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2018年2月21日 (水)

やっぱり80歳

田園調布にしかないものを買いに出かけた。
富澤商店で、フルーツケーキの材料を買う。パウンド型ではなく大き目の平たい角形で焼くミニケーキは簡単に焼けるし人にあげると大層喜ばれるので、近頃よくつくる。
細かく切ったドライフルーツ、ラム酒などに漬けこんであるレーズン類など、そしてチェリーブランデーなどの小瓶を買い込み、ついでに、ほかと比べて安かったコーヒー豆も買った。
そのあと、「あけぼの」で夫の好きな最中とおせんべい、彼はここのあんこが一番だと言う。

隣りに新しくできたベーカリーがあったので、のぞいてレーズンブレッドを半斤買って、小銭入れを出したのだが、十分な小銭がなかったので,お釣りをもらった。

その日は買い物袋とポシェットを斜め掛けにしていて、そこに財布と小銭入れを入れていた。財布をポシェットに入れたのはおぼえているのだが、小銭入れは外に出てからしまったような記憶があるが、そのときは次に行くつくだ煮店の有明家のことを考えていた。
有明家でシソ昆布100グラム入りを買って、小銭入れを探したのだが、ポシェットの中になかったので、買い物袋に入れてしまったのだと思って、またお釣りをもらい、外のベンチでつり銭を小銭入れにうつそうと思って探したのだが、買い物袋の中になかったので、これはおかしいと気づいた。あけぼのの菓子袋の中もないし、消えてしまっている。
どこかに置き忘れているのかもしれないと、もう一度、立ち寄った場所を一軒一軒戻って店主に忘れていないか尋ねた。なにか思い違いをしているかもしれないので、富澤まで戻って尋ねたりもした。でもなかった。

ベーカリーに再度寄って確認したら、店主があの鍵がぶら下がっている小銭入れなら、出していらっしゃいましたよ、と言ったので、やはり記憶は正しくこの店まではあったのだとはっきりした。落としたのだろう。でもカギがついているからチャリンとか音がしただろうに、聞こえなかったのだろうか? 家の鍵がついているのが困る。小銭入れの小ポケットには整骨院の診察券が入っているので名前がわかってしまう。カードはポイントカード二枚だが、どうしよう、それにしても歩きすぎで疲れた、バス停まできて夫に電話をした。交番にとどけておけよ、と彼が言った。そうだ、それを先にすべきだったのに。
交番ってどこにあったっけ。夫がよくおぼえていて教えてくれたので、旧駅舎のそばのそこまでまた足をひきづって歩く。

オマワリサンはおっ、来たな、と言う顔をしたので、もしかしたら、と思ったら、やはり届いていた。まず落としたものの詳しい内容を用紙に記入するように言われたのだが、小銭入れのブランドCOACHが出てこない、ポイントカードと言う名称が浮かんでこなかったり、その店の名、あと整骨院のカードのことが念頭から消えていた。名称がすぐに出てこない、と言ったら、そういうことがわかっているなら、大丈夫、彼は笑って答えた。届けてくれたのは若いひとで、匿名にしてほしいと言ったのだそうだ。田園調布だから出てきたのかしら?と言ったら、最近はどこでも出てきますよ、日本は、と彼が言った。
本当にありがたかった。
届けてくださった方、ありがとうございました。

やっぱり80歳、これからはいろいろな店であまり一度に沢山買わないようにしよう。
あのときのパニックのような状況、あれが怖い。

2018年2月18日 (日)

必推敲

ブログを立ち上げたとき、いろいろ教えてくれた友人が、最近の記事に誤字がよくあると注意してくれた。

原稿を二度推敲して、公開し、また読み直しするのだけれど、見落としが残っていたりする。

注意力と集中力が散漫になっているせいもあるが、文字変換のオバカさんがやらかすこともある。
去年の築地の記事には築地の字が筑地になっている箇所があった。変換の二番目にこの変な筑地があって、指がすべったのだろう。

そういう変換のオバカさんがやらかした、友人メールの大爆笑の変換文字。
教会の結婚式に感動したという文があって、その教会の名が「田園娼婦カトリック教会」…ああ…

2018年2月16日 (金)

今年はスゴイ!

