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2018年4月19日 (木)

上毛高原、健康村の春

梅と桜と桃とが一斉に咲く、と言われてそれを見たいと四月半ばに予約をとったのだけれど、今年は咲きそろいが早かったようだ。

超多忙だった月初めの疲れをとるのが必要だと思ったし、六月にまた講義を頼まれているので、教案の見直しをしておかねば、とちょっと準備が億劫になりかけたけれど、出かけることにした。
宿泊客はその日は私一人、温泉にもゆったり過ぎるくらい入り、食事も旬のものいっぱいの工夫されたメニューで満足し、やはり来てよかったと思った。
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書棚にあった三軒茶屋の情報雑誌を読みふける。若い時、あかぬけない街だった三軒茶屋は今や、若者たちのメッカ、食事どこは、しゃれた店が満載、さっそく、メモする。008_4


翌日のお昼、『和太奈部』という手打ちの蕎麦店に出かけた。大雨だったので、徒歩距離だったけれど、車で送ってもらう。雨なのに、そばが無くなり次第閉店する、というのを知っている贔屓客は多いらしく、ぼつぼつ混んできていた。012

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庭のしだれ桜が素晴らしい。その下は水仙が咲き乱れ、良い眺め。おろし梅蕎麦のあたたかいのを注文、あと焼き菓子つきコーヒーをのみ、帰りは雨がやんだので、歩いて、ビレジに戻った。011

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教案の筆が進む。今回は財務省がおかしな日本語例をいっぱい出してくれたので、「ございます」論でディスカッションして、しっかり把握してもらうつもり。

帰りはバスで沼田に出て、そこから、車窓の景色をたのしみつつ、高崎に出て、峠の釜めし弁当を買い、在来線で帰ることにした。たまにはローカルのスローな旅程もいいものだと、車窓からの珍しい眺望にみとれつつ、日本っていい国だと再認識する。024

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2018年4月13日 (金)

花咲き通り

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この数十年ですっかり小さくなってしまったはす向かいのお宅の藤、でもこの色は相変わらず、私の一番好きな薄紫
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我が家の正面に植わっている黄色の花の灌木、この家を建てるとき、何を植えようかと迷って平町の住宅街を散歩していて写真に撮り、造園業に探してもらったもの。名前はわからない。
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二軒先の・・・・ああ、花の名前が出てこない。今年は満開である。

2018年4月10日 (火)

これが最後の邂逅かも・・・

従姉妹たちは無事到着した。ただし成田からのタクシーは、夕方の交通渋滞で遅々として進まず、予定よりかなり遅れ、従姉妹は車酔いでフラフラになりつつホテルに着いた。

ティーンの孫娘たちは、美しく成長して、グランマをしっかり支えている。今回の訪日計画を整えたという娘も、二年まえに離婚して、仕事もかわり、少し余裕ができたそうで、落ち着いた表情だった。

二階の彼女たちの部屋に行ってしばし歓談。八畳の和室に、広い二人用のベッドルーム、見事な坪庭もついた四人が十分ゆったりと過ごせる居室、三泊のステイは快適に過ごせそうだった。
持参した、稲荷ずしと手製の酢の物、ゆであずき入りのゼリーなど、孫娘たちはおいしそうに食べてくれた。四人分のパスモを渡す。翌日の月曜は上野の美術館、博物館は休館なので、別のプランに変えるようにアドヴァイス、従姉妹は疲労困憊の様子なので、最初の計画どおり、ホテルに残って私がつきそうことになり、急きょ、89歳の兄も合流するというニュースも報告。
二時間近く英語をしゃべっていたら、頭がすっかり疲れて、慣れてくるどころか、もうしゃべりたくもない、という状態になってきたので、早々に帰宅することにした。
帰りの三田線、芝公園駅は下りのエスカレーターもなく、階段を50段くらい降り、疲労が増す。

