の流れが悪くなったのは、実は車の中でちょっとシリアスな問いかけをされて、ショックを感じたこともあったからだ。超多忙な孫息子に一度、パソコンのバックアップを確認してほしいと頼んであったのだが、彼の都合がなかなかはっきりせず、可能性のある日を言われたのに、わたしが記憶違いをして、三回ぐらい問い返したのと、彼女が山形へ行ったときに、ネコシッターに行く日の手順も書いてあったメモをなくしたので、これもまた三回ぐらい問い返したと言って、娘はちょっと言いにくそうに、もし自分で変だという意識があるなら、いつでも病院に付き添うから、などと言いだしたのだ。

 

認知症の始まりだと思ったらしい。

 

娘の花束の色の取り合わせは見れば見るほど美しく、目を和ませてくれる。言葉が足りないと不足を言いたかったりする自分本位の母親だが、それでもネコシッターのときにタケノコご飯も炊いて、煮物といっしょに冷蔵庫に入れておいたのが、喜ばれたので、これまで以上に心を尽くしたプレゼントになったのだろう。

 

欲しいものは?と訊かれて買ってもらうのも、もちろんうれしいけれど、好きな色やもらってうれしいものを、察して、きちんとそろえてくれるサプライズプレゼントはいつまでも喜びの余韻を長引かせてくれる。

 

 

 

2019年5月10日 (金)

注目番組、二つ

朝から、デヴィ夫人のNHK朝の番組と檀ふみさんが登場する『徹子の部屋』を録画しておいた。

デヴィ夫人はどうしても好感が持てないのだけれど、厚化粧ではあるが、この年齢にはとても見えない若さを誇る、強気のキャラクターを好奇心で観てしまう。英語が上手と自分で認めるわりには発音がよくないと思ったが、ともかく怖いものなしで押し切ってしまうところは見事なものだ。

地震のニュースで番組がとぎれてしまったのは、さぞ悔しかったのではないだろうか。

 

檀ふみさんはかつて阿川佐和子さんと共著でベストセラー本を出版してから注目していた。二人で競うように文章を書きまくっていたが、檀さんの文章のほうが格調が高いと好ましく読んで、応援していた。

檀さんは元々演技ではずっとヴェテランなのに、『陸王』では阿川さんのほうがずっと目立ついい役で、皮肉な取り合わせだな、と思ったりした。そして今や、何から何まで恵まれた存在なのは阿川さんのほうだが、それに負けじとあせらない、檀さんに好感を持ち続けている。

きょうの大皿の話は大いにうなずくところがあった。我が家も義父母が健在のとき、親戚の集まりや、祝い事のときはいつも我が家だったので、大皿の出番は多く、もうそういう集まりはしようにも家が小さくなって、できなくなったこともあり、皿類は戸棚の奥にしまったままである。幸い、それをしまう場所も考慮に入れた設計だったので、おさまりどころはあるのだが、先日孫夫婦がきたとき、このお皿どお?と取り出して訊いてはみたのだが、お嫁さん、いいお皿ですね、と言ったものの、新婚アパートにしまい場所もないらしく、お客を招くという予定もないのか、欲しいとは言わずじまいだった。

 

近頃の若いひとたちは、外で集まることが多いのだろう。大皿の需要は少なくなるばかりなのではないだろうか。

 

今回、こんな場所にわざわざ大皿や大鉢を持ってきたのは、もしかすると、ぜひ、欲しいという奇特なひとがいるかもしれないという期待があったのではないかと、推量したりしている。

2019年5月 7日 (火)

連休あとの身体の負担

十日間の連休はブリッジトーナメントを三回、間に、娘が山形に二泊旅行をしたので、ネコシッターを三日続けてしたら、相当疲れて、股関節のあたりにしつこい痛みが出始め、歩くのもしんどくなって、タクシーを何度も利用することになった。

娘の家の階段は蹴上が高く、トントントンと一気に楽楽のぼれる我が家の階段に慣れている身としては、相当にしんどく、しかもネコトイレの掃除を座ってしたので、ひざも無理することになっていたのだ。

 

そこでもう二十年以上も利用している、近所の接骨院にとびこみ、幸い整形の医師よりよっぽど詳しい治療師の先生に診てもらえたのが、ラッキーだった。

股関節ではなく、要は歩き方が均等ではないので、腰のあたりの筋肉に負担が出て固まってしまっているのだという。

 

足全体をまわして股関節を確かめる検査は痛くもなんともなかったのに、ここでしょう?とギューっと押されて、思わず悲鳴をあげたのは、腰よりちょっと下の脇の部分。

 

こういう運動を続けてください、と言われたのは、ベッドに足を載せてつま先でふみこみ上体を倒すようにして屈伸する運動。それと、それ以前にも言われたのをすっかり忘れていたのだが、NHKのラジオ体操の効果を利用すること。録画して一、二度したのだが、痛みがなくなったので、サボっていたのだった。

