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2017年5月25日 (木)

気になる言葉

「何気に」…何気ないを短縮した若者たちのあいだで使われる俗語である。
     何気なく、が、正しい言葉で、さりげないという意味でも使われるのだが、
     テレビのタレントなどが「何気に、何気に・・」を連発するので、巷の若い
     ひとたちの会話でも聞かれるようになった。さすがに私たちの年代ではあまり
     聞かれないと思っていたら、同年代のひとが書いた書き言葉の文章の中に発見
     して驚いた。これは若い人にへつらって、あえて使っているのか、正しい言葉   
     を忘れてしまったのか、知る由もないが、私としては絶対に使いたくない言葉
     である。

「はぁ~っつ?」この間投詞が、あきれたとき、憤慨したとき、頻繁に聞かれるように
     なっている。わたしたちの時代では「はっつ?」という間投詞は、山の手育ち
     の女性が、聞き返すときの言葉だった。小津安二郎の映画で原節子演じるお嬢
     さんが、目上のひとに訊き返すときなどに、よく聞かれたものだ。
     それを長く伸ばして、勢いよく発すると、あきれたとき、憤慨するときに使う
     こと、しきりとなり、現代ではとりわけ若者たちのあいだでは定着している
     きょうも朝ドラ『ひよっこ』で、みね子の叔父さんがミツオにビートルズを
     知らないのかと、二度も、この「はぁ~っつ?」を発していたけれど、この
     時代にすでに、この間投詞が、あきれたときに使われていたのだろうか?
     ここだけせりふが、急に現代風になったようで、私は違和感を持った。

2017年5月22日 (月)

見た目損

朝九時過ぎの東横線はとても混んでいる。
ユニオンチャーチで十時から始まるバイブルクラスに間に合うように明治神宮前まで行くのだが、このラッシュにもまれるのがいやで、足がにぶることがある。
せめて優先席に行けばゆずってもらえる僥倖に恵まれるかもしれないと思って、その日も乗りこんでみると、若い男女がスマホをみながら占領していた。
優先席だからゆずってください、と喉まで出かかったのをのみこんで、中目黒に来るまで我慢した。
座っていたひとりが、席を立ったので、当然座らせてもらえるのだろうと思ったら、前に立っていた、若い男性がすかさず腰をおろしてしまったので、わたしはついにさっきまでのみこんでいた言葉を発して、頼んでみた。それなのに、男性は、なにか足が・・とかなんとか聞き取れぬ言葉を発して、びくともしない。わたしはよっぽどパンツの裾をめくりあげて、サポーターをみせ、このとおり膝が悪いのだから、と言おうと思ったのだが、すでに若い男女はそろって眠ったふりをしてしまったので、悔しさをかかえつつ立ちんぼを続けた

その話を教会の仲間に話したら、「喜びなさい、それほど、あなたが若く見えるってことなんだから」と言われてしまった。でもうれしくなんかない、割り切れないのだ。

六月に教えにいく学校に出かけた。教務の女性が目を丸くして、お若いですねえ~、と何度もいい、何を食べていらっしゃるんですか?などと質問され、当惑した。

頭の中身はかなりボケがきている・・・それがバレてしまわないように、テキストを充実させなければ、と、ありすぎるほどある、準備期間を持て余す日々である。

2017年5月16日 (火)

カーブス退会

カーブスにはこの数か月間、月に一、二度出かけるだけで、必要度が少なくなっていた。

膝はよくなったというわけではないけれど、歩くことに支障はないし、要は無理をしないように、すればいいという程度の現状維持状態である。
あのように機械に頼る筋トレで、体重をコントロールすることを目標にしている若い顧客層と異なり、膝、腰を気遣わなければならない高齢者にどの程度効果があるかについての情報をくれるわけではないので、いまひとつ、はっきりしないところに不安がただよいがちである。

そんなとき、わたしの膝をいつも触診して、状態を熟知してくれている、接骨院の医師の、機械に頼る筋トレはコントロールがむずかしく、負担になりやすいからすすめない、という言葉をもっともだと思うようになり、このところ、カーブスに行かなくても体調が安定していることから、このへんが辞めどきかなと達観できるようになった。

今回、単発ではあるが仕事を続ける事態になったし、カーブスへ、すすんで行きたいという気持ちはますます減ると確信したので、きょう、退会の手続きに出向いた。

わたしが、膝や腰に問題があるひとたちへの、情報がほとんどない、と言ったら、店長はちょっと目をそらして、返事をさけ、筋トレしたからこそ、しっかりした部分が、やめることで、またすぐ、元に戻ってしまう、などと脅しめいたことを言ったのだが、わたしはひるまなかった。
カーブスで教えられたストレッチは習慣づけてやってるのよ、と笑顔で応えつつ、手続きをすませる。