やっぱり年齢相応の身体の衰弱を意識した一日だった。

翌日、兄と落合い、タクシーでホテルへ行くことになったが、どこで待ち合わせるかが、難題。
新しいところは間違いそうなので、澁谷のハチ公で、ということにした。

兄とは思ったよりも容易く落ち合えた。一年半ぶりぐらいの出会いだったが、目つきはしっかりしていて、認知症など全く寄せ付けそうもない、溌溂さが残っていて安心。

従姉妹の娘たちとも引き合わせ、彼女たちの外出前に、記念撮影をする。

さて、お昼、何を食べようか、ということになったが、従姉妹が和食がいいというので、地階のレストランに行く。幸い、そばとかウナギ、天ぷら、トンカツなどの、一品料理を食べさせる店があったので、そこに入り、兄と私は天ぷらつきのそば、従姉妹はぜひウナギを、と注文。うな重がとても従姉妹ひとりでは食べきれぬほどの大盛りで、彼女は店員に、宿泊客だからと断って、半分残したものを部屋に持って帰りたいと言ったが、アメリカでは(ドギーバッグ)どこでもOKなのに、お持ち帰りは衛生上を考慮してお断りしております、と言われてしまって、早くもカルチャーショックを感じさせられたらしい。

80、87,89歳三人の会話はもっぱら、昔話、思い出話が多かったが、従姉妹の日本語力も少しずつ回復してきて、とぎれることなく続いた。


2018年4月 8日 (日)

多忙が続く

このところ、毎日出かけている。しかも気がかりもある。
アメリカに五十年住んでいて、もうほとんど日本語を忘れてしまっている、従姉妹が、今日から、一週間の駆け足旅行で訪日するからだ。娘とティーンの孫娘二人と一緒、その三人は日本が初めてという特殊事情。

彼女たちはプリンスパークタワーというホテルに三泊して京都に移るという旅程。従姉妹に国際電話すると英語と日本語チャンポンで、さっぱり要領を得なくなるので、娘のメールアドレスを聞き出し、英語のみのやりとりを始めて、彼女がオーガナイズしたしっかり女性だということに安心もし、ようやく意図している旅行形態もわかって、わたしがフリーである、今日と明日、アテンドすることに決定。

若い三人は上野に行って国立博物館に行きたいというので、案内しようかと思ったが、87歳で車ばかりの生活をしている従姉妹が果たして耐えられるか、心配だった。そこで、芝のホテルに出かけてみて、アクセスを確かめる。浜松町までホテル専用のバスが出ているが、降りてから駅接続が歩くし、上野からまた博物館まで、あの旧式の建物の中、くわしい友人が言うには、八十代にはとっても無理、という構造がわかったので、上野行きは若い三人で、を提唱、わたしと従姉妹がホテルに残って、歓談することにし、そこに89歳の兄まで加わることになった。

今日到着する四人にプレゼントを用意、食べ物の差し入れも考えたりして、きのうはブリッジの一日トーナメントがあったのだが、買い物などして帰宅したら、電話が鳴った。

「お待ちしております…」しまった!!大学の区支部同窓会の夜の集まりを失念してしまっていたのだ。
どうしよう?? 綿のように疲れているけど、力を振り絞った。タクシーで駆けつけ、30分遅れ、なんとか輪に入り込む。

自由が丘のいつものイタリアンレストラン、満員の喧騒の中、それでも話がはずんで、とりわけ若いひとたちのいまどきの生活情報、年中多忙の娘などからとても聴きだせない、美容院情報なども得られて、お隣には六歳上の大先輩とも打ち解けた話がはずみ、疲れが薄まっているのを感じた。

まだこういう離れ業がかろうじてできたけれど、一日に二つのことはこれからだんだん難しくなりそうである。


2018年4月 3日 (火)

今どきの傾向

緑ヶ丘のプールで泳いだかえり、ヤマダ電機をのぞいた。もう十数年使っている我が家のジューサー、部品が欠けてきたりして、買い替える時期に来たかと思われる状態なので、調べるのが目的。