去年は植木屋さんを頼まなかった。彼は町田に住んでいるので、ここまで遠いせいもあるし、もう高齢者になっているので、元気です、とは言っていたが、自分から電話をしてくることはない。わたしは何よりも、ミモザの手入れ時のことが気になっていて、切り時をあやまると、絶対咲かない、気難しいこの樹のことを、彼が果たしてどのぐらい知っているのか、一度蕾がいっぱいついているのに、それを切ってしまって、せめて室内で咲かせてください、と言ったときの、あの失望の気持ちを忘れられないので、頼む時期を逸してしまうことが多くなっているのである。

道を通るひとの迷惑になるぐらい、枝が広がったのを、一番気にしてくれたのは息子であった。彼も木の下に自転車をおいてあるので、邪魔になる枝を切りたいと思っていたのだろう。大きな植木ばさみを自腹で買って、かなり長時間をかけて、植木仕事をしてくれた。
それが良かったのか、今年は、蕾のつき方がスゴイ!!

今回の傘寿の祝いには参加してくれたけれど、母親の誕生日を祝ってくれることもないし、クリスマスプレゼントをくれることもなく、あいかわらず、母親には寡黙であるけれど、彼はときどき、わたしがこうしてほしいという、究極のときを実にうまくとらえるときがあって、それがわたしを深く感動させる。

もうあきらめていたミモザの花、今年は間違いなく満開になりそう、何よりの楽しみである。001

2018年2月14日 (水)

傘寿の祝い

還暦のときにはホームパーティで祝ってくれたのを覚えているのだが、古希と喜寿はプレゼントはもらったけれど、集まることもなく終わってしまったので、傘寿は、最後のチャンスになるかも知れず、ぜひ集まりたいと希望したのは当人のわたしであった。
食べたいものも、行きたい場所も指定して、夫に段取りを頼んだ。

東北と埼玉にいる孫たちは仕事で出てこられないけれど、息子と娘は出席できるという
12日の振り替え休日、徒歩十分のレストランで鉄板焼きのディナーを食べることとなる。

娘から思いがけないプレゼントがあった。皆の寄せ書きを孫娘がイラストを添えてまとめた色紙と、以前から欲しいと思っていたグリーンのキルティングのクッション、それとルームフレグランス.。002_2

徒歩十分のレストラン、自家製のスモークドサーモンや、ソーセージのオードブルもおいしく、目の前で焼かれていく、材料を吟味した野菜、最高のフィレ、サーロイン、こんなおいしい肉を食べたのは、十何年ぶりのような気がする。味にうるさい夫も残さず平らげていた。
ケーキも、スイーツも得意なレストランなので、ちょっと違う口当たりの良さだった。

母が亡くなった年齢八十八まで生きられるかどうかはわからないが、きょうの満足感で遺影用に最適のスナップが撮れたことは確かである。011

2018年2月11日 (日)

80歳になって

ちょうど一週間前、ウイメンズ・カンファレンス最終日に伊豆の天城山荘で80歳の誕生日を迎えたわたしは、大勢のひとから祝福を受けたのだけれど、面はゆいだけで、あまりうれしくなかった。
そして一週間、なんだか、気持ちは重たくなるばかりだ。
80年も生きるなんて思ってもみなかった、という思いを拭い去ることができず、いよいよいつ最後のときが訪れてもおかしくないのだという、緊張感も強くなっている。

実母や義母はこの年齢のとき、どうだったのか、と思いだそうとしても、それがいつごろだったのか、日記もつけていなかったし、具体的な思い出が浮かんでこない。夫に尋ねてみたのだが、覚えていない、とにべもない返事、兄に電話をして訊くつもりだったのだけれど、近況報告と、昔の思い出話や現在の心境、90歳近い彼を励まそうという努力などが先行して、母のことまで話題が及ばず、2時間近くの長話は終わってしまった。
男性はこういう感情移入的なことが苦手というか、自分と親とを見比べることへの関心が薄いのかも知れない。

朝コーヒー豆を挽くことから始まる朝食の準備や、2種の新聞を整理することや、ウッドデッキの小さな花の苗の育ち具合に目配りすることや、冷蔵庫の中にあるものを無駄の出ないように献立することなど、いつまで手際よくやれるものだろうか、近頃なにか始める時に億劫な気持ちが先に立ちそうになることが、危うさをかきたてる。

とりあえずは一番身近にいる人生の先輩、夫がこの80代の5年間をどのように過ごしたのか、まだ彼が元気なうちに、だいぶ聴力が弱くなっている彼との会話がまだ、成り立つうちに、沢山話を聞いておこうと決心した。


