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2017年7月21日 (金)

世田谷健康村ふたたび

五月に予定を入れておいた世田谷健康村行き、夏の上毛高原はあまり涼しくないと聞いていたので、それほど期待せず、ただ三日間家事が休めれば、という程度で出掛けたのだけれど、よかった、来てみて。
涼しくはないが、空気はさわやか。遅咲きのアジサイが満開である。005

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今回はベッドの洋室があるという「なかのビレッジ」の方へ。内部のデザインがかなり凝っていて統一感が素晴らしく、エレベーター脇の窓から見える風景なども一番効果的なアングルをとらえていたりする。どちらの設計ですか?と訊いてみたら、坂倉設計事務所という応えに、やはり、と納得した。008

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着いたその日の夜、ホタルを見に行くプランがあるけど、参加しませんか、とさそわれ、二つ返事で、申込書に名前を記入。このまえホタルを見たのは三十年まえぐらいだろうか、アメリカの友人の庭に飛び交うホタル、あれ以来だ。010

で、そのホタル見物、参加者はわたしのほかに、大正生まれのご婦人二名、車で連れていかれた先は、十分ほどの田んぼの前、その晩は湿気が少なく風が吹いていたせいで、ホタルの数はすくなく、ぽつりぽつり、光り出した程度だったが、徐々に光り、飛ぶ姿を目で追うのにスリルがあり、あのアメリカの豪華版と対照的で、俳句が出てきそうないかにもはかなげな日本のホタル、の感動があった。

夕食は和食専門のシェフが限られた予算で川場の野菜をたっぷり使った自慢の料理が六品、お椀はなめこ汁だったり、とろろとキノコ汁だったり、それに夏目漱石糠漬けがつく、申し分のない味ばかり、一日目はゴマ豆腐、二日目はトマト豆腐、若鮎の塩焼きやビーフシチュー、ウナギ柳川鍋もおいしかった。028

川場のお米がいいので、朝食は和食にした。旅館のように凝り過ぎのものはなく、日本の朝食にこれだけは必要というものがこの味こそ、というつくりで出される満足がある。015


四季折々の花の寺としても有名な吉祥寺にも案内してもらった。本殿の庭には清流の滝も見られ、そこでお抹茶をいただいてしばし静寂に浸る。仏像がいろいろ保存されていたが、おだやかないいお顔の仏さまだった。016

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2017年7月17日 (月)

五十年まえの刺繍作品

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ベッドわきの壁にかけてある二枚の額、五十年まえアメリカのイリノイ州エヴァンストンに住み始めたときに、作った刺繍作品である。

到着したときは真冬真っただ中の十二月、0度C以下も頻繁にある寒い、寒い毎日だったが、家の中は半そででも平気なくらいのセントラルヒーティングにこの国の資源の豊かさを思い知らされたのだった。

ようやく子供たちを連れて外出できるくらいになって、出かけた公園で、すでに一年ぐらい前から駐在している日本人女性と知り合った。子供たちも同じ年ぐらいだったので、家を行き来するようになり、彼女が刺繍などの手芸の達人であることを知った。

刺繍のキットを売っている店に行きましょうとさそわれて、遠出をする。彼女はクロスステッチ名人だったが、わたしは単調な刺し方があまり好みではなく、もっと違う材料を探していた。
刺繍のキット、キットというのは一つの作品に必要な図案、布地、刺繍糸や針などすべてが袋に入っているセットのこと。
せっかくアメリカに来たのだから、思い出になるようなアメリカのものを、と探して、見つけたのがこの二作品、セーラムの港の風景と、フィラデルフィアの、アメリカ国旗を作ったと言われるベッツィ・ロスの家の図案。

額装は徒歩距離で行ける額装店に注文したのだが、実にふさわしい出来栄えだと、感嘆した。さすがアメリカ、色もサイズもそれを選ぶセンスをもっている店で、その後足しげく訪れることになった。

2017年7月10日 (月)