 

帰宅してから、すぐ体操を試み、湿布薬を貼って寝たら、翌日は歩行の痛みが消えていた。

四元整骨院の西村先生、ありがとうございました。

2019年5月 2日 (木)

タケノコ事情

タケノコがそろそろ終わろうとしている。

四月の初めに、生タケノコが出まわるのを待てず、『美濃吉』の四百円ぐらいするタケノコごはんを買って食べたのだが、タケノコは白っぽく、香りも風味もまったくない代物で、がっかりした。

自分のタケノコご飯が食べたい、一番近いスーパー『OTENTO』は農園と提携しているので、野菜、果物類が安い。でまわったタケノコは小ぶりで、値段も三、四百円ぐらいだったが、よほど売れ行きが悪いのか、すぐ三つ四つ束にされ、それも束で四百円ぐらいと安いので、早速購入して、そのときは糠がついていないので、わざわざ「いりぬか」を購入して、自分でゆでた。食べたい一心だから、手間が少しも面倒でない。

 

炊きあがったタケノコご飯のおいしいこと!!わたしは揚げやほかの野菜など加えず、ひたすらタケノコをおいしく煮て、その煮汁をお米にまぜ、出しこぶを入れて炊き、電気がまが蒸らしにかかったとき、煮てあるタケノコの具を加えるというやり方である。

 

庭の山椒の葉をとってきて、包丁でポンとたたきご飯の上にのせ香りを楽しみつつ、ひたすら食べる。

残ったゆでタケノコはチンジャオロースーに使ってもいいし、ワカメと一緒に炊いてもいいし、焼きそばの具や味噌汁の具や、用途は豊富だ。

 

先日東急デパートに行ったら驚いた。生タケノコは見当たらず、ゆでたものが山盛りで売っていて、それが千円以上もするのだ。生はないの?と訊いたら、一本だけ見つかったが、それはゆでたのよりもっと高かった。

 

こんなとこで買うより『OTENTO』でいい、と思い、もしかしたら、もうないかも、と思ったのだが、あった。また束になって売っていて、しかも高くて四百円ぐらい…もう最後かも知れませんよ、という言葉にさみしくなったが、それをまた大事にゆでて、最後のタケノコご飯を炊く準備をしている。

 

いまのひとはもう自分でタケノコを茹で、料理をするなんてことはしないのではないだろうか。こんなにおいしいものを、料理して食べないなんて、ああ、タケノコさんが可哀そう、食べないひとも可哀そう…

2019年4月30日 (火)

わたしの平成最後の日

わたしの平成最後の日はブリッジ一日トーナメントで過ごした。結果はいつも上位の席にいたにもかかわらず、入賞を逃すという、はかばかしくない終り方だったが、それを癒すために立ち寄った、奥沢の『ポタージュ』店で、身も心も晴れ晴れとして帰宅することができた。Photo_9

五時過ぎごろ行くと、たいてい客はわたし一人、オーナー兼シェフの、息子ぐらいの年齢の彼と旅の話や、食材の話、調理の味付けのこととか、スパイス、メニューのことなど、話題はつきず、そして選んだきょうのポタージュ、緑野菜のそれと、甘めの自家製パン、キャベツにクミンシードの入ったコールスローにカブのおまけもついていて、飲み物はリンゴジュース、きょうは夕べのマカナイの残りという麻婆豆腐にパクチーのきざんだものまでが添えられており、正に「おいし~いっ」と叫んでしまう味の連続なのだが、そういう発声はなかなか聞かれないのだそうで、彼のうれしそうな表情にこちらも喜びと満足感が加わり、一口ごとについつい声を上げてしまう。Potage

 

「手に職」を持ったひとの強みを、植木屋さん、コックさん、美容師さんなど、つくづくと感じることが多い。

 

息子の再就職はまだ果たされていない。アルバイト口は見つけて、けっこう、精神的には安定している様子だが、これまで歯科医にも定期的にかかるということが不可能だったせいか、インプラントの請求書を見つけて、愕然とし、夫とわたしがこの二十数年通っている、良心的な名医のところに行くようにと説得し、そこで、ようやくまともな治療が得られたのだが、わたしの定期健診のとき、息子の歯形の写真を見せられて、黒い場所が歴然とあらわれているそれを正視できないほど茫然としてしまった。

 

医師はわたしの失意に同情したのか、いまの若い方たちは、みんなこういう状況と言えるくらいなんです、と言ってなぐさめてくれたが、それにしても超多忙のサラリーマンの現実は本当に厳しいものがある。

 

ポタージュの彼のフランス料理修行時代、その後あちこちと不安定な仕事の遍歴、聞かせてもらって、それでも自分が好きな仕事についているという幸せにあふれているその姿を見ながら、有名校に入るために、ただただ勉強勉強を追い立てるまえに、親は知るべきことはこれではないかとつくづく思ったのだった。

 

人間は死ぬまで食べなければならない。自分の好きなものを自分の手でつくることができる幸せ、もしかしたら、親が子に教えるべき第一はこのことなのではないだろうか。

 

2019年4月28日 (日)

「優先席」に思う

きのう、新しい発見をした。

JRの優先席シートの背の部分が、赤で、はっきり優先席の文字が染め分けられているのである。

これで、少しは若者たちが座るのをためらわせるのではないか?