2018年2月 5日 (月)

ウイメンズ・カンファレンス2018

Wocon


毎年恒例のクリスチャンの女性たちが語りあう国際的な集まり、ウイメンズ・コンファレンスは二月二日から二泊三日、参加の申し込みを済ませていたのだが、あの大雪警報、果たして伊豆湯ヶ島の天城山荘までたどりつけるか、しかも先に宅急便で送ってあったスーツケースも行く間際になっても着いていないことがわかったので、不安の中の出立となった。
幸い、雪は小やみになり、修善寺まで友人と二人で無事行きついたのだけれど、泊まり込みで待機していた組織委員会の人たち六人は、最悪自分たちしかいない場合も想定したという。
その六人が雪の中作ってくれた雪だるま二つに迎えられ、参加者五十余名が集合した。
雪は止み、あたりの山は粉砂糖をまぶしたような薄化粧に染まっていた。006


わたしは昨年と同じ一人部屋を与えられたのだけれど、長い渡り廊下を行き来するのも、以前より苦にならず、足の具合が随分しっかりしているのを意識できた。

今回のテーマは旧約聖書の「コヘレトの言葉」の第三章「すべてのことに時がある」。
計四回のミーティングで「時」を四季にあてはめ、各自の人生に照らし合わせ、それぞれの心の在り方を分析し、色鉛筆を使用してイラストや線で描くことを三回ほどして、互いに交換しあい理解を深め合う、よいプログラムだったと思う。

天城山荘の料理は家庭料理的な味でしかも外国人の舌にも合うような工夫がされていて、美味である。みなが持ち寄ったスナックコーナーには手作りのケーキやクッキー、オードブルも並び、いつものように楽しみが盛り上がった。007
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そして最終日の女性のための女性による礼拝、手焼きのパンをちぎり、葡萄酒やグレープジュースに浸し、口にする聖餐式、これを経験しないと一年が始まらないと、こころから思わせてくれる充実感で今年もしめくくられた。

2018年2月 1日 (木)

きのうの皆既月食

「おい、始まるぞ」夫の声がかかった。友人との長電話を早々にきりあげ、二階の夫の部屋にいく。窓から居ながらにして皆既月食が眺められるのだ。
カメラに収めようとしたが、白くしか写らない。あきらめた。

月が欠け始め赤みをましたころ、もう二階からは見えなくなったので、コートを着て外で眺めた。地球が宇宙の一部なのだという、当たり前のことを、きょうほど実感したことはなかった。それも刻々とわからせてくれる変化が胸をドキドキさせる。Photo


早めに帰宅した息子も何度も外に出ていた。
仕事がすさまじく忙しいらしいのだが、まだ月を眺めようとする余裕があるのだと、少し安堵した。
宇宙の変化をまざまざとみても、いつもの黄色が赤く変化しても、わたしにはやっぱり「お月さま」である。

2018年1月30日 (火)

二度目の待遇表現授業

同時通訳者の学校での二度目の待遇表現の講義、今回の受講者は四人だと聞いていたので、これならこじんまりとリラックスしてやれそうかなと、安心しきっていたのだが、当日、思いのほかふえて7人になった。
みな現役でバリバリ仕事をこなしているひとたちなので、その日にならないと都合がつかないらしいのである。
中に男性ひとり、しかもアメリカ人の青年、ほかの女性たちの情報によると日本人より日本語に詳しいとか…日本語学のほうは本国で専門に勉強し、日本の企業に就職して二年の実務経験あり、アクセントも日本人とまったく変わらないぐらい、しっかりしている。

今回はいわゆる「やり、もらい」の授受表現のテキスト内容を詳細にし、理解しやすくしてみたのと、練習問題の中にCNNの通訳表現に、問題あり、の実例をいくつかとりあげるということを試みてみた。

日本語と外国語の敬語表現の違いの議論のときは、アメリカ人受講生の彼からの正に貴重な生きた証言が得られて、討論が勢いづいた。

常識的な部分は受講生全員、クリアしていたが、実際の場面を与えて、やりとりしてみると、やはり、むずかしさを感じている人たちもいて、この授業の必要性を実感できた。

タメ語のタメというのが賭博用語だったという、その「賭博」という言葉がすぐ出てこなくて、賭け事の言葉、などと言いつつ、このあとも言葉が出なくなったらどうしようか、とふと、不安がよぎったりしたが、受講生のキラキラしたまなざしと関心の高さにはげまされ、100パーセントとはいえないまでも、90パーセントはやり通せたのではないかと、思いつつ、六本木一丁目駅への道をたどった。