COOL JAPAN 上野特集

久しぶりにCool Japanを観た。十年以上にもなる長寿番組だが、日曜の六時台は
いつも忙しいので、つい観るのを忘れてしまう。
この日は「上野」が特集、これはぜひ観たいと思い、録画しておいた。
中学生のころ、親友が池之端に住んでいて、よく泊まりにいったりしていたので、不忍池界隈は本当になつかしいところである。その友人はすでに三十代で急逝してしまったのだが・・・

司会の鴻上尚史さんの仕切りぶりがいい。外国人ばかりの出演者にうむを言わせぬ貫録がある。
外国人の選ぶ上野のベストファイブ、五位はなんと上野東照宮、以前出かけたときはいつも工事中で中まで入った覚えもない。ところが修復工事が完成したこの場所、日光にも引けを取らぬ素晴らしさである。色鮮やかな動植物の彫刻、まばゆい金箔をふんだんに使った装飾、これはぜひ一度行かなければ、と思うけれど、このごろは上野と聞いただけで、交通のことを思い、シンドイと感じてしまう、年齢相応の弱りようである。
イタリア人のフラビオさん、聖なる場所をふんだんに実感させてくれるところ、イタリアの世界遺産と共通するものを日本のいたるところで歴史の重みと共に感じると、語っていた。
四位と三位は不忍池と動物園、池の中程にまで動物を移動させる橋などがあり、シロクマが水中に潜って戯れるさまを見られるようになっていたり、サル山があったり、いかに動物が居心地良く過ごすか、思いやりあふれる施設が感動的だと口々に発言する外国人出演者の優しさがうれしかった。
二位は国立博物館、私を案内してくれた下町生まれの日本通の友人のことを想った。彼女にどれほど、日本の良さを教えてもらったことか。谷中や、根津周辺、のお寺散策、まだ足がまともだったころに、沢山歩けたことは幸いだったと思いたい。いまは美術館歩きも積極的にならなくなっている。
 
一位は意外にもアメ横であった。大学生のころ、アメ横は、アメリカからの輸入品の宝庫だった。化粧品や、靴、アクセサリーなどを友人と連れ立って買いに行った。
いまのアメ横はアジアの食べものや、居酒屋などもひしめく、多国籍風のマーケット、威勢のいい外国なまりの掛け声に活気づく場所、だれとでも友達になれる、と出演者たちは言う。
パイナップルやイチゴを串に刺して食べさせるところもあり、イギリス人は切った果物をこういう風に食べさせるところは自国にはない、と言って喜んでいた。

日本は静寂とカオスが隣り合っている不思議なところ、という感想をもらす外国人たちに
我が国の良さをあらためて教えてもらったような気がした。

2017年7月 8日 (土)

購読新聞異聞 2

六日夕刊、九州豪雨の朝日の写真は衝撃的だった。二面のページ半分ほどを覆う、土砂崩れの壮絶さ、撮影者の名前入りのショットが三枚、一面にも一枚、惨状が一目で伝わってくる。
日本経済は白黒の小さな写真のみ、テレビの映像は一瞬のものだが、新聞はそれを何度も目にすることができるからこそ、天災の恐ろしさが心に刻まれる。

日本経済の「私の履歴書」は愛読している。このところ、私と同年齢のひとたちが続いているので、自分の育ったころの世情が、よみがえってきて興味がつきない。高田賢三氏のときは、彼がレナート・カステラーニ監督の『ロミオとジュリエット』を観て、ロミオ役のローレンス・ハーヴェイに夢中になって、ファンレターまで出したという記述に「あっつ!」と思った。私もどれほど熱をあげたかを思い出したからである。現在、日本ガイシ特別顧問の柴田昌治氏が執筆中だが、「非常に気難しく気位の高い祖母がいた」との一文に、我が家とそっくり、とうなずいたのだった。
こういう一カ月という時間をかけての連載ものは朝日にはない。しかも自叙伝でありながら、ドキュメンタリーのように当時の世相も伝えるものなので、読みごたえする。