リンゴのナマジュースを一年中欠かさない。リンゴにキャベツ、ニンジン、を加え、最後にレモンを少々絞りいれる、というものだが、近頃はリンゴ半分にミカンやグレープフルーツを加える、お手軽状況になったりしている。でも、八十にしてはしわがないとか、肌がすべすべしている、などと、ほめられたりするのは、このジュースを飲んでいるせいでは、と思うこともある。
今使っているナショナルのジューサーミキサーの新種はもうなかった。ジューサーとミキサーが別々になっていて、ジューサーの種類は極端にすくなく、大手メーカーのものはない。
ミキサーがすべてをこなす、と称する、高額なものがあるが、それを使ってできたジュースが果たして今飲んでいるようなジュース状であるかどうか、定かではない。
ジューサーが消えつつあるのは、後始末が厄介だからなのだそうで、ジュースは買って飲む若い人が圧倒的に多いからだ、と店員が言った。

ヤマダ電機をあとにして、その先のおしゃれな生花店をのぞいたら、そこは、ほとんど生花がなく、サボテン種ばかりおいている店だった。今もっともポピュラーなのだそうで、要は水やりをしなくていいからなのだという。

その店のはす向かいのDultonという、巨大雑貨店に入ってみる。これは、もう、全部外国という世界。なんだかここで買ったもので、我が家の雑貨の野暮ったさはすべて解消できそう、と思えるような品ぞろえ、ただし、かなり高価である。
それでも200円以下のサラダ用のガラス器などもあって、うれしくなって二つ買った。
ゴミ箱がスゴイ。しゃれたデザインだが、使い勝手はどうなのだろう、でもカッコいい、ゴミだしが楽しくなるかもしれない、買い替えたいなあと思ったが、そうなると我が家のあの巨大なゴミ箱は粗大ごみで出さなくてはならないのだろうか、とちょっと思って、通り過ぎた。最上階には飲食の場所もある。スナック類を少々購入。

若いひとたちの生活は変わりつつある。
でも高齢者でもこういう場所をのぞくと、ちょっと疲れた日常を忘れさせてくれるワクワク感に浸れるのは確かだ。

2018年3月31日 (土)

江森ミツコさんの絵画

東銀座、ギャルリーヴィヴァンで開かれている江森ミツコ展、「さくらどき」を見に行く。
二十年前、イタリア語初級のクラスメート、イタリア語が片言のうちから、イタリア人のアートの友人を招いたり、招かれたり、言葉の理解より、彼女の絵に惹かれるものがあって、言葉以上のコミュニケーションが可能だったのだろう、と今になってわかる、それほどの何かをその作品の中に沢山みつける。
自分から求めなくても、個展をしてくださいと、頼まれるというのはそのせいだろう。

ずっと眺めていたいと思われる作品ばかりだった。彼女のお気に入りの清澄庭園の樹木が多いのだけれど、見る者に語りかけてくる力に満ちている。油彩も水彩も、そしてパステル画も…(4月1日最終日17時まで)
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花たち

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大好きな忘れな草、花の命はそれこそ短いのだけれど、一年に一度、毎日眺めていたい、この美しいブルー。
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花かんざし、オーストラリア原産地なのに、なんともふさわしい日本名である。一見細く、清楚な感じだけれど、しなやかで、しっかりと強い、日本女性の美を感じる。
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冬を越したガーデンシクラメン、冬のあいだ目を楽しませてくれたこの色。阿佐ヶ谷のあの、お気に入りの生花店で見つけたこの色の花。無事越冬してくれてありがとう。


2018年3月29日 (木)

佐川証人のおかしな日本語

佐川証人喚問のテレビ実況放送は、期待したようなどんでん返しや、真相暴露などはまったくなく、「刑事訴追の恐れがある…」を繰り返して、逃げられ、あやふやにされ、不快になるばかりだったが、それにも増して、あきれたのは彼のおかしな日本語表現である。
丁寧に応えれば、うまくごまかせるかというように「ございます」を連発するのだが、これが正しい表現になっていないのだ。
「申し訳なく思ってございます」申し訳なく思っている、の丁寧語は「思っています」、「思っています」のより丁寧表現は「思っております」で「ございます」はつけられない。
ございます、はもともと「です」または「あります」の丁寧表現。
「…ている」にはつけられない語である。