それにしても、顧客の一人一人の名前をあれほど、間違えずに覚えられる記憶力は、どういう技からくるのか、それを明らかにならぬまま、一年間が終ってしまったのが少々残念・・・

2017年5月12日 (金)

不十分ゴミ情報

月曜日のリサイクルごみの収集のとき、玄関のベルが鳴り、係りの人があまりにも
間違いゴミが多いのだけど、と知らせてきた。見ると大きな袋が三つ、それにごみ容器まで出されている。
あきらかにアフリカ大使館の隣人のものとわかったので、事情を説明して、ご本人の玄関口に戻してもらった。
中身はペットボトルでない不透明ボトルなどが多いので、リサイクル用が何か、よく理解していないのではと思い、夕方ベルを鳴らした。そのとき、少しは隣人らしい優しさを示したいと、ちょうどヨーグルトケーキを焼いたところだったので、おすそ分けを包み、ベルを押したときに出てきた少年に手渡した。思ったとおり、奥さんはゴミの配分をまだ完全に把握していなかった。

わたしも実は、菓子袋などについているアルミフォイルが燃えるごみだということを最近知った。燃えないゴミにまとめて出したものを、間違いゴミのシールをはられたので、区役所の清掃係に電話してようやく、わかったばかりだった。

翌日区役所にまた電話して、外国人居住者用の案内を送ってほしいと頼み、ついでに日本語のが、我が家にあるのは平成24年のものだけれど、新しいものは出ていないのかと尋ねてみたら、発行されている、と言う返事なので、どうして配ってくれないのか、と言うと、区役所に常時おいてあるので、とりにきてもらえば、などと言うので、あきれてしまった。
「あなたね、区役所まで行くのがつらいほど足を傷めているひとも多いのに、それはないでしょう。回覧板という手段もあるのになぜくばってくださらないの?
収集の方たちが本来のお仕事だって、大変なのに、間違いゴミ集めて、袋につめなおしてシール貼る手間かけてるの、ご存じ? そういう日常生活に大切な情報こそ、すぐ、送ってくださいよ」といきまき、英語用の、とついでに、近所に配るからと言って十枚、『資源のごみの分け方、出し方』のパンフレットを送ってもらうことにした。

夫に腹立ち報告をしたら「怒りんぼバアサンて言われてるぞ、きっと」と笑っていた。


2017年5月 5日 (金)

連休真っただ中

メンデルスゾーンの『美しき五月よ』のメロディーがぴったりのような麗しい晴天続きである。
それなのに、わたしはパソコンに向かい、ひたすら「敬語概念」のテキストづくりに忙しい。
昨年までは、ゴールデンウイークというと「イタリア映画祭」とクラシック音楽の祭典「ラフォールジュルネ」に通うのに忙しかった。
今年はたとえ、仕事の依頼がなかったとしても、人混みに出るのがわずらわしい。
人いきれの中を歩くのが疲れるのである。

この一週間、外出は二度のみ、ブリッジトーナメント二回だけだ。
三日の日の成績は、ビリで、疲れもひどく、身も心も消耗しつくして帰宅した。
それでもプレイしているあいだはカードのことだけ考えているから、気晴らしにはなっている。
理数科的頭脳がいかに欠けているか、同級生と相対したとき、実感した。彼女は算数のクラスで百点をよくとるひとで、名前を呼ばれていた場面が、ふと、よぎった途端、気がそがれて、できるゲームをつくりそこねた。

きのうは娘と孫娘が二人で、夕食にくるというので、うなぎの出前を頼んだ。箸休めになにか特別なものをつくろうか、冷たいものがあったほうがいいかな、と思いつつも、包丁を使うのが面倒になって、お豆腐のレシピをネットで検索したら、レタスの葉をちぎったうえに豆腐をおき、すりゴマとけづりカツオともみのりをかけ、ゴマ油と醤油のたれをかける、といういとも簡単な居酒屋風レシピが見つかったので、それをためしたら、意外と好評だった。
デザートだけケーキ屋のスイーツを張り込もうかと店をのぞいたのだが、食べたいものがない。シュークリームにしようかと見たら、なんとゴマがかかった新作とかで、なによ、これ、とがっかりしてやめてしまった。