朝日の声欄は一般人のオピニオン、投稿記事である。これが面白い。数日前の「日本語教師の報酬がいかに少ないか・・・」には経験者として大きくうなずくものがあったし、きょうの財務省の理財局長が国税庁長官に就任について、悪い人事ではという見出し、同感と叫びたくなった。この理財局長、国会答弁のとき「承知してございません」などというおかしな日本語を発したひとだったからだ。
大胆な正論を投稿するひとの勇気を称えたいし、これを掲載した朝日にも拍手したい気持ちになった。

新聞を二つ購読するのはちょっと贅沢だけれど、テレビや雑誌からは得られない、「今」をしっかり把握できる時間が長くなって、朝の充実感も増している。


2017年7月 6日 (木)

購読新聞異聞 1

朝日新聞の無料お試しキャンペーンを、お願いします、と、学生の勧誘員が来たので、わたしは、新聞は朝日だと思ってずっと購読していたのに、あのスキャンダルで失望し、今はあちこち試した上で日本経済に落ち着いていて満足しているからいいわ、と、言ったのだけれど、彼がもっともだというふうにうなずき、どれほど改良したかぜひこの機会に読んでみてくださいと言うので、アンケートつきのこのキャンペーン、引き受けてみる気になった。

整骨院の待ち時間のときに、ときどき目を通すのだけれど、確かに目を惹きつけられる記事が多いと、感じていたこともあったからだ。

そう、確かに改良されている。日本経済には読者の投稿欄がないので、一般の人が今、何に関心を抱いているかを、新聞からじかに知ることができないのが物足りない。それに天気予報が、三面記事の場所なので、いちいちめくらなければならないのが不便、それと、テレビ番組の一押し紹介がないのが物足りない。朝日は、それらすべてを満足させてくれるし、あの零落した当時の弱弱しさが消え、勢いがついているように見えた。得意の文芸欄はまだ書き手が残っていたのか、ニュースや紹介記事もいい文章の、読ませるものがふえている。

わたしは六時半起床で三十分をベッドに半身を起こした姿勢で、新聞を読みふける。その一週間は視点の異なる新聞の読み比べが楽しく、早朝の目覚めは充実した気分だった。

先月末、朝日新聞がおずおずという感じで、感想を訊きに来たとき、わたしはインターネットのブリッジゲームに参加しており、夫が応対したのだが、朝日は嫌いだからいらない、と言っている声がしたので、わたしはゲームの途中だったけれど、購読することに決めたからと、大声で知らせた。勧誘員の歓喜の声が聞こえて、あのときの勧誘員は奨学生だったから、さぞ喜ぶだろうと言ったので、いいことをしたような気がしてほっとした。夫がなんだか悪いみたいだね、とかなんとか応えていたので、なんのことかわからなくて、ゲームが終って見に行ったら、驚いた。魚沼のコシヒカリ5キロと、夫の好みの缶ビール、「のどごし」2ダースがおいてあるのだ。

こんな大盤振る舞いで新聞店大丈夫かしら、と思ってしまう。お米もビールも一度にこれほど沢山買ったことはないので、収納場所に困り、まだ玄関先においたままになっている。(続く)

2017年7月 2日 (日)

きょうの選挙

今日が都議選の投票日だというのに、選挙公報が届いてないので、日本経済の新聞店に電話した。
我が家はチラシを断っているので、入れなかったという。「選挙公報はチラシじゃないでしょう。大事な情報ですよ。このまえも入れてくれなくて、催促の電話したのよ、忘れないように、黒板に書いておいてください。あなたのお名前は?」とまで言ってしまった。
このところ出かけて歩くことが多かったので、また膝の痛みがぶりかえしている。その鬱憤がこもってるみたいだ、と夫がコメントした。

届けられた広報を一覧したけれど、このひとだ、という直観がわかない。

選挙カーからの「お訴え」と称する叫びは声は大きいだけで、よく聴きとれず、なんのためにやってるのか、あれでは意味をなさない。もっと人柄がわかるプレゼンテーションはないのだろうか。