財務省内部では「書いてある」を「書いてございます」と表現することがあるという内部風習はあるらしいのだが、「…てある」だから、百歩譲ってそういう表現が生じたことは、かろうじて理解できる。
しかし「…ている」も同じように「…てございます」にしてしまうのは、おかしい。
彼は連発する。「感じてございます」「そのようになってございます」

聞き苦しい。

正しい日本語もわかっていないような財務省の元高官。
現大田局長も「要するに」を「要すれば」となんども言っていた。
秀才中の秀才だから入省できる財務省、そのひとたちが話す日本語が正しいと思われたら、まったくもって日本語はおかしくなるばかりである。

変りつつある日本語への不安は増すばかりだ。


2018年3月26日 (月)

『ビルズ』でブランチ

プロのつくるおいしい朝食を食べたいとずっと思っていた。
代々木八幡に行きたいと思っている店があるのだが、それだけのために出かける機会がなかなかない。
そんなとき、『ビルズ』の記事を新聞で読んだ。オーストラリアの名店である。
そのことを娘に話したら、二子玉川にもあって、食べたことある、けど、高いよ、と言った。
孫娘が音大無事卒業、じゃ、その祝いを二子『ビルズ』のブランチで、ということが決まった。費用はプレゼント代わりにわたしが持つことにして、娘が車で迎えにくる。

店は金曜なのに、11時半、満員だった。何の心配もない富裕層の若い人たちばかり、という気がする、と孫娘が言った。みんな何かの心配はある、とわたしが応えた。

朝食抜きで来ているので、正統派のブランチを食べようと思っていたのだが、そういうメニューはなく、ばらばらに選ぶことになり、足し算してみたら、かなり高価になる。

フレッシュオレンジジュースが飲みたかったのだが、それがなく、ミックスジュースを選んだら、すごく濃厚なチェリー味のようなものが来て、がっかり。

娘がおすすめ、というので、リコッタパンケーキを選ぶ。コーヒー、それと、サラダがほしかったので、リーフサラダ、まさに葉っぱを寄せ集め、ドレッシングをぶっかけた、というようなものが来る。006


パンケーキはおいしかったが、量が多すぎ。一枚残した。

結論、まさにオージー式朝食、エレガントさはなく、若者むき、もう一度来たいという店ではなかった。

でも忙しい中予約をとり、このあと遅ればせの彼岸の墓参りに行くという、娘の努力に感謝、そして、東北にもどったら、『運命』でトロンボーンを吹く出番があるという孫娘の無事を祈った。

2018年3月22日 (木)

アンデルシェフスキー・・・・・・ロッシーニ

3月18日、ヤマハホールでのピョートル・アンデルシェフスキーのリサイタルは三年ぶり、とても楽しみにしていたのだが、期待したものと少し違った。前半のモーツアルト二曲の前に思わぬおまけがついて、バッハの平均律から一曲、表現力は引き込まれる素晴らしさなのだが、音がなんだか違うのを感じた。ヤマハのピアノのせいなのだろう。ホールの音響効果がプラスされるのが加わって、響きすぎる、という感じなのである。
先回のアムランのショパンは音の響きが華やかであればあるほど、ショパン効果が増したから、プラスがプラスを生むという感じだったが、モーツアルトやバッハは一つ一つの音の、硬質なひびきを楽しみたいという気持ちがつのるので、音のひびきが強いと、その期待がそがれてしまう気がするのである。
アンコールも地味で、またバッハ、とショパンのマズルカ、せめてもう少し華やかで彼の技巧に心を奪われるようなものを選んでほしかったと思った。Photo


帰り、CDの売り場に立ち寄り、孫息子がテクノのCDをリリースしたと言っていたので、もしやおかれているかと思ったが、見つからなかった。
セールの籠の中にロッシーニのピアノ曲というのがあって、70パーセントも安くなっていたので、ためしに買ってみた。
帰宅して早速試聴したら、これが大した名曲ぞろい、今まで聴いたことがないような、和音の集まりで、ピアノ曲なのに、オペラを感じるような旋律の盛り上がり、いや、美しい! 買ったものはピアノ曲第二集だったが、まだ第四集もあったのをおぼえているのでもう一度買いに行きたくなっている。

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