仕方がないので、帰宅してコーヒーゼリーをつくる。インスタントコーヒーを五人分、そこにシナモンスティックと砂糖を入れて火にかけ、ゼリーの粉末をまぜ、固める。
昔のゼラチンは液体がひと肌ぐらいに冷めてから加えるものだったが、近頃は煮立った中に入れられるのだから、楽。

孫娘はある交響楽団のメンバーに採用され、独立するので、ママは荷物を出すのに忙しい。段ボールの寸法などを配達業者に電話している。「めんどくさいことは全部あたしなんだもの」、などとブツブツいっている横で、孫娘がすまなそうな顔をしているけれど、わたしだって、大学四年くらいのときは、なんでも母まかせだった。娘もそうだった。

ともかく独力で難関を突破しただけでもほめてやらなければ・・・
オジサンである息子はそのことを多大に評価したらしく、信じられないほどの高額の祝い金をはりこんでくれて、孫娘は涙ぐみながら感謝していた。

2017年4月28日 (金)

上毛高原行

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仕事の連絡はゴールデンウイーク後にくるというので、一応教案をたてておかねばならない。でも家にいては家事に手をとられて、さっぱり集中できないので、泊りがけでどこかに行きたいと探していたとき、このパンフレットをキャロットタワーで見つけた。温泉もついているし、写真がどれも好みの風景なので、娘が世田谷区民なのを頼みに、申込み、二泊三日の旅をしたのだった。
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群馬県上毛高原の名は初めて耳にしたのだが、東京から、上越新幹線でわずか一時間余、着いた場所は、まさに日本の原風景のようなのどかな高原。
施設もモダンな建物で、わたしの部屋から見える風景がこれ、ゆったりしながら、教案づくりの仕事がはかどり始めた。


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食堂から眺める、このふじやまビレッジ、もうひとつなかのビレッジもあって、そこは山小屋風とのことだた、温泉はない。
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小川のせせらぎ、フキノトウの花、マスとなった雑草の花まで美しく、目にうつる。
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山々のみどりの濃淡があざやか。正に癒しの風景である。
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夕食は季節の野菜をふんだんに使った、食べきれないほどの皿数、味も家庭的で、なじみやすく、食がすすむ。
朝食も和洋、ほかに麺類や、おかゆまで供される行き届いた献立。
一泊二食、五千円以下とは信じがたい。
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いわゆる道の駅の元祖的存在の「川場田園プラザ」はミート工房、ミルク工房、パン工房、ビール工房、ピザレストランもあり、東京ではとても得られない野菜を売るファーマーズマーケットもある。
ここで見つけた黒キャベツ、はわずか130円、このあたりはブルーベリー、リンゴの生産地でもあるので、加工品も多く、両手いっぱいの買い物となったが、送迎の車をこちらの都合に合わせて出してもらえて、まるで自家用車に乗っているような、幸運を味わった。

世田谷区というところは美術館やシアターもそうだが、文化施設が非常にすぐれていて、センスもいい。
こんな素晴らしいところ、しかもフロントも食堂も、働いている人たちの応対が最高で、また、ぜひ、訪れたいという
思いに駆られ、とりあえず7月の予約をすませたのだった。


2017年4月25日 (火)

I am still useful......?

思いがけぬ仕事の依頼がきた。
ある学校で、日本語の待遇表現の講義をしてほしい、というのである。
体調やら、足の具合やら、そのときになって何が起きるか怪しいのだけれど、あなただから、できる仕事とおだてられて、重い腰をあげそうになっている。

捨てずにとってあった、三十年まえの手作りテキストを取り出してみたのだが、内容は実にしっかりしているものの、手書きのものが混じっているし、いかにも古めかしいので、以前所属していた日本語学校にもっと改良された出版物が出来上がっているのではないかと問い合わせてみたら、そういうものは存在していなかった。敬語表現教授の依頼もなくなっていて、外国人から敬語をおしえてほしいという依頼が時たまあるくらいだという。
その担当者が、文化庁が出している『敬語の指針』を読むべきだとおしえてくれたので、とりよせてみた。

そこでわかったことは、待遇表現はいまや会社、あるいは団体で、マニュアル化したものをおぼえるだけになったらしく、基礎練習ができていない、という事実である。

だからテレビの出演者や、アナウンサーの間違い敬語、公共の場でのアナウンスや、国会の質疑応答にまでおかしな待遇表現が続出するのだろう。

いまから四十数年まえ、アメリカで暮らしたときに、知り合いになったタフト大統領の姪にあたるというスタッフォード夫人は、あのころ七十代だったと思うが、文才もあって、料理も上手、質の高い暮らしをしていたひとだった。彼女がよく言った言葉”I am still useful” 、わたしもそれが言えるかどうか、まだそのときになってみないとわからない。


2017年4月24日 (月)

きょうの話題

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黄モッコウバラ、今がピーク、黄色という色はとりわけ好きな色ではないが、花の黄色は見るととても華やぎ、心が浮き立つ。義母が黄色いバラが一番好きというので、誕生日や、母の日など折節、プレゼントしていたけれど、彼女のいう黄色いバラは黄モッコウだったのかも、と今になって思ったりする。

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このおしゃれな缶、おみやげにもらったのだけれど、あら、ステキ、なあに?と訊いたら、サーディンよ、という答えにびっくり、マルハのオイルサーディンであった。くれた相手がおしゃれですべての暮らしのセンス抜群、ついつい、見とれてブリッジの判断をあやまりそうになる、わたしの自慢のパートナー。
きょう早速食べてみたら、輸入ものに負けない、いや勝るぐらいの立派なシロモノ、ついつい、缶の三分の二ぐらい平らげてしまった。

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その彼女がひどい風邪というのを聞いて、おくればせのお見舞いに持って行った、わたしの自家製ふりかけ、有本葉子さんのレシピなのだが、セロリの葉とかつぶし、白ごま入りのものである。
かつぶし大匙2の醤油まぜ、セロリの葉それぞれを、オーブン70度20分、それをもんで、白いりごまをまぜるというもの。
「なんとも言えないまろやかな味つけが食欲を促進してくれて・・・」という感想であった。

2017年4月19日 (水)

春爛漫

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一昨日の夜は嵐だったが、花たちはよく耐えて、まさに春爛漫、一番手前の小さいパンジーはご近所の教会の友人がタネから育てたもの、よく水を欲しがるけれど、花がどんどん増えて、見るたびに彼女のことを思い出して心が温かくなる。
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今年のモッコウバラの花つきがスゴイ。お隣の家は完成して、日当たりが心配だったが、まったく影響なし。
花を見ていると、家にいるのが楽しくなって、外出を減らしたくなる。
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冬を越した宿根草、これも今年の咲きっぷりが見事。
全体にウッドデッキの色調は満足のいくものになった。

2017年4月14日 (金)

続、おくる日に

「いいお式だったわね」教会員の友人と話しあいながら帰途についた。住まいが徒歩距離のそのひとと別れたとき、うしろから一人の女性が追いついた。いつか折があったら、ゆっくり話をしたいと思っていた、大学の二年先輩のひとだった。礼拝にはいつもご主人が一緒だったので、話しかけにくかったのだ。

彼女の妹さんとは中高が一緒で大学の科は別だったが、いろいろ接点があった。その妹さんは二年まえ急逝してしまった。そのことについても話したかったのだが、わたしの中学からの大親友だったひとがお嬢ちゃんを附属の幼稚園に入園させてまもなく急逝してしまったとき、さっき追いついたその彼女のお嬢ちゃんも同じ幼稚園だったことから、車での送り迎えをずっと援助されていたことを、聞いていたので、そのことにも、感謝の気持ちをあらわしたかったのだ。

わたしたちは、どちらから言いだしたのでもなく、しぜんに、お昼を一緒にしましょうということになって、駅中のベーカリーに入った。
そういえば、その場所は故人のお気に入りの場所でもあった。最後に見かけたときの彼女は、教会のお葬式が重なったので、婦人会長として、義務を果たさなければならず、本当に疲れたと言っていた。あのときのこわばった表情は今でも目に焼き付いている。

わたしたちはいろいろなことを話した。お互いの共通の話題には、不思議と必ず故人が登場した。大学生活のこと、親戚のうちから通っていた故人は薪でお風呂をわかすような生活をしていて、苦労もあったが、いつもほがらかで、教会生活や、自ら選んでかちとった就職先の日常などが、本人以外の人の口から語られる今だからこそ、よりあざやかに浮かびあがった。

わたしたちのお互いのことも飾らず、ありのままの自分のことが話せる雰囲気のままに、教会生活で出会う困難のことも語ることができて、話し合ったあとは、なんとも言えない心の安らぎを感じた。

「これも彼女のお引き合わせなのでしょう」それが共通の感想だった。

生前、そのひとのことを知りたかったのに、そのチャンスに恵まれなくても、そのひととかかわったひとの生活を知ることから、直接本人と語りあうよりもっと、強烈に故人のイメージが描かれることもある、そのことを、まるで故人がプランしてそうさせたような巡りあわせを、実感した忘れがたいひとときであった。

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