自分を語るという800字くらいの文を書かせてみてはどうなのだろう。文は人なり、というから、ただの経歴や似たような公約文よりは、判断材料になると思う。

二日後、教会の婦人会で「感話」と称する話を頼まれている。そのときまでに痛みをやわらげなければならないので、長歩きをなるべく避けて、きょうは礼拝に行かなかった。でも選挙には出かけようか、でも今まだ迷っている。

2017年6月25日 (日)

久方ぶりの講師体験 4

講義の日の十日前、風邪をひいてしまった。鼻かぜが三日も続き、薬を一日に九錠も服用することとなる。胃まで傷めてしまうと困るので胃薬も併用するから、まさに薬漬け。
ようやくおさまったかと思ったら、今度は咳がでてきて、更に薬攻めの日が四日も続く。

夫にはずいぶん助けてもらった。洗い物はすべて引き受けてくれ、料理も何度かまかせることになってしまう。こんな状況でうまくいくかしら、としょげ込むわたしを、絶対うまくやれるよ、オレが保証する、など励ましてもらった。

自室に閉じこもって、声を出して講義の予行演習をしてみたら、思いのほか、よどみなく言葉がでてきて、時間配分の見当もついたので、それは安堵したのだが、練習問題の体裁をよくしようと、テキストに添付することにして、自分でワードにうちこんだら、それが、かなり疲れる作業で、肩がパンパン、マッサージにも通うことになった。
ともかく、この年齢で報酬が支払われる仕事をするのは健康管理の気配りも加わり、途中で投げ出す迷惑だけは避けなければならないので、本当に大変とつくづく思った。

さて、当日、現役で仕事をしているひとたちが受講者なので、夜7時からの二時間授業である。
8時ごろはいつも居眠りをしている時間だから、大丈夫か、なども心配だったが、風邪も全快、目はぱっちりして度胸も出てきた。
受講者は思いのほか多くて八名、みな目をキラキラさせて、練習問題はほぼ満点、敬語の誤りの実例や、英語と日本語との敬意表現の違いなど、討論形式にしてみたら、いろいろな意見や質問がとびだし、テーブルは活気づいた。笑い声も何度かひろがり、教務のひとまで見学に入ってきた。

授業内容は二時間でぴたりとおさまったので、やれやれだったが、受講者たちの関心の高さは驚くばかりだった。
あとまで残って質問をするひともいたりして、十年ぶりの講義が不安でならなかった部分はまずは、杞憂に終わり、疲れを忘れて足取りも軽やかに帰途につくことができた。(了)

2017年6月23日 (金)

久方ぶりの講師体験 3

今回この仕事に私を推薦してくれたのは、同級生のSさんである。現在トップ同時通訳者の最高齢のひとりだと思うが、彼女はこれまでも、何度となく翻訳関係や、日本語教師の仕事を紹介してくれた。私の娘が夫を亡くし、三歳と一歳の孫のサポートを手伝うことになったときも、“あなたはこういうときこそ、外に出る口実をもっていたほうがいい”と言ってくれて、オーストラリア人の会社重役に日本語をおしえる仕事の話をもってきてくれた。

その彼女と数年ぶりに会うことになって、自由が丘のカフェで待ちあわせたとき、彼女は相変わらずのすらりとした足にヒールの靴をはき、スマホを片手に、グーグルに案内してもらったわ、と颯爽とあらわれた。一週間後ILOの仕事に出かけるのだという。
私が、授業見学三回の話をして、ああいう優秀なひとたちに、敬語概論なんか必要なのか、幼稚すぎるのではないか、と問いかけると、「そんなことはない、実地で感じるけれど、いまの若いひとたちには絶対に必要だから、自信をもってなさい。私たちは安心して敬語の多い通訳を任せられる最後の世代とよくいわれるのよ」と言う言葉をもらった。

いろいろな日本語関係、敬語本を読んで改めて悟った。確かに、家庭で両親の電話のやりとりを身近で聴いていた私たちの世代はまるでスピードラーニングみたいに、自然と日常の敬語を耳に入れていたわけで、なんの抵抗もなく、尊敬語も謙譲語も口に出てくる最後の世代なのかもしれない、と。