事実、空席になっているシートが、きのうは多かったように思う。

 

わたしは髪を黒くヘアマニュキアしているせいか、友人たちはお世辞かもしれないが、到底81歳には見えない、60代でもおかしくない、などと言ってくれたりするのだが、あまり席を譲られることがない。夫やある友人は、自分はいつも譲られる、と誇らしげに言い、譲られぬことは、こちらに非があるかのような感じで、それを聴くたびにムカつくのだが、81歳は優先席に座る権利があるのだから、それを主張してもいいと思う。

だから、近頃、堂々と、優先席なので、ゆずってくださいませんか?と頼むことにしている。

 

きのう、JRは往きも帰りも座れた。でも副都心線は、いかにも元気溌溂とした若者が席を占めていて、スマホをいじくっているので、わたしはこの言葉を発し、ひとりがすぐさま立ってくれたので、ありがとうございます、と言って座った。

 

若い女性が座っていることも多いが、彼女たちはまず譲らない。それにあの、妊娠マークの札を持っているかも知れないので、頼むときはいつも男性に言うことにしている。

 

正義感が強く、プライドが高いという自分の性格を、イヤだと思ったこともあった。でもこれは80を過ぎても治らない。自分の個性でもあるのだ。いつもニコニコしていて寛容なひとをうらやんだこともあったが、最近読んだジョイス・マイヤーの言葉に救われた。

「他人によってあなたの価値を決めてはならない。あなたはあなた一人であり、一秒たりとも自分自身から逃れることはできない。自分自身を楽しむことができなければ、貴女の人生は悲しみの道をたどる。神は意図的に一人一人を少しずつ異なるようにおつくりになった。その多様性を楽しまれているのである。あなたらしく生き、ありのままの自分を楽しむべきである」

2019年4月26日 (金)

山形花見旅4

前半のクラリネット協奏曲は超絶技巧を駆使した難曲中の難曲だそうだが、メイエは指揮ぶりも加えて、曲目解説にも書かれていたようなジャズ的は雰囲気とモーツアルト的な古典的要素をふんだんに出し切り、圧倒的効果を生み出した。

 

シューベルトの『ザ・グレート』はベートーベンを思わせるような壮大な曲想に満ちている。曲の雰囲気を重んじるためにあえて古楽器を使用させられたそうで、音を出すのがむずかしかったという孫娘の言葉がうなずけた。

 

総じて、楽団員がそれぞれの一番素晴らしい音を生み出すのに最大限の努力をしている統一感が見事で、定期演奏会は常に満席に近い聴衆を呼ぶのもうなずける感動に満ちた演奏会だった。

 

終演は九時を過ぎていたが、わずか十分足らずで帰宅できるので、疲れがたまらずに済む。ドライカレーをあたため、キャベツとリンゴのサラダを用意し、孫娘が市販のコーンスープを用意して、遅い夕食を終えた。孫娘はいつも一人で食べるから、手作りのこんなおいしい料理で幸せだった、と感想を述べた。

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翌朝は外で「モーニング」を。山形市はおいしいベーカリーが多いという。孫娘が選んで連れて行ってくれたのは『メリ・メロmeli-melo

わたしが選んだのは、ミルクパンと、フランスパンのホットドッグ、アップルジュース、コーヒー。なんだろう、このパンの焼き具合のおいしさは!!東京のパンにはない香ばしさ、山小屋のような二階の雰囲気もよく、満足した。

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駅まで送ってもらい10時数分発の新幹線に乗るのに三十分ぐらい余裕があったので、駅中の土産店で沢山買い物をする。

 

なんとか無事に済んだ山形訪問の旅だったが、危うさを感じたこともあった。温泉宿に着いたとき、入口の段差に躓いて危うく、顔面衝突をしそうになったのを踏みとどまったこと。孫娘のアパートで夜中トイレに起きたとき、廊下ですべりそうになって、玄関ドアに衝突しそうになったこと。

 

やはり以前より平衡感覚が弱ってきているのだろうか。山形行二度目は果たしてあるのだろうか、先の体調に、確信が持てそうにない。(了)

 

 

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