駅周辺のイルミネーションが美しく、疲れた目を和ませてくれた。2018013013520000

2018年1月25日 (木)

西部邁さんのこと

西部邁という人を注目していた。テレビの討論番組にあらわれると、いつも雰囲気がピンと張りつめたようになる存在感を持ち、ひとにおもねたり、妥協するということを許さない、主張をもつ説得力ある発言が魅力だった。Photo


その西部さん自死のニュースはそれだけでも衝撃だったのに、その場所が多摩川だったということが驚きを倍加した。しかも高齢には見えたけれども、同世代だったと知って、なおその事件が頭を離れなくなった。

惜しいひとを亡くした、そう思うひとはさぞ多かろうと察するのに、これは、という悼む言葉が見当たらない、一体どうなっているのだろう、と思っていた矢先、ようやく今日、朝日新聞に、これほどの文章はないというくらい見事な長文の追悼文が掲載された。

書き手は京大名誉教授佐伯啓思氏、十歳年下の傾倒者である。西部氏の死は「余人にはできぬ、その激しい生き方の延長上にある強い覚悟を持った死であった…どれほど高名な学者であれ、社会的な著名人であれ、その言動の根底に偽善やごまかしをみいだせば、西部さんは容赦なかった…過敏といってよいほどに繊細な感覚と激しい感情の持ち主であると同時に、冷めきったような理性と論理の持ち主であった…西部さんが歴史的な伝統から得たもっとも大事な価値は、義へ向けた精神であり、自立の矜持であり、節度であり、優れたものを前にした謙虚であり、逆にきらったものは、怯懦や欺瞞であり、虚栄であり、独善的な自己宣伝であった。そしてそうしたものの横行する戦後日本の大衆社会、とりわけ知識人を批判する舌鋒は誰よりも激しかった…」西部さんにわたしが惹かれたのはこういうところだったのか、と納得する分析であった。
西部さんが好んだというチェスタトンの言葉「一人の良い女性、一人の良い友、一つの良い思い出、一冊の良い書物」これさえあれば人生は満足なのだ、という。

チェスタトンを読みたくなってきた。


2018年1月24日 (水)

雪の日にいろいろと…

雪降りの予報の日は一日ゆっくりやすむつもりで、前の日に買い物をすませておいた。
ところが朝、たまっている新聞を整理しようと思って、戸棚を開き、整理箱から余分の新聞を取り出そうとしたら、その箱にアイロン台が闖入していて、わたしの頭の上に落ちてきた。ショックでしばらくじっとしながら、すばやく考えた。めまいはどうか、吐き気はないか……。頭のてっぺんはそれていたので、最悪ではなかったのかもしれないが不安はおさまらないので、保冷剤を当ててしばらく休んでから、ホームドクターのところに急いだ。
若い時だったら、イタ~ッツ、だけですんでいそうだが、高齢の身、そういう衝撃がなにを引き起こすかわからない。

前の日、夫にアイロンがけを頼んだので、いつもの場所でないところにアイロン台が闖入していたのが災難の原因である。彼をせめるつもりはなかった。戸棚の中の整理が滞っていたのが悪いのだ。

ドクターは目の奥をのぞき、血圧をはかり、頭部や手など触診をみごとにこなして、どこも異常はないから、一カ月ぐらいして何か出てきたら、来るようにと言われた。
メモを残しておいたので、夫は思い当たったのだろう。血相変えて、待合室で待っていた。
彼も二本杖なのに、下手すると共倒れになるじゃないの…
こういう災難はこれからもなきにしもあるずである。高齢者は共倒れが容易に起こり得るということだと思った。

帰宅してゆっくり朝食をすましてから、大丈夫そうなので、こうしてはいられないと思った。スノーブーツがないのである。トリノで買ったブーツを、孫娘に与えてしまったのだ。まだ雪が小降りのうちに蒲田に出かけた。幸い、ABCマートでぴったりのものが見つかった。

翌日は、福島の奨学生の選考委員会、それをはいて無事役目を果たす。長時間議論したあと、昼食会を終えて戻ると雪道を慎重に歩いたぐったりが加わり、疲れのよどみがとれそうもないので夕食後の7時半、30分のマッサージに出かけた。


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