彼女がまだ仕事をしている、という、写真入りの年賀状を見る度に、もう引退の年齢なのでは、と思ったりしたけれど、今回でわかった。彼女は正しく「余人をもって代え難し」の逸材なのである。(続く)


2017年6月22日 (木)

久方ぶりの講師体験 2

CNNのニュースの通訳の日本語チェックも頻繁にし、一般のTVチャンネルのトーク番組などものぞいて、いまの日本語を確かめることもしてきたのだが、そこから見えてきたものに、少なからず驚愕した。いかに敬意表現が軽視されているかを知ったからである。

若者のあいだにはタメ語「ウッソー、マジ、メッチャ、ヤバイなど」が定着し、「です、ます」形が敬語だと思っている連中もいる。敬語では親しみがあらわせないから使いたくないという発言もある。

相手や場面に配慮し使いわける相互尊重の自己表現として尊重されるべき敬語が軽視されるようになった背景も推量がつくようになった。

敬語に関する文化庁の答申は過去に三度、戦後まもなく1952年の『これからの敬語』は、私、あなた、れる、られる、です、ます形を敬語としようという、簡略、かつ、おそまつな改革で、それがおよそ五十年以上も放っておかれ、ようやく2003年に『現代社会における敬意表現』が発表されたが、すでに混乱はますます激しくなっているので、とりわけむずかしい謙譲語を二つに分けると言う改良作を打ち出したのが2006年の答申『敬語の指針』だった。

このところ、あちらこちらから攻撃されている文科省は、大切な日本語教育を重視してこなかったのではないか、と疑いたくもなってくるし、受信料を徴取しているNHKにも、しっかりしたチェッカーは消えてしまったか、に見える。それほど、ドラマやインタビューなどに、二重敬語の「おっしゃられる」や謙譲語の「あげる、くれる、もらう」の通称「やりもらい」表現の誤りが氾濫しているからである。(続く)

2017年6月20日 (火)

久方ぶりの講師体験 1,

敬語の授業が終わった。

以前、イタリアのホームステイに関する本を出版したとき、請われて講座の講師をつとめてからおよそ十年以上を経ている。

都内に三十年続いている、同時通訳者、翻訳者の養成学校で、すでに現役で仕事をしている人たち向けの、特別授業ということで、希望者を募っての二時間授業だった。

どういう授業形式なのか、受講生はどういう人たちなのかを知るために、三度、見学をした。
一度目はある大手企業の決算報告を見ながら、億だの兆だのがとびかう数字を英語にする聞き取り授業、二度目はパネルディスカッションのヴィデオを見ながらの同時通訳授業、聴き取り苦手のわたしには、おおまかな内容は把握できても、一語一語は到底キャッチできず、受講生ほぼ全員の能力に脱帽していた。そして三度目は現役トップの同時通訳者の一人であり、この学校の経営者でもある校長自らの授業、ヒラリー・クリントンが母校ウェルズリー大学の卒業式で述べたスピーチが教材だった。
生徒数は四名から七名前後、長方形の大きなテーブルを囲んでの授業である。

これなら教壇に立つよりはゆったりしていられるが、それだけにテキストと話の材料を充実させてどんな質問にもこたえられるように、自分に自信をつけ、皆に話しかけるような余裕を持たなければ、と思った。

準備期間は二か月近くあり、すでにテキストはできていたので、知識をふやすために図書館通い、アマゾンでもこれはという参考書を買い足し、十冊ぐらいの待遇表現本を読んで、付箋をはりめぐらし、さらにそれに番号をつけて、テキストのどこに組み入れるかをプラン。最後は自作の練習問題と、敬語の教本からの問題を組み合わせて、テキストの項目ごとに、ふりわけ、現実に起きている敬語のあやまりの実例などの逸話を持ち出し、受講生の意見なども訊きながら、退屈することのないよう、緊張感を持続させながらの授業になるような配慮をほどこす。(続